2013年1月21日月曜日

循環器の考え方・オンコロジーの考え方

大きな病院に勤務していた頃には、自分が診ている循環器疾患の患者さんに合併する他分野の疾患はその専門医に診療をお願いするのが通常でした。糖尿病のコントロ-ルが悪ければ糖尿病の専門医、腎臓や肝臓に問題があればそれぞれの専門医の対診を求めるという感じです。今でも、不得意な分野で中途半端な診療をするべきではないと考えているので、他院の専門医の対診をお願いするのですが、ハートセンターを開設してからは、一つの病院で済む話ではないので、以前よりも他分野の疾患を見る機会が増えました。このため、自分の医師のキャリアの中で循環器分野以外を勉強する濃度は今が最も濃いような気がします。

10日ほど前に、抗がん剤を内服されている方の急性の呼吸困難の救急依頼を引き受けました。処方している病院には循環器専門医がいない、以前同様の症状が出た時に入院した病院には忙しいと断られたそうです。引き受ける病院がないのであれば、引き受けるしかありません。リザーバーマスクで10L/minの酸素投与でようやくSPO2は98%でした。利尿剤の投与で速やかに利尿がつき、翌朝にはケロッとされていました。

内服されていたのはタルセバという経口の抗がん剤です。イレッサ以上に効果がある肺がん分子標的薬とのことです。まったく知らなかったので勉強しました。添付文書の使用上の注意が下記です。

本剤は、緊急時に十分に対応できる医療施設において、がん化学療法に十分な知識・経験を持つ医師のもとで、添付文書を参照して、適切と判断される症例についてのみ投与する。

タルセバの内服で4.5%に間質性肺炎が発症し、その1/3が死亡したとのことで呼吸困難が出た時にすぐに救急対応できる病院でのみ処方するようにとの指示です。であれば、急性の呼吸困難の発現時には、処方している病院が診るのが筋だろうと一瞬思いましたが、呼吸器の専門医が常勤していない当地でそんなことを言うと、地方に住んでいるために必要な化学療法が受けられないということになるので、そんなことは言うまいと考えなおしました。

ではどれほど有効なのかも勉強しました。添付文書の効能効果が下記です。


がん化学療法施行後に増悪した切除不能な再発性非小細胞肺癌・切除不能な進行性非小細胞肺癌。
<効能・効果に関連する使用上の注意>
1.切除不能な再発・進行性の非小細胞肺癌に対する一次化学療法として本剤を使用した場合の有効性及び安全性は確立していない。
2.術後補助化学療法として本剤を使用した場合の有効性及び安全性は確立していない。


一次化学療法として本剤を使用した有効性・安全性は確立していない。
術後補助化学療法として本剤を使用した有効性・安全性は確立していない。と書かれています。では何に効果があるのかすぐには分かりませんでした。一次化学療法後に増悪した場合には有効ということらしいです。一次使用では効果が定まっていないのに一次化学療法後に悪化したケースでは有効だというのも不思議な気がします。
更に勉強しました。図1です。プラセボと比較したグラフです。生存期間の中間値が、プラセボでは4.7か月であったのに対して、この薬剤を内服した場合のそれは6.7か月であったとのことです。生存期間が50%延長したと表現されています。確かに2か月延長しただけですが、4か月と6か月では50%の延長ということになります。10日が15日になっても、30日が45日になっても4年が6年になっても50%ですからものは言いようだなとも思います。

この薬の薬価は1錠・1万347円です。基本は毎日の内服ですから6か月180日内服して180万円以上です。180万円かければ4か月が6か月になりますよという感覚は循環器診療の感覚と大きく異なると感じました。薬剤溶出性ステント4本を植え込むPCIで医療費は180万円くらいでしょうか?ステント4本入れれば生存期間の中間値は4か月が6か月になりますよという診療を良しとする循環器医はいないように思います。

