2019年7月15日月曜日

患者さんの姿や患者さんの話す内容は必ずしも真実を伝えていない?


図1は、当院に軽度の冠動脈狭窄をもった冠攣縮性狭心症で通院されている方です。図のようにいつも日付を書いたISDN tapeを貼って来られていました。こんな方なので間違っても貼り忘れはないと思っていました。図2は、薬局で残薬調整をしてもらって修正した処方箋です。35日処方に対して24枚のテープの貼り忘れがありました。この2か月前にも残薬調整をしていたので、何か月分もがたまった結果ではありません。いつもきちんと日付をつけてこられるので貼り忘れなどないと思っていたとお話ししたところ、よく忘れるから日付をつけるようにしたのだと言われました。言われればもっともな話です。今やっている残薬チェックで最も残薬が多いのがこうした貼付剤です。しかし、この方のように診察時に貼っていない方を見ることはほとんどありません。診察時には叱られないように、あるいはばれないように貼って来られているのです。

診察時に見る姿や話される内容は必ずしも患者さんの本当の姿ではなかったのです。

ちゃんと内服していますかとたずねればほとんどの方がちゃんと内服していると答えられます。たとえ1錠でも残っていたら持ってきてくださいと何度もお話ししてようやく持ってきてくれた別の患者さんの残薬は数か月分でした。何年も前に狭心症でステント植込みを行い、また浅大腿動脈の閉塞に対してもステント植込みを行った方です。浅大腿動脈のステントは閉塞し、わずかな距離の歩行でも跛行が出る方です。再度のカテーテル治療をお勧めしても、本人は受けると言われるのですがご家族が100%成功する保証がなければ受けないと反対され閉塞を放置している方です。血圧も不安定です。どうして内服しなかったのかと聞くと、薬を飲むよりも飲まない方が健康だろとカテーテル治療に反対してきたご家族が言われました。確かに薬を内服しないで何も問題のない状態は健康ですが、健康に問題が生じても内服しない方が良いという理屈は成り立ちません。内服しなかったのは持ってこられた数か月分だけではなくずっと内服していなかったと言われました。何年も通院されていたのに気付けませんでした。

どんなに医学知識があっても、どんなにエビデンスに精通していても一人一人の患者さんの行動を理解していなければ、期待される成績を得ることはできません。エビデンス読みのエビデンス知らずになってしまいます。今年の春で医師になって40年が経過しました。普通に考えれば大ベテランです。そんなキャリアでも私は何も分かっていなかったと感じます。今までは正午には終わっていた午前の外来診療が、最近は13時頃までかかるようになってきました。一人当たりではわずかに診察時間が長くなっただけです。このわずかに伸びた時間が患者さんの理解に繋がり、患者さんのより良い結果に繋がることを願うばかりです。

2019年7月14日日曜日

残薬15%超のインパクト

鹿屋ハートセンターに通院している方の残薬率は、分1の薬も分2、分3の薬も15%を超えていました。鹿屋ハートセンターに通院している方はいい加減なんでしょうか?図1は、イグザレルトの市販後調査であるXapass studyにおける脱落率です。

Xapassの年率12.1%の脱落に対して、鹿屋ハートセンターのそれは、死亡を含めて年率3.6%であり、真面目に通院するという点では当院の患者さんはXapassの患者さんよりも熱心だと言えます。

一方、図3に示したXapassの内服完遂率は、93.06%と当院の患者さんの完遂率を大きく上回ります。35日処方で1日飲み忘れるとおよそ3%の飲み忘れですから35日で2回のみ忘れる平均ということになります。脱落は少なくないのにきちんと内服しているということに疑問を感じた私はメーカーにどのように残薬をチェックしたのかを質問しました。答えは、患者さんにちゃんと内服しているとたずね、「ハイ」と言われた方は残薬なしとカウントしたということでした。

前回の記事に書いたように、きちんと内服していない方も、ちゃんと内服しているのかとたずねればほとんどの方がハイと返事されます。質問しただけで得られる残薬率には信憑性がないと私は思います。

当院の15%超の残薬率がもし一般的なものであればどのような意味があるのでしょうか?ちゃんと内服していないために脳塞栓症が増えるだけではありません。

平成28年度の薬局で調剤された薬剤料は5兆3千億円でした。循環器用薬に限ってもおよそ1兆円でした。15%が内服されずに無駄になったとすると全薬剤で約7500億円、循環器用薬だけでも1500億円が無駄になっている計算です。残薬の管理ができていないことで生じる日本の医療費の無駄使いは小さくない意味を持っていると感じます。厚生労働省の統計では年間500億円が無駄になっているとされていますが、残薬が1%のみだという統計はとても信じられるものではありません。厚労省はどのように残薬をカウントしたのでしょうか?

