2011年10月28日金曜日

医療の情報化がもたらす緻密で明るい医療の未来

2011年10月6日付当ブログ「Stay hungry, stay foolish! 自分の心と直感に従い、真実を追究しよう」に2011年9月29日付当ブログ「冠動脈CT検査のプロトコールを変更することしました」に投稿してくださった第2の匿名様より再度コメントを頂きました。

「9/29の第二の匿名」です。 すごくきれいな(意味深い)症例を・数多く経験されていることに感動してしまいました。 

こんなことを言われると本当に嬉しくなります。しかしです。考えてみれば年間のPCIが200件程度の小さな施設で意味深いケースがそんなに多く見つかるはずがありません。不思議です。私自身も、鹿屋ハートセンター開設後5年間で、こんなケースは初めて見たと思ったケースが少なくありません。第2の匿名様がコメントして下さった、私がスパスム時にCTを撮ったのではないかというケースもそうですし、昨日の「甦る腎臓」のケースもこんな現象が起きるのだと初めて経験したケースです。2011年8月6日付当ブログ「腎動脈末梢病変由来の繰り返す心不全」のケースも初めて経験したケースです。なぜ、循環器医になって30年以上も経過したのに初めてのケースに遭遇するのかを考えてみました。

一つはモダリティーの進化です。初めて経験するケースの多くは64列MDCTで見つけたケースです。このCTの進化が新たな発見をもたらしていると思います。もう一つは、すべての検査結果がデジタル化され、ネットワーク上ですぐに見ることができる環境にあるからではないかと思っています。昨日のブログのケースでも、数か月前の胸写を持ってきて数か月前のエコー像を持ってきてというような作業は、紙ベースのカルテで記録していた時代には何時間もかかる作業になっていただろうと思います。しかし、電子カルテに繋がった画像サーバーから鹿屋ハートセンター開設以来のすべての画像を呼び出せる環境では、ブログを書く時間を含めても1時間足らずで作業は終了です。すぐに過去の画像に容易にアクセスできるということからの発見が間違いなくあると思います。そして、その作業に時間がかからないために複数の画像を自分で見ていることから発見があるのかもしれないと思います。

大きな病院の循環器部長時代、若い先生の問題意識というフィルターのかかった情報から、一人一人の治療方針を部長として提起してきました。情報をくれる先生の問題意識に限界があれば指揮官の問題意識にも限界があるのは当然です。

2011年3月31日付当ブログ「ネットワーク中心の医療や国政、迅速な情報収集、意思決定、実行のために」に書いたような情報収集系と情報伝達系がうまく機能するネットワークが新たな臨床を作り上げるのではないかとさえ思います。Network-Centric Medicineという考え方です。情報収集系のスピードが高まれば、限界のある問題意識というフィルターを介さずに指揮官は情報を吟味し、状況に応じた的確な指示の伝達が可能です。5年前の鹿屋ハートセンター開設時のネットワークのデザインはまだ古びてないようです。

医療の情報化は、効率だけではなく、臨床の内容にも影響を及ぼすことはこの5年間の経験から明らかだと思えます。経済的なメリットがあるから情報化すべきだというようなケチな議論はしたくはありません。大げさに語れば、こうした情報化による医療の進化が、1医療機関にとどまらず、地域や国家や人類といった規模で多くの患者に利益になればと夢に描きたいと思っています。

