2018年3月15日木曜日

鹿屋ハートセンターにおける抗凝固療法(2018年2月) 事務職員が私のこの分野に対する関心を忖度してデータを持ってきてくれました。

図1 鹿屋ハートセンターでの抗凝固療法 人数


2012年2月に鹿屋ハートセンターで心房細動患者に対して抗凝固療法を行っている方は240名でした。すべてワーファリンです。その後、この240名の経過をフォローしています。合わせて、処方内容の変化を見るために毎年、処方人数、処方割合をチェックしています。

最初の240名から亡くなられたり、通院されなくなったりで残っている方は少なくなりました。一方、新たに抗凝固療法を始めた方もおられます。

2018年2月の時点で当院で抗凝固療法を行っている方は291名でした。

2012年にワーファリンを処方している方は240名でしたが6年後の2018年2月には79名と激減していました。

図2 鹿屋ハートセンターでの抗凝固療法 処方割合(%)
最も多く処方していたのはApixaban エリキュースで115名の方に対してでした。次いでEdoxaban リクシアナで64名の方に対してです。31名の方に処方しているRivaroxaban イグザレルトはAFIRE studyに登録した方です。わずか2名のDabigatran プラザキサ処方の患者さんは新規抗凝固薬が使えるようになった初期の方で消化器症状もなく若く腎機能の良かった方で変える必要もないかと考え残っている方です。

2012年の100%処方から2018年2月ではWarfarinの処方率は27%に激減です。Trombin阻害剤、Xa阻害剤を併せた処方率は73%です。時代が変わったと感じます。

毎年、2月に私が見直していること知っている事務職員がなにもリクエストしていないのにこのデータを作って持ってきてくれました。事務職員までもが診療の質を気にかけてくれていることをうれしく思います。

2018年3月13日火曜日

日本のTAVI実施施設137施設は妥当なのか?

長く狭心症と言われて多くの内服をしてきた方が最近、当院に入院されました。結果、冠動脈には狭窄はなく、心エコー上の最大圧較差が140mmHgを超える大動脈弁狭窄症でした。受診したその日に大動脈弁狭窄症であることが判明し、翌日には冠動脈に狭窄のないことが判明したわけですから診断まで2日間です。一方、狭心症と言われて内服していた期間は10年以上です。すぐに診断がつく病気ですから専門医ではない先生方は安易に狭心症と診断して内服を開始する前に是非、一度専門医に紹介して下さればと願います。

大動脈弁狭窄症は高齢者の病気です。根本的な治療である大動脈弁置換術に耐えられない方は諦めるしかなかった病気ですが、最近は経カテーテル的弁置換(TAVI)が可能になってきました。

TAVIに関しては2014年11月5日付当ブログ「TAVIの国内需要はいかほどで実施施設はどれほど必要か」で私なりの予想を書きました。この中で国内のTAVIの症例数は年間1500件ほどかなと書きました。図は循環器学会が実施した循環器疾患診療実態報告書に書かれたTAVIの件数です。2016年で1600件余りでした。2014年の私の予想を少し上回りました。おそらく2017年にはもっと症例数が増えるでしょうから将来は2000件程度で落ち着くのかなと思っています。

一方、TAVR関連学会協議会のWeb siteを見ると施設基準を満たした実施施設は2018年2月の時点で137施設と書かれています。仮に2000件のTAVIがあったとしても1施設当たり20件にも満たない症例数です。実際には年間100例を超える実施数の施設も存在する訳ですから、年間に10例も実施できない施設もあり得ます。これで十分に習熟した技術でTAVIは実施できるのでしょうか?

年間10例としてその医療費はおよそ6000万円くらいだと思います。この売り上げで心臓外科専門医を3名、循環器専門医を3名、CVITの専門医を1名抱えて、ハイブリッド手術室を整備してペイできるのでしょうか。設備も専門医も症例数が多くても少なくても必要な固定費です。なぜ、ペイする筈のない投資をする病院が多く存在するのか不思議で仕方がありません。

