2014年3月26日水曜日

新規抗凝固薬を内服中の心房細動患者さんにステント植込みを行いました。

 40歳代の若い男性です。数年前まで当院に通院されていました。発作性心房細動です。いつしか通院されなくなりました。数年ぶりに来られました。普通に歩いて来られたので脳梗塞にならなくてラッキーだったねとお話ししましたが、実は脳梗塞になったのだと言われます。Dabigatran(プラザキサ)の処方も受けておられました。心電図では既に心房細動は慢性化していました。今回受診されたのは軽労作で胸痛があるからです。

Fig. 1に示すように前下行枝#7に99%狭窄を認めます。薬剤溶出性ステントの植え込みを行いました(Fig. 2)。

経口抗凝固薬に加えて2剤の抗血小板剤の投与が必要になります。経口抗凝固薬に加えて2剤の抗血小板剤を内服すると出血性の合併症の頻度は跳ね上がります。最下段の図にDabigatran+DAPTの成績をみたRe-DEEM試験の結果を載せましたが、容量が増えるにつれて出血のリスクは高まっています。そしてこれはDabigatranに限った現象ではなく、RivaroxabanやApixabanで検討された急性冠症候群での3剤の併用の結果も同様です。

出血のリスクが高まるので、抗血小板剤の投与期間が短くて済むBare Metal stentにしようかとも考えましたが、選択したステントはMedtronicのResolute integrityです。当院で使用している薬剤溶出性ステントはAbbottのXienceとMedtronicのResoluteのみですが、添付文書上のDAPTを求める期間には差があります。Xienceは1年でResoluteのそれは6か月です。ただ更に短い期間のDAPT投与でもステント血栓症は少ないというデータも最近は少なくありません。出血のリスクのあるこの方の場合、相当に短い期間でDAPTを止めるのが賢明かと思っています。もちろん十分な血圧のコントロールもした上です。

患者の安全を考えての方針ですが、不安がないわけではありません。添付文書が求める期間よりも短い期間の投与でステント血栓症が発生した場合、添付文書の求め通りにDAPTを処方しなかったと非難される可能性もあるからです。より短い期間のDAPTでも安全だよというデータがそろって来ても添付文書の記載が修正されないことで患者も医師もリスクを負います。何とかならないものかと思います。

当院に通院されている心房細動患者さんの約3割はこうしたステント植込みや、他の血管の問題で抗血小板剤を内服されています。最近は抗血小板剤をなるべく早くに止めてしまうのが良いかと考え、抗血小板剤をどんどんと中止しています。ただ最近の新規抗凝固薬のすさまじい予算を使った講演会などのプロモーションを見ると、抗血小板剤との併用の領域でより安全な対策を講じる試験に予算を使えないものかと考えてしまいます。国内の心房細動患者さんは100万人存在すると言われます。その10%であっても10万人です。この少なくとも10万人における安全な抗凝固療法と抗血小板剤の併用はニッチな問題ではない筈です。プロモーションのための講演に使うエネルギーを患者さんのために使いたいものです。


2014年3月18日火曜日

4月からの診療報酬改定で急性心筋梗塞に対するPCIの報酬は増額されました。これで国内の循環器救急の体制は改善されるのでしょうか?

 本日午前11時6分に当院外来に初診で受け付けの方です。胸背部痛の訴えでした。最上段の図のECGでは前胸部誘導でSTが上昇しています。急性心筋梗塞です。このECGは11:11に撮ったものです。救急車での受診では到着後すぐに心電図を撮りますがウォークインだと問診を聞き取ったりで時間がかかることもあり得ます。受付がすぐに症状のある旨を外来看護師に伝え、外来看護師はすぐに心電図を撮ってくれたので迅速な診断ができました。