2011年10月27日木曜日

「甦る腎臓」を活かす看護介入の力

Fig. 1 chest X-ray before PTRA
 2011年9月2日付の当ブログ「心配すると杞憂に終わり、油断すると痛い目に合う」に書いた方が再入院です。ビビりながらPTRA実施した方が再入院です。前回40㎏で退院したのに44.7㎏まで体重が増えたからです。呼吸困難もなければ、下腿の浮腫もありません。しかし、この状態で外来で診ていると呼吸困難で夜間に緊急入院になります。急性の呼吸困難を見越した予防的な入院です。
Fig. 2 chest X-ray after PTRA
怖い思いをしながら実施したのに体重が増え、呼吸困難を起こすのであればPTRAは無駄だったのでしょうか?Fig. 1はPTRA実施前に呼吸困難で入院した時の胸写です。肺うっ血が著明です。この時の体重は40.5㎏で心エコーで評価した推定右室圧は54㎜Hgです。Fig. 2は今回の入院時の胸写です。体重は44.7㎏ですが肺うっ血は認めません。推定右室圧は37㎜Hgです。より大きな体重でも推定右室圧は低く、呼吸困難を起こしていない訳ですからやはりPTRAの効果があったと思います。
Fig. 3 Lt-kidney 5m before PTRA
Fig. 3は、PTRA5か月前の左の腎臓です。長径が7.74cm、短径が3.40cmと萎縮しており左の腎臓へのPTRAは意味がないのではないかと考えていた頃です。Fig. 4は左腎動脈へのPTRA後1か月のものです。長径が8.73cm、短径が4.06cmですからいずれも10%以上も萎縮が改善しています。この程度の改善であれば有意な改善と考えてもよいと思います。PTRA後の「甦る腎臓」です。
Fig. 4 Lt-kidney 1m after PTRA

では体重増は何故でしょうか。奥さんに伺うと、奥さんが仕事に行っている間に冷蔵庫を開けて自由に水分を摂っているそうです。これは何度、するなと言っても聞いてくれません。また、奥さんには毎朝、体重を測って、急に1-2㎏増えたらすぐにハートセンターに連絡するように指導していましたが、前回の入院前には測ってもくれませんでした。本人は水分制限をしないで自由に水を飲み、奥さんは体重も測ってくれないという中で、看護師さんが始めてくれた試みは、毎日、ご自宅に電話し、体重を聞くことです。こうされれば奥さんも体重を測らない訳にはいきませんし、何時か本人も水分の過剰摂取は止めてくれることでしょう。
患者さんや家族に対する指導にとどまらない、体重を電話で確かめに行くという看護介入です。
2011年4月13日付当ブログ「繰り返す心不全患者さんに対する看護介入の力を信じましょう」に書いた看護介入の発展形です。今回の入院も4㎏増の時点で入院を決めました。こうした看護介入の力がこのかたの繰り返す心不全の問題を必ず解決すると信じています。
「甦る金狼」の主役は松田優作さんが演じましたが、「甦る腎臓」の主役は言うことを聞かない松田優作さんとは似ても似つかない患者さんです。この患者さんに看護師さんが介入し、「甦った腎臓」を活かしたいものです。

2011年10月24日月曜日

治療の成功にいたる大切な一つ一つの工程

Fig. 1 Changes of serum Creatinine
冠動脈にしても腎動脈にしてもカテーテル治療のプロシージャーにとって最も大事なプロセスは何かと聞かれると簡単ではありません。

ガイディングカテがエンゲージできなければそもそも治療は始まりませんし、バルーンやステントを導くガイドワイヤーが病変を通過しなくても治療は始まりません。バルーンが通過することも大事ですし、ステントの役割も大切です。これらすべての工程がうまく処理できて初めて治療は完結します。

Fig. 2 Lt-Renal Artery evaliated with MDCT
9/30、当院での22例目、27件目の腎動脈植込みに私は失敗しました。当院での初めての植え込み失敗です。



慢性心房細動、狭心症でステント植込みを行った方ですが、初診時のCREは0.75であったのにFig. 1に示すように徐々に上昇してきました。このため腎動脈をエコーで評価しました。血栓化した腹部大動脈瘤内から分岐した左腎動脈のPSVが184.94cm、大動脈内の流速が遅いためRAR: 6.90です。この時点でCRE: 1.85です。徐々にCREが上昇する腎動脈狭窄であればPTRAの適応です。とはいえ、血栓化した動脈瘤から分岐した腎動脈の治療ですから簡単に手を出す訳にはいきません。十分に輸液をした後でCTで評価することにしました(Fig. 2。)  使用した造影剤量は40mlです。CT検査後にCREの上昇は、幸い、認めませんでした。CTでは血栓化した瘤内から下方に向かう腎動脈に高度狭窄を認めます。

