前回、TTRが高い良好にコントロ-ルされた施設では、Dabigatranの高容量と比べて虚血性脳卒中の発生が少ないことを書きました。NOACの4つの大規模試験ではすべての試験で有効性の一次エンドポイントは脳卒中または全身性塞栓症とされました。Dabigatranの高用量とApixabanでは優越性は示され、RivaroxabanとEdoxabanでは非劣性が示されました。図1
この結論を多くの医師が誤解しました。脳卒中の中には虚血性も出血性も含まれているからです。色々な先生の解説記事を見ましたが、脳塞栓症を減らす効果で優越性が出たとか非劣性であったと解説している先生もおられます。明らかな誤解です。図2に頭蓋内出血の成績を示します。どのNOACであってもワーファリンと比較して有意に頭蓋内出血を抑制しています。そこに誤解はありません。
図1のグラフから図2の頭蓋内出血を引き算したグラフを図3に作りました。一次エンドポイントを虚血性脳卒中/全身性塞栓症と設定したグラフです。ワーファリンと比較して虚血性脳卒中/全身性塞栓症を抑制したのはDabigatran高用量だけです。そして前回書いたようにこれすら高いTTRを実現している施設ではワーファリンでの抗凝固療法の方が虚血性脳卒中/全身性塞栓症は少なかったのです。この図3がメインの結果として示されていたら、今ほどNOACは幅を利かせていなかったかもしれません。
NOACはワーファリンに比較して劣る抗凝固薬だと言いたい訳ではありません。ワーファリンでどんなに努力してもNOACに敵わないこと、それは頭蓋内出血の抑制です。
ワーファリンと比較して虚血性脳卒中や全身性塞栓症を抑制するからNOACは優れているのではなく、頭蓋内出血を抑制するから優れているのです。凝固カスケードの多くをブロックするワーファリンと一ポイントだけを抑制するNOACの効果を考えてもこの結論は必然であろうと思います。
現状のワーファリンやNOACといった経口抗凝固薬では完全に虚血性脳卒中や全身性塞栓症を防げません。であれば頭蓋内出血を抑制する効果を大事にするべきだと思います。
より強い抗血栓作用を期待してDabigatranの投与量を増やした研究があります。機械弁植込み患者でのDabigataranの有効性を検討したRE-ALIGN試験です。図4。より強い抗血栓作用を期待してこの研究では最大1日600㎎のDabigataranが処方されました。結果、血栓塞栓症が減らなかっただけではなく、大出血が増加しました。 N Engl J med 2013 1206-1214
非弁膜症性心房細動と機械弁植込み患者では背景が違うと言っても、やはりNOACでのより高い抗血栓作用を期待して処方量を増やすことはあぶはち取らずに陥る可能性があります。過ぎたるは及ばざるがごとしです。
虚血性脳卒中や全身性塞栓症をよくコントロールされたワーファリンによる抗凝固療法と比較して抑制する訳ではないけれど、重大な合併症である頭蓋内出血を明らかに減少させる薬剤がNOACなのだとしっかり理解する必要があります。誤解を抱えたまま虚血性脳卒中の減少のみを至上命題にしているとRE-ALIGN試験の轍を踏むことになりかねないと危惧します。
2015年5月31日日曜日
2015年5月30日土曜日
私の目指す心房細動患者に対する抗凝固療法 Anticoagulation at minimum bleeding risk for Atrial Fibrillation (3) 鹿屋ハートセンターで実施したワーファリンによる抗凝固療法の成績を振り返って
最初の新規抗凝固薬は2011年に市販が始まったDabigtran(プラザキサ)です。私は、新しい薬が市販されてもすぐには処方しないようにしています。1年の成績を見てからのほうが安全だと思っているからです。2011年に市販が始まってそろそろ1年が経過した2012年2月に鹿屋ハートセンターに通院されている心房細動患者さんを調べました。
心房細動患者さんは290名で、うち246人の方にワーファリンを処方していました。率にして84.8%です。決して処方率が低いわけではありません。慢性心房細動に限れば、97.7%の方にワーファリンを処方していました。ワーファリンを処方していなかった方のほとんどは心房細動の発生がごくまれな発作性心房細動の方で、若くてCHADS2スコアの低い方でした。2012年2月の一時点でPT-INRが目標とする1.6-2.6に入っていた率は77.7%でした。コントロールも良好でした。(図1)