私は私立の病院が無謀な投資をすることにとやかく言うつもりはありませんが、137のTAVI実施施設には公的な病院も少なくありません。確実にペイできない投資を税金が投入される公的な病院に何故許されるのでしょうか。当地、鹿児島県のTAVI認可施設は大学病院と国立病院の2施設です。人口170万人の鹿児島県にTAVI実施施設は2件必要でしょうか?鹿児島県だけではありません。お隣の宮崎県の実施施設は大学病院と医師会病院の2施設ですが、人口110万人の宮崎県に2施設必要でしょうか?更に人口76万人の高知県にも公的病院と私立病院の2施設がTAVI実施施設になっています。公的病院の方は莫大な赤字が問題になっている病院です。

病院ののれんのために赤字必至の投資が税金でなされることに納得できません。また、診療の質が妙なのれんのために損なわれることにも危惧の念を覚えます。学会や会計検査院がこんな無謀な投資を制限すべきだと私は思っています。

追記: ブログのアップの後、情報をもらいました。2017年の日本のTAVI件数は約5000件だそうです。爆発的に増加しています。でも137施設で割ると1施設当たり35件程度ですからTAVI先進国のドイツの1施設当たりのTAVI件数200件と比較すると貧弱なのには違いはありません。

2018年3月7日水曜日

心房細動患者の予後を悪くさせる低腎機能に介入は可能か? 願い、努力すれば叶う?


2018年2月27日付当ブログ「通院を止めてしまう心房細動患者はどんな人たちなのか」で通院を止めるのは、無理解な人たちではなく通院が困難になる高齢者だと示しました。 この4年間追跡した方たちの予後を腎機能別に見たものが図1です。

クレアチニンクリアランスが50ml/min未満の方の死亡率は50以上の方の7倍も高値でした。この差は75歳未満の方の死亡率(1.1%/年)と75歳以上の方の死亡率(1.7%/年)の差以上の大きな差でした。よく言われるように心房細動患者さんの予後不良の因子として年齢もさることながら腎機能が大きな意味を持っていたのだと改めて感じます。

図1 クレアチニンクリアランス別の4年予後
図2は2年間のクレアチニンクリアランスの変化です。75歳未満の方のクレアチニンクリアランスの2年間での低下率が7.8%であったのに対して75歳以上のそれは、元々低いクレアチニンクリアランスが更に15.5%も低下していました。2歳、年齢を重ねた上に平均でもクレアチニンクリアランスが50を下回って大きく低下しては予後が悪くなっても仕方ありません。

高齢になり腎機能がどんどん低下する心房細動患者の予後は悪くても仕方がないと諦めるしかないでしょうか?
図2 2年間でのクレアチニンクリアランスの低下

2年後のこのデータを見て何かできることはないのかと考えてきました。年齢を逆戻りさせることはできないので腎機能の低下を何とか抑えられないだろうかと2年後のデータを見てから考えてきました。

図3 4年間でのクレアチニンクリアランスの低下
腎機能が低下する一つの要因は心不全の存在で利尿剤の使用です。ですからなるべく利尿剤を使わない心不全のコントロールを意識してきました。また、消炎鎮痛剤など腎機能に悪影響する薬剤をなるべく使用しないようにしてきました。また、2年間の当院のデータでは降圧剤を使用している方で低下率が小さかったこともあり降圧治療も厳密に努めてきました。

図3は4年間の変化です。4年間のデータがそろっている方の変化ですから2年のデータよりもnは少なくなっています。この方たちで75歳以上の方の変化を見ると2年間で16.0%低下したクレアチニンクリアランスはその後2年での低下率は6.8%でした。生き延びている、ドロップアウトしていないということが低下率を小さくした要因かもしれませんが、腎機能を低下させないぞという意思が腎機能の低下率を小さくしたと思いたいものです。

願い、努力すれば叶うと信じて心房細動患者の腎臓を守ってゆきたいと思います。


2018年3月4日日曜日

適切なPCI、不適切なPCI。FFRを追加することで山本病院事件は防げるのか?

この方は冠攣縮性狭心症でカルシウム拮抗剤で安定していた方です。安定していると検査もおろそかになりがちです。症状もない、負荷心電図も陰性でしたがふと思い立って3年ぶりに冠動脈CTで評価しました(図1)。無症候でしたが右冠動脈に高度狭窄を認めます。この時点でのLDLは130mg/dlでしたがその前の採血結果は96㎎/dlでした。

このようにほとんど狭窄のなかった冠攣縮性狭心症の方で経過のうちに器質的な狭窄が生じることがあります。図2は冠動脈造影です。#3は99%delayでした。

完全閉塞になる前に見つけることができ、PCIできれいになってよかったと思っていますがこの方のPCIは適切だったでしょうか?

