2014年6月12日木曜日

全国有数のPCI供給が可能な鹿屋市の急性心筋梗塞死亡率は、見かけ上は低下していませんでした。しかしこれは、より充実した循環器診療があぶりだした正しい現実のようです。 31回小倉ライブに参加して(2)

 循環器医になろうと思った時にはそんな風には思っていませんでしたが、循環器医の中でもカテーテル治療医になろうと考え医師の人生の大半をPCIの世界で努力してきたのは何故かと聞かれれば、急性心筋梗塞になった方を救命したいと思ったからだと答えます。カテーテル治療が始まる以前の急性心筋梗塞の死亡率は20%を超えていました。不整脈や心不全のコントロールを主眼とするCCUのシステムが確立する以前の急性心筋梗塞の死亡率は30%を超えていました。それが閉塞した冠動脈を再開通させることで死亡率は5%程度まで低下したのです。

私が医師になった頃には急性心筋梗塞に対する再潅流療法は始まっていませんでしたから、再潅流療法の出現によるドラスティックな変化をこの目で見てきました。

上段の図は1997年当時、私が勤務していた福岡徳洲会病院と、その後にPCIを導入した対馬いづはら病院の心筋梗塞の死亡率を比較したものです。両病院の成績とともにPCIと血栓溶解療法の成績を比較したPAMI trialの成績も載せました。PCIを積極的に実施していた福岡徳洲会病院の急性心筋梗塞の死亡率が4.0%に対して、まだ血栓溶解療法のみを行うしかなかった対馬のそれは15.8%でした。格段により良い成績が出る治療法が既に国内に存在するのに、その恩恵を受けられずに亡くなっていく方を放置することは許されるのだろうかと思いました。そして何とかしなければと始めたのがTV会議システムでサポートしながらの対馬でのPCI導入です。対馬での急性心筋梗塞の死亡率は中段の図に示すように劇的に改善しました。16%の死亡率が6%に完全したのです。PCIが実施可能な方では急性期死亡はゼロでした。

こうした経験が私の人生を決定づけました。恵まれた環境にいて良い成績を誇る偽善を捨て、PCIの恩恵を受けることができない土地での仕事に志向を変えたのです。最も遅れた土地、鹿屋が私の選んだ土地でした。

昨日のブログに書いたように鹿屋は数年で全国でも最も濃厚にPCIが提供できる土地に変わりました。きっと急性心筋梗塞の死亡率は低下しているに違いないと思ってきました。下段の図は昨日のブログにも示しましたが、説明を省きました。最下段のAMIの症例数の横のカッコ内の数字は死亡例の数です。鹿屋市のPCIを提供する4施設の合計の成績ですが、2012年の死亡率は9.4%、2013年のそれは11.7%でした。日本一PCIが身近に受けられる町、その結果、心筋梗塞になっても最も死亡率が低い町を作り上げようと思っていたのに、急性心筋梗塞の死亡率は決して低くなっていませんでした。これが、この14年間の私の努力は何だったのだろうと落ち込んでいた原因です。原因を突き止め、14年前の志を貫徹するために対策を考えなければと思いなおしています。

小倉での発表の後、最も高い死亡率であった病院の先生から電話を貰いました。多く亡くなったのは事実だが、その多くは超高齢者で、うち3人はPEA(無脈性電気活動)の方だったとのことでした。4つの施設での死亡例を持ち寄り、より正確に検証はするつもりですが、どうも避けられない死亡であった可能性が高いようです。

一般に日本では人口10万当たりの心筋梗塞の発症は40-50人と言われています。鹿屋の4病院が引き受けたAMIは85例と102例ですから全国の水準を上回る例数です。鹿屋での心筋梗塞発症が特別に多いわけではないと思っているので、他の地域では病院に辿り着けなかった心筋梗塞の患者さんも、鹿屋ではほぼもれなく早期に受け入れられた結果だと思えてきました。現実にいわゆる「たらいまわし」は心筋梗塞に関しては鹿屋では発生しません。一次救急から高次救急にというような時間のロスも発生せずに鹿屋の心筋梗塞は受け入れられているので、そうした体制では、心筋梗塞と診断されないままに亡くなっていく方も、鹿屋ではきちんと心筋梗塞と診断され、その分、死亡率が高く表現されている可能性が高いものと思えてきました。であれば高い死亡率を卑下する必要はありません。

欧米各国に比べると、日本では虚血性心臓疾患は少ないが、高齢者人口の増加につれて患者数は増えつづけ、3大死因の1つになっている。急性心筋梗塞症だけで言えば、その発症数は年間約15万人で、そのうち30%の方が死亡している。


上記の文章は、国立循環器病センターが提供する循環器病情報センターに記載されている文章です。現在、県立静岡総合病院におられる野々木先生の名前で上記の文章が書かれています。心筋梗塞の発症が15万人であれば10万人当り125人の発症です。死亡率30%っていつの時代のデータなのだと驚きました。この数字に根拠がないわけではありません。厚生労働省の人口動態・保健統計課から出されている死因簡単分類別に見た性別死亡数・死亡率には急性心筋梗塞による死亡者数は平成22年で42629人、死亡率33.7%と記載されています。この厚労省のデータから算出すると年間の心筋梗塞の発症は13万人余りということになります。一方、DPC病院に入院した急性心筋梗塞症の方の人数は、平成24年で5万8千人余りです。これなら人口10万当りの心筋梗塞発症は48人です。同じ厚労省から出ているデータにもかかわらず、急性心筋梗塞の発症数も大きく解離しています。循環器学会が発行している急性心筋梗塞診療のガイドラインにも疫学データとして、小規模のコホート研究から10万人当り40-100人くらいではないかと記載されているだけで正しい発症数は学会も把握していないようです。ですから正しい全国平均の死亡率も産出される筈もありません:。急性心筋梗塞は対策を取るべき重要な疾患として厚労省からピックアップされている疾患ですが、どうも厚労省の統計も循環器学会も正しい現状を把握していないのです。2012年の循環器学会総会で採択された全国急性冠症候群コホート研究のレジストリーの成功を期待したいと思います。