図2はこの246名のワーファリンを処方されていた方の2年間の追跡の結果です。2012年2月にエントリーして次の月にはもう来院されなかった6名を除いた240例のデータです。49歳から94歳の年齢分布で、男女比は大体2:1でした。腎機能も様々でクレアチニンクリアランスは13-142l/minと広く分布していました。個々のケースの2年間の%TRを算出し、平均値を見るとやはり2012年2月の一時点で治療域に入っていた率とほぼ同じの76.7%でした。
図3は2年間の結果です。8例の方が途中で行方不明となりご自宅に電話を差し上げても通じなかった方です。引っ越しをされたのか亡くなられたのかも分かりません。2年間の経過で亡くなられたことが確認できたのは9人の方です。年率にして1.9%です。この死亡率は、NOACのどのトライアルのNOAC群、ワーファリン群の成績と比べても低い数値でした。消息が分からなくなった方全員が亡くなっっていたとしても決して高い死亡率ではなかったと思っています。
亡くなったことがはっきりしている9名の方の死因ですが心不全死が4名、癌死が2名、脳出血死が1名、原因不明が2名です。やはり循環器科で診る心房細動患者さんの最大死因は心不全でした。
頭蓋内出血は2名で年率0.4%の発生で1名は前述のように亡くなられました。脳梗塞の発症は2名でやはり年率0.4%の発生でした。この頭蓋内出血の頻度はNOACの各トライアルのNOAC群に匹敵し、どのワーファリン群よりも低値でした。脳梗塞の発生頻度は、どのNOAC群よりもワーファリン群よりも低値でした。循環器学会のガイドラインよりも若年者では弱めのPT-INRの目標を設定し、論文に出ているようなTTRではなく%TRでコントロールしてこのデータでしたから、少なくとも間違ったことはしていないと考えています。
ただこの成績で満足しているわけではありません。頭蓋内出血で亡くなったお一人の方が気になるのです。図4。ワーファリンの治療域に入ってからの推移をみるとTTRは80%程度、%TRは75%ですから決して悪いコントロールではなかったと思っていますが、2剤の抗血小板剤を止めておればよかったのではないか、あるいはNOACでの抗凝固であれば頭蓋内出血死を防げたのではないか等と考えます。
図5はcTTR別に見たDabigatranの有効性、頭蓋内出血の頻度です。Dabigatranのweb siteからの借用です。どのようなTTRのコントロールであってもDabigatranの有効性はワーファリンよりも高く、どのcTTR群であっても頭蓋内出血の頻度はDabigatran群で低いとされています。すべてのNOACのデータの罪がこの図にも示されています。有効性の指標が脳卒中/全身塞栓症の頻度だからです。脳卒中の中には虚血性脳卒中も出血性脳卒中も含まれているので、どれほど虚血性脳梗塞を防ぎ、どれほど頭蓋内出血を防いだかが分かりにくいのです。
図6は図5の左の脳卒中/全身性塞栓症の数字から、右の頭蓋内出血のひいた虚血性脳卒中/全身性塞栓症の発生頻度です。引き算をして自分で作ってみました。そうするとオリジナルの図では分からなかったことが見えてきました。TTRが良好になればなるほどやはり虚血性脳卒中/全身性塞栓症は低下し、TTRが72.6%以上の施設での成績が最も良いのです。塞栓症を防ぐのであればTTRの高いワーファリンによるコントロールが最強でした。これはある意味当然だと思っています。私のワーファリンに対する思いが強いからではありません。コントロールさえよければ凝固カスケードの多くの作用点をブロックするワーファリンが、一ポイントしかブロックしないNOACよりも効果が強いのは当たり前です。
一方でこの最強の抗凝固作用を持つワーファリンの欠点はその最強の抗凝固作用でもあるのです。どんなにコントロールが良くても、その効果が強いがために頭蓋内出血はどのNOACと比べてもワーファリンでは増えてしまいます。良くコントロールされたワーファリンよりも劣る抗凝固作用こそがNOACの利点であるといえます。