図1 冠動脈CT
2018年4月から原則としてPCIを実施する場合には機能評価が求められます。この方のPCIを実施した時にはFFRの実施が求められるようになりそうだとの情報はありましたが、その詳細は決まっていませんでした。複雑な形態の狭窄でしたので通常のワイヤークロスも多少苦労しました。こんなケースでFFRのワイヤーでクロスを試みたらうまくクロスできないだろうし、通常のワイヤーでクロスし、マイクロカテーテルでFFRのワイヤーに置き換えて検査するとなったら面倒だし余計な医療費もかかってしまうと考えていました。

4月からの機能評価の詳細が決まり、75%狭窄の場合には原則機能評価が求められるものの90%狭窄では必ずしも求められないとのことです。このようなケースではしなくても良いと分かり少し安心しました。

FFRを測定し、虚血の存在を確認してPCIをすることで日本の不適切なPCIは減少するでしょうか?

2009年に発覚した山本病院事件では、狭窄のない冠動脈にステント植込みを行ったり、ステント植込みもしていないのにステント植込みをしたと不正請求されていました。実施医が狭窄があると偽れば通ってしまっていたのです。今回の改正でも90%狭窄であれば機能評価は求められません。悪意のある実施医が90%狭窄であったと言えばよい訳ですから、今回の改定では山本病院事件は防げないのです。かつてPCIは75%狭窄のある方が対象だと決められた時に同時に冠動脈造影写真を添付しなさいと求められました。それ以後、私は症状詳記には冠動脈造影写真を添付してきましたが、最近は添付していません。なぜなら鹿児島県の審査委員会から写真を添えられても分からないから添えなくてよい、邪魔だから添付するなと言われたからです。他県のことはわかりませんが、山本病院事件の舞台になった奈良県でも造影写真をチェックしておれば事件は起きなかったと思います。審査する能力がない医師によって審査される状況が続く限り、FFRによる機能評価が求められても不適切なPCIは減少しないだろうとほぼ確信しています。
図2 PCI前

FFRによる機能評価を求めることに異議はありませんが、審査の質をあげない限り不適切なPCIは減少せず、FFRが追加されることで医療費が逆に膨らむのではないかと危惧しています。

2018年2月27日火曜日

通院を止めてしまう心房細動患者はどんな人たちなのか? 高齢者のアドヒアランスの問題

 2011年に心房細動に対する抗凝固薬としてDabigatranが発売されて以後、従来のワーファリンによる治療を継続すべきか、新しい薬剤に飛びつくべきなのかを考えてきました。Dabigatran発売から1年がそろそろ経過し、長期処方が可能になる頃に、決断のために当時、鹿屋ハートセンターで心房細動でワーファリンを処方していた患者さんをリストアップしました。240例です。

経過をみていると色々なことが見えてきました。年々、腎機能は低下してゆくことや、この腎機能低下は心不全を持つ人により顕著であるとかです。

今回は内服の継続についてみてみました。上段の図は2年後、4年後に通院を継続していた方の数です。

2年間の脱落は亡くなった9例を除けば231人中8人で3.5%でした。2年間の脱落が3.5%は結構自慢できるフォロー率だと思います。

しかし、2年後から4年後までの脱落は生存している方で見れば218人中48人(22%)と急増していました。

私のことが気に食わなければもっと早くに脱落してもよさそうなものですがなぜ2年もちゃんと通ったのに脱落したのでしょうか?

下の図は年齢別に見た脱落率です。60歳未満の方の4年で見た脱落率は生存者で見れば4年間で22人中2人(9%)、60歳から75歳までの方で見れば60人中12人(20%)、75歳以上では120人中42人(33%)でした。高齢になるほど脱落率が高いという結果でした。

痛ければ痛みどめがほしいと思いますが、心房細動の方は痛くもかゆくもないのに内服を続けます。将来のイベントを防ぐためという自覚のもとに内服を続けます。私は心房細動の方で内服を続けないのはそうした予防のための自覚がない方だろうと思っていました。