Fig. 3 After successful stenting
ご家族に放置した場合のリスク、PTRAを行うリスクをよく説明したうえでPTRAを実施することにしました。左Brachial approachで6FのJ&Jのガイディングを使用することにしました。ところがです。左鎖骨下動脈は上行大動脈側より分岐しており、ガイドワイヤーは下行大動脈に持って行けるもののガイディングカテを下行大動脈に持っていくことができなかったのです。仕方なしにFemoral approachとして、色々なガイディングを試しましたが、ガイドワイヤーを腎動脈に持ち込めてもガイディングは近づけませんでした。



この失敗の結果、起きたことはFig. 1に示すように急激なCREの上昇です。3.35まで上昇しました。輸液で徐々に元の水準まで低下しましたが、このまま透析になってしまうのかと肝を冷やしました。このまま諦めるか、再度、手技を工夫して再挑戦するのかをご家族と相談したところ、良い方法があるのであれば再挑戦して欲しいと言われました。この時点では私にはよいアイデアはなかったのです。

10/15 小倉記念病院でQJETという頚動脈、腎動脈、下肢の動脈などの治療をメインとしたライブデモンストレーションが開催されました。この会に出席する目的として最も大切に考えていたことは、腎動脈治療の経験が豊富な北九州市立八幡病院の原田敬先生の知恵を借りることでした。お話をさせていただく前に原田先生のライブがあり、4.5FのParentを用いたスムーズでエレガントな腎動脈の治療を見せて頂きました。お話を伺う前にこれを見てこの方法だと決めていましたが、原田先生からもこの方法なら成功の可能性が高いのではと教えて頂きました。

10/21 左Radial approachで4.5F Parentを持ち込みました。下行大動脈に持ち込むのは簡単ではありませんでしたが。Fig. 3に示すようにGenesis stentを用いて拡張に成功しました。術後3日目の本日のCREは1.79です。最初の失敗の術前のレベルを僅かですが下回りました。
ガイディングのエンゲージからステントの植え込みまですべての過程が大切なこと、特に入口に立つためのガイディングカテのエンゲージの大切さを改めて認識しました。また、失敗に終わった時に失うものは何もしないことで失うことより大きいということも改めて肝に銘じました。

良い方法を教えて頂いた、原田敬先生に感謝です。また、再度の治療の機会を与えてくれたご本人やご家族にも感謝です。

2011年10月20日木曜日

目くそが鼻くそを嗤う エビデンスに隠された経済という下心

2011年10月17日付当ブログ「石橋を叩く時間も惜しいのか」を書いたのは、ゆったりとした入院が許された昔を懐かしんでのことではありません。下記のpaperを読んだからです。

Rao SV et al.Prevalence and Outcomes of Same-Day Discharge After Elective Percutaneous Coronary Intervention Among Older Patients.JAMA. 2011;306(13):1461-1467.

低リスクの高齢者のPCIの場合、1泊2日の入院でPCIを実施しようが日帰りで実施しようが、術後2日後の時点・術後30日の時点での死亡や再入院の率に違いはないとの論文です。この論文の指摘したいポイントは日帰りでも成績は劣らないのだから1泊2日にする理由はないということです。対象患者はMedicareの患者ですから少しでも医療費を下げたいという意向が働き、1泊2日でなくても日帰りでもよいのではないかと言いたいのだと理解しています。このようなPaperがでるとMedicareの患者だけではなく民間保険会社も日帰り分しか保険を払わないということを言い出すだろうと思います。