今回のこのシリーズでの基本的な概念はAnticoagulation at minimum bleeding riskです。脳塞栓症を減らそうとして頭蓋内出血を起こしてはいけないというコンセプトです。NOACの講演をよくされるある先生は塞栓症を防ぎたければDが良い、出血を防ぎたければAが良い等と言われていました。しかし、脳塞栓が防げるのなら脳出血を起こしても良い等と言う人も、脳出血を防げるのなら脳塞栓症を起こしても良い等と言う人も存在するとは私にはとても思えないのです。どの抗凝固薬を使用してもある程度の塞栓症は発生します。最もよく塞栓症を防ぐのはよくコントロールされたワーファリンです。作用機序からも当然の結論だと思っています。しかし、塞栓症を減らせば減らすほど良いという訳ではありません。NOACと比較して頭蓋内出血の多いワーファリンだけでは最善の抗凝固療法は実現できないと考えるに至りました。少なくとも頭蓋内出血リスクの高いケースではワーファリンによる抗凝固療法を避けるべきだと考えています。実際に頭蓋内出血死された図4の方も頭蓋内出血のハイリスクの方でした。過去に頭蓋内出血の既往があったのです。鹿屋ハートセンターでは現在、頭蓋内出血の既往のある方に対しての抗凝固療法はどんなにワーファリンでのコントロールが良かった方でもすべてNOACとしています。さらに今後はMRIで評価をしてmicrobleedingの痕跡がある方にはワーファリンを使用しないつもりです。
繰り返しになりますがanticoagulation at minimum bleeding riskの概念で脳塞栓症や頭蓋内出血による悲劇を少しでも減らしてゆきたいと考えています。
心房細動患者さんは290名で、うち246人の方にワーファリンを処方していました。率にして84.8%です。決して処方率が低いわけではありません。慢性心房細動に限れば、97.7%の方にワーファリンを処方していました。ワーファリンを処方していなかった方のほとんどは心房細動の発生がごくまれな発作性心房細動の方で、若くてCHADS2スコアの低い方でした。2012年2月の一時点でPT-INRが目標とする1.6-2.6に入っていた率は77.7%でした。コントロールも良好でした。(図1)
図2はこの246名のワーファリンを処方されていた方の2年間の追跡の結果です。2012年2月にエントリーして次の月にはもう来院されなかった6名を除いた240例のデータです。49歳から94歳の年齢分布で、男女比は大体2:1でした。腎機能も様々でクレアチニンクリアランスは13-142l/minと広く分布していました。個々のケースの2年間の%TRを算出し、平均値を見るとやはり2012年2月の一時点で治療域に入っていた率とほぼ同じの76.7%でした。
図3は2年間の結果です。8例の方が途中で行方不明となりご自宅に電話を差し上げても通じなかった方です。引っ越しをされたのか亡くなられたのかも分かりません。2年間の経過で亡くなられたことが確認できたのは9人の方です。年率にして1.9%です。この死亡率は、NOACのどのトライアルのNOAC群、ワーファリン群の成績と比べても低い数値でした。消息が分からなくなった方全員が亡くなっっていたとしても決して高い死亡率ではなかったと思っています。
亡くなったことがはっきりしている9名の方の死因ですが心不全死が4名、癌死が2名、脳出血死が1名、原因不明が2名です。やはり循環器科で診る心房細動患者さんの最大死因は心不全でした。
頭蓋内出血は2名で年率0.4%の発生で1名は前述のように亡くなられました。脳梗塞の発症は2名でやはり年率0.4%の発生でした。この頭蓋内出血の頻度はNOACの各トライアルのNOAC群に匹敵し、どのワーファリン群よりも低値でした。脳梗塞の発生頻度は、どのNOAC群よりもワーファリン群よりも低値でした。循環器学会のガイドラインよりも若年者では弱めのPT-INRの目標を設定し、論文に出ているようなTTRではなく%TRでコントロールしてこのデータでしたから、少なくとも間違ったことはしていないと考えています。
ただこの成績で満足しているわけではありません。頭蓋内出血で亡くなったお一人の方が気になるのです。図4。ワーファリンの治療域に入ってからの推移をみるとTTRは80%程度、%TRは75%ですから決して悪いコントロールではなかったと思っていますが、2剤の抗血小板剤を止めておればよかったのではないか、あるいはNOACでの抗凝固であれば頭蓋内出血死を防げたのではないか等と考えます。
