2012年12月27日木曜日

多重のステント植込みが原因と考えられる虚血性心不全

  2006年から近くの病院で繰り返しステント植込みをなされた方です。急性の呼吸困難で夜間に救急受診されました。2か月前の心エコーでは左室拡張末期径52㎜と左室の拡大はなく、左室駆出率も56%です。心エコー上の推定右室圧は18mmHgでした。
  
 この程度の心機能の悪くない方が著明な喘鳴でリザーバーマスクでもSP02が70%しかないために気管内挿管を行いFiO2: 100%で人工呼吸器管理を行いました。利尿は良好で翌日には酸素化の状態は改善し、抜管できました。嵐のような心不全がやってきてすぐに去っていきました。このような心不全は腎動脈狭窄でよくみられます。Cardiac Disturbance Syndromeです。しかしこの方の腎動脈PSVは左右とも100cm/s以下です。

 主要冠動脈のどこかに危機的な狭窄があるのではないかと本日、冠動脈造影を行いました。しかし、左冠動脈前下行枝の入口部に50-75%狭窄を認めるのみで嵐のようにやってきた心不全を説明する病変は認めません。しかし、過去にも同じ造影剤を使用して問題がなかったにもかかわらず、また、造影剤の使用量は20ml程度であったにも関わらず、造影直後に胸苦を訴えられ、血圧は45mmHgまで低下しました。造影直前の
PCWP=28mmHg、 PAP=54/25/38でした。著明なPCWPの上昇があったので造影を躊躇いましたが、冠動脈が原因であれば待つことが致命的になると考えて造影に踏み切ったのです。しかし、前述のように主要冠動脈に有意な狭窄は認めませんでした。安易なカテコラミンの使用は危険と考えIABPを使用しました。

一体、何が原因でこの嵐のような心不全がやってきたのでしょうか?この方には日常の生活でNTG舌下が有効な胸痛があります。心筋虚血は存在するのです。最下段に示すように左冠動脈には入口部から前下行枝末梢までステント植込みがなされ、回旋枝も末梢までステント植込みがなされています。右冠動脈も同様です。ステント植込みの詳細は分かりませんが繰り返し、何重にも植え込まれたステントのせいで目に見えるような冠動脈には狭窄はないもののステントによって小血管の血流が障害されているのではないかと考えています。過去にも同様のケースの経験があります。勝手に多重ステント心筋症と呼んでいます。

この仮説が正しいとすれば治療は困難です。主要冠動脈の狭窄による虚血であればカテーテル治療やバイパス手術で虚血は解除されますが、主要冠動脈の大部分をステントが覆いこれが虚血を引き起こしているのであればカテーテル治療もバイパス手術も意味がありません。ましてバイパスの吻合部になる部分もステントで覆われています。

多重債務ではありませんが、多重のステント植込みによる開存した主要冠動脈にも拘らず発生する虚血性の心不全のようです。私自身はこのようなステント植込みを行ったことはありません。常にバイパス手術というオプションを残すことを心掛けてきたからです。自分ならこんな治療はしないけれどと言っても仕方がありません。良い対処を考えなければなりません。

2012年12月25日火曜日

医療の充実を求める心情と、充実を排除する言動

 1994年に湘南鎌倉病院から福岡徳洲会病院に転勤しました。当時、福岡都市圏で最もPCIの多い施設でも年間のPCI件数は100件もなく、全国の政令指定都市で最もPCIの普及が遅れた都市でした。私は、福岡都市圏で最もPCI件数の多い施設を作るのだと頑張っていましたが、もう一つ頑張ったことは、PCIの恩恵を受けることができない、対馬や奄美大島にPCIの灯を燈すことでした。このためテレビ電話を通じて若い先生が現地で実施するPCIを監督し、対馬や奄美大島でも安心して急性心筋梗塞に対するPCIが受けられるようにしたのです。この試みの成果はAHAや日本循環器学会でも報告しましたし、テレビのニュースジャパンや特命リサーチ200Xでも紹介されました。テレビで紹介された後、福岡徳洲会病院には鹿児島市内や宮崎市内からもPCIを受けたいと患者さんが来られました。

来られた患者さんに、鹿児島市内であれば国立鹿児島医療センターも実績があるし、宮崎であれば市郡医師会病院も上手なのにとお話ししましが、来られた方は田舎の医者は信用できない、やはり都会の医師の治療を受けたいと一様に言われました。

2000年、やはりテレビ電話でPCIを支えるよりも直接現地でPCIができる方が良いだろうと考え、既に福岡都市圏で最も多いPCIを実施していた福岡徳洲会病院での部長のポジションを後輩に譲り、志願して鹿屋に転勤しました。しかし、湘南鎌倉病院でのPCIの立ち上げや、福岡徳洲会病院でのPCIの発展よりも鹿屋でのPCIの立ち上げには苦労しました。

鹿屋の近くの町で安静時の胸痛が持続するという方が発生し、救急車で鹿児島市内に向かわれました。冷や汗もかき、危ないと判断した救急隊員は既にPCIを始めていた大隅鹿屋病院にその患者さんを連れてこられました。STは上昇していなかったものの不安定狭心症と判断した私は、鹿児島市内まで行くのは危険だからここで治療しましょうとお話ししましたが、余計なことをするなと叱られたのです。鹿屋で働く医者など信用できないから、死んでもいいから鹿児島に行くと言われたのです。福岡に勤務していた頃には九州中から患者さんが来られたのに、鹿屋で勤務した方が鹿屋の方のためになるとも思っていたのに、現地で働きだすと信用できないと言われショックでした。

同じような経験は鹿屋におけるPCIではないですが徳之島で経験しました。徳之島の病院に東大卒の小児科医が赴任されました。natureという世界でも最も権威ある医学誌にFirst Authorとして論文を採択されたこともある先生です。研究は研究室の方針のよってなされ、医師ではない研究員がほとんどやったことでFirst Authorになったのは自分が医師だったからだけだと謙遜されていました。その先生が、私と同様に十分な医療供給がなされない島のためにと研究室をやめ赴任されたのです。まじめな先生でした。熱発の小児を、中耳炎ではないかと耳鏡で耳を観察し、咽喉を見て、胸も腹部も丁寧に診察していたところ、お母さんから「何をぐちゃぐちゃ、診察しとるねん、さっさと薬をだせばええねん」と叱られたそうです。徳之島から大阪に就職する方が多く、大阪弁を話す方が多いのです。こうこうこういう理由でと説明しても「東大出がなんぼのもんやねん、もたもたして一つも役に立たん」と言われたそうです。この先生はこんなことが続いたために退職されました。そして今でも徳之島の医師不足は深刻です。

奄美大島におけるPCIも地元でできた方が良いだろうと立ち上げました。しかし、鹿屋ハートセンター開設前の浪人時代にPCIのお手伝いにうかっがていた鹿児島市内の病院には次々と奄美の方が治療を受けに来られていたのを見て、地元での治療を必ずしも求められていない現実を知りました。

どこの地方でも地元の医療の充実を求めない筈がありません。その気持ちに応えようとした時に、「こんな田舎に流れてくる医師など信用できない」と拒絶する空気が少なからず存在します。

一昨日、2012年12月23日付当ブログ「医療上の24時間365日の安心はただではない」に対して青森の先生からコメントを頂きました。下記です。

医師不足の一番の問題は、新しい医者が田舎に残らないということではありません。医師を大切にしないので、医師が出ていくのです。もしくは、医者に出ていけというのです。
「医師の数=増える数-減る数」で、増えないばかりが注目され、減る数が多いところはなかなか着目されません。ここを問題にしないのは、環境の責任者やとても偉いつもりの先生達が、自分の責任を問われるからです。
こんな情けないのが田舎の現状です。
民度を高くするしか、日本の医療を救う道は無いと思っています。


青森県でも同じようなことが起きているようです。地元での医療の充実も求めながら、田舎に流れてくるような医師は信用できない、都会で仕事を見つけることができない医師は信用できない等と医師を排除する行動です。このために医師ももう田舎では働きたくないと考えます。悲しい負の連鎖です。12月23日付のブログと同じ結論を書きます。地方における医療の充実には、地元の皆さんと医師との共同した努力とお互いを労わる精神が不可欠です。ろくな医師が来るはずがないという気持ちを地元の皆さんが持ち続ける限り、その土地には医療の充実は決して訪れないように思います。

2012年12月23日日曜日

医療上の24時間365日の安心はただではできないのです

 ある東北の町で実際に起こったことです。医師のいない町で、最も近くの医療機関まで数十キロもあることから、町の皆さんが困っておられました。そこで町立の診療所を開設し、一人の医師に赴任してもらうことになりました。熱心な先生で昼休みも十分に取らずに訪問診療などをされていました。お昼を随分過ぎてから、近くのお店でパンを買って遅い昼食を摂っておられたところを、町の方が目撃され、町の税金で雇ってやった医者が患者も診ないで飯を食っていると非難されたのです。非難された医師は昼食もろくに摂れない町では働けないと退職されました。また、そんな非難をされる町ですから次に赴任する医師もなく元の無医村に戻ってしまい、町の皆さんはまた不便をするようになってしまいました。お伽噺ではありません。現実に起こったことです。

 言うまでもなく、医師も労働者です。1週間の勤務は基本40時間です。これ以上の勤務を求めるのは違法です。24時間週7日間、もれなく誰かが勤務している状態を作ろうと思えば週168時間ですから4人の医師でも間に合いません。最低でも5人の医師が必要になります。町民は5人の医師を雇用するだけの負担をせずに、休みなく勤務することを求めたためにようやく来てもらった医師すらも失うという愚行をしてしまいました。

 鹿屋に夜間急病診療所が開設される前、鹿屋の夜間の急病は鹿屋の開業医が交代で当番をしていました。当院も当番をしていました。当院に来られたことのない患者さんから朝5時に今から普段内服している降圧剤を取りに行くから用意しておけと言われたことがあります。急病に対処するのが目的の当番ですから、普段のかかりつけの先生に受診してくださいとお話ししたところ、仕事で行けないから言っているのだとお叱りを受けました。また、午前3時頃に小学生の子供が熱を出して頭が痛いと言っている、今からMRIを撮ってくれと言われたこともあります。24時間365日いつでも心配であればMRIが撮れますよというような病院はありませんよ、朝早くに小児科に受診されるのが良いですよとお話ししたところ、MRIも撮れないのか、この腐れ病院めと非難されました。交代でやっている当番の開業医のどこででもMRIが撮れると思っておられたのでしょうか。

 24時間365日、いつでも降圧剤を貰え、心配ならMRIが撮れ、緊急の心臓治療も内視鏡も腹部の手術も脳外科の手術もでき、小児の熱発にも中耳炎にも尿管結石にも対処できるというような病院を作ろうとすれば最低でも100人規模の医師を抱えた病院が必要になります。しかし、鹿屋にはこの規模の病院は存在しませんし、仮にこの規模の市立病院を鹿屋市が作ろうとすればその財政負担に鹿屋市は耐えることはできません。それでも24時間365日の安心を保証できる町にしろというのであれば年間に発生する市立病院の赤字は市民で負担するしかありません。鹿屋市立病院を24時間365日なんでも対応するという形で設立すれば年間の赤字は10億円を超えるだろうと思います。10万人の人口ですから毎年、市民全員が医者にかからなくても市立病院を維持するために1万円ずつ負担しますよというのであれば実現は可能かもしれません。24時間365日、いつでもなんでも対応できる医療機関はただではできないのです。

 鹿屋市では循環器救急の当番を作っています。市の制度ではありません。鹿屋市のカテーテル治療ができる施設が自発的に当番し、24時間365日いつでも緊急のカテーテル治療に対応できるようにしているのです。このためいわゆる「たらいまわし」は鹿屋市では発生していません。しかし鹿屋市の医療機関で働くカテーテル治療学会の専門医は私一人ですし、認定医もあと二人いるだけです。24時間365日を回そうと思えば最低でも5人の医師が必要なのにこの少ない人数で24時間365日をカバーすることを自発的に行っているのです。褒めてもらいたい訳でもなく、ありがたく思えよと言いたい訳でもありません。医者なのだから休まずに飯も食わずに働くのは当たり前だというような理不尽な要求をぶつけて東北の町で起こったことと同様の愚を繰り返してもらいたくないと願うのみです。町の皆さんを守るぞという使命感に支えられた医師の不眠不休の努力と、その努力に対する市民の皆さんの理解との調和でしか財政難で十分な医療体制を構築できないこの国では救急は維持できないように思っています。

2012年12月22日土曜日

医療費は高くなっているのでしょうか、国民医療費の増大は医療機関の責任なのでしょうか?

本日NHKで放送されたNHKの「新政権を問う」という番組を見ていて強い違和感を感じました。消費税増税と社会保障がテーマで語られている時に画面下に表示されるTwitterの言葉です。医療費が高くなるので困るというtweetです。この中で語られる医療費とは何なのでしょうか。

例えば私が専門とする冠動脈のカテーテル治療PCIの分野では、今年の診療報酬改定以前であれば1本のバルーン、1本の薬剤溶出性ステント、IVUSを使用して100万円程度でした。今年の診療報酬改定でバルーンやステントの価格は大きく下がったので現在では80万円程度です。医療費は大きく低下しました。では患者さんの窓口負担はどうでしょうか。昨年の医療費であっても今年の医療費であっても高額医療に違いはありませんから患者さんの窓口負担はまったく増加していません。また、個別の医療費の総体である国民医療費もPCIにかかわる分野は患者数が増えない限り単価が低下しているので低下している筈です。2012年は現時点の予想では昨年と比べてPCIの歴史始まって以来初めてPCI件数も減少すると予想されているので総体としても医療費は低下します。では何を持って「医療費が高くなって困る」とtweetした人は感じたのでしょうか?