鹿屋ハートセンターでは予定の日に受診されない方に今日は受診日でしたがどうされましたかと電話を入れています。電話を入れても電話にも出ない方もおられるので全員の脱落理由は分かりませんが、「免許を返納したので通院できない」、「足が弱ったので通院がつらい」、「認知症で施設に入所した」等と言う理由がほとんどでした。無理解で脱落するのではなく年齢による通院困難が多くの理由でした。これだと無理解で内服を止めそれで発症した脳塞栓症だから自業自得だとは言えません。

高齢者の通院からの脱落は診察室での説明だけでは解決できません。家族や社会のサポートが必要です。

2012年に75歳以上であった方ですから4年後はほとんどの方が80歳以上です。高齢者の脳塞栓症を防ぐための内服継続を実現するためにはこの80歳の壁を越える工夫が必要です。

2018年2月25日日曜日

左室内血栓に対する抗凝固療法 EBMって窮屈だと思う

図1 初診時ECG

図2 心エコーでの血栓像
 10年ほど前の初診の方です。受診の理由は心電図異常を指摘されたからです。症状はありません。心エコーで中隔肥大を認め心尖部は瘤状にDyskinesisでした。お近くの循環器の開業医にフォローをお願いしていました。

10年近く経て、また来られました。カテーテル検査を勧められた由で本当に必要かと意見を求められました。その時の心エコーが図2です。以前のDyskinesisであった心尖部に丸い血栓像を認めます。

図3はCTでみた左室です。当然ですが心尖部に血栓像を認めます。冠動脈には狭窄を認めませんでした。カテーテル検査はしなくても良いとお話ししました。

図3 CTでの血栓像
ただ左室心尖部の血栓が原因で脳塞栓を起こさないように抗凝固療法が必要だと説明しました。抗凝固療法ですが、非弁膜症性心房細動以外にXa阻害剤は適応はありません。厚生労働省が認可した用法用量を順守すればワーファリンによる抗凝固療法しか選択肢はありません。ワーファリンと同じような抗凝固の効果が得られ、出血のリスクの少ないXa阻害剤の方が良いと考えこの方にはEdoxabanを処方しました。

3月後の評価で心尖部の血栓は完全に消失しその間に塞栓症のエピソードもありませんでした。

比較試験が実施された心房細動患者や静脈血栓症に対するXa阻害剤は認められてもこのケースではXa阻害剤の使用は認められません。Evidence based medicine(EBM)は科学的根拠に基づく医療とよく翻訳されます。実際には統計学的根拠に基づく医療です。機械弁の入っていない心内血栓に対するXa阻害剤の効果を検証した統計学的なデータはなくても科学的な根拠がない訳ではありません。

そんなに多くないこのようなケースでXa阻害剤が有効で安全であると統計的に証明する研究など未来永劫実施されるはずはありません。

教条主義的に統計的な裏付けがある治療しかしてはならないというのではレアケースの治療は前進するのでしょうか。EBMを否定しようとは思いませんが、EBM一神教のような医療のありようは窮屈で仕方がありません。いつかこのようなケースに対するXa阻害剤の使用も公知の治療として認められるとよいのですが…

2018年2月20日火曜日

彼を知り己を知れば百戦殆うからず 急性心筋梗塞に対する治療戦略

Fig. 1 入院時心電図

 昨日、CT検査を先行させた急性心筋梗塞のケースをブログにあげましたが、そういえば以前にもCTを先行させたケースがあったことを思い出しました。

午前1時位に胸痛があり午前2時前に救急車で来院されました。Fig. 1は受診時の心電図です。誰がどう見ても前壁梗塞です。ではなぜすぐに冠動脈造影をしなかったかと言えば左右の上肢に著明な血圧の左右差があったからです。

胸背部痛で救急搬送される方の血圧の左右差は救急隊員が必ずチェックして連れてこられます。救急隊員の第一印象は大動脈解離でした。明らかな前壁梗塞と血圧の左右差です。

大動脈解離に伴う急性心筋梗塞はほぼ右冠動脈の閉塞ですが、前壁梗塞も絶対ないとは言い切れません。心筋梗塞を伴う大動脈解離であればよほど特殊な状況でない限り緊急手術です。このため心電図だけを信じないで大動脈の評価を先行させたのです。

Fig. 2 緊急CT
Fig.2は先行させたCTです。
図には示しませんが大動脈解離はありませんでした。図に示すように左の鎖骨下動脈の閉塞でした。大動脈解離がないことが分かれば安心して心筋梗塞に向き合えます。