図5はcTTR別に見たDabigatranの有効性、頭蓋内出血の頻度です。Dabigatranのweb siteからの借用です。どのようなTTRのコントロールであってもDabigatranの有効性はワーファリンよりも高く、どのcTTR群であっても頭蓋内出血の頻度はDabigatran群で低いとされています。すべてのNOACのデータの罪がこの図にも示されています。有効性の指標が脳卒中/全身塞栓症の頻度だからです。脳卒中の中には虚血性脳卒中も出血性脳卒中も含まれているので、どれほど虚血性脳梗塞を防ぎ、どれほど頭蓋内出血を防いだかが分かりにくいのです。
図6は図5の左の脳卒中/全身性塞栓症の数字から、右の頭蓋内出血のひいた虚血性脳卒中/全身性塞栓症の発生頻度です。引き算をして自分で作ってみました。そうするとオリジナルの図では分からなかったことが見えてきました。TTRが良好になればなるほどやはり虚血性脳卒中/全身性塞栓症は低下し、TTRが72.6%以上の施設での成績が最も良いのです。塞栓症を防ぐのであればTTRの高いワーファリンによるコントロールが最強でした。これはある意味当然だと思っています。私のワーファリンに対する思いが強いからではありません。コントロールさえよければ凝固カスケードの多くの作用点をブロックするワーファリンが、一ポイントしかブロックしないNOACよりも効果が強いのは当たり前です。
一方でこの最強の抗凝固作用を持つワーファリンの欠点はその最強の抗凝固作用でもあるのです。どんなにコントロールが良くても、その効果が強いがために頭蓋内出血はどのNOACと比べてもワーファリンでは増えてしまいます。良くコントロールされたワーファリンよりも劣る抗凝固作用こそがNOACの利点であるといえます。
今回のこのシリーズでの基本的な概念はAnticoagulation at minimum bleeding riskです。脳塞栓症を減らそうとして頭蓋内出血を起こしてはいけないというコンセプトです。NOACの講演をよくされるある先生は塞栓症を防ぎたければDが良い、出血を防ぎたければAが良い等と言われていました。しかし、脳塞栓が防げるのなら脳出血を起こしても良い等と言う人も、脳出血を防げるのなら脳塞栓症を起こしても良い等と言う人も存在するとは私にはとても思えないのです。どの抗凝固薬を使用してもある程度の塞栓症は発生します。最もよく塞栓症を防ぐのはよくコントロールされたワーファリンです。作用機序からも当然の結論だと思っています。しかし、塞栓症を減らせば減らすほど良いという訳ではありません。NOACと比較して頭蓋内出血の多いワーファリンだけでは最善の抗凝固療法は実現できないと考えるに至りました。少なくとも頭蓋内出血リスクの高いケースではワーファリンによる抗凝固療法を避けるべきだと考えています。実際に頭蓋内出血死された図4の方も頭蓋内出血のハイリスクの方でした。過去に頭蓋内出血の既往があったのです。鹿屋ハートセンターでは現在、頭蓋内出血の既往のある方に対しての抗凝固療法はどんなにワーファリンでのコントロールが良かった方でもすべてNOACとしています。さらに今後はMRIで評価をしてmicrobleedingの痕跡がある方にはワーファリンを使用しないつもりです。
繰り返しになりますがanticoagulation at minimum bleeding riskの概念で脳塞栓症や頭蓋内出血による悲劇を少しでも減らしてゆきたいと考えています。
ラベル:
Af
2015年5月29日金曜日
私の目指す心房細動患者に対する抗凝固療法 Anticoagulation at minimum bleeding risk for Atrial Fibrillation (2) より高いTTRを実現するために なんちゃってTTR(%TR)の勧め
脳塞栓症を減らすために、逆に脳出血を増やすようなことがないように適切な目標PT-INRを設定しても十分ではありません。ワーファリンによる抗凝固療法は不安定であり、測定のたびにPT-INRの値は変化します。食生活に大きな変化がなくても、他の薬剤を内服していなくてもです。抗凝固している期間の何%の日数が治療域にあったかが重要です。TTR (Time in Therapeutic Range)です。
TTRが高ければ脳卒中の発生は少なく、TTRが極端に低ければワーファリンを内服していない群よりも多くの脳卒中が発生すると言われています。TTRが50%程度であればワーファリンを処方されていない患者と比べて優位性はなく最低でも60%以上の管理が必要とされています。 (図1)