かつて高齢者の医療費は0割負担であり、医療機関にかかっても1円も負担がないために必要のない受診が横行し、医療機関は高齢者のサロンになっているという時代がありました。しかしそれが1割負担、2割負担を変わってきたために窓口の負担は確かに増えました。また、かつて社会保険本人の窓口負担は1割でしたが現行は3割負担ですのでここでも患者さんの負担は増えました。窓口負担が増えると医療機関が儲かっているのだろうと勘違いをする方もいらっしゃいますが、1件当たりの医療機関が受け取る医療費は少なくともPCIの分野では低下し続けています。窓口負担が増えたのは医療機関が収入を増やしているのではなく、財政上の理由から公的な負担が減った結果です。医療機関に負担が増えた恨みをぶつけるいわれはありません。

診療報酬という公の制度改定のみで医療費が低下しているだけではありません。2011年2月3日付当ブログ「PCIの6ヶ月後の冠動脈造影をしないことに決めました」という方針変更後、2012年3月7日付当ブログ「フォローアップの冠動脈造影を実施しないことによる収支の変化」に記載したように鹿屋ハートセンターに関わる医療費全体は約8%も減少しました。この後にバルーンやステントの保険償還価格は大きく低下しましたから更に鹿屋ハートセンターに関わる総医療費は低下しています。まだ2012年が終わっていませんが恐らく2010年と比較すれば15%程度の医療費の低下になると思っています。このような診療科の運営を私が勤務医時代に行っていれば解雇されていたかもしれません。

国民医療費が増える原因は治療や介護を要する人たちが増えたからにほかなりません。また、窓口負担が増えたのは公的な給付が減ったからで医療機関の収入が増えたからではありません。こうした構造的な問題から目をそらし医療が高度化するので医療費が増えるという論調は明らかな過ちだと思っています。このことに関しては2012年1月27日付当ブログ「医療の高度化に伴って増大する医療費というまやかし」に書きました。

本質から外れ、国民医療費の増大や不健全な財政の責任を医療機関に問う政策がこれからも続けられるのであれば、医療機関は維持できません。もちろん医療の需要がなくなることはありませんから、勝ち残る医療機関と淘汰される医療機関があるでしょうが、総体としては医療の供給力は低下します。医療崩壊です。そして医療崩壊の最大の被害者は医療を求める患者さんに他なりません。医療機関に付け回しをすることには限界があります。本質的な構造改革に向けた議論を期待したいものです。

2012年12月20日木曜日

当院通院中の方に発症した脳出血で考えたこと

2011年9月8日付当ブログ「ワーファリンで治療中の心房細動患者に発症した脳卒中」でPT-INR: 2.16と良好にコントロールされていた患者さんに発症した脳出血の方について書きました。この方は幸い、マヒなどの後遺症を残しませんでした。この方は慢性心房細動患者さんで抗凝固療法はワーファリンのみです。

当院に通院されている心房細動患者さんは2012年3月の集計で290人でした。慢性心房細動患者133人と発作性心房細動患者157人の合計290人です。このうち慢性心房細動患者133人中130人 97.7%の方にワーファリンを処方していました。一方で発作性心房細動患者157人中116人 73.9%の方にワーファリンを処方していました。発作性心房細動患者さんでワーファリンを処方していない方はCHADs scoreが低く、なおかつ心房細動の頻度が極端に少ない方です。全体でみると290人中246人 84.8%の方にワーファリンを処方していました。

2011年はこのワーファリンを内服しておられる約250人中1人が脳出血を起こされたので0.4%の発症です。もうすぐ2012年も終わろうとしていますが、今年当院通院中の方お二人が脳出血で亡くなられました。お一人はワーファリンと2剤の抗血小板剤(DAPT)を内服している方でした。脳出血発症直近のINRは2.06でした。もう一人は心房細動のない方でもちろんワーファリンは内服しておらず、PCI後のためにDAPTを内服しておられる方でした。ワーファリンを内服している方の全体から見ればやはり年率0.4%の頻度ということになり、極めて高頻度という訳ではありません。種々の大きなスタディと比較しても当院での脳出血の頻度が多いわけでもありません。しかし、この問題を何とかしなければという気持ちが強まります。もう一人の方はもう何年も前にPCIを施行した方でしたが敢えてDAPTを止める理由もないだろうとの気持ちで続けていた方です。

ワーファリン+DAPTの方の脳出血を受けて、ワーファリン+DAPTの方の出血のリスクを減らすために薬剤溶出性ステントの植込み後1年以上を経過している方のパナルジンもしくはプラビックスの処方を止めてワーファリン+アスピリンの処方に変更を始めました。当院でワーファリン+DAPTの処方を行っている方は94人(全心房細動患者290人中32.4%)です。ただ左冠動脈主幹部などステント血栓症が発症した場合の致死的なリスクが高い方でも時日が経過しておればDAPTを止めて良いのかと悩みます。また、Cypher stentの植え込みを行っている方でDAPTを止めて良いのかも悩んでいます。こうした方ではPT-INRが2.0を超えない程度にコントロールしながらこれからの対処を考えていきたいと思っています。

一方、長期のDAPTの内服で脳出血を起こされた方を受けて、今までは出血などの中止する理由がなければDAPTを続けておこうと思っていた気持ちを切り替えてやはり1年以上経過した方では1剤に減らそうと思っています。この方針転換が吉と出るか凶と出るかは分かりません。出血性の合併症は減るかもしれませんが冠動脈閉塞による死亡が増えないかも心配です。

CABGとPCIの成績を比較してどちらが良いかというようなトライアルの成績を見て治療方針を決めるという考え方があります。EBMです。一方で個々の施設の成績が異なるのに、上手い下手があるのに大きなスタディの成績をその病院の成績を見ずにあてはめても良いのかという議論もあります。同じことは薬物療法でも言えると思っています。大きなトライアルの成績だけで治療方針を決めるのではなく、自施設の成績も見て方針を考えるべきだと思っています。私は新規抗凝固薬にすぐに飛びつかずにワーファリンを中心に心房細動患者を管理してきました。ワーファリンを第一選択にしてきた理由は抗凝固状態を加減できるからです。慢性心房細動でワーファリン+DAPTの方たちの平均INRは1.82±0.51(n=46)に対してワーファリン単独の方たちの平均INRは1.96±0.44(n=87)とワーファリン+DAPTの群でINRを低めに管理できていました。こうした匙加減が新規抗凝固薬でできるのかを心配してすぐに飛びつけずにいるのです。当面は上記のような方針転換でどのような結果が出るのかを注視してゆきたいと思っています。そしてそれが満足ゆく結果でなければ、他の先生たちの成績を教えてもらいながら新規抗凝固薬の使用も考えなければなりません。今のところ当院では評価できないDAPT+新規抗凝固薬の成績に注目してゆかなければなりません。

2012年12月18日火曜日

他の患者さんが大変であっても自分を待たせるなという患者さん

 本日 お昼前に失神を主訴にかかりつけのの患者さんが救急車で来院されました。引き続き、病棟の患者さんの呼吸状態・意識状態が悪くなり気管内挿管を行いました。このため、外来患者さんには少し待ってもらうことになり、いつも12時15分位に終わる外来が13時頃になりました。午前中にこのような救急患者の来院や病棟の急変があると外来患者さんには待ってもらうしかありません。これまでも急性心筋梗塞の方が来られた場合など外来患者さんには待って頂いて緊急のPCIを行ってきました。もちろん、救急のためにお待たせしますと断ってです。とはいえ、緊急PCIも1時間もかかることは稀ですのでそんなに長くお待たせする訳ではありません。多くの場合、緊急PCIが終わってお待たせしましたと声をかけると、待っておられた患者さんから良かったねという拍手で迎えられてきました。そんな雰囲気だからこそ鹿屋の皆さんに助けられてやりやすいとも思っていました。

 こんな状況で過去にお叱りを受けたことはありませんでした。通院している方のほぼすべてか循環器病の方ですので、急変時には自分もこうして対処してもらえるのだと言ってくれる方がほとんどだからです。

 しかし、本日はお一人の方が待たせるのなら帰ると言われ、もう2度と来ない、医者は他にもいると言われたそうです。そんな患者を診るより自分を待たせずに診察しろということでしょうか。他院でステント植込み後の方です。その方ももちろん急な悪化をする可能性もあり、その方が急変すれば同じように対応するつもりですし、2度と来ないと言われたからと言って2度と来るなとも思いません。同病相哀れむという言葉もありますし、急な時にはお互い様だとは思ってもらえないのが悲しくなります。鹿屋ハートセンターのような小さな施設だから起きることだとも言えますが、何十人も医師がいる病院であっても急な事態でちょっと待ってねとお願いすることは起こりうると思います。自分の緊急事態にはすぐに対応しろ、他人の緊急事態は自分には関係ないから自分を待たせるなというような考えの方が増えていくようであれば、医療の先行きが心配です。

2012年12月16日日曜日

2012年総選挙が終わりました。

本日の衆議院選挙の投票に行ってきました。総選挙の公示後には立候補している訳でもないのにこのブログで選挙に関わることは書かないようにしてきました。選挙も終わったのでまた書いています。2012年11月27日付当ブログ「政治にも見放された…」に書いたように私が住む鹿屋市が属する鹿児島5区には政権与党であった民主党も候補を立てないなど政治的な選択肢のない土地です。投票にも行かないでおこうかなどとも考えましたが、比例区で政党は選べるので行ってきました。しかし、投票用紙を前に、どこに投票するか悩んで立ち止まってしまいました。

例えば、民主党はマニフェストで、成長分野である医療・介護で290万人の雇用を創出すると謳っていました。290万人が仮に年間250万円の所得を得たとします。7.5兆円の人件費です。人件費率が仮に50%としても医療介護分野の売り上げが15兆円増えなければこの人件費は発生しません。では、年間の医療費・介護費を15兆円増やすというのでしょうか。これでは消費増税分10兆円を全て医療費・介護費に回しても足りなくなります。こんなでたらめなマニフェストを書くのは、よほど算数ができないあほか、嘘つきの筈です。このマニフェスト作成の責任者であった細野豪志民主党政調会長は当選を決められました。京都大学卒業の彼にこんな簡単な算数ができない筈はないので嘘つきということになります。でなければ政治にかまけるあまり知性を失ったということです。こんな風に考えるとどこにまともな政治家がいて、どの党の主張がまともなのか分からなくっってしまったのです。

3・11の発生から間もなく、2011年4月6日付当ブログ「この国の明るい未来のために」の中で私は、東西の電力会社の交流周波数を統一すべきではないかと書きました。危機が発生した時に日本中で電力の融通がスムーズに行えるように周波数を統一しスマートグリッド化したら良いのではないかと思ったからです。その後、読んだ小説 マルク・エルスベルグの書いた「ブラックアウト」(角川文庫)ではこのネットワーク化させた電力の供給のリスクがテーマになっていたのでもっと考えなければならないとは思いましたが、発送電分離などを言う前にその基盤である1国2制度を改めるべきではないかと今も思っています。そしてこのような改革は1電力会社では不可能で、国家として提案すべきテーマであろうと思っていました。国の未来を作るための公共事業です。しかし、発送電分離をいう政党はあっても周波数の統一をいう政党は見当たりませんでした。

政権与党に返り咲くことになった自民党に期待するしかありません。政権を取ることを自己目的化せず、危機に瀕したこの国の未来を考えて、この国の改革を推し進めてもらいたいと心から願います。

2012年12月14日金曜日

答が見つからなかった時にはなかなか出会えなかったのに、答が見つかった途端、繰り返し答がやってきます

Fig. 1 sinus arrest recorded with ILR
Fig. 2
80歳代半ばの方です。発作性心房細動で抗不整脈剤を内服して頂いています。 この方が、通所リハビリに行った際などに繰り返し失神発作を起こされます。元が発作性心房細動ですから洞調律に復帰する時などに洞停止を起こすのだろうと推測はしましたが、何度HOLTER心電図を撮っても、数日間の心電図モニターを見ても徐脈がつかまりません。もちろん根拠もなしにペースメーカー植込みをする訳にもいきません。

そこで植込み型ループ式心電計(Fig. 2)の植え込みを行いました。当院で初めてのケースです。Fig. 1に記録されたポーズを示しますが予想したように心房細動からの復帰時に7秒程度の洞停止を起こしていました。心房細動をコントロールすればこうした洞停止は起こさなくなるかもしれませんが80歳代の半ばです。Ablationも躊躇われます。内服でのコントロールを強化し、DDDペースメーカー植込みを選択しました。

Fig. 3 ECG monitor after the admission
入院後、あんなに答を探してモニター監視していた頃には出なかった洞停止が昨夜から繰り返し発生しています(Fig. 3)。当院の心電図モニターではアラームが鳴るような不整脈があった時にその心電図波形は自動でPDF fileに生成されサーバーに保管、電子カルテで閲覧可能になります。答が見つからなかった時にはなかなか出会えなかったのに、答が見つかった途端、繰り返し答がやってきます。


2012年12月13日木曜日

Cypher stent植込み後6年を経過したステント内再狭窄

2006年の12月にACSのためにCypher stentを植え込んだ患者さんです。その後、再狭窄なく経過していました。最近になり 症状が出てきたために再入院です。CTではstent fractureは認めません。

Fig. 1にPCI前のCAGを示します。#3にinstent restenosisを認めます。いわゆるlate catch-upです。Fig. 2には前拡張後の造影です。拡張したstent内からdistalに向けて解離です。STも上昇し胸痛も出現しました。このような状況でIVUSやOCTで解離の様子を観察する先生もおられるようですが私はしません。解離が進行しないうちにさっさとstentを置くのが良いと信じています。Fig. 3はstent植込み後です。fractureが起きにくいとされるMedtronic社製のResolute integrityを古いステントを十分に覆うように植え込みました。全長を覆ったのは古いステントとの間にfractureの原因になる支点を作らないためです。

このケースではPCI前にOCTで評価をしていました。stent distalからstent内まで同様のfibrousな一連の病変です。最近話題のinstentのneoatheroscrelosisでしょうか。こうした例ではinstent restenosisであっても解離が発生しFlow limitingになるということだと、このケースで理解しました。