2日後の時点での死亡または再入院の率は、日帰りで0.37%、1泊2日で0.50%です。30日後では9.63%と11.33%です。確かに差はありません。ではこの論文の言うとおり、日帰りで良いでしょと考えるのが正しいのでしょうか。Low riskの患者で30日後の死亡ないし再入院の率が9.63%-11.33%です。私がこのデータをみればどっちもダメやねと思います。医師として考えなければならないのは9.63-11.33%の死亡ないし再入院をどうやって減らすかだと思います。

2つの群間比較でどちらも大して良い成績でもないのに、わずかに成績が上回っているとエビデンスがあるなどとよく表現されます。医師が求めるべきゴールはさておき、成績の悪い中で僅かな優位を誇るなど笑止だと思っています。「目くそが鼻くそを嗤う」です。2011年6月7日付当ブログ「冠動脈疾患患者に対するOptmal Medical Therapyは本当にOptimalなのでしょうか」で示した、Courage trialの成績も5年後の心筋梗塞の発症ないし死亡は、OMT群で18.5%、PCI+OMT群で19%ですから差はありませんが、5年間で20%も悪くなる治療はどっちもどっちだなと思いますし、OMTで十分とも思いません。もっと高みを目指したいものだと思います。

医療者が目指すべき高みを議論せずに、医療費を削る下心を持った研究やエビデンスには惑わされないようにしたいものです。

2011年10月17日月曜日

石橋を叩く時間も惜しいのか? 「『病』は時間が作るが、内服と時間が『病』を癒す」こともある

 
Fig. 1 LCA before PCI
 84歳の男性です。9月初旬に小さな脳梗塞を発症されました。心電図でsmall q波があるとのことで紹介で受診されました。胸部症状は全くありません。心電図ではIII、AVFにsmall qを認めますが、心エコーでは壁運動異常を認めません。紹介で来られた方をこんなq波は有意ではないと帰すわけにはいきません。CTで評価しました。ここには示しませんが、2011年9月26日付当ブログ「非心臓手術前の心臓評価」に示した方と同様の右冠動脈の高度狭窄と、左冠動脈前下行枝の完全閉塞を認めました。

Fig.1はPCI前の左冠動脈、Fig. 2は右冠動脈です。左冠動脈は#7でほぼ完全閉塞、右冠動脈は#1で不整形の透亮像を伴う90%狭窄です。#4PDから前下行枝に良好な側副血行を認めました。Jeopardized collateralです。こんなに危険な冠動脈の状態でも無症候です。この状態の方を心電図所見と心エコー所見で大丈夫と言ってしまうと突然死という形で痛い目に会います。CTで評価して正解でした。
Fig. 2 RCA before PCI

CTで分かったことはこれだけではありません。Fig. 3は無名動脈が大動脈より分岐した直後ですが、ほぼ全周性に厚いプラークを認めます。また、Fig. 4は下行大動脈ですがやはり厚いプラークを認めます。カテは右上肢からのアプローチも下肢からのアプローチも危険です。より太い動脈の方が安全性が高いと判断し、カテは下肢からとしました。カテの出し入れ時が心配なのでシースはロングシースです。PCI時に意識したことは、血行動態が破綻した時にIABPは使えないということです。こんな大動脈の中でIABPを駆動させたら、塞栓は必発です。

初回造影時に、LADの完全閉塞を開けました。この時、ワイヤーによる穿孔で 心のう液が少し溜まりました。RCAへのトライには十分に時間をかけることにしました。穿孔がある中でヘパリン化はできないと考えたからです。また、右冠動脈がno reflowになった時にIABPが使えないとなれば致死的になりかねないからです。

Fig. 3 Aortic arch evaluated with MDCT
本日、10日間をあけて右冠動脈のPCIを実施しました。この間の治療はスタチンとエパデールです。前下行枝からのExtravasationは消失し、逆に対角枝から#4PDに側副血行が認められました。側副血行があっても、右冠動脈の狭窄は前回造影時より軽減しています。Filtrapで末梢の保護を行い、#1にPROMUS stentを植込みました。回収したFilterにはほとんど何も引っかかっていませんでした。