1人でやっている外来中ですから、待っている方に断りを入れて緊急カテです。#6の完全閉塞で血栓吸引後にステントを植込み、症状も消失し安定しました。

緊急カテを終了し、外来に戻っても待たされたからと苦情を言う方は一人もおられません。かつては待たされるのなら帰ると怒って帰る方もおられましたが今は皆無です。待っておられた方の診察時にお待たせしたことを詫びても、逆にお疲れさまでしたと労われました。

同じような内容の投稿は過去にもしましたが、今回、改めて急性心筋梗塞に対する緊急カテーテルを投稿しようと思ったのは2014年4月から診療報酬が変更されるからです。

急性心筋梗塞に対するPCIも予定のPCIも手技料は同じでしたが来月からは急性心筋梗塞に対するPCIは、ステントを植込みを前提に考えれば24万3800円から34万3800円に大幅に点数が増えます。10万円のアップ、41%のアップです。このような大幅な診療報酬の増額は見たことがないと言うレベルです。救急で苦労する医師に報いる点数改定のように見えます。

一方、PCIの大多数を占める予定のステント植込みは、24万3800円から21万6800円への減額です。11%の減額です。1時間もかからない急性心筋梗塞に対するPCIは増額されても長時間かかる難しいPCIは減額です。

全PCIに占める急性心筋梗塞に対するPCIの頻度を考えればPCI全体で見れば診療報酬は減少するものと予想します。急性心筋梗塞に対するPCIだけを実施するPCI術者は存在しません。普段の予定のPCIを実施しながら急性心筋構想に遭遇すれば緊急事態に対処しているのです。緊急へのご褒美はあげるけれども、日常の報酬は減額するよというような形で診療報酬体系が構築されて緊急のPCIの診療体制は維持されるのでしょうか?普段の飯が食えないのに緊急に対応する形が各施設で維持できるような気がしません。安定したPCIが実施できる仕組みがあって初めて、安定した循環器救急が提供できるのだと思います。こんな仕組みを作った厚労省は現場を分かっているのでしょうか?

最下段の図はある要件を満たせば深夜や休日の手術料は大幅に増額するよという改定です。要件を満たせば160%の加算がつきます。加算の要件を満たす医療機関とは一定以上の救急入院を受け入れている病院です。当院のような有床診療所は該当しません。該当する医療機関で休日に急性心筋梗塞に対するステント植込みを行えば、89万3880円の手技料になります。この診療報酬の大幅な増額が深夜や休日に呼び出される医師やスタッフの給与に反映されればよいけれどと思います。また、反映されたとしても「これだけもらっているのだから夜間も休日も働け」と言われて疲弊したPCI術者は緊急に対応し続けることができるのだろうかとも思います。

決して充足されているわけではない医師数の中で、急性心筋梗塞に対する緊急治療はPCI術者の使命だと、文句も言わずに頑張っているPCI術者の仲間が全国にいます。そうした医師に報いるために診療報酬に「色」を付けましたよというのが循環器救急体制の構築だと厚労省が思っているとしたらあまりにもお粗末に感じます。需要に対する供給体制の構築のために国が実施する対策はお小遣いを増やすことだけですよという発想が理解できません。






2014年3月12日水曜日

高齢の心房細動患者における抗凝固療法で、低体重、低腎機能、抗血小板剤との併用は悩ましい課題です。


 90歳の男性です。17年前から繰り返しPCIを受けておられます。3枝にステントが入っています。当院では2年前に薬剤溶出性ステントの植え込みを行っています。この方は慢性心房細動です。心不全もあり高齢ですからCHADS2 scoreは2点です。抗凝固療法が必要ですがクレアチニンは1.4で、体重は47.9㎏しかないのでクレアチニンクリアランスは24ml/minです。

高齢、低体重、低腎機能、抗血小板剤内服中ですからいずれの抗凝固薬を使っても大出血のハイリスクです。現場で心房細動患者さんを診ているとこのような方は少なくありません。