最近、薬剤溶出性ステントの植込みから1年・2年と経過してきた人でLMT病変などのリスクの高いstentingではない人からパナルジンやプラビックスを止めようと思っています。ステント血栓症のリスクも高くないのに出血のリスクを冒すのは賢明ではないと思い始めたからです。しかし、Cypherを植え込んだ方についてはDAPTの中止を躊躇っています。非常に遅れてでもステント血栓症が発生するのではないかと心配だからです。また、逆にこのケースのようにステント内再狭窄の発生もCypherで多いのではないかと心配しています。役割を果たし功の大きかったステントですから否定的なことだけを言いたくはありません。しかし、Cypher植込み患者さんが今は最も心配です。幸いなことに2006年に開業した当院ではCypher stentを植込んだ方は多くありません。しかし、鹿屋市内には他院で1枝に3本も4本も植え込まれた患者さんが少なからずおられます。日本で発売された2004年から時日を経過しているCypher stent植込み患者さんが問題を発生した時の対策を考えておかなければなりません。

2012年12月12日水曜日

冠動脈MDCTによって変貌する冠動脈病の治療

Fig. 1 RCA evaluated with MDCT
 60歳代後半の男性です。午前6時40分、起床して間もなく胸痛があり、当日朝に受診されました。当日撮像した冠動脈CTがFig. 1です。軽度の狭窄が右冠動脈にあり造影剤の染みだしが認められます。plaque ruptureによるacute coronary syndromeと考え入院して頂きました。近医より降圧剤とスタチンを処方されLDLは108mgです。

入院から2日後の本日、CAGを行いました。Fig. 2はコントロール造影です。矢印に示す部位に解離を思わせるslitが認められます。Fig. 3はエルゴノビンによるスパスム誘発試験です。陰性ですので早朝の胸痛ですがスパスムらしくはありません。

そこでOCTで評価しました。9時から2時位でしょうかlipid poolがあり11時位にruptureによると思われるcapの破綻と空泡化が認められます。
Fig. 2 Control CAG befoe Ergonovine IC

CTで冠動脈の評価をしていなかった頃、早朝の胸痛で、スパスムの誘発が陰性であったならばどうしただろうと思います。Fig. 2のslit様に見える影は1フレームだけで認められました。プラークラプチャーだろうという目で見ていなければ見落としていたかもしれません。このため心配ないよと帰していた可能性もあり得ます。また、CTの所見がなければOCTまではしなかっただろうと思います。

CTの所見、OCTの所見からplaque ruptureと診断しました。既にスタチンを内服していますがLDLは108です。strong statinに変更し、80程度まで下げなくてはと思っています。また鹿屋ハートセンターから車で5分位のところにお住まいなので胸部症状の発現時にはすぐ相談して頂くようによく説明するつもりです。
Fig. 3 After Ergonovine IC
 この方に限らず、CTでこのような所見を見てスタチンを強力に処方する患者さんが増えました。PCIが必要な狭心症の方を見つけているというよりもスタチンが必要な冠動脈病変を見つけているという方が冠動脈CTの大きな意義のように思えます。

当院で何人の方にスタチンを処方しているかは数えていませんが、おそらく400名ほどではないかと想像します。もっとかもしれません。

このケースは胸痛のあったケースですが、冠動脈MDCTを使うようになり日常診療に変化が生じています。有症候の狭心症に対する治療、無症候性心筋虚血に対する治療から、冠動脈CTを駆使して虚血を伴わない冠動脈病の治療へと意識が変わってきました。
Fig. 4 OCT imaging

2012年12月11日火曜日

地方でPCIの技術を高めること

Fig. 1 Right Coronary A. evaluated with MDCT
大リーグ テキサスレンジャーズに移籍したダルビッシュ有選手は、デビューの年である2012年のシーズンを16勝9敗という素晴らしい成績で飾りました。150km/h近い速球を投げられるだけではなく数種類のカーブ、フォーク・ツーシーム、スライダーなど多彩な変化球をも合わせ持っています。速球の球速が衰えたから変化球で交わす投球術を覚えたという後ろ向きの発言をする投手もいますがダルビッシュの場合は異なります。より高みに臨むために種々の技術を習得し、磨きをかけたというべきだと思います。

私の仕事である冠動脈のカテーテル治療は、循環器病の理解やPCIの戦略の立て方等、頭脳を使うことも重要ですしもちろん技術も大切です。また多くの技術・戦術を持ち合わせていることで戦略の構築も変化します。頭を使うことと、手を使うことは車の両輪です。
Fig. 2 simultaneous CAG before PCI 

 狭窄性の病変と比べて治療成績が格段に低かった慢性完全閉塞に対するPCIもretrograde approachの進化によって成績が向上してきました。永くPCIの世界にいる私にとってももちろん自分のものにしたい技術です。一方で症例数の少ない地方の施設ですし、10万人の人口に対して4つのカテーテル治療可能施設があり700件もPCIが実施されている鹿屋では慢性完全閉塞に遭遇することは多くありません。開業後6年を鹿屋ハートセンターは経過しましたが、この間にretrograde approachを試みた方は僅かに5例のみです。1例は2010年12月13日付の当ブログで紹介しました。年に1例あるかないかですからこの手技がうまくなる筈もありません。

Fig. 3 IVUS imaging after predilatation
昨日のケースです。3月ほど前から労作時の胸背部痛があり受診されました。心房細動もあります。当院の冠動脈CTで心房細動患者さんだからと評価できないケースは最近は稀です。Fig. 1に冠動脈CT像を示します。#4AVが起始部から完全閉塞です。石灰化はほぼ認めません。

Fig. 2は左右の冠動脈の同時造影です。回旋枝の末梢から良好な側副血行を認めます。

石灰化がないものの断端が幅広くantegrade approachではうまくいかないことも考えてretrograde approachの準備も整えてPCIを始めました。普段は使わない7FのガイドやCorsair、種々のガイドワイヤーなどです。

Fig. 4 After successful PCI
まずはantegradeからです。ワイヤーの通過に難渋するようであれば解離腔を形成し、ぐちゃぐちゃになる前にReteroに切り替えようと思っていましたが、すんなりとワイヤークロスに成功し、バルーン通過に難渋はしたものの前拡張も可能でした。前拡張後のIVUSをFig. 3に示しますが、すべて真腔を捉えていました。ステントを置いて終了です。

潅流域の大きな#4AVでしたが、側副血行や左冠動脈に負荷やリスクをかけずに治療できたわけですからもちろん良かったのですが意気込んでいた分、すこし拍子抜けです。

技術を高め、戦術を豊富に持ち、複数のオプションを持つ戦略を構築するというのはもちろん、患者さんに寄与しますが、一方で、うまくなりたいという医師の側の気持ちは、わがままかもしれません。症例の少ない地方でうまくならないのに、必要なケースが出てきた時にどう対処するかを考えなくてはなりません。経験豊富な先生に治療してもらうために鹿屋に来てもらうだとか、患者さんに行ってもらうというのが良いのかもしれません。人口が少ないがために症例数が少ない地方なりの考え方が必要なのでしょう。鹿屋のような田舎でダルビッシュが常勤して活躍できる場は構築できる筈もありません

2012年12月8日土曜日

救命の現場での医師が送る「気」

 数日前から重症心不全の患者さんの治療にかかりきりです。心筋梗塞の発症が何時か分かりませんがCPK値は低下し、ALTやLDHが若干上昇しているので数日前の発症でしょうか。苦しくなり始めたのは10日前ほど前です。肺動脈圧は60mmHgを超え、酸素飽和度も低いままなので気管内挿管し、PEEPをかけて人工呼吸器管理です。カテで治療できる冠動脈は治療しました。しかし、障害を受けた心筋はカテだけでは回復しません。もっと早くに来てくれれば、患者さんも医者も楽に治療できたのにと思います。でも既に過ぎたことを悔やんでも仕方がありません。今の状況に合わせて最善を尽くすのみです。

 最近、臨床心理学の先生と仲良しです。毎月開かれる勉強会になるべく参加しようと思っています。重症心不全の患者さんを管理する時に尿量のチェックは大切です。利尿が良ければ重要臓器である腎臓への血流量が確保されているということですから救命の可能性は高くなります。助かってくれよという目でバルーンカテーテルから流れ出てくる尿を見ています。尿量が少ないからと利尿剤やドパミンを使って尿量を確保しようとする時に、出てきてくれよと願いながらカテーテルを撫でたりしていると尿が出てくるのに、薬剤のオーダーだけしているとカテーテルを撫でたりするよりも尿の出が悪い気がしますという話をこの臨床心理学の教授に勉強会でお話ししました。するとその先生は「当然でしょ」と言われます。長い間、尿量を見るカテーテルに「気」を送っても尿量が増えるはずもないと思いながら、非科学と思いながら、念ずれば効果が上がるような気がすると思っていたことをバッサリと一言「当然でしょ」です。

 振り返って、救命できるかギリギリの患者さんを診る時にいくら「助かってくれよ」という「気」を送っても救命できない患者さんがいるのは現実ですが、そんなギリギリの状態ながら助かった患者さんに「助かってくれよ」という「情念」や「気」を送っていない場合もないなとも思います。医師が「助かってくれよ」という「気」を送ることは救命に十分ではないことは確かですが、必要なことだと思います。

 非科学であっても構いません。持っている知識と技術を精一杯駆使しながらも「助かってくれよ」という「情念」や「気」を送っても失うものはありません。「助かってくれよ」という「気」を精一杯送りましょう。

2012年12月7日金曜日

ニトロの舌下が有効な胸痛を繰り返すFFR=0.90の病変

Fig. 1 LAD evaluated with MDCT
70歳代の女性です。#6の50%狭窄という評価で 通院されていました。NTG舌下が有効な胸痛があるために撮像したCTがFig. 1です。非常に強い狭窄という訳ではありませんからカルシウム拮抗剤を使っていました。

心拍数が遅い方でなければほとんどのケースで私はジルチアゼム(ヘルベッサー)を選択しています。しかしヘルベッサー内服下でもNTG有効な胸痛があるために冠動脈造影を行いました。Fig. 2です。#6は75%狭窄でしょうか。FFRを測定しました。結果は0.90です。最近の考え方ではPCIをしない選択になります。先月のCAGです。

Fig. 2 Left CAG before PCI
しかし退院後も、内服下にニトロ舌下が有効な胸痛を繰り返すために再度、本日CAGを行い、今回はIVUSを行いました。Fig. 3です。 area stenosisは80%を超える高度狭窄です。輝度の高い部分も低い部分も混ざり、安定した病変ではなさそうです。今回はPCIを行いました。

 内服下にもニトロ舌下が有効な症状があるにもかかわらず、FFRの値だけでPCIを見送り、カテを1回多くしてしまったことになります。検査結果にとらわれて、症状を二の次にするという、よくある過ちであったと思います。

FFRが低値にならなかったのは最大充血が得られていなかったからとも言えますが、最大充血が達成できたか否かの判断は簡単ではありません。

症状があればどんなに軽度の狭窄でもPCIをしてしまうというのも誤りですし、症状があっても検査所見にとらわれすぎるのも誤りだと思われます。30年もPCIの世界にいるのに、こんなことを考えてしまいます。もっと洗練されなければいけません。

Fig. 3  IVUS before PCI

2012年12月2日日曜日

まともな社会人のキャリアがない人たちが中心の政治って何なのでしょうか?

 亡くなった私の父の最終学歴は尋常小学校です。母のそれは高等小学校です。母は成績が良く、一旦は女学校に入学したものの、学校に履いてゆく靴がないために下駄で通学したところ、うるさいから下駄では来るなと言われて通学を断念したそうです。戦争中のことです。その母の今の生きがいはネットを利用した株の取引です。たまに会うとラップトップに向かっており、現在の国際経済等を語っています。83歳になりました。母親を誉めると嗤われますが、勉強熱心な素敵な83歳だと思っています。

学歴も資格もなく、苦労した両親が私たち子供に期待したことは、教育を受け資格を取り、その資格を活かす仕事について一人立ちすることでした。こうした期待に応えるべく、私は医師の資格を取得し、医師という資格を活かしていくことを大切にしてきました。ちゃんとした教育を受け、まともな仕事について欲しいと思うのは至極当たり前の考え方で、私の両親が特別に変わっているとは思いません。

 総選挙の公示まで間もなくです。政権与党である民主党のリーダーの野田佳彦首相は早稲田大学の卒業です。私の父なら、私が早稲田を卒業したなら、ちゃんとした会社に就職しろよと言ったと思います。野田首相のお父上が何とおっしゃったかは知りませんが、野田首相は早稲田卒業と同時に松下政経塾に入塾し、5年間の塾生活が終わると2年間のアルバイト生活を経て県議選に出馬されました。私の父ならば激怒したと思います。苦労してよい大学に行かせたのにまともな就職もせずに何をしているのだと怒ったに違いありません。野田首相だけではありません。若手の有望株と言われる細野豪志政調会長も京都大学を卒業し、三和総研に就職したにも関わらず、弱冠28歳で静岡県三島で政治家を目指し始められました。坂本竜馬の時代の28歳とは異なり、現在の28歳はある意味で若造です。そんな若造が折角良い大学を出たのに就職を捨て政治家になるなどと言ったら、私の父ならやはり私をぶん殴ったに違いありません。やはり京都大学を卒業した前原誠司特命大臣も、慶応を卒業した小沢一郎元民主党代表もまともな就職をしたことがありません。

 こうしたまともに就職をしたことがない議員が多いのは何も民主党に限りません。自民党の安倍晋三総裁も国会議員の息子として神戸製鋼で3年間の勤務があるだけです。石破茂幹事長も2年間の銀行勤務だけです。そもそも父親が政治家であった彼らにしてみれば、この就職も最初から腰掛であったかもしれません。

 例えば、日本中どこで心筋梗塞になっても確実に適切な急性期の治療が受けられる日本を作ろうという政策を掲げるとします。目標は正しく、聞こえは悪くはありません。しかし、実現するためにはそのスキルを持った医師を養成するシステムや、病院や機材の整備が必要です。このためには時間もお金も必要です。こうした準備ができても現場の医師やスタッフの不眠不休の努力や、地方の人であっても等しく助かる権利がありそれを実現するのだという使命感が欠かせません。お題目だけでは何も実現できないのです。このようなことは医療だけではありません。農林水産業や、製造業、商業や金融でも現場を知らずにお題目を掲げても実現できない改革は枚挙にいとまがないと思われます。