Fig. 3は初回造影です。左冠動脈前下行枝の近位部の99%狭窄でステント植込みを行い、その後は順調に経過しました。この方の場合、発症からステント植込みまでおよそ2時間20分、Door to Balloon時間はCTに寄り道したにもかかわらず70分程でした。

この方も昨日のケースと同様に初回の心エコーではAkinesisであった前壁は退院時には正常壁運動になっていました。

血圧の左右差のある急性心筋梗塞といった特殊な状況にあるケースでは間違いなくCTを先行させた方が良いと考えます。
Fig. 3 緊急CAG

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」です。

2018年2月19日月曜日

兵は拙速を尊ぶ? 急性心筋梗塞に対する治療戦略

Fig. 1 初診時心電図
Fig. 2 安定期心電図
久々の症例に関する投稿です。午前7時前に救急受診された40歳代の方です。主訴は胸痛です。胸痛のために覚醒し救急車を呼ばれました。Fig. 1が初診時の心電図です。右脚ブロックで少しV1-3でSTが上昇しています。もちろん急性心筋梗塞の可能性を第一に考えましたがこのような心電図の方は検診でブルガダ症候群の疑いと言われて再検査に来られる方でよく見る心電図です。また左の胸痛でしたが訴えのある部位に圧痛があるとも言われました。圧痛があれば心筋梗塞らしくないなとも考えました。何はともあれ冠動脈造影をしてしまえば答えが出る訳ですから冠動脈造影をしようかとも考えましたが、気胸や大動脈解離、心外膜炎などに対してでも心筋梗塞を疑って 若い頃は緊急冠動脈造影を何度もしたきたことに対する反省や圧痛の存在のためすぐに冠動脈造影をせずに違うアプローチをしてみました。

冠動脈CTです。急性心筋梗塞だと思えばCT検査は時間をロスするだけですからCTを先行させるなどということは過去に考えたこともなかったのですが今回はCTを先行させました。Fig. 3がCT像です。高位側壁枝が閉塞していました。また図には示しませんがエコーで側壁はakinesisでした。

この状態を見ればもう様子を見るという選択はありません。引き続き冠動脈造影を行い、血栓像を伴う高位側壁枝にステント植込みを行いました。

CTという寄り道をしたためにDoor to balloon時間は2時間50分になりました。Peak CPKは3000を超えました。

Fig. 2は数日後に安定している状態で撮った心電図です。やはり前胸部誘導は少しSTが上昇しています。おそらく普段からこのような形の心電図なのだろうと思います。

Fig. 3 初診時CT
40年近く、急性心筋梗塞の診療に携わってきた私ですが、心電図で急性心筋梗塞と診断するのが難しいケースが存在すると改めて思います。

Fig. 2の心電図と同日にみた心エコーでは壁運動異常は消失していました。CPKは上昇したものの壁運動異常のない状態で退院できましたから寄り道も許されるのではないかと思います。

Fig. 4 初回CAG
30年ほど前、湘南のある病院で勤務を始めました。非常に教育的な病院で心窩部痛の訴えの患者に対して全例で直腸指診までして問診、理学所見、血液データを添えて上級医にコンサルするというスタイルでした。真面目な病院で心から感心しました。しかしある日、救急外来を担当するレジデントから胸痛の方ですとコンサルを受け、やはり直腸診までして、CPKが上昇しているので急性心筋梗塞と思いますと言われた時に、お前はバカかとひどく叱ったことを思い出します。そんな検査をしている間に心筋壊死が進むわけですから検査結果など待たずにすぐに患者を回せと叱ったのです。基本、急性心筋梗塞の対する戦略は「兵は拙速を尊ぶ」です。

診療報酬も「兵は拙速を尊ぶ」の考えが基本でDoor to Balloon時間が短ければより多くの報酬を医療機関は得ます。

この方の場合、急性冠症候群であったわけですから、「兵は拙速を尊ぶ」の考え方で良かったとも思いますが、結果として心筋壊死を最小にできた訳ですから十分に相手を知ったうえで対処する「彼を知り己を知れば百戦危からず」の戦略もありだったとも思います。

この先も診療する急性心筋梗塞に対してCTを先行させるなどということはまずないでしょうが、すべてがマニュアル通りに進み、何も考えないという形ではなく臨機応変もありだと今回のケースで考えました。

※ このブログに掲載するのあたって掲載の許可をご本人から受けております。