平均在院日数の短縮が是とされ、大病院ではこの短縮化のプレッシャーは小さくありません。また、これを受けて短い入院日数で治療できるということを「売り」にする施設も医師も存在します。もちろん、それが可能なケースでは短い入院日数で日帰りでも1泊2日でもよいのです。しかし、このケースのようにJeopardized collateralでcollateralのfeederが不安定プラーク、さらにIABPも使用が躊躇われるというような場合には時間を十分にかけることが大切だと思っています。「『病』は時間が作るが、内服と時間が『病』を癒す」こともあると思っています。
Fig. 4 descending Aorta evaluated with MDCT

10日間の何もしない入院期間中、退屈だと文句を言っておられたこの方は、シースを抜去した後の止血中に、今日安全に素早く治療ができて、待っていた意味が良く理解できたと言ってくれました。 同じ質の治療が提供でき、同じ結果が出るのなら入院期間は短い方がいいに決まっています。しかし、在院日数の短縮化が目的となって、機械的にパスに乗せ、1例1例を吟味するする時間や、内服の効果を期待して癒してくれる時間まで奪ってしまうのでは、安全で確実な治療結果という第一義を見失う危険を孕んでいると思えてなりません。

2011年10月6日木曜日

Stay hungry, stay foolish! 自分の心と直感に従い、真実を追究しよう!

Fig. 1 LAD evaluated with MDCT
 2011年9月29日付の当ブログ「冠動脈CT検査のプロトコールを変更することにしました」に多くのアクセスとコメントを頂きずっと考えていました。

もうそろそろレセプトの症状詳記の締め切りなのですがずっと考えていました。詳記を書いているケースの1例です。新規発症の労作性狭心症で受診されました。即日、実施したCT像がFig. 1です。9/29付のブログのケースと同様そんなにdensityが低いわけではないプラークによる高度狭窄です。匿名様、第2の匿名様にご指摘いただいたケースと同様positive remodelingに見えます。すぐに入院していただきました。この方も9/29付のブログのケースと同様に2剤の抗血小板剤のローディング、ヘパリン化をすぐに開始しています。

Fig.2 Left Coronary Artery before NTG IC
Fig. 2は4日後の造影です。NTGが効いていない状態では、CTと同様に高度狭窄が#6に見られます。しかしです。NTGが十分に効いている状態のFig. 3では、前回のケースと同様にCT像ほどの狭窄はありません。明らかに変化はspasmです。第2の匿名様の言葉を借りれば血管拡張不良です。


Fig. 1とFig. 3を比べたのが前回のケースです。狭窄度の解離の原因は血栓の溶解かspasmかの議論でしたが、このケースでは明らかにspasmです。CT撮影時に高度狭窄に見えたのは、硝酸剤を使用しないプロトコールでしたので、たまたまspasticな状態の時に撮影していたわけです。前回のケースと今回のケースのCT像はそっくりです。やはり前回のケースはspasmだったと思います。

Fig.3 Left Coronary Artery after NTG IC
第2の匿名様からIVUS像はどうだったかと質問されましたが、PCIを前提としないIVUSは基本的にしない主義ですので前回のケースではIVUSを実施していません。今回のケースでは、NTG IC後もそれなりの狭窄が残存しているのでIVUSを施行しました。最も狭窄の強かった部位の像をupしておきます。

興味はありますが、第2の匿名様に注意されたような、spasm時のCT像を見るために誘発してCTを撮る様なまねはもちろんしません。しかし、spasm時にはこんな風な画像になるのだということは知っておいて悪くないと思っています。こんな風に写るのだと、今更ながらに思っています。