図2にINRが上がったり下がったりするケースをシミュレーションしました。INRが1.9から3.1に変化したような場合、治療域を横断している訳ですから治療域に存在した期間が当然存在します。直線的に変化したとして治療域に達していたであろう期間を想定する訳ですが、計算は相当に面倒です。Excel上で計算できるマクロも公開されていますが、自施設のTTRは幾つですよと公開してる病院はあまりありません。
鹿屋ハートセンターでは現在200名以上の方に対してワーファリンによる抗凝固療法を行っていますが、個々の患者さんのデータをExcelに入力し、個々の患者さんのTTR(iTTR)を計算していません。ですから施設のTTR (cTTR)も当然計算していません。
では個々の患者さんのPT-INRのコントロールが良好なのか、施設のTTRが適切なのかまったく評価していないのかと言われればそうではありません。図2に示すように仮に12回の測定機会があれば何回、治療域に入っていたかを見ています。何%の回数が治療域に入っていたかを見た数字です。一応%TRと私は呼んでいます。なんちゃってTTRです。図2の本当のTTRは70%を超えますが、%TRは8%です。大きく解離するので%TRは信頼できないのでしょうか? 私は図2のようなケースのTTRが70%を超えているから良好なコントロールとは思いません。変動性が高く、こうしたケースの脳卒中リスクは低くないと判断し、次の手を考えなければと思います。そう思えば%TRが低いという方が患者さんのためになると考えています。このケースのように多くの場合%TRは本当のTTRよりも低値になります。ですから%TRが70%を超えていれば間違いなく本当のTTRも70%を超えており、良好なコントロールができていると胸を張れると思っています。%TRは本当のTTRとよく相関し、少し小さな数値になる指標で十分にワーファリンコントロールを評価できる指標と考えています。
例外的に%TRが本当のTTRよりも高くなる場合は図3のようなケースです。治療域を横断するような変動がなく治療域の上下でうろうろする場合です。このように%TRが本当のTTRを上回る場合がない訳ではありませんが、現実のケースではこのようなケースは発生しません。図2のような場合には当然ワーファリンの量を増やすからです。
%TRを算出するのは簡単です。個人の%TRなら過去の検査結果を数えて割り算するだけなので1分もかからずに暗算で算出できます。また施設の平均%TRを見るのも簡単です。施設の平均%TRは、全測定機会の何%が治療域に入っていたかです。全患者のある期間の測定機会が3000回だったとします。治療域に入っていた回数が2100回であれば、個別に%TRを算出しその平均を出さなくても施設の%TRは70%に決まっています。また3000回で見なくてもそのうちの100回をランダムに抽出して見れば、%TRが70%の施設であれば100回のうち70回は治療域に入っていることが確認できる筈です。
現在、鹿屋ハートセンターには毎日10名強の方がワーファリンを処方されて通院されています。最近では、治療域を逸脱するPT-INRを見ることは1日に1人いるかいないかです。ですから最近の鹿屋ハートセンターの平均%TRは90%を超えていると思っています。以前は70%程度だったのが90%を超えるようになった理由は簡単です。%TRの低い方のほとんどでワーファリンによるコントロールを止めてNOACによる抗凝固療法に変えたからです。
NOACの成績が語られる時、良好にコントロールされたワーファリン群と比べて同等ないし良好な有効性を示し、安全性は上回っていると言われますが、図4に示すようにせいぜい60%程度のコントロールです。通院されている方で見れば、10人の患者さんがいたら毎日3-4人の方が治療域を逸脱しているようなコントロールです。その程度のコントロールのワーファリンと比べて良い成績でしたと胸を張るのは少し違うかなと思っています。
次回は鹿屋ハートセンターの設定した1.6-2.6というPT-INRの目標域で、かつ70%を超える%TRで得られた2年のフォローアップの成績を基に議論を進めようと思います。
TTRが高ければ脳卒中の発生は少なく、TTRが極端に低ければワーファリンを内服していない群よりも多くの脳卒中が発生すると言われています。TTRが50%程度であればワーファリンを処方されていない患者と比べて優位性はなく最低でも60%以上の管理が必要とされています。 (図1)