福岡で熱心に取り組まれ、鹿児島や東京にもこの残薬バッグは普及しつつあります。薬剤師会が中心です。当初、私は、薬局でのチェックの内容を聞くだけでしたが、なにかこの方法だけでは残薬が減らないと感じていました。今は、薬局にカウントしてもらうために私自身が残薬を見せてもらい、どうしてこんなに残ったのだろうと患者さんと話をするようにしました。多くの方は、なぜだか分からないと言われます。一方で、理由を明確に述べられる方の中には抗凝固剤を内服して血圧が下がりすぎたからとか体重が減ったから、便秘をするようになったからという方もおられます。そんな理由で無断で脳塞栓症を減少させる薬を自分の判断でやめていることを非常に危険だと感じます。

残る薬を介して患者さんの考えていることを知ることができ、患者さんとの距離が縮んだと感じます。薬剤師会に任せるのみだけではなく、診察室の医師も積極的に残薬に目を向けることをお勧めしたいと思っています。

2019年7月10日水曜日

どんな良い薬ものまなければ効きはしない。残薬チェックで見えてきた世界。

1年以上ぶりの投稿です。最近、患者さんの薬の飲み忘れを最小限にしようと頑張っています。ワーファリンで抗凝固を行っていた時には患者さんが飲み忘れるとPT-INRの値が小さくなるので忘れているなと想像できましたが、NOACやDOACと呼ばれる直接型トロンビン阻害剤(DTI)やXa阻害剤では血液検査で内服の状況を把握するのは困難です。当たり前のことですが、どんなに良い薬も内服しなければ期待される良い効果を得ることはできません。そんな中、鹿児島県薬剤師会がおくすり整理そうだんバッグ(図1)を使って残薬を減らす試みをしていることを知りました。それにすぐに飛びついたのです。どうせ残薬をチェックするなら、抗凝固剤だけではなく鹿屋ハートセンターに通院する方全員の残薬をチェックしようと考えました。

ただこのチェックは結構大変でした。余っている薬があればすべて持ってきてくださいと言ってもなかなか持ってきてくれないのです。残っている薬を持って来たらどうして飲んでいないのだと叱られると思ったのでしょうか?絶対に怒らないからと何度も話をして少しずつ持ってきてくれるようになりました。


図2は冠攣縮性狭心症の方が持ってきてくれた残薬です。飲み残しはありませんと言っていた方です。冠攣縮性狭心症できちんと内服しなかったせいで亡くなった方を少なからず経験した私は、口を酸っぱくしてきちんと内服しないとどれほど怖いかを説明してきたつもりでした。しかし、この有様です。正しい診断をし、正しい治療方針を立て、内服の必要性を説明してきたつもりですが不十分でした。内服していない患者さんの行動を理解できていなかったのです。残薬のチェックをするようになって本当に良かったと思います。長く通院していて分かったつもりになっていた患者さんのことを理解できていなかったと知ったからです。

図3はまだ100人余りの方の集計ですが、1日1回の薬も2回でも3回でも全処方剤数に対する飲み忘れ率は同様に15%を超えていました。1日当たりの率というのは分かりにくいと思いますが、100日に1度の飲み忘れだと1日1回の処方では飲み忘れ剤数は1%、1日2回では0.5%になってししまい、同じ1回の飲み忘れでも分母が剤数だと1Xよりも2X、3Xの方が飲み忘れが少ないというような誤解をしてしまうので分母を剤数ではなく日数にした数字です。やはり2X、3Xの薬の内服完遂率は低くなります。また予想していなかったことですが、テープ剤の貼り忘れは群を抜いて高率でした。

机やパソコン・書籍に向かって勉強をし、エビデンスを知っていても、患者さんの行動を知らなければ求める成果をあげることはできません。改めて医師の仕事は診察室にあり、患者さんとの日々のやり取りでしか仕事の果実を得られはしないと思えます。

残薬を知ることで患者さんとの新たな物語が始まる予感です。