Fig. 4  IVUS image before PCI
私もガイドラインで硝酸剤の前投与が推奨されていることはもちろん知っています。しかし、前回書いたように心拍数が変化するのが嫌で使用していませんでした。そして、ブログを書いた翌日9/30以後は全例でニトロの前投与を始めました。しかしです。ひねくれた私は、ガイドラインに書かれているように投与すべきなのかと考えてしまいます。前回の例でのspasmを排除した像は見ていないのでまだ何とも言えませんが、普通に軽度ないし中等度の狭窄だった場合、更に追究するようなことをしただろうかと思ってしまいます。

器質的な狭窄をきちんと評価するという目的であれば、ニトロの前投与は必須です。一方、spasmを含めた冠動脈疾患を見落としを少なくして見つけようと思えば、今回のニトロの前投与なしでの撮像で前回のケースも、今回のケースも失ったものはありません。spasmを含めた狭心症を見逃すくらいなら今回のような撮影法でoverestimateでもよかったような気もします。放射線科医が大半を占めるSCCT Japanの推奨は正しいのでしょうが、目的が違えば、必ずしも正しくはないとはならないでしょうか。とはいえ、当面はよく考えて自分なりの結論が出るまでニトロの前投与は続けるつもりですが…

 本日、Steve Jobs氏の死が報じられました。今はWindowsしか使っていませんが、かつての私はMac使いでした。1997年に対馬と福岡徳洲会をテレビ電話で結んで遠隔PTCAなるものを始めた時に、このテレカンファレンスができる装置はWindowsだけだったので、この遠隔PTCAを始めるためにWindowsに変えました。初めて、Windowsを使った時になんと文字が読みにくいのだろうと違和感を持ちました。しかし、今、Macを見ると違和感を感じます。使いやすさや美しさを感じるのに重要な要素は慣れなのかもしれません。

Steve Jobs氏の訃報に接して、有名な2005年のスタンフォード大学の卒業式のスピーチを改めて読みました。

Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma, which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice, heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.

 
皆の時間は限られているから誰か他の人の人生を生きることで時間を無駄にしてはいけない。教条主義の罠にはまってはならない。教条主義とは他の人々の思考の結果に従って生きることだ。他の人の意見という雑音に自分自身の内なる声をかき消されないようにしよう。そして最も重要なことは、自分の心と直感に従う勇気を持つことだ。心と直感は本当になりたい自分をどういうわけか既に知っている。その他すべてのことは二の次だ。


医療の世界で自分の心と直感にのみ従って行動することは許されませんが、ガイドラインに書かれていること、エビデンスがあるということが絶対の真実であると盲信することも医師の良心に反する行動パターンなのかと思います。ガイドラインやエビデンスは知っていても、常に懐疑的な気持ちを持ち、真実を追い求める努力をすることが医師の良心だと信じています。
Stay hungry, stay foolish! Steve Jobs. 2005, @ Stanford University

2011年10月4日火曜日

消えゆく学会 あるいは変化を求められる学会

Facebookを2011年6月頃からチョコチョコと見るようになりました。こんなことを書くと友達を失いそうですが、誰かが何かを食った、いいね!というやり取りに付き合うのにはちょっと閉口しています。でも良いこともあります。中学校の同級生と高校の同級生にfacebook上で再会したことです。高校の同級生がいいね!を押した記事は何なのだろうと眺めてみて、こんなことが私の気を引きました。

消えゆく学会です。人工知能学会の主催で2011年7月23日に東大で開催されました。開催趣旨をそのまま引用します。

学会は、近い将来、ごく一部を除いて全て消滅するのではないでしょうか.

これまで学会が担ってきた、論文を集めそれを本という形で配布するビジネスデルは崩れつつあります.さらに、専門家同士が出会う場、情報を収集する場としての学会の機能も、ソーシャルネットワークや検索エンジンの発展により、消えつつあります.

極論すれば、ウェブがあれば、学会は必要ありません.権威を維持するための組織は必要ありません.