 学校を出てすぐに政治家を志すということは許されないとまでは思いませんが、政治家になることを目的化して、政治家であり続けなければ食っていけないといった人たちに国政を委ねてしまうことに恐怖を感じます。まともな感覚を持って社会に巣立ち、現場を知り、現場における組織化等を学んだ人たちが国政には欠かせないのではないかと思います。そんな風に社会において成功をおさめた人が政治家を目指す筈がないとも思いつつ、そうした人たちでも国政で活躍できるシステム改革が政治に求められているように感じる現在の政治状況です。

2012年11月30日金曜日

私の電話のかけ方

 十数年前に福岡徳洲会病院に勤務している頃、不整脈のアブレーションで高名な先生をお招きし、講演をしていただいたことがあります。べらんめい口調で話をされ、やんちゃな感じを受ける先生です。講演の数日前に打ち合わせでお電話を頂いた時、電話に出たその先生は「先生の病院の保留時のオルゴールは良い曲だね」と切り出されました。とっさに何故、そのようなことを言われるのかが分からなかった私は「ありがとうございます」と応えました。電話を切った後、誰もいないのに赤面してしまいました。大きな病院では電話をかけて取り次いでもらう時に時間がかかることが多く、その待ち時間の保留時のオルゴールで良い曲だなどと私は思ったことがなかったからです。暗にその先生は長く待たされたのを皮肉って良い曲だねと言われたことに気付いたからです。「ありがとうございます」ではなく「長くお待たせして申し訳ありませんでした」と言うべきなのを誤ったために恥ずかしくなったのです。

 この先生はその後、業績を積み重ねられ、教授になられました。この先生の電話のかけ方は、ご自身が呼び出しを待ち、呼び出された相手を待たせることはありません。しかし、このような電話のかけ方をされる医師の方が少数派です。交換手や看護師さんに「〇〇先生に電話をかけて」と依頼し、電話に相手が出たら自分に代わるというかけ方をされる医師が多数派です。本日もこのような電話を受けました。「〇〇病院の××先生から電話です」と言われて電話に出るといきなり、相手病院の交換から「お待ちください」と言われます。電話をかけられたほうがいきなりお待ちくださいと言われると「これって何なの?」と思います。電話をかける側が、待つのを嫌ってかけられた側に待たせるスタイルです。

 私は、電話をかける時には最初に紹介した先生と同じスタイルで私が呼び出しを待つようにしています。かける側がかけられた側を待たせるのは失礼だと思っているからです。そんな些細なことにも心を配っている先生を見ると、普段の姿がどんなにぶっきらぼうな先生でも「徳」や「礼」のある先生だなと思います。見習い続けたいものだと思っています。

2012年11月27日火曜日

政治的にも見捨てられたこの土地に住んで気づかされたこと

 衆議院が解散し、総選挙の公示まで間もなくです。私が住む鹿屋市は鹿児島5区になります。民主党が圧勝した前回の総選挙で5区に立候補し、選挙区では落選し、最も低い惜敗率ながら比例で復活当選した民主党の議員は今回は国替えとかで神奈川県から立候補されるそうです。鹿屋市の出身で鹿屋高校の卒業生です。「ふるさとが好きだから…」というようなポスターをあちこちで掲示されていたので、保守地盤で厳しい選挙になっても鹿児島5区から立候補されるとばかり思っていました。選挙で勝ち目がなさそうなので「ふるさとが好きだから…」という看板を下ろし、居住歴のない土地での立候補を決めた候補本人にも、鹿児島5区には候補を立てないと決めた党にもがっかりです。また、鹿児島5区では勝てそうにないのでこちらに来ましたと言われた神奈川の皆さんにも失礼な話だと思います。

 世間では、消費税増税や、TPP、原発など大事なテーマがありそれぞれに立場を持った政党が多く存在するのに、このままでは鹿児島5区では選択肢は存在しません。どうせ、保守地盤で自民党の候補が圧勝するので立候補するだけ無駄ということでしょうか?ここ鹿児島5区では、民主党も候補を擁立せず、いわゆる第3極も見向きもしません。政治的にも見放された土地のような気がして、気分が滅入ります。こんな安全パイと思われている土地だから、放射性物質の最終処理場を大隅に作ろうという話が来るのではないかと思ってしまいます。

 地元の代表を選ぶ選挙ではなく、政党を選ぶ選挙だから、出身地にこだわる必要はないという考えもあり得ます。こうした考え方からか、日本維新の会の考えを聞くと候補など誰でもよい、立候補する選挙区もどこでもよいというような発想が生まれます。そうであるならば、選挙区制度などなくして、すべて比例区にして、獲得した得票率に応じて各政党に議決に関する権利を付与するだけで議員など要らないということも可能です。持っている株数に応じて株主総会における議決権を与えるのと同様の仕組みです。この仕組みだと地方による1票の格差など問題はなくなります。

 しかし、こんな仕組みを望む人がいる筈はありません。国民全員が国会で議決に加わることはできないので国民の代表としての議員に代議してもらうシステムが国会である筈だからです。

 2000年に鹿屋に赴任し、冠動脈のカテーテル治療を私が始めるまで、大隅半島はPCIのできない土地でした。最寄りのPCI実施可能施設まで2時間もかかるのにです。同じ保険料や税金を負担しながら、当たり前の治療ができずに急性心筋梗塞になった時に助からないといった、医療における見捨てられた土地が大隅でした。そうした医療における見捨てられたポジションは政治や行政に依存せずに、現在では、人口当たりのPCI実施件数が国内でも有数の土地に生まれ変わりました。見捨てられた土地を何とかしようとした医師と、それを育んでくれた地元の皆さんの自律的な努力の結果です。

 今回の総選挙で政治的にも見捨てられそうなこの土地に住み、政治には白けながら、でもこの土地に住む者として、この土地の生存を自らの自立した努力で勝ち取ろうと努力を続けなくてはなりません。政党を選ぶのでもなく、候補者個人を選ぶのでもなく、この土地やこの国に住む者として、自らの生き方を選ぶのだと気づかせてもらった政治の破綻です。

2012年11月14日水曜日

鹿屋ハートセンターが九州1番になるのに貢献したそうです

 夕方に訪ねて来られた某製薬メーカーのMRさんから嬉しい話を聞きました。そのMRさんが担当するエリア(鹿児島の郡部)におけるそのメーカーの降圧剤の売れ行きの伸び率が九州で1番になったそうで本社で社長さんの前で表彰されるとのことでした。ARBです。ARBを販売するそれぞれのメーカーで、製剤による違いがあるのだとよく言われますが、正直どれほどの差があるのだろうと思っています。ですから、患者さんの負担の少ない、すなわち薬価の低い製剤を中心に私は処方しています。また、人間ですからMRさんの人柄に影響を受けることも否定できません。ただ、講演会のパンフレットを持ってくるだけのMRさんと、一緒に色々と議論できるMRさんとでは、やはり熱意のあるMRさんの居る会社の製剤を使ってみようかと思うものです。鹿屋ハートセンターという田舎の小さな診療所が何であっても九州内で1番になるのに貢献したことを誇らしく思います。

 鹿屋ハートセンターの一番はこの降圧剤だけではありません。心房細動患者さんの脳塞栓予防のための抗凝固療法ですが、私は再三ブログに書いてきましたが、ワーファリンを第一選択にしようと思っています。そのためか、九州内の診療所に限れば、当院が九州内で最も多い処方数なのだそうです。わずか6年しか歴史のない当院が、1番というのはやはり誇らしい感じがします。

 かつて福岡徳洲会病院に赴任した時に、立ち上げに協力してくれた造影剤メーカーのMRさんも、造影剤使用量の伸び率が全国1番になったとかで表彰され出世されました。製薬メーカーとの関係は、単に販売業者と顧客という関係ではなく、医療という分野で共に手を携え合うパートナーと思っているのでその時も嬉しく思ったものです。

 人口減少が始まった中で、これからの日本で営業に携わる方の仕事は難しくなる一方だと思います。私たちが関わるPCIの領域でも、今年のPCI実施数は、PCIの歴史始まって以来はじめての対前年割れになる見通しだそうです。マーケットが縮小する中でビジネスは面白くないかもしれませんし、減少を最低限にするために既存の顧客を守るという戦略も悪くないと思っています。しかし、十分な降圧療法が実施されていない、必要なスタチンが処方されていない、心房細動なのに抗凝固療法が実施されていない、いまだにPCIの恩恵を受けられない人たちが存在するなど、現在の縮小するマーケットは飽和したマーケットの縮小ではではないような気がします。

 営業マンが縮小するマーケットの中で守備的にならずに、持ち合わせた製品の価値を信じて、その恩恵をより多くの人たちに普及させるのだという攻撃的な姿勢を持ち続けるのであれば、この閉塞した日本の状況もまだ捨てたものではないような気がします。

2012年11月13日火曜日

「疾不必生、除不必死」 徒に急げばよいという訳ではないという心の余裕

Fig. 1 Before PCI

Fig. 2 Just after 1st ballooning
まだお会いしたことはありませんが、Facebook上で知り合い、気が合う先生に教えて頂いた宮城谷昌光さんの小説に、はまっています。「太公望」、「楽毅」、「子産」、「奇貨居くべし」等と読み進め、「晏子」を読み終わりました。まだまだ宮城谷氏の本はたくさんあるのでしばらくは続きそうです。ブログを書かなかったのはその所為でもあります。

 読み終わった「晏子」の中での名場面です。「疾不必生、除不必死」 荘公が弑された屋敷を去る時に追っ手を恐れる御者が馬車を急がせようとすると、晏子が発した言葉です。疾く走っても必ずしも生きられるわけでもなく、ゆっくりと走ったからといって必ずしも死ぬ訳ではないという意味です。

図は昨日のPCIのケースです。安静時にも労作時にも胸痛があり入院しました。図に示すように#7に90%狭窄を認めます。右冠動脈は#1にdiffuse 50-75%狭窄です。図2には前拡張後の像を示します。この辺りからII, III, AVFでST上昇です。左の造影で回旋枝には問題はないので右冠動脈の問題です。右冠動脈のスパスムを考えました。このためニトロを静注しましたが更にSTは上昇し血圧も50位に低下です。右冠動脈を見たいのですが、そのためには左のガイディングをはずすか、もう1本ガイディングを入れるかです。私の決断はさっとステントを前下行枝に植込み、ガイディングを抜いて右冠動脈を見るという流れでした。右冠動脈はやはりスパスムでニトロ冠注でSTは落ち着き、血圧も上がってきました。このあとゆっくりと左にガイディングを入れてOCTで観察し、後拡張をしっかりと行い、手技終了です。

PCI中に予期せぬ事態に陥った時、「兵は神速を貴ぶ」という曹操の考え方や、孫子の「拙速巧遅」(ゆっくりと上手にするよりも、拙くても早い方が良い)という考え方を中心に戦略・戦術を考えてきました。同じ手技であれば短い時間で終わることを至上としてきました。今も基本的な考え方は変わりませんが、パニックになってなんでも急げばよいというものではないとも思います。

時間の余裕がない状況で、きちんとした前下行枝の仕上げをせずに急いで取りあえずの橋頭保を築き、破綻しそうな戦線である右冠動脈に立ち向かい、この問題を解決した後に本来の前下行枝に仕上げを行うという考えでうまくいきました。

「兵は神速を貴ぶ」や「拙速巧遅」はPCIの基本だと思っています。しかし一方で「疾不必生、除不必死」という位の心の余裕を持って神速を貴びたいものだとも思っています。

2012年10月31日水曜日

この国の経済政策 家電エコポイント制度とは何だったのでしょうか

 2012年10月9日付当ブログ「今そこにあるキミ、山中伸弥教授のノーベル賞受賞に思う」に鹿屋ハートセンターの金木犀はまだ花をつけたことがないと書きましたが、今朝ふと見るとオレンジの花を咲かせていました。そこに関心がゆくと花も期待に応えるのでしょうか。早速、香りをかごうと近づきましたが、少しも匂いません。花が咲くのにも何年もかかり、そこに芳香がたつには更に何年もかかるのでしょうか?