図1は、各NOACsの試験時の除外基準と、発売後の禁忌の基準です。Apixabanは25以下で除外となっていますが現実にはAristotle試験でCCRが30未満25以上でエントリーされた方は全世界で137名にしかすぎません。日本国内からエントリーされた方はわずかに4名のみです。ですから他のNOACと同様にCCRが30未満の方のデータはないと言っても過言ではありません。

にもかかわらず、市販時の低腎機能の禁忌の基準は各NOACで違いがあります。RivaroxabanとApixabanの禁忌の基準は15ml/minなのです。なぜデータやエビデンスがないのに広い範囲で認可されたのかPMDAの意図が理解できません。

上記の方はDabigatranでは禁忌になるのでワーファリンでの抗凝固療法を行っていましたが、3㎎ 4㎎と増やしていってもPT-INRは低値のままでした。高齢、低体重、低腎機能、抗血小板剤の併用という条件で流石にワーファリンを5㎎も内服してもらうのは怖くなり、2012年6月からDabigatranを処方しました。禁忌の症例にDabigatran 1日 150㎎の処方です。腎機能を見れば禁忌ですし、処方量も認可基準よりも少ない量です。これで2年近く大出血もなく経過しました。Dabigatran内服中のaPTTは53.6秒と程よく延長していました。

他の選択肢のない中での決断でしたが、問題なく2年近く経過してホッとしていました。他の選択肢のない中であっても大出血をすれば私の決断が責められるのは決定的です。Apixabanの長期処方解禁に伴いApixaban 1日 5㎎の処方に変更しました。これで添付文書通りの処方になりました。

図2は75歳以上の方でのRe-ly試験の大出血のデータです。75歳未満であれば大出血を抑制していたDabigatranですが高齢になるとワーファリンと成績が変わらないばかりかやや大出血の頻度は増します。ですからDabigatranは70歳以上では慎重投与とされています。

図3はCCR別に見たRe-lyの大出血のデータです。やはり腎機能が低下してくるとDabigatran低用量であっても大出血の頻度はワーファリンのそれを下回りません。腎排泄が多いことが関係していると考えられています。このためCCRが30ml/min未満は禁忌とされたのです。

Dabigatranは本当に高齢者や低腎機能の例では成績が劣るのでしょうか。本日 提示したようなケースでは今後Apixabanを使えばよいではないかと言えばそれまでですが、本日のケースで示したようにDabigatran 1日 150㎎では高齢者や低体重、ある程度の低腎機能でも使えるのではないかと考えます。まだ現場で使い始めて3年しか経過していない新しい薬です。この先、2剤の抗血小板剤との併用のスタディーも計画されていると聞いています。高齢者の心房細動の多くを占める低体重や低腎機能患者における低用量の知見も出てこないかと期待しています。

2014年3月11日火曜日

東日本大震災の発生から3年が経過しました。3年の重みがずしりと胸に響きます。

2006年、私が51歳の時に鹿屋ハートセンターを開設しました。51歳で5億円を超える融資を受けての開業でしたから正直不安な気持ちで一杯でした。50歳を超えて、担保もほぼない状態で良く融資を受けることができたななどとも言われました。私も同じように思いましたが、きっと最後のチャンスだろうと思っての決断でした。開業した51歳の3年後である54歳であれば多額の融資を受けて開業する勇気はなかっただろうと思います。

3年前の3月11日に東日本大震災が発生しました。もう3年も経過したのかと思います。図はYahoo newsに出ていた朝日新聞デジタルの図です。3年を経過した今日現在も26万人以上の方が避難を余儀なくされています。

26万人の3年間、何と途方もない規模なのだろうと思います。この3年間で色々なことを諦めた方がおられるのだろうと心が痛みます。80年間の人生の中で3年は決して小さくはないのです。更にこの状況がいつ解消されるのかという目途も立っていません。ゴールの見えている苦難ならともかく、ゴールの見えない苦難の中におられる方の苦痛は想像に余りあります。