図2にINRが上がったり下がったりするケースをシミュレーションしました。INRが1.9から3.1に変化したような場合、治療域を横断している訳ですから治療域に存在した期間が当然存在します。直線的に変化したとして治療域に達していたであろう期間を想定する訳ですが、計算は相当に面倒です。Excel上で計算できるマクロも公開されていますが、自施設のTTRは幾つですよと公開してる病院はあまりありません。
鹿屋ハートセンターでは現在200名以上の方に対してワーファリンによる抗凝固療法を行っていますが、個々の患者さんのデータをExcelに入力し、個々の患者さんのTTR(iTTR)を計算していません。ですから施設のTTR (cTTR)も当然計算していません。
では個々の患者さんのPT-INRのコントロールが良好なのか、施設のTTRが適切なのかまったく評価していないのかと言われればそうではありません。図2に示すように仮に12回の測定機会があれば何回、治療域に入っていたかを見ています。何%の回数が治療域に入っていたかを見た数字です。一応%TRと私は呼んでいます。なんちゃってTTRです。図2の本当のTTRは70%を超えますが、%TRは8%です。大きく解離するので%TRは信頼できないのでしょうか? 私は図2のようなケースのTTRが70%を超えているから良好なコントロールとは思いません。変動性が高く、こうしたケースの脳卒中リスクは低くないと判断し、次の手を考えなければと思います。そう思えば%TRが低いという方が患者さんのためになると考えています。このケースのように多くの場合%TRは本当のTTRよりも低値になります。ですから%TRが70%を超えていれば間違いなく本当のTTRも70%を超えており、良好なコントロールができていると胸を張れると思っています。%TRは本当のTTRとよく相関し、少し小さな数値になる指標で十分にワーファリンコントロールを評価できる指標と考えています。
例外的に%TRが本当のTTRよりも高くなる場合は図3のようなケースです。治療域を横断するような変動がなく治療域の上下でうろうろする場合です。このように%TRが本当のTTRを上回る場合がない訳ではありませんが、現実のケースではこのようなケースは発生しません。図2のような場合には当然ワーファリンの量を増やすからです。
%TRを算出するのは簡単です。個人の%TRなら過去の検査結果を数えて割り算するだけなので1分もかからずに暗算で算出できます。また施設の平均%TRを見るのも簡単です。施設の平均%TRは、全測定機会の何%が治療域に入っていたかです。全患者のある期間の測定機会が3000回だったとします。治療域に入っていた回数が2100回であれば、個別に%TRを算出しその平均を出さなくても施設の%TRは70%に決まっています。また3000回で見なくてもそのうちの100回をランダムに抽出して見れば、%TRが70%の施設であれば100回のうち70回は治療域に入っていることが確認できる筈です。
現在、鹿屋ハートセンターには毎日10名強の方がワーファリンを処方されて通院されています。最近では、治療域を逸脱するPT-INRを見ることは1日に1人いるかいないかです。ですから最近の鹿屋ハートセンターの平均%TRは90%を超えていると思っています。以前は70%程度だったのが90%を超えるようになった理由は簡単です。%TRの低い方のほとんどでワーファリンによるコントロールを止めてNOACによる抗凝固療法に変えたからです。
NOACの成績が語られる時、良好にコントロールされたワーファリン群と比べて同等ないし良好な有効性を示し、安全性は上回っていると言われますが、図4に示すようにせいぜい60%程度のコントロールです。通院されている方で見れば、10人の患者さんがいたら毎日3-4人の方が治療域を逸脱しているようなコントロールです。その程度のコントロールのワーファリンと比べて良い成績でしたと胸を張るのは少し違うかなと思っています。
次回は鹿屋ハートセンターの設定した1.6-2.6というPT-INRの目標域で、かつ70%を超える%TRで得られた2年のフォローアップの成績を基に議論を進めようと思います。
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2015年5月28日木曜日