 私たちが働くPCIの分野でも一躍注目を浴びた先生が何年も続かず、あの先生はどこに行ったか分からいないということが起こります。人の世界でも花が咲き、長く芳香を持続するには年余を要するということでしょうか。

 ようやく臨時国会が始まり、首相の所信表明・代表質問が行われました。ニュースを見ると衆議院の解散よりも経済対策を優先すべきとの野田首相の考えが示されたそうです。

 2010年12月12日付当ブログ「鹿屋ハートセンターのテレビを地デジ化しました」の中で鹿屋ハートセンターのテレビ視聴は無料であると書きました。地デジ化に備えて2010年12月にテレビを地デジ化しましたがこのタイミングで地デジ化したのは家電エコポイントを狙ってのことでした。このタイミングで購入した地デジ対応テレビは3万円ほどでしたが1台当たり7千円のエコポイントがついたので実質2万3千円ほどでした。今日現在、価格.comで見ると同じ機種はもう2万円もしません。家電エコポイントを利用しなくても今であればもっと安く購入できたことになります。

 2011年7月の地デジ化、家電エコポイントで液晶テレビの需要は喚起されました。家電エコポイント制度では図に示すように6930億円の莫大な国費が投入されました。その結果はどうでしょうか。本日発表されたパナソニックの通期予想は7650億円の赤字です。シャープもソニーも莫大な赤字を予想し、日立はテレビの自社生産から撤退しました。各社の合計の赤字予想は数兆円に及びます。またこれに伴って各社合計で数万人に及ぶリストラです。この赤字分が解消されるまで、何年にもわたって法人税収入は落ち込みます。性急な地デジ化と、需要の先食い、急速な需要に応えるための設備投資が招いた失政ではなかったかと家電エコポイント制度を思います。しかし、経済産業省の発表した資料をみると5兆円の経済波及効果と、年間32万人の雇用を維持・創出したと発表されています。

 消費者も高い買い物をさせられ、メーカーも巨額の赤字に苦しむことになった制度を大成功であったという政府に経済対策が先だと言われても、また、無駄使いに留まらない経済の破壊が行われるのではないかと心配です。家電エコポイント制度は自民党政権時代に始まったことを思えば、来るべき総選挙後の経済対策ですら心配になります。

 将来を見据えた経済対策を講じることができないこの国のあり様はなんとかならないのでしょうか。この国の経済は何年後に花咲き、いつ芳香をはなつのでしょうか。

2012年10月30日火曜日

本日、職員家族のインフルエンザワクチン接種、1回目が終了です。

 医師になってから鼻水が出たり咳が出たりするような軽い風邪をひいたことはあっても、寝込むような風邪になったことはほとんどありません。最後に寝込むような風邪を引いたのは14年前でしょうか。年末に福岡から、両親に会いに大阪へ新幹線で向かった後、数日して高熱が数日続き、3日ほど病院を休んだのが最後であったと思います。今から思えばインフルエンザであったのだろうと思います。確か、流行した年です。何故、あまり風邪をひかないかを冷静に考えれば、気合が充実しているからではなく感染機会が少ないからだろうと思っています。循環器外来に風邪症状で来られる方がほとんどいないからだと思っています。

 自分自身に感染機会が少なくても、家に小さな子供がいると幼稚園や学校で子供たちが感染し、親も感染するということはよく起こります。感染機会の多い子供たちと同居している家庭は感染のハイリスクであると思っています。そんな考えで、鹿屋ハートセンターでは開院以来、同居家族のインフルエンザから職員を守るため、ひいては通院している患者さんを守るために職員だけではなく、職員の同居家族にも無料でインフルエンザワクチンの無料接種を行っています。同居している子供さんがインフルエンザに罹患すれば、子供さんの看病のためにその職員も休まなければなりませんし、患者さんを護るために休んでもらっています。そうした事態が発生しにくいように職員の家族を含めての感染対策であると思っています。

 開院から6年が経過し、6年前にワクチン接種に初めて当院に来た職員のお子さんも大きくなりました。自分の子供の成長のように、職員の子供たちの成長が楽しみです。鹿屋ハートセンターという小さなコミュニティの感染対策と同時に、鹿屋ハートセンターに集う家族を大事にする年に1回の集合です。

2012年10月29日月曜日

シース抜去・止血時の至高の時間

 本日は4件の冠動脈造影でした。3例はPCIをするほどのこともなかったので診断カテで終了し、1例にPCIを実施しました。すべてRadial approachの予定でしたが1例は穿刺がうまくできずにBrachialの穿刺になりました。とはいえ、いずれも上肢からのapproachですからカテ後の、シース抜去、止血は不要です。

 月曜と金曜は鹿大から先生が来てくれています。なるべく多くのカテが経験できるようにそけいからのアプローチになった時にはシース抜去、止血は私が行い、鹿大の先生には次の患者さんのカテをやってもらっています。8月に福岡済生会病院の芹川先生が見学に来られた時に、穿刺した医師がシース抜去・止血をするべきではないですかと言われました。穿刺から止血まで責任を負ってこそカテを全うするという考え方です。非常に真っ当な考え方だと思います。しかし、今の鹿屋ハートセンターのスタイルだと最終的な責任は私が負っていますし、折角、遠くから研修に来られる先生が止血で時間を費やしては勿体ないと思っているので今はこのスタイルで良いと思っています。

  Radial approachが増え、Femoral approachは減少しましたが、ゼロにはなりません。PCI後の止血にかつては止血デバイスを使っていましたが、最近はほぼ全例用手圧迫で止血しています。デバイスを使ってうまく止血できたときは良いのですが、うまくいかなかったときの血腫や末梢の閉塞をを考えれば、用手圧迫が良いかと思ってのことです。用手圧迫を選んでいるのにはもう一つの理由があります。止血している時間が貴重だからです。

 色々な患者さんがいます、止血している10分ほどの間、ずっと話している人もいますし、じっと黙っている方もいます。じっと黙っていられると止血している時間を長く感じるので、なるべく話をしようと思っています。

 鹿屋ハートセンター開設以前に自分で止血していたのは20年ほど前の湘南鎌倉病院時代でしょうか?福岡徳洲会では部長でしたので若いスタッフの先生が止血をしてくれていましたし、大隅鹿屋病院時代は院長でしたからやはり若い先生が止血をしてくれていました。湘南鎌倉病院時代、止血時に好んで話していた話題は、今までの人生で一番楽しかったのは何歳位の事かということです。当時の80歳位の方に共通した返事は60歳代というものでした。意外でした。恋愛や結婚をする20歳代や30歳代でもなく、仕事で一人前になる30歳代や40歳代でもなく、当時であれば定年になる60歳代だと言われるのです。何故、60歳代なのかは深く突っ込んで聞きませんでしたが。この会話の記憶から、私は私の60歳代を迎える日を楽しみにするようになりました。数年後に迎える60歳代が人生で最も楽しい年代と思うとわくわくします。

 60歳代を迎える日を楽しみにしていた私ですが、最近、本当に60歳代は最良なのだろうかと思い始めました。20年前の80歳の方の60歳代ですから、今から40年ほど前です。1970年頃です。高度経済成長の円熟期で、バブル時代の前です。この時代が良かったから最良と感じただけではないかとも思えるからです。右肩上がりに景気が良くなり給与も増え、何もかもが豊かに便利になっていった時代です。時代が最良を決定していたとすれば、デフレで給与も下がり続けるこの日本で最良の筈の60歳代が来ないではないかと心配になってきたのです。とはいえ、最良を規定するのが年齢なのか時代なのかは、私であればもう数年で答えが出ます。時代ではなく年齢が規定するのだとポジティブに考えておくことにしましょう。

つまらない時間と思えば、シース抜去・止血は本当につまらない仕事ですが、人生の先輩から濃密な教えを乞う時間と思えば有効な時間です。こうした密着した時間を患者さんと共有することは他には困難です。この先も、このシース抜去・止血の時間の至高を楽しみにしましょう。

2012年10月24日水曜日

子曰く、過ちて改めざる、是を過ちと謂う

To err is human!

医療分野で有名な言葉の一つです。人は必ず間違えるので、間違えることを責めずに間違いが起きることを前提に間違いの発生しにくいシステムを作ろうという考えの根本です。こうした考え方は航空機の安全を担保するために発展してきた概念と言われています。間違ったことを責めずに何故間違ったかを考えてゆくのです。

この考えに基づけばミスを犯したスタッフに謝れというのは将来に繋がらないことですから、私はスタッフがすみませんという一言で済まそうとするときに何故、間違ったと思うかと聞くようにしています。そこから改めるべきシステムはないか、足りない教育はないかを考えていきたいのです。

週刊朝日と橋下徹大阪市長の最近のやり取りを報じる報道に違和感を感じています。夕方のフジテレビのニュースで木村太郎氏がこの一連の週刊朝日の記事で唯一問題であったのは同和地区を名指ししたことだと言われたことです。同和地区を特定するために名指しすることもさることながら、ヒトの考え方は出自によって規定される、血脈が問題だ等ということが同様に大きな問題だと思うのですが、木村太郎氏は同和地区を名指ししたことだけが問題だと言われたのです。では、血脈が人格を形成するという発想には問題はないと考えているのでしょうか?

貧しくて育ちも良くなかった人が努力をして才能を開花させることを私は美しいと思いますし、逆に血脈に胡坐をかいて権力の中枢に居続けることができる社会を私は閉塞した危険な社会と思います。かつて徳洲会にいた時に、徳田虎雄理事長のことを国会議員になるべきではない人だという人物に会ったことがあります。彼は国会議員にはふさわしい出自と身分を持った人がなるべきだと言っていました。少なくとも民主国家となったこの国ではこのような考え方は間違っているはずです。出自が悪いから権力を持つ仕事に就くべきではないという考え方も、出自の良いものが権力を握るべきだという考え方も同根の間違いであると信じています。

間違っているという自覚なしに間違いを訂正することはできません。間違いを知ることから間違いの訂正が始まります。有名人がTVで間違った概念を意識してか、気づかずにか、平気でしたり顔で発言する社会を本当に危ないと思っています。

子曰く、過ちて改めざる、是を過ちと謂う。論語です。
誰もが過ちを犯すが、過ちを改めないことを過ちと謂う、To err is Humanに通じる言葉です。
なにも航空安全や、医療安全のために現代になって考えられた概念ではなさそうです。紀元前からある概念を現代で活かせないのでは、ヒトは成長していないと思ってしまいます。

間違いであったことに気付くこと、間違いを改めることに勇気を持ち続けたいものです。

2012年10月14日日曜日

研究の先に見える将器 山中伸弥教授ノーベル賞受賞の報に接して(2)

いつ見たのかも忘れましたが、何気にTVを見た「こちら葛飾区亀有公園前派出所」での物語を思い出しました。大金を貰った両津に、お金をくれたお金持ちが期限を付けて全部使えという話でした。条件は土地を買うなどのお金に代わる資産を買ってはダメだというものです。詳しくは覚えていませんが、100億円だとか1000億円だとか個人では使いきれない額です。どんなに山海の珍味を取り寄せても、ジェット機をチャーターしてそれを食べに行っても、絶世の美女を侍らせても、そんな額を使い切れるはずはありません。個人には無駄な大金だという含蓄のあるテーマであったと勝手に思っていました。

この話を思い出したのは前回に引き続き山中伸弥教授のノーベル賞受賞の報に接したからです。国立大阪病院整形外科の研修医であった頃に100億円を教授が手にしても個人では使いきれませんし、そんなお金があればノーベル賞を受賞するようなテーマに挑戦したかどうかも疑問です。社会人として歩み始めた医師にとっても100億円は不要なお金です。現在の私は、鹿屋ハートセンターの経営に責任を負っていますが、年間数億円規模の運営ですから100億円を持っていてもやはり役には立ちません。仕事を辞めて残りの人生に必要な額以外は寄付でもしようかなどと非建設的なことを考えるかもしれません。小規模の法人の経営者にとっても100億円は不要です。

山中教授は研究費の獲得に苦労されていると報じられています。そうしたノーベル賞受賞の浮ついたムードの中で今後10年間で300億円の助成を文部科学省が実施するとの報道がありました。年間に30億円です。この額は医師になりたての頃の山中教授、研究者になりたての頃の山中教授には使い切れない額であったろうと思います。一兵卒には不要な金額です。一方、多くの研究者や補助者を抱え、機器を揃え、万民のために貢献する仕事をしようと思えばこの額でも不足かもしれません。一医師や一研究者が必要とする額をはるかに上回る金額を使ってする仕事ですから、もう一兵卒の仕事ではありません。将や大臣のそれであるとも言えます。そう思ってみれば、山中教授のお顔も一医師や一研究者のそれとは違う器を感じさせるなぁ等と思えてきます。一方、ノーベル賞受賞の目出度いムードに水を差した胡散臭い某氏の顔を見ればとても将器には見えないなどとも思えます。翻って私の顔は卑しくはないだろうか等とも思います。

一人の人間が必要とする金額、企業が必要とする金額、万民のために貢献する仕事に必要な金額では全く桁が違ってきます。それを同じ物差しで測ろうとするものが年間に30億円もの金をやるのかなどと思えばどんな貴重な仕事もできる筈がありません。防衛予算を削れば福祉に回す予算が出るのになどという議論はこの類のように思います。1兆円を超える金額で世界3位の通信事業者になるというソフトバンクの仕事は、山中教授の仕事よりも価値のある仕事なのでしょうか。きっと価値のある仕事なのだと思います。しかし山中教授の仕事が、それ以上に価値のある仕事であるならば10年間で300億円はけち臭くないか等と思うのは私だけでしょうか。100億円や1千億円、1兆円を価値あるものにできない器のものが予算を議論する愚も考えなくてはなりません。

2012年10月9日火曜日

今、そこにあるキミ 山中伸弥教授のノーベル賞受賞に思う

 秋になりもう金木犀の季節になろうかという時期ですが、我が家の金木犀は我が家に来てからまだ花をつけたことがありません。我が家の金木犀は息子の幼稚園の卒業記念に全員に配られた幼木が育ってきたものです。幼稚園生であった息子も来年春には小学校を卒業し中学生になります。息子が思春期を迎えようとしてもまだ花も咲かない金木犀です。金木犀は大木にはなりませんが、大樹も大樹になるためには根を張る期間が必要です。大器は晩成すと言いますが、花を咲かせ実を結ぶ(金木犀は実を結びませんが)にはやはり年月が必要ということでしょうか。


 私は医師になって三十余年ですが、すぐに何でもできるようになった医師や看護師よりも、ドジで要領が悪く駄目かと思った人の方が大成した例を少なからず見てきました。不器用であるからこそ、誰もが何も考えずにできることでも考えながらできるようになり、誰もができないことであっても考える作業を通じてできるようになるのではないかとさえ思います。


 山中伸弥教授のノーベル賞受賞の報を聞き、かつて見た若い研修医を思い出しました。かれも山中教授と同じ神戸大学医学部卒業でした。徳洲会の研修医として新卒で就職してきた彼とは、福岡徳洲会病院で初めて会いました。痩せて線が細く、いかにも優しいという印象の彼でしたが、「さっさと診ろ!」というような患者さんの前では足がすくみ、何もできませんでした。そんな日が続くうちに彼は出勤しなくなり、再三の出勤の要請にも応えなくなりました。当時、私は循環器部長として福岡徳洲会病院にいましたが、ローテートを原則とする徳洲会の研修システムから離れて自分のところに来ないかと私も声をかけましたが、彼は結局退職しました。その後の消息は知りません。彼も山中教授のように違う環境で大きく羽ばたいているだろうかと思いだしたのです。

 山中教授は整形外科を志し、国立大阪病院の整形外科で研修を受けたそうですが、不器用で手術が下手なために「じゃまなか」と言われていたそうです。挫折感を持って研究者としての道を歩み始めたからこそ、今回の受賞に至ったとも言えます。山中教授は循環器にも興味があったそうですから、もし若い山中教授を預かって、循環器医を志す彼に循環器は向かないから研究者になる道もあるよと示すことができただろうかなどとも思います。その診療科やその病院、その分野に合わないからといってその彼に価値がないわけではありません。入学の難しい医学部を出てきた存在ですから、適合する土壌があれば花開き結実するはずだということを山中教授は示されたのだと思います。

