tag:blogger.com,1999:blog-6660912259943034531.post6072251844578518085..comments2023-11-16T11:32:17.479+09:00Comments on PCIと64列MDCTの日々 Our daily Coronary intervention and 64-row MDCT: 救命の現場での医師が送る「気」Kanoya Heart Centerhttp://www.blogger.com/profile/06800608989830766739noreply@blogger.comBlogger1125tag:blogger.com,1999:blog-6660912259943034531.post-49137855944578961592012-12-26T14:49:48.005+09:002012-12-26T14:49:48.005+09:00どうも、です! 「仲のいい臨床心理学の先生」です。
先生の会話の再生部分は、ほぼその通りだったと思い...どうも、です! 「仲のいい臨床心理学の先生」です。<br />先生の会話の再生部分は、ほぼその通りだったと思います。ですから、私のほうが、読み間違えていなければ、その際の意図は十分に伝わっていないようでーー。<br />「当然でしょ」は、撫でていれば、よくなるのが「当然でしょ」なんですが…。<br />非科学でしょうか? すなわち因果関係で説明できないでしょうか? たとえば、撫でてでもよくなってほしいと願う心があれば、できる限りの処置や、考え付く限りの対応をとっておられるでしょうし、目の前にしたときだけでなく、見えないところでも気を配って(心のどこかで考え続けて)おられるでしょうから、「ふと思いつく」という感じで、先生の心の奥底に潜んでいる「対処法」をも引き出す可能性があります。だからこそ、当然のこと、なんだと思うのです。違うでしょうか。<br />もちろん、臨床心理学的にも、説明可能かもしれません。<br /><br />祈ったり、願ったり、(触れることが許されないので撫でたりはしませんが)よくやってます。こうするしかない―ほかにやれそうなことはすべてやったーという思いのときですが…<br /><br /><br />Anonymousnoreply@blogger.com