確かに、最新の論文も雑誌として刊行される前にonline版で読むことが可能ですし、SNSで場を設ければ議論も可能です。私は2010年12月15日付の当ブログ「私がブログを始めた訳 ネット時代の医師の生き方」で学会に行けない悔しさを晴らそうと、学会に行かなくても情報は手に入るし、情報を発信することも可能だと書きました。そしてここ数日、私が投稿した記事に対して真面目で学問的なコメントを頂きました。現実にネット上で議論が可能なのです。

2011年9月29日付当ブログ「冠動脈CT検査のプロトコールを変更することにしました」で示した、私がspasmのCT像をとらえたのではないかという記事には、血栓が溶けただけだという意見も、やはりspasmでしょという意見も頂きました。これが、「CTで捉えられた冠動脈spasmの1例」という学会における症例報告であれば数分の発表と数分の討論の時間でこのように内容のあるディスカッションができたであろうかと思います。これが投稿論文であっても査読者との議論はできても著者と読者の議論はネット上のようには深まりません。また、今回変更したNTGの使用も舌下よりもスプレーの方が良いとコメントで教えて頂きました。「第2の匿名」様、感謝です。また、2011年9月26日付当ブログ「非心臓手術前の心臓評価」に対して文献を示して「MY」様からやはり手術前にはPCIをしない方が良いのではないかと意見を頂きました。示していただいた文献は下記です。

Coronary-artery revascularization before elective major vascular surgery. N Engl J Med 2004;351: 2795-804.

この文献ではmajor vascular sugeryの前にPCIをしてもしなくても術後30日以内に発生する心筋梗塞の頻度は変わらないと報告されています。PCI群(CABGも含む血行再建群)で12%、血行再建非施行群で14%で統計的な有意差はないので結論として 術前の血行再建は cannot be recommendedだとしています。この結論も5859例のmajor vascular surgeryを受けたグループから選ばれた510例での検討です。私はこの文献を読み直してみて少しほっとしています。少なくとも術前のPCIは非施行と比べて悪くないとも読めるからです。また、この差がないからrecommendできないという結論は受け入れられるのでしょうか。血管外科医に血行再建をしてもしなくても12-14%の心筋梗塞を発症するのだから放っておいていいんじゃないのとコンサルトの返事を書いて、外科医に納得してもらえるでしょうか。

このような詳しい議論は学会場で可能でしょうか。

ネット時代の医師の生き方と私は書きましたが、本当に問われているのはネット時代の学会のあり方のように思います。ネットでの議論の方が実際の学会の議論よりも有意義だと、多くの医師たちが思い始めた時に学会はどのような存在であるべきでしょうか。2011年4月23日付当ブログ「プロフェッションとして自律し、社会に貢献する医師会や学会として」の中で、学会は自然発生的に集まる論文の整理機関としてだけではなく、社会への貢献を意識すべきだと書きました。また、2010年12月23日付の当ブログ「Stent Fractureに関わる医師、学会、メーカー、厚生労働省やFDAの責任」の中では、学会が関わる分野に発生した問題については、論文が集まるのを待つのではなく学会主導で問題を解決すべきではないかと書きました。学会のあり方が旧態依然とした形態では維持できないのではないかという問題意識です。

E-mailが普及し始めた頃、メール使いは、料金も高い、かける時間も気にかけなくてはいけない従来の電話サービスをPlain Old Telephone Service、POTSと蔑んで呼びました。これを真似して付けられたのがPlain Old Balloon Angioplasty, POBAです。(E-mailは電話サービスなしにも可能ですからPOTSという名称はありだなと思いますが、Stent植込みはBalloonなしにはできない訳ですから親を蔑むようなPOBAの名称は不適切だと今でも思っています。)