 上司と合わない、スタッフと合わない、病院の雰囲気と合わないと感じている多くの若い医師がいるのだろうと思います。医師だけではなく、看護師も技師も同じであろうと思います。「自分はダメだ」と思い始めた若い医療者も大勢いるだろうと思います。そう思っているキミの不遇はきっと大樹に育つための根を養い、キミに適合する土壌と出会った時に大きな花を咲かせる準備だろうと思います。前を向くことを忘れず、自分の力を信じていれば、自分を諦めなければ、きっとキミに合う土壌が見つかるだろうと思います。

次の「じゃまなか」教授はキミかもしれません。要領がよく何でもできて前に進んでゆく同輩はきっと山中教授にはなれないと思います。今、そこにあるキミの不遇に勇気をくれた「じゃまなか」教授に感謝しなければなりません。

2012年10月4日木曜日

DAPT(2剤の抗血小板剤)中止下の手術を無事終えて来院されました。

 2012年7月27日付当ブログ「DES植込み後の非心臓手術時のDAPT中止 OCTによる評価」に記載した方が本日、術後初めての受診でした。膵頭十二指腸切除ですから侵襲も決して小さくない手術ですがDAPT(2剤の抗血小板剤投与)の中止下に無事に手術に成功し、来院されたのです。OCTで内膜が張っていることを確認し、自信を持ってDAPT中止下に手術していただいても構いませんと返事を差し上げた方ですが、確実とも言えず心配していたのですが無事にお顔を見れて安心しました。1例だけがうまくいったからといってこのやり方が良いとは言い切れませんが論理的ではあると思っています。これからも当院で手術をPCIを受けた方が外科手術に回る場合などに、このように根拠をもって外科に方針を伝えたいと思っています。

 当院でPCIを受ける方の平均年齢は70歳を超えており、PCIを受けた後に外科手術が必要な悪性疾患が見つかることも稀ではありません。DES植込み後6か月以上を経過しており、今回のケースのようにOCTで内膜がはっていることが確認できるケースなどでは自信を持ってDAPTの中止を決めることができますが、それより短い期間の場合あるいは内膜がはっていない場合などはどうしたらよいでしょうか。私は、必要とされる外科手術の緊急度で決まると思っています。あと2か月で半年になるというような方で2か月が待てる程度の手術であれば待って頂くのが良いと思いますし、待てない場合であればステント血栓症のリスクを十分に意識して緊急時に対処できる準備をして外科手術に回すということになると思っています。この非心臓手術が待てるか否かの判断はPCIを実施した私たちでは判断できません。どれほど急ぐ手術なのか、待つことによる不利益は何なのかを外科サイドから情報提供して頂ければ、循環器医としても、待つことによる心臓のメリット、待たないことの心臓のリスクを外科医に伝えることができると思います。二律背反するような状況では、お互いの立場だけを考えるのだけではなく、お互いで患者さんにとって最も安全でメリットのある形を作り上げるのが良いと思っています。

 時に手術を受けることになったので抗血小板剤を止めても良いか聞いて来いと外科医から言われて来院される方がおられます。このような形であれば外科サイドが待てるのか否か、どれほど急ぐ手術なのか分からないので返事に困ります。外科医と循環器医が面倒でも情報提供し合って慎重に内服の中断を決めたいものだと思っています。

大丈夫だと高をくくっていると、事故が発生するというのはマーフィーの法則にあったかどうかは覚えていませんが、往々にして油断をすると痛い目にあいます。そして痛い目にあうのは患者さんです。他科の先生とはよく相談して内服一つでも安易に方針を決定しないようにしたいものです。

2012年9月30日日曜日

明日10月1日より医療法人鹿屋ハートセンターとして新たなスタートです

2012年9月31日で個人開設としての鹿屋ハートセンターは閉院し、翌2012年10月1日より医療法人鹿屋ハートセンターとして新たなスタートを切ることになりました。

2006年10月1日の開院から丸6年です。元々ケセラセラでプレッシャーのかかるイベントでも眠れなくなったりすることもなく、かつて行った海外での学会発表などでもその時が来て発表の時間が15分ならその15分は当たり前の15分として過ぎてゆくものだと思ってきたので眠れなくなったりすることはありませんでした。でも6年前の開院前には毎晩開業初日の夢を見ました。たくさんの患者さんが来られて、このままじゃパニックだよと思う夢だったり、翌日には一人の患者さんも来られない開業初日を迎えて落ち込む夢を見たりで夜中によく起きたものです。普段プレッシャーに強い方なのにこんな風になったのはやはり開業が人生の中で大きなイベントだったからだと思います。

2006年10月1日は日曜日だったために開業最初の外来は10月2日でした。初日の受診患者さんは40数名でした。パニックになることもなく落ち込むこともなく、普通に初日は終わりました。それから6年です。

医療機関にある高額医療機器の多くはリース品です。ざっとですが1億円の機器をリースで導入すると5分の1の2千万円を6年間支払う感じになります。6年が経過してもその機器を使い続けると再リースになり年間の支払はおよそ10分の1の2百万円になります。このリース負担が減少するまでの6年間を無事に運営できるかを心配してスタートを切りましたが、大過なく6年が経過しました。新生の医療法人鹿屋ハートセンターは少ないリース負担でスタートを切れるので余程のことがない限り順調に経営してゆけると確信しています。

鹿屋ハートセンターの土地建物も法人の所有としたので、私に万一のことがあっても法人はびくともしない仕組みになりました。こうした仕組みにしたのはやはり私が現役を退いた後に継承するであろう次代の理事長に負担をかけないためです。絵も描けていない継承ですが、継承の仕組みはできました。

仕組みに続いて次代に向けて取り組まなければならないのは人で作る城です。与えられた仕事をそつなくこなせるだけの人たちだけでは組織は持ちません。与えられた仕事をこなすだけではなく、組織を活性化し提供する商品である医療の質を高める努力をする人たちで満たされることで強力なリーダシップのない環境でも法人は生き残っていけると信じています。

医療法人として鹿屋ハートセンターは明日、新たなスタートを切ります。気持ちを新たに、果たすべき役割を十分に意識して、持続可能な施設づくりに励まなければなりません。

2012年9月26日水曜日

ステント内閉塞をした患者さんを見て思う

Fig. 1 Before PCI 5m ago
Fig. 2 After PCI 5m ago
医師になって34年目です。年をとったせいか昔のことをよく思い出します。最近はそんな人を見ることはまずありませんが、若い頃に受け持ちになった心胸郭比(CTR)が100%の僧帽弁狭窄症のことなどを思い出します。まだ私が20歳代の頃です。よく弁膜症の方は心房細動になるのをきっかけにして心不全が悪化しますが、その方は末期の心不全になってから洞調律に自然と復しました。徐脈です。それでも洞調律に復帰したので心不全の管理は楽になるかと思いましたが、逆に心不全のコントロールは不良になり、心室細動を繰り返しました。末期の心不全ですので除細動も叶わず、死に至ると思っていましたが急場を凌ぐことができました。蘇生後に、キリストに会ったなどと話されたのでよく覚えています。30年も前の患者さんですから今は生存されているはずもありません。この方の最期には転勤で立ち会えませんでした。

苦労して急場を乗り切った方もその後、必ず最期を迎えます。誰も死なせない医療などできる筈もなく、死に至らせないことを医師の最終のゴールとすれば、医師の仕事は100戦100敗の空しい仕事になります。死に至るわけではない疾患で命を失わないように、苦しんで死に至らないように、死に至るまでの「生」が意義のあるものになるように手伝うことなどを医師としての目標におかなければ、医師の仕事に価値はないように思えます。

Fig. 3 Five months after stenting
本日の患者さんです。80歳代半ばの透析患者さんです。 9年の透析歴です。2009年に胸痛があり、最初のPCIを#3に対して実施しました。この時にはステントを持ち込めずにバルーンだけで終了です。当然のように再狭窄し、その後は子カテを使って薬剤溶出性ステントの植え込みを行ってきましたが、Xience V、Endeavor、NOBORI、PROMUS elementいずれも再狭窄です。今回も胸痛があり造影したところステント部は完全閉塞でした。最近の閉塞でしょうから、再度のPCIは可能でしょうが今回はPCIをしませんでした。PCIで拡張できても、再狭窄を回避する手段を持ち合わせていないからです。狭窄であればその次の段階の閉塞時に病態が悪化するのではないかと考え、PCIを実施したに違いありませんが、この閉塞した状況で心電図所見の悪化も心エコー上の心機能の悪化もありません。閉塞により急激に悪化する病態が発生しないと思うと、血管を開けることを仕事にしてきた医師として不謹慎かもしれませんがホッとした気持ちにもなります。

Fig. 4に示すようにこの方の外腸骨動脈は両側で閉塞しています。いつもPCI時にはその閉塞の上を穿刺してきましたが、石に針を刺すような感触で次のPCI時にはもう穿刺できないかもしれないとも思ってきました。幸い、左冠動脈には問題がないので多少の胸痛はあってもうまくコントロールしてゆけるだろうと思っています。

Fig. 4 Angiograhy via Femoral sheath
命を護ることは当然としても、絶対に死に至らない医療は存在しません。目の前の狭窄を拡張することだけがPCIを行う医師の目標ではありません。拡張した状態で冠動脈を維持することはできませんでした。しかし、これからが医師としてこの方に何ができるかの正念場のように思えます。

2012年9月18日火曜日

北方謙三の「史記」に魅了されました。もっと中国の歴史や文化に、はまりたいと気持ちが高まります。

尖閣の領有をめぐって日中が落ち着きません。607年の聖徳太子の遣隋使以前にも、親魏倭王と呼ばれた卑弥呼や、漢委奴国王と書かれた志賀島の金印等の記録があり、日本と中国の交流は2000年近くの歴史があります。もちろん、私たちが使用する漢字は中国のものですし、かなもカナも漢字由来です。

札幌ハートセンターの藤田先生が好んで使われる「仁」「義」「礼」「智」「信」も儒教の言葉です。同じ漢字を使う文化圏に住み、儒教という中国由来の道徳を大切にする国民同士が憎み合う構造を悲しく不思議に思っています。

中国に憧れ、中国の文字や律令、政治をまねて国家として形作られてきた日本と現代の中国は今では相容れないのでしょうか。日中戦争の歴史を超えて同じ文化を持つ国同士が手を携えあうことはできないのでしょうか。ずっと、この間のニュースを見ながらこんなことを考えていました。しかし、ふと思い起こすと、私は中国の歴史や文化をあまりにも知らないことに気づきました。とはいえ四書五経を勉強するのも敷居が高いし、杜甫や李白も柄でもないしなどと思い、入りやすいところから北方謙三の「史記」を読んでみることにしました。北方謙三の小説「史記」ですから、史記そのものとは異なります。しかし、魅了されました。全7巻を1週間ほどで読み終えました。前漢の物語ですから紀元前の物語ですが、こんなに面白い読みものがあったのかと再発見です。武帝と呼ばれる劉徹の名君ぶり・暴君ぶり、衛青将軍の活躍、李陵の苦悩、匈奴の成長など息もつかせぬ展開です。

読み終えて更に、同じ道徳観、文化を持った国同士が、あるいは国民同士が憎み合うのは間違っているという気持ちが強まります。批林批孔運動を行った中国共産党と相いれないのでしょうか。2000年の付き合いの中での僅か100年足らずの日中戦争や共産党の歴史です。2000年の歴史の中で見れば僅かな齟齬のような気がしなくもありません。昨日今日の喧嘩など忘れましょうとは言いませんが、長い歴史のあるお付き合いを振り返って冷静になりたいと思っています。今度は、本物の司馬遷が書いた「史記」に近づき、ちくま学芸文庫の史記を読んでみましょう。

2012年9月11日火曜日

大隅半島における冠動脈治療の未来を心配しています。

ゆく河の流れは絶えずして、しかも もとの水にあらず。よどみに浮かぶ うたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

有名な鴨長明の方丈記の序文です。先日のブログに書いたように58歳にもなるとこんな言葉が心に沁みます。2000年にPCIができない土地であった大隅半島にPCIの灯を燈すのだとやってきて12年、鹿屋ハートセンターを開設してもうすぐ丸6年です。開設準備前に少しでも多くのノウハウを吸収しようと、中京地区の有名なハートセンターの先生に会いに行きました。そこで多くのことを教えて頂いたことが鹿屋ハートセンターのスムーズな開設や順調な経営に結びついているのだと感謝しています。その先生との会話の中で、大隅半島のような人口の少ない田舎ではなく、鹿児島県で開設するなら鹿児島市内の方が良いのではないかと言われました。

私はすぐに鹿屋以外の選択はないとお話ししました。PCIができなかった土地にPCIの灯を燈した責任を全うするために開設するのであってビジネスとしての成功を目指して良いマーケットを探しているわけではないとお話ししました。とはいえ、2000年に私が大隅鹿屋病院でPCIを立ち上げた直後に県立鹿屋医療センターでもPCIが始まり、2006年に開設した当院は鹿屋市での3番目のPCI施設です。その後、もう一つのPCI実施可能な病院ができましたから現在では鹿屋ハートセンターを含めて4つのPCI施設が存在する街になりました。僅か10万人の人口の町に4つのPCI施設です。この結果、人口10万人当りのPCI実施件数は約750件と、千葉県松戸市に次ぐ全国でも有数のPCIの密度が高い街へと変わりました(図)。

しかし、結んでは消えるうたかたです。大隅鹿屋病院におられたPCIの学会認定専門医(CVIT専門医)の先生が関東に転勤されたので、現在鹿屋市で働くCVIT専門医は私一人になってしまいました。また、専門医が常勤で勤務していることが条件のCVIT研修施設・関連施設も大隅半島では鹿屋ハートセンター1施設のみとなってしまいました。58歳の私が大隅半島内の唯一の専門医で、常勤で研修をしている医師がいない鹿屋ハートセンターが唯一の研修関連施設です。このような状態で5年後、10年後に大隅半島内にCVIT専門医はいるのだろうかと危惧しています。