個々の病院の成績では見えない、地域の成績や日本の現状はいまだ把握されていません。日本で最も遅れた土地を、地方の小都市であっても日本で最も進んだ地域に生まれ変わらせたいとの夢を持ってやってきた14年前を忘れては自分の人生を否定することになります。もう落ち込んでいる暇はありません。



2014年6月11日水曜日

日本のPCI領域のUndeveloped, developingそしてdeveloped area 31回小倉ライブに参加して(1)


  2014年6月6日から6月8日まで、北九州小倉で開催された第31回小倉ライブに参加してきました。その中の6/7に開催された急性心筋梗塞のセッションで鹿屋市における急性心筋梗塞治療の現状というテーマでお話しさせていただきました。

 毎日の仕事だけに向かい合っていると、自分の仕事が正しい方向に進んでいるのか否かを見失うことがあります。折角の機会だと思い、2000年に鹿屋に来てからの仕事をざっと振り返りました。

2000年に私が鹿屋に転勤してくるまで鹿屋市では冠動脈のカテーテル治療 PCIを実施する施設はありませんでした。ですから、鹿屋市内のPCI件数は0件です。日本最下位のPCI供給体制であった訳です。もちろん小規模な離島などでPCIができない土地は存在しますが、当時、鹿屋市は鹿児島県内2位の人口の町でしたので、こうした県2位の町でPCIができないのは全国で鹿児島県、鹿屋市だけでした。規模があるにも関わらず、PCIの恩恵を受けることができないPCI領域の未開の地(undeveloped area)にPCIをもたらそうと思って転勤してきたのが2000年です。

上段の図は少し古いデータになりますが、2007年のPCI件数です。人口10万5千人の鹿屋市で794件のPCIが実施されました。人口10万人当りの件数は752件で、当時全国2位でした。当時の1位は千葉県松戸市です。小倉ライブのこのセッションには松戸の先生も参加されており、松戸の症例数には千葉県全域からあるいは全国から来られる患者さんが含まれているので松戸の住民だけではないと説明を頂きました。であれば、他地域からPCIを受けに来られる方がいないであろう鹿屋が地域住民に対する供給という意味では全国1位ということだなと理解しました。2000年まで全国最下位の未開の土地であった鹿屋市が僅か7年で全国1位の先進地(developed area)に変貌しました。このデータに興味があり、全国の10万人当りの件数等を調べましたが、2007年当時の全国最下位は東京都江東区でした。46万人の人口に対して90件余りのPCIしかなかったのです。東京23区平均は人口10万人当り200件程度でした。東京は発展途上地域(developing area)でした。最も進んだ地域ではありませんでした。ちなみに2007年当時全国で約20万件のPCIが実施されましたが、現在は約25万件と言われています。10万人当り約200件です。

では全国平均の約200件が標準で鹿屋の数字は過剰なのでしょうか?北九州市や熊本市、豊橋市といった件数の多い土地のPCI件数は200件をはるかに超えますし、それを含んで平均200件ですから200件を下回る地域が少なからず存在し、その結果の全国平均200件です。日本中くまなくPCIが供給されればPCIの需要は人口10万人当り200件を確実に超えると思います。まだ日本全体のPCI市場はdevelopingなのだと思っています。

国内でPCIの市場が飽和に達した地域が他にあるだろうかと思いますが、鹿屋市は確実に飽和に達しているものと思っています。飽和に達した後の経過はどうなるのでしょうか。下段の図に示すように2012年も2013年もPCIの件数は2007年に対して約20%の減少です。個々の医療機関のPCI件数は様々な要因で変化しますが、20%の減少は地域全体での減少です。実数にして173件の減少、10万に当たり164件の減少です。2007年の10万当たりのPCI件数の全国平均は166件ですから、こうした現象が全国でも起こればPCIの市場は壊滅的となります。ただ全国のPCI市場はまだ飽和していなくてdevelopingなので壊滅にいたることはあり得ません。

飽和した市場での20%の減少はおそらく薬剤溶出性ステントによる再狭窄減少がもたらしたものだと考えています。市場の開拓が進まなければこの20%のPCI減少は今後 全国で発生するものと思います。全国に存在するPCIを提供する2000施設のうち400施設が消滅しても不思議ではないインパクトです。

「医療が高度化することで医療費が増大する」とよく言われますが、PCI領域では医療の高度化が確実に医療費を低減させているものと考えています。2014年4月から待機的PCIの手術料は約10%下がりました。同じ診療報酬でも既に20%の市場の縮小が始まっている中での診療報酬の低減ですから、医療機関がPCIを提供し続けることの困難が進んでいます。そしてこの困難の中で確実に必要な急性心筋梗塞に対するPCIすら提供できない時代が来るのではないかと、飽和の後のPCI領域の「医療崩壊」を心から心配しています。