そんなことを考えながら、3年前に当時の民主党政権のあり様をもどかしく、腹立たしく思い書いたブログを読み返していました。

2012年12月9日付当ブログ「叶わぬ期待に終わらないように願っています」の中で、かつての桜島の大正大噴火の際の移住、明治22年の十津川村の災害後の北海道への移住など、過去の大災害後の政府の対策を書きました。3年も失われてしまいましたが、過去の対策に学ぶ対策はもう手遅れなのでしょうか?老いた人も若い人も何時になるか分からなくても福島での生活を希望されているのでしょうか。

3年の重みが胸を圧迫します。

2014年3月7日金曜日

個々の患者さんが教えてくれること、まとまった患者さんの経過や結果が教えてくれることを大事にしましょう。

 昨日、鹿屋の循環器の先生、神経内科の先生の前で「エリキュースの適正使用」という話をさせてもらいました。少し前に鹿屋の先生の前で「ワーファリン派の私が考えるNOAC位置づけ」というテーマでお話しさせていただいたばかりなので、同じ話にならないようにしようと考えるとプレッシャーでした。このようなプレッシャーでもなければできない仕事をしようと考えました。2012年2月に当院に受診された心房細動の患者さんをリストアップしていたので、ちょうど2年後の2014年2月までの経過を検討しようと決めました。

2012年2月にリストアップした方でワーファリンの処方をしていた方は240人でした。そのCHADS2分類が図1です。CHADS2が上がるにつれて高齢化しCHADS2が3-6の方の平均年齢は80歳でした。またCHADS2が上がるにつれてクレアチニンクリアランスは低下し、やはりCHADS2 3-6の方の平均は50.5ml/minでした。平均でこうですから実際には30ml/min下回る方も少なくありません。塞栓症のハイリスクの患者さんは、抗凝固療法中の大出血のハイリスクでもありました。

DabigatranのRe-lyやRibaroxabanのROCKET AF、ApixabanのAristotleで若干の除外基準の違いはありますが一応クレアチニンクリアランス30ml/min未満、2剤の抗血小板剤の内服は除外としてこの240人に当てはめると63名(26.2%)の方は除外基準に該当しました。当院のデータでみるとreal worldでは約1/4の方が除外基準に当てはまる状況で抗凝固療法を行っていることになります。

2年間の経過で9名の方の死亡がありました。年率1.9%の死亡です。4人の方が心不全死、2人の方が癌死、お一人が脳出血死、2人の方は突然の死亡で死因が特定できませんでした。年率1.9%の死亡率はNOACのスタディーのどの結果よりも良かったので安心しました。また、2年間の脳梗塞の発生は2例、脳出血の発生も2例でそれぞれ0.4%の発生です。ただ全体を分母にすると0.4%ですが脳出血を起こされた方のうち1人はDAPT併用の方、もう1人はアスピリン併用の方でしたので、抗血小板剤併用患者さんのnを分母にすると発生率は1.4%になります。抗血小板剤内服患者さんの抗凝固療法は問題が残っていることを再確認です。

私が新規抗凝固薬が使えるようになってもワーファリンにこだわっているので、その個人的なこだわりが患者さんの命を奪い、脳梗塞や脳出血を増やしているとしたら話になりません。240人の方のカルテを振り返るのは大変な作業でしたが、やってみて良かったと思っています。

2年間の経過で患者さんも2歳、年齢を重ねました。この間に図2に示すように平均のクレアチニンクリアランスは約6-7ml/min低下しました。ベースのクレアチニンクリアランスが80歳以上では低いので6-7ml/minのインパクトはより大きくなります。2年間で約16%の低下です。その結果、平均値も37ml/minとNOACも相当に慎重に使用すべき水準に低下しています。NOAC3剤とも長期処方が可能になりましたが、経過とともに腎機能が悪化してゆくことに注意が必要です。

面倒でも、自分が診ている患者さんを個々にだけではなく、総体としても振り返る作業で見えてくるものがあります。臨床における疑問や課題の答は患者さんが教えてくれると言いますが、その患者さんとは個々であり、全体でもあるとも言えます。