私の目指す心房細動患者に対する抗凝固療法 Anticoagulation at minimum bleeding risk for Atrial Fibrillation (1) ワーファリンでコントロールする場合目標とするPT-INRをどう設定するか
そんな中で、一生懸命に脳塞栓症に対する抗凝固療法を実施したきたことに間違いはなかったかと考えさせられた研究結果が発表されました。少し前の発表ですが、4番目の心房細動に対する新規抗凝固薬として市販が始まったEdoxaban(リクシアナ)のENGAGE-AF試験の結果です。低用量群において虚血性脳卒中の発症はワーファリンに比べて多かったものの、総死亡は統計的な有意差はないもののワーファリン群やEdoxabanの高容量群と比べて少なかったという結果です。
脳塞栓症の発症をなるべく少なくしようと抗凝固療法を強化するあまり、逆に脳出血を増やしたり総死亡を増やしていないかという疑問を感じ始めたのです。
頭蓋内出血の発生は、ワーファリンと比べてNOACで明らかに少ないわけですから、頭蓋内出血を少なくしたいのであればNOACを使うべきだという考えは妥当だと思っています。しかし、ワーファリンしか使えない患者さんが存在するのも事実です。ですから今回のブログでは、一生懸命に抗凝固療法を行いすぎてかえって悪くしてしまわないように至適なワーファリンのコントロールのために目指すべきPT-INRはどの程度なのかと考えたいと思います。
図1は日本循環器学会が作成している心房細動患者さんに対する抗凝固療法のガイドラインです。70歳以上ではPT-INRの目標は1.6から2.6です。70歳未満の患者さんの目標は2.0から3.0です。このガイドラインを順守していて自分が診ている患者さんを守れるのでしょうか。
図3はJ RHYTHM Registryの70歳以上の患者さんのデータです。PT-INRが高まるにつれて青で示した塞栓症は減少するものの緑で示した大出血は増加していきます。塞栓症の発症と大出血の発生はトレードオフの関係になります。塞栓症の発生が最も少ないPT-INRが2.6-3.0の群ではワーファリンを内服していない(放置されている)患者に発生する大出血の4倍もの大出血が発生しています。こうしたデータを受けて70歳以上ではPT-INRの目標は1.6から2.6に設定されたと理解しています。
では図4の70歳未満の場合はどうでしょうか。70歳未満の患者数が少ないがゆえに結論的ではないとされていますが、PT-INRが1.6-2.0で塞栓症の発症は最少となり、2.6-3.0ではワーファリンを服用されていない方と比べて大出血はおよそ3倍にもなっています。また総死亡もワーファリンを処方されずに放置されている方のおよそ2倍になっています。脳塞栓症を減らそうと努力するあまり大出血を増やし総死亡を増やしても良いのでしょうか?良い筈がありません。元々塞栓症のリスクの低い若年者の方がより抗凝固療法を強化すべきという理由が分かりません。元々、PT-INRの目標を2.0-3.0に設定したのは欧米のガイドラインに合わせたからです。しかし、日本人を含む東アジア人は欧米人と同じコントロールでは出血が多いことが知られています。70歳未満であっても日本人にあった目標を設定すべきだと感じています。
ですから私が行う心房細動患者さんに対するワーファリンによる抗凝固療法の目標PT-INRはどの年代であっても1.6-2.6です。
よくコントロールされたワーファリンとNOACの成績を比較すると、総じて虚血性脳卒中や全身性塞栓症の発生には差はありません。ワーファリンとNOACの成績の差は出血の頻度、特に頭蓋内出血の頻度で生じているものと考えられます。繰り返しになりますが、一生懸命に塞栓症を減らそうとするあまり、出血を起こし総死亡を増やすのであればそれは最善の抗凝固療法ではないと考えます。現在の私が考える心房細動患者に対する最善の抗凝固療法は、出血リスクを最小にする抗凝固療法です。Anticoagulation at Minimum Bleeding Riskという概念がより良い成績に繋がることを願っています。この概念で何回かに渡ってこのブログで論を進めてゆきたいと考えています。
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