同じ医療の世界にいても、オンコロジーの分野の考え方と循環器の考え方は大きく異なるのだと改めて思っています。私なら、死を間近に感じる期間が長引くのは嫌だと思いますが、少しでも長くという考えもあると思います。ですからどちらもありだと思いますが、考えさせられます。

2013年1月17日木曜日

良薬を育てる臨床医の責任

 2013年になり、最初のブログに何を書こうかと悩んでいました。一発目なのでちゃんと書かなくてはと思うと、書きたいテーマはいくつもあるのにキーボードを打つ手が止まりました。そうこうしているうちに半月が経過し、そんなに気負わなくても良いと考えて書くことにしました。

Fig. 1に示すのは、当院に通院している方の最新の診療録です。漫然と診療していると、最終の冠動脈造影は何時だったか、最終のPCIは何時だったかも忘れ、必要な検査をオーダーすることも忘れてしまうことがあります。医師も人間なのです。そこで、ミスを減らすために、大事なイベントは問題リストにあげて、毎回記載するようにしています。といってもただ、copy & pasteするだけですが…

この方は、他院で複数のPCIを受け、当院でも1回、薬剤溶出性ステント植込みを行っているので2剤の抗血小板剤を内服されています。また、慢性心房細動もあります。

80歳代後半の方ですので、高齢、高血圧、心不全でCHADS2 scoreは3点です。元気な方でふらふらすることもないので、塞栓症のハイリスクですから何らかの抗凝固療法が望ましいケースです。

私は、抗凝固療法の第一選択としてワーファリンを考えていることを再三、このブログで表明してきました。何故かと言われれば、当院に通院しておられる心房細動患者さん約300名の約1/3が、抗血小板剤も内服されている方だからです。このため量の調整ができるワーファリンが使いやすいと思ってきました。Fig. 2はこの方のPT-INRの推移です。2㎎、3㎎とドースを増やしてもINRは上昇してきませんでした。流石に高齢者に4㎎、5㎎と増量するのがためらわれたために新規抗凝固薬に切り替えることにしました。選択したのは、プラザキサ Dabigatranです。

高齢で、プラザキサを内服していて亡くなった方が少なからずおられたためにこの薬は発売後しばらくして注意喚起のためのブルーレターが出されました。死亡例は、腎機能もチェックしていない高齢者に1日220㎎や300㎎処方されたような方でした。こうした副作用を心配して、CRE値はもちろんチェックし、この方の投与量は1日150㎎にしました。Rely試験の対象患者さんの平均体重が80Kgでこの方の体重は50㎏もありませんから、体重あたりの投与量は決して少なくはありません。また、黒色便が出ればすぐに連絡するようにお話しするとともに、3月に1度程度はCBCをチェックするようにしています。幸い、貧血の進行も消化器症状の発現も、塞栓症の発生もありません。当初、INRもチェックせずに決まった量さえ投与しておけば、塞栓症の発生も出血の発生も少ないと言われましたが、安全に処方するためには手間がかかりますし、手間をかけなくてはいけないと思っています。

心房細動患者さんに発生する塞栓症を減らすための抗凝固療法の分野では、今でもワーファリンが最も処方されている薬剤です。しかし、いづれ新規抗凝固薬が主役になる日が来るだろうと思っています。その主役になるのが、プラザキサ(Dabigatran)になるのか、イグザレルト(Ribaroxaban)になるのか、エリキュース(Apixaban)になるのかは分かりませんが、この3剤のいずれかが主役になると、ワーファリン派の私も思っています。こうした新規により良い成績を示して登場してくる薬剤が、本当に良い薬として定着するには、処方の経験が少ないすべての医師が慎重に処方し、効果や副作用を確かめながら経験を積んでゆくのが良いと思っています。良い筈の薬剤を本当に良い薬剤に成長させるために、臨床医の努力・慎重な態度が不可欠だと思っています。

漫然と処方を続けないために、慎重に評価を続けるために、うっかりしないように新規抗凝固薬を処方している患者さんのリスクは、問題リストにあげ続けなくてはなりません。