CVIT専門医になるためには認定医の資格を取得した後、3年以上の研修施設・関連施設でのカテーテル治療の実務がが求められます。鹿屋市を中心とする大隅半島で専門医が存在する研修施設を維持してゆくためには、専門医を養成するための長い期間を要します。困ってからの対策では間に合いません。

鹿屋ハートセンターは、私が果たすべき使命のゴールではありません。PCIの灯を燈した責任を全うしこの地にPCI施設を維持し続ける仕組みを作るのが私の使命であり目標です。この川の流れを枯らさぬよう、いづれ消えゆくうたかたである私は、新たに結ぶうたかたを求めなければなりません。

2012年9月7日金曜日

紹介医に無断で実施されたPCIには、上質どころかもっと根源的な問題がありました。

2012年9月4日付当ブログ「上質は細部に宿る」に記載したケースで、送ってもらったCDが読めなかったことを記載しました。この日、その病院にも読めなかった旨を電話でお話しし、新しいCDを送ってもらいました。手間をかけさせたと恐縮しています。

図はその病院におけるPCI前の造影です。確かに左前下行枝に狭窄を認めます。この程度の狭窄であれば私は50%狭窄と読むことが多いですし、75%狭窄と読んでも良いかとも思います。紹介医に無断で、大動脈瘤の手術で紹介された患者のPCIを実施してしまうこと、DES植込み後のDAPT内服の説明が十分ではなかったことに不満はありましたが、もっと気になっていたのは自分の責任です。PCIを要する患者さんの冠動脈を評価せずに血管外科に紹介してしまったのだろうかと気に病んでいました。PCIを受けたと聞いた後、紹介状を見なおしました。添付していたCTでは冠動脈を評価しており、PCIを要するような病変はないと判断して紹介していました。外科に紹介する時に紹介医である自分の怠慢で、患者さんに思いがけない合併症が発生しないように評価するのも大事な責任と思っています。外科に紹介した患者さんが亡くなられた時には、その責任は外科医だけではなく紹介した自分にもあると思っています。

大動脈瘤の手術に際して冠動脈を評価し問題ないだろうと判断し、実際に問題なく手術は成功しました。その後、全く無症状であるにもかかわらず大動脈瘤の手術のために紹介した病院でPCIは実施されました。主治医言わく、狭窄のある旨を説明し、内科的治療という選択もあると説明した上で、希望されたので実施したとのことでした。私なら、この程度の病変であれば症状が出てから、あるいはCTで狭窄の進行を見ながら治療の時期を考えましょうと説明したと思います。事実を説明しての患者の選択と言えば医師に責任はないように聞こえますが、事実の評価が異なれば、患者さんは目の前にいる医師の説明によって誘導されます。こんな風に考えると説明に基づいた患者の同意 Informed consent 等はいい加減なものだと思えます。

この図に示した造影像は拡張期のものです。確かに収縮期には内腔はペチャンコになっています。しかし、拡張期の像で狭窄度を評価するのは冠動脈疾患に関わる医師にとって常識です。収縮期にペチャンコになっているのはmyocardial squeezingの所見です。こんなことも知らずにPCIの適応を決めているのでしょうか、あるいは意図的に高度狭窄と言っているのでしょうか。PCIの適応を甘くし、症例数を増やしたところで1円も給料が上がるわけでもない勤務医が何故このようなPCIを急いで実施したがるのでしょうか。このようなPCIが実施されていると、PCIをやっている医者は無駄なPCIで患者のリスクを増やしていると非難されても仕方がないと私でも思ってしまいます。こんなことになってしまうのは、診療報酬審査では適応そのものは審査されていないという体制が根本の理由かもしれません。1例でも多くのPCIの経験を積みたいだとか、1例でも症例を増やして病院上層部から評価されたいなどという患者側に立たない動機を持たないよう、自分を律してゆかなくてはなりません。

2012年9月6日木曜日

正しい診療報酬審査が正しい診療に繋がると信じていますが…

1ヶ月前のケースです。発症は労作時ですが1時間半に及ぶ胸痛があり受診されました。上段の図に示すように回旋枝に透亮像を伴った狭窄を認めます。下段のOCTでは血栓像もTCFAも認めます。プラークラプチャーと引き続く血栓と考えてステント植込みを行いました。最近、当院では、こうしたケースで好んでIVUSではなくOCTを使用しています。解像度も高く、病変の性状・病態もより明らかになるように思っています。

本日、診療報酬審査委員会からIVUSが困難であった理由を書きなさいと返戻が届きました。この例ではIVUSが困難であったからOCTを実施したわけではありません。この例の評価にOCTの方がIVUSよりも優れていると考えたからOCTを用いたのです。審査委員会からの質問でこの質問を発した委員は全くOCTのことを知らないのだと想像できます。

保険診療の認められた正当な検査や治療を実施しているにもかかわらず、それを査定するのは財産権の侵害とも言えます。正当な報酬を査定する権限を与えられているのであればきちんと勉強してほしい・するべきだと思います。

昨日で8月分のレセプトの症状詳記を書き上げました。8月には、FFRの評価で5例のPCIの実施を見送りました。無駄なPCIを排除するためのFFRの評価が機能していると思っています。しかし、これについても先日、FFR測定に使用したガイディングカテを査定されました。こんなことがあるからでしょうか、診断カテでFFRを測定する施設もあるやに聞きます。実際、当院でも4F診断カテでの測定を試みたこともありますが、ワイヤーの操作性が低下し冠動脈を傷つけないかと不安になりましたし、何より測定結果が正しいのか疑問に思えます。大事なことは正しい評価だと思っています。正しい評価ができないために、治療が必要な方の治療を回避したり、逆に治療の必要がない方にステントを入れてしまうようなことは絶対に避けなければなりません。

3000円程度の検査をするために2万2千円もするガイディングカテを査定されるならFFRなんかせずにPCIを実施してしまえば良いとの間違った考えを誘導しかねません。審査委員会による間違った審査は、医療機関の報酬を削っているのではなく場合によっては診療の質を削ってしまうことにもなりかねません。

患者さんに提供される診療が正しいものになるように、また、医療機関の実施する正当な検査や治療から得られる正当な報酬を奪わないように、審査委員には是非、勉強と見識をお願いしたいものだと思っています。

2012年9月4日火曜日

上質は細部に宿る God is in the details.

大隅鹿屋病院長時代に(株)イエローハットの創業者の鍵山秀三郎氏の始められた日本を美しくする会 掃除に学ぶ会の活動に積極的に参加してきました。トイレ掃除や街の掃除を通じて自分の心を磨こうという会です。こうした自分磨きを通じて、活動に関わってきた企業が立ち直ったという例も少なくありません。始めた当時は掃除するだけで経営が良くなるなら苦労はないなどと思っていましたが、この活動に関わってから、それまで困難であった大隅鹿屋病院の経営は立ち直りました。

上段の写真の通気口は掃除の会で訪れたある高校のものです。掃除にうかがってこんなに汚いところがあるのかとうんざりするところの代表と言えば大体が学校です。清潔な環境で生徒の健全な成長を図ると言っている学校でもこんな風に掃除もなされていないケースが多く、教育の現場は口先だけだとよく思ったものです。

下段の写真はある病院のトイレです。便器は何年も掃除されていないために尿石がこびりつき、異臭は容易には取れません。いくつかの病院でトイレ掃除をしましたが、このようなトイレを放置している病院も少なくありません。ホテルのトイレがこんな風であれば、2度と泊まりたくないと思わせる環境で患者さんは入院しておられます。しかしこうした病院でもこのような環境を放置したまま、「感染対策委員会」でマニュアルを作り、自分の病院の院内感染対策は万全だと言います。

口先だけで理想を語り胸を張りながら、細部は杜撰というのでは上質とは言えません。どこかの自動車メーカーのコピーで「上質は細部に宿る」というのがありました、上質であり続けるためには細部へのこだわりや努力が必要です。

当院に通院している方の胸部大動脈瘤が急速に大きくなってきたために手術適応と判断しました。本人やご家族に手術を受けるのであればどこが良いかと相談しました。どうせ手術を受けるのであれば日本で最も良い病院で手術を受けたいと言われたので神奈川県の某病院を紹介しました。本日、術後初めての当院受診です。返書を見ると、手術後に前下行枝に薬剤溶出性ステントの植え込みも実施したとあります。全く胸部症状もなく、手術にも耐えられたわけですから急いでPCIをしなくても鹿児島に帰ってからでも良かったのにと思いましたが、文句は言うまいと考えました。PCIの実施時のCDが添付してあったので目を通そうと見たところファイルが開けません。プロパティを見ると使用領域も空き領域もゼロです。CDを見ると焼いた形跡も残っていません。PCI後の2剤の抗血小板剤も4週間処方されており2週間後の肝機能や白血球数のチェックが必要だという説明も聞いていないと言われます。このため2週間ごとの採血が必要だとか、急な閉塞があった場合に夜間でもすぐに連絡するように当院でPCIを受けた方であれば退院時に受ける説明を行いました。

一流と思っていた病院に大切な患者さんを紹介しましたが、細部はこの程度でした。CDを焼いたのは事務か放射線科でしょうが杜撰な仕事は病院全体の価値を貶めます。紹介医に相談もせずに緊急でもない治療をやってしまうと紹介医との継続した良好な関係は保てません。また、PCIを上手に実施することは当然として、術後のDAPTの継続や、その副作用の説明、緊急時の対策の方が実はPCIよりも大切だという思いもあります。こうしたことに杜撰な病院が上質であるとは思えません。

組織全体で細部にこだわり上質を提供し続けること、今回の病院の対応を他山の石として気を付けなければなりません。

2012年9月3日月曜日

科学的な根拠に基づく政治 Evidence Based Politics

 2012年8月31日、鹿児島県の医療審議会が開催されました。今回の審議会で鹿屋ハートセンターの医療法人化も議論されることになっていました。まだ、正式な結果は聞いていませんがきっと法人化が認められると信じています。そうなると新井英和個人の個人商店としての鹿屋ハートセンターは、鹿児島県に認可された医療法人鹿屋ハートセンターに生まれ変わります。このブログも、個人商店主として好きなことを書いてきましたが、法人のオフィシャルブログとして好きなことを個人的に書くことはふさわしくないように思えます。ですから、本日をもって鹿屋ハートセンターのオフィシャルブログから、新井英和の個人ブログにすることとします。この制約が取れることでもっと好きなことをかけるような気もします。

早速、個人の立場で、気になっていることを書こうと思います。大阪市長の橋下徹氏が代表を務める大阪維新の会の維新八策最終版で衆議院定数を現在の定数の半数である240に減らすという提案がありました。これに対して現政権与党である民主党の輿石東幹事長から240の定員で民意が反映されるのか心配だというコメントがありました。国会議員にかける税負担を減らそうとするお金の議論を優先するのか、民意を優先するのかの議論です。では、「民意」とは何であろうかと気になっています。

全国民の国民投票で政策を決めるのは大変だからと国民の意見を反映する代議員を選び出すことが総選挙だと思っています。現行の480人は日本国民1億3千万人の民意を反映させるのに十分な数なのでしょうか?1億3千万人の意思を測るのに、480のサンプル数は統計学的に十分なサンプル数と言えるでしょうか。これが無作為に抽出された480のサンプル数であればまだしも、現行の480のサンプル数は無作為ではありません。党の決定に逆らえば公認を得られないかもしれないとか支持母体の意に逆らうわけにはいかないというようなバイアスがかかっている訳ですから、480のサンプル数でも民意を反映するために充分な筈がありません。輿石氏の240では民意を反映できるか心配だという考えには同意できます。更に言えば、バイアスがかかった形態であれば480であっても民意は反映されないと考えるのが妥当かと思います。実際、現在の内閣の政策が民意を反映していると思っている国民は過半数を超えているでしょうか?とてもそうは思えません。240では心配だという輿石氏に現状では480だって心配だよと言いたくもなります。

民意を反映させるために統計学的に正しい方策は、バイアスを排除するシステムを作るか、サンプル数を多くするか、あるいは両者ともに採用することだと思います。諸外国では人口当たりの議員数は何人だとかを考える必要はないのです。純粋に統計学的に考えればよいと思っています。

サンプル数を増やす方策は議員定数を増やすことです。これでは国会議員の歳費が増えるではないかという議論もあり得ますが、仮にサンプル数を20倍にしたら、一人あたりの歳費を20分の1以下に下げれば良い話です。歳費に対する税負担を増やさずにサンプル数を増やして統計学的に正しい民意の反映が可能になります。20倍の議員定数にすると約1万人の衆議院議員です。国会議事堂に一堂に会して議論するわけにはいきませんから、議決はネット投票でしょうか。また、有権者1万人に1人の議員ですから、60%の投票率としてその半数の3000票取れば当選です。選挙費用もかかりません。また、20分の1の歳費ですから約年収150万円です。衆議院議員で生計を立てようとする不埒な輩は立候補もしなくなるでしょう。いいことづくめです。

一方でバイアスを排除する方策は何でしょうか?何故、議員は公認を求めるのでしょうか。おそらく政党交付金を原資とする選挙費用を所属する政党に求めるからだと思われます。経済的なしがらみがなければ政策で結びつくのが政党となり、意見は異なるが金が欲しいために党に留まるという選択はなくなります。政党交付金もなく、党は民意を反映させるために議員個人の意見を縛らないという形であればバイアスは相当に解消される筈です。

上記二つの方法を選挙の基本とすると今よりはもっと正しく民意は政策に反映されると思います。正しく民意を反映させるということを基本原則とした場合、解答は統計学にある筈です。すると政党は何のために存在するのか、何を成すための徒党であるのかを問い直さざるを得なくなります。こんな科学的な根拠に基づいた政治は夢物語でしょうか?