ネット時代に、皆が集まって短い時間で十分に議論もできないのにまだ学会をやっているのかと言われる時代は近いかもしれません。Plain Old Medical Meeting, POMMです。こんな蔑称が付かないうちに学会は変化を求められているように思います。

2011年10月3日月曜日

このブログの開設から丸1年、鹿屋ハートセンターのオープンから丸5年が経ちました。 失いたくないもの、それは好奇心です。

9/28付当ブログ「冠動脈CT検査のプロトコールを変更することにしました」にコメントを頂きました。CTで高度狭窄に見えたのにCAGでは軽かったという現象は、ACSでよく見られる所見なので私がspasmではないかと書いたのは間違っているのではないかというコメントです。

私もCT所見を見た時にACSと考え、2剤の抗血小板剤だけではなくヘパリン化も開始していました。 その後の造影ですからこてつ様のコメントのようにACSの血栓が溶解しただけではないかというコメントは頷けるのです。しかし、今回、私はspasm説に傾いています。ACSのCT所見では不整形の狭窄の中にdensityの低いplaqueが見られることが多いと理解しています。場合によってはplaque内に染み出す造影剤が見えることもあります。今回のケースではplaqueのdensityはさほど低くなく、狭窄形態も不整ではありません。これがspasm説に傾いた理由です。でも血栓が溶けたという可能性は排除できません。

一方、NTG舌下後のCTにプロトコールを変えることでspasmの可能性は排除できます。排除できない2つの可能性があるよりも病態が1つに理解できた方が良いだろうというのが今回のプロトコール変更の理由です。

ただ、心の中にはspasmの最中のCT所見はどんなものだろうという好奇心は残っています。spasm時のCT所見を知っている循環器医は存在するでしょうか。今回の私のようにきっとspasmが発生していたのだろうというCT像を見たことがある先生は存在しても、spasmを誘発して、確認した状態でCTを撮る医師はいないだろうと思うからです。近い将来、spasmの可能性を排除した状態でもう1度CTを撮ってみるつもりですが、今回の像との差分で真相に近づけるのではないかと期待しています。もう一つのコメントを頂いた匿名様の、狭窄部のpositive remodelingという所見がひょっとしてspasm発生時のCT所見ではないかと考えています。馬鹿なことを言うなと思われる先生が多いだろうというのは百も承知ですが、誘発されて確認された冠動脈造影像(内腔像)は何度も見ていてもその状態の冠動脈壁を知っている先生はいるでしょうか。これを知ることは難しいことだと思っていますが興味は尽きません。今回のCT画像と、近い将来のspasmを排除した状態でのCT画像の差分がこの答えをくれるのではないかと期待しているのです。

spasmを集中的に研究された前熊本大学教授の泰江弘文先生は、飲酒状態や喫煙状態の冠動脈造影や、深夜や早朝の冠動脈造影、過喚起状態や寒冷刺激時の冠動脈造影などを実施されました。 場合によっては非常識とも思えるこの精力的な研究の大半は市中病院である静岡市立病院で行われました。批判はあるにしても泰江先生の切り開いた地平の意義は大きいと思っていますし、泰江先生の飽くなき好奇心には敬服します。

2006年10月2日に鹿屋ハートセンターはオープンしました。丸5年が経過したわけです。開業医と呼ばれるポジションになりましたが、冠動脈造影・冠動脈CTやPCIに携わる現役の循環器医です。私のところで働く先生が出現すれば、その先生は勤務医になります。勤務医と開業医を隔てるものは医療の内容ではありません。オーナーシップを持っているか持っていないかの違いだけです。現役の冠動脈疾患に携わる医師として失いたくないものは「好奇心」です。私の能力では泰江先生のような大きな仕事はできないでしょうが、常に好奇心や興味を持ち続けることが小さな1つの知見であっても何かを明らかにすることに繋がるのではないか、繋げたいという意欲を持ち続けたいと思っています。 好奇心を持ち続けるために大事なことは、知らないことを知った顔をして納得しないことだと思っています。