2012年8月31日金曜日

58歳の誕生日を迎えて思う

 日付が変わって、8月31日です。誕生日ですから58歳になりました。どんな気持ちで三男である私を58年前に母は産み落としたのだろうかとか、私の誕生を喜んでくれ好きだった酒をたった1ヶ月ですが止めて仕事に励んだ今は亡き父の喜んでくれた理由などはあまり頭に浮かんできません。医師になってからのことばかり思いだされます。

33年前に医師になり、初めて輸液を要する患者さんの受け持ちになった時に、点滴の商品名も知らない私は途方に暮れていました。大学での研修を選択せずに民間病院に就職した私には相談する同期も、指導してくれる先輩もいませんでした。ようやくつかまえて教えを乞うた先輩医師は体液の組成に近い「ラクテック」を1日3本、点滴しておけば良いと思うよと教えてくれました。すぐに患者は高ナトリウム血症になり、他の先輩医師からひどく叱られました。1日に必要なカロリーも電解質も何も知らなかったのです。こんな風にスタートを切った私は、大学で研修を始めた同期に負けないように頑張ってきたつもりです。

初めて診る疾患の診断ができ、正しい治療ができた時の喜び。新しい技術を身に付けた喜び。初めて、術者として冠動脈造影のカテを持ったのは、卒後2年目の25歳です。32年前になります。特に1977年にGruentizが始めたPCIは、1979年に卒業した私の医師としてのキャリアとともに進歩してきたので、創成期からどんどん進化するまっただ中で経験を積めたのは何にも代えがたい喜びでした。24歳の何でも吸収していた頃の私から、今の私は進歩したのかと思います。今でも今日が大学受験日なのに、あるいは医師国家試験の受験日なのに何も勉強していないと焦っている夢を見ることがあります。そんな夢を見るたびに自分は進歩したのかと考えます。

大阪府豊中市で生まれ育ち、校区の小学校・中学校を卒業し、実家から最も近い府立高校に進学しました。塾や予備校に行ったこともなく、現役で奈良医大に進学し、6年で卒業してすぐに医師としてのキャリアが始まりました。まったく寄り道をしなかった学生時代です。今となっては学校と医師の世界以外に何年か寄り道をしてもよかったかなとも思えます。

小さな世界にだけ生息し、寄り道をしなかった58年間ですが、残り少なくなったこれからの人生を意義のあるものにしなければと焦ります。24歳の何でも吸収した頃のように、今度は毎日の医療の仕事はもちろん、医療以外のことも何でも吸収して、吸収する喜びに包まれた人生を送りたいものです。必要なものは飽きることのない好奇心でしょうか、貪欲な意欲でしょうか。

2012年8月30日木曜日

右冠動脈入口部に植え込んだ薬剤溶出性ステントの変形 Radial forceは強ければ良いのでしょうか?

Fig. 1 IVUS imaging just after stenting 6m ago
70歳代後半の女性です。 2007年に右冠動脈の近位部に90%狭窄を認めたためにCypher stentの植え込みを行いました。狭窄部位は入口部から少し中に入った部分でしたので入口部にはステントはかかっていません。

しかし、今年2月にCTで検査したところ入口部に高度狭窄を認めました。このため入口部にステント植込みを行いました。Fig. 1は植込み直後のIVUSですが3.5㎜バルーンで後拡張を行い、この程度の拡張であればと終了しました。IVUSでも入口部から少しステントが顔を出していることを確認しました。植え込んだステントはRadial Forceが強いと言われているT社のものです。

Fig. 2 Coronary CT 6m after stenting
Fig. 2は半年後のCTです。古いステントには再狭窄を認めないものの2月に入れたステントはペチャンコになっています。このため再度PCIをすることにしました。Fig. 3はPCI前のCAG像です。今回は、4.0㎜に拡張することを目標として、ステントはA社のものを選択しました。入口部から前回よりももう少し外に出して終了です。

右冠動脈入口部へのPCIは再狭窄の発生が多いことが昔からよく知られています。しかし、ここのところ当院で植え込んだ右冠動脈入口部の薬剤溶出性ステントでは再狭窄を免れるケースばかりでしたから、このようにステントが潰れてしまうことにはショックを受けました。今回植え込んだのは、以前から再狭窄の少なかったA社のものですがRadial ForceはT社のものには劣ると言われています。これでもステントが潰れて再狭窄するようであれば1枝病変ですがCABGも考えなければと思っています。

Fig. 3 Before 2nd PCI
Radial Forceは、冠動脈の軸に向かって潰れる力に抵抗する力です。リコイルする力に抵抗できないふにゃふにゃのステントではもちろんステントの意味をなさないでしょうが、Radial forceは強ければ強いほど良いのでしょうか?既に発売が中止になったJ社のステントはA社のステントよりもRadial forceは強かったと思いますが、再狭窄率はA社のステントの方が低いと信じられています。

Radial forceが強いほど再狭窄率は低いだとか、Fractureに強いというエビデンスを私は知りません。なのに安易にRadial Forceが強いステントを使用すべきだと思い込んでいました。BMSから数えれば20年近くもステントを使っているのにこんな概念しか持っていなかったのかと反省です。

Fig. 4 PMDA approval data
しかし、個別のステントのRadial Forceを知っていて悪くはありません。T社のDESのRadial forceを調べようとPMDAの承認資料をPMDAのweb siteから見てみました。Fig. 4です。相変わらずすべて黒塗りです。Radial forceの強いステントと言われて販売されているステントの承認資料は公表されません。患者の生活や命に係わるデータが黒塗りなのは東京電力だけではなく、東京電力に黒塗りを止めろと命じた政府の機関も同じでした。

2012年8月29日水曜日

本日は朝1番からAMIでした。OCTで評価し、意思決定しました。

Fig. 1 ECG on admission
Fig. 2 Before PCI
Fig. 3 OCT imaging after recanalization with balloon
Fig. 4 OCT after stenting
60歳代半ばの男性、今朝の6時に胸痛で発症です。持続する胸痛のために救急車を呼ばれ、6時39分に救急隊からの受け入れ要請です。 きっと心筋梗塞に違いないと考え、待機の技師さんに来てもらうように連絡しました。そんなに救急の多くない当院では技師さんの当直はしていないからです。病棟の看護師さんは普段カテ室に入っている看護師ですので呼び出す必要はありません。鹿屋市以外にカテ室のない大隅半島では、受け入れ要請を受諾しても病院到着は7時9分です。約30分の搬送時間です。Fig. 1は来院時の心電図です。全ての胸部誘導でST上昇を認めます。救急隊員のモニター上はST変化を認めませんとの報告を受けましたが、見せてもらったモニター心電図でも明らかにST上昇を認めます。心電図が読めなくても正しい医療機関に搬送してくれたのですから良しとしましょう。元々は何の病気もない方ですから、元々の右脚ブロックかもしれませんが、前壁梗塞の発症で生じた右脚ブロックであれば予後不良の徴候です。

     緊急冠動脈造影でFig. 2のように左冠動脈前下行枝の近位部に完全閉塞を認めます。血栓吸引でミミズのように長い赤色血栓を認めました。発症後間もないのに少し意外な感じです。この時点で再開通と考えると来院から25分で再開通、発症から1時間半で再開通です。

Fig. 5 Just after 3.0mm stening
前拡張後にOCTを実施しました(fig. 3。) 急性心筋梗塞の病態を見るのにきっと有用だろうと考えてのことです。TCFA(Thin-cap Fibroatheroma)に加えてNecrotic coreの所見でしょうか。この観察に引き続き3㎜のステント植込みを実施しました。ステント植込み後のOCT像はFig. 4です。ステントは良好に拡張しているもののステント内にprotrusionした血栓を認めました。この時点で造影上は壁が不整かなという程度でしたが、しばらく時間がたつとFig. 5に示すようにステント内に透亮像が見えてきました。このため3.5㎜バルーンで後拡張を行っています(Fig. 6)。経過を見ないでOCTを見た直後に後拡張をしても良かったかなとも思います。まだ慣れないOCT像ですのでなかなかPCIのdecision makingに所見を活かすことができませんが、こうした所見に慣れればDecision makingに使えるようになるだろうと実感しました。このPCIからこのブログを書いている現在までに約12時間が経過しましたが、安定しているので後拡張の効果が出ているのでしょう。

PCI後のSwan-Ganzカテでの評価ではPCWP=31mmHg、CI: 2.68L/min/m2ですからForrester IIです。カテ後の尿の流出も良好ですから明日にはForrester Iになってくれると思っています。

F1g. 6 After post dilatation with 3.5mm balloon
急性心筋梗塞の方が来院された時に最優先は再灌流をなるべく早くに実現することです。このために右心カテはPCI後にするようにしています。一方、再灌流後の冠動脈の仕上げは一刻を争うという訳ではないのでOCTなどによる評価をステント植込み前に実施することは許されると思っています。こうした病態に迫る努力が、何も考えずに実施するPCIだけよりも長期の管理に向けた方針を形作るような気がしています。

この方の総コレステロールは148mg/dl、LDLは91mg/dlです。喫煙が20本ですのでこれが発症の要因だったのでしょうか。




2012年8月22日水曜日

薬剤溶出性ステントのバリエーションが増えることでの悩み

Fig. 1 beferoe PCI 5m ago
50歳代後半の女性、20年以上の透析歴です。5か月前にFig. 1に示すような狭窄がありPROMUS stentの植え込みを行いました。Elementではありません。当院でXience VもしくはPROMUS stent植込みを行った方の再PCI率は1%ほどで再狭窄率の低いことに関しては十分に満足していました。しかし、Fig. 3に示すように#3でステント内再狭窄です。
Fig. 2 After PROMUS stenting 5m ago

透析患者であること、右冠動脈の屈曲部位へのステント植込みが再狭窄の原因でしょうか?今回はconfirmabilityの高いPROMUS elementの植え込みを行いました。Fractureもしにくいと言われるPROMUS elementで再狭窄を免れることができれば幸いです。
Fig. 3 Five months after PROUS stenting

2012年9月にMedtoronicのResolute integrityも日本で使用可能になります。国内で使用可能な薬剤溶出性ステントはこれで
MedotronicのEndeavor
MedtronicのResolute integrity
BostonのPROMUS element
AbotのXience Prime
TerumoのNobori

ということになります。

それぞれに2.5㎜、2.75㎜、3.0㎜、3.5㎜のサイズがあり、長さも8㎜から5-6種類あります。4つの拡張径に6つの長さということになると1つの製品を1本ずつ在庫するだけで24本の在庫です。一人の患者さんに同じステントを2本植込む状況も考えて2本ずつの在庫にすると48本の在庫です。すべてのメーカーの薬剤溶出性ステントを在庫すると4メーカーであれば48X4でおよそ200本の在庫ということになります。

今年の当院におけるPCIは例年と比べて少なめに推移していますが、昨年までのおよそ年間200件、月間16件で計算すると、200本の在庫をすれば薬剤溶出性ステントは1年1回の回転率ということになります。

日本に特有の置き在庫システムで、病院にとっては不良在庫にはならないものの、ディーラーさんやメーカーさんにとっては不良在庫です。また、こうした不良在庫でも良しとする日本のシステムの中で、医用材料は諸外国と比較して高値が維持されてきました。しかし、ここ最近の保険償還価格の低下で不良在庫でも良しとする日本のビジネスモデルは維持できないだろうと思っています。

いざという時のためにありとあらゆる医用材料を在庫しておくのだというのは綺麗ごとだと思っています。実際にはメーカーさんやディーラーさんとの共存した医療機関の経営のために、患者さんが不利益を受けない範囲で在庫の整理が必要であろうと思っています。来月の新しい薬剤溶出性ステントのリリースに向けて薬剤溶出性ステントの整理をしなければと思っています。

なければないで困らないけれども、捨てるのには惜しいステントもあります。こうした状況を「鶏肋」と言うのでしょうか。

2012年8月1日水曜日

モノづくりに賭けるプライド 壊れた聴診器を見て考える

Fig. 1 broken stethoscope, fractured flat spring 
聴診器が壊れたので、腹が立ってFacebookに投稿しましたが、冷静になってきたので、モノづくりについて考えました。

数年前に任天堂DSを息子が乱暴に扱って壊した事がありました。あまりゲームに夢中になって欲しくなかった私は、壊した自己責任だから諦めなさいと言っていました。しかし、息子は諦めきれず、インターネットで任天堂のwebsiteを探し当て、サービスに連絡して、修理を依頼しました。依頼したのに放置するわけにもいかず、壊れたDSを京都に送ったところしばらくして、新品のDSが送り返されてきました。無償です。古いDSに貼ってあったシールも同じように貼ってです。ゲームに夢中になるのは今でも嫌ですが、それ以来、私は任天堂という会社のファンです。今は、無償で交換するようなことはしていないそうですが、子供たちが遊ぶゲーム機のどこが壊れやすいか、壊れた製品を見て次の製品開発に活かすコンセプトだったそうです。

こうした、壊れた製品を取りかえるサービスをしているのは日本のメーカーだけではありません。我が家の掃除機はダイソンですが、これは兄に勧められたからです。兄の家で使っていたダイソンの掃除機は使い始めてから何年も経って故障しました。修理に出したところやはり新品になって帰ってきたのです。それ以来、兄はダイソンから浮気をしませんし、私たちにも勧めています。

壊れた製品を次の製品開発に活かす、そしてそうした情報を提供してくれたユーザーを大切にするメーカーを誰が悪く思うでしょうか?

心筋梗塞の発症後、急に呼吸苦を訴えて状態が悪くなった方に聴診器をあてたら、それまでなかった収縮期雑音が聞こえた。これだけで、心室中隔の穿孔や乳頭筋の断裂が診断可能です。聴診器による診断で危機を把握し、救命処置に繋がることもあります。このため、聴診器が急に使えなくなった時に備えてすぐに使える聴診器を私はいつも少なくとも2本用意しています。

医師になって33年、聴診器は耐久性の高いものと思っていましたが、写真に示す板バネ部分がよく折れ、既に何十本も買い替えています。命にかかわる現場で使用するものなのにあまりにもよく壊れます。日本の代理店にクレームを言ったこともありますが、改善の方向を教えてくれたことはありません。

命に関わらないゲーム機や掃除機に負けないモノづくりの気概を聴診器メーカーにも示してもらいたいものです。