この方は昨年6月に前下行枝-第一対角枝の分岐部狭窄のために分岐部のステント植込みを行った方です。植え込んだステントは2本ともXience primeです。薬剤溶出性ステント植込みを行った方には退院時に2剤の抗血小板剤の重要性をお話しし、勝手な中断が死を招くこともあると詳しく説明しています。また、予定の受診日に来られない方にはご自宅に電話をし、内服が切れると危ないのですぐに受診するように促しています。しかし、この方は予約日に来られないばかりか電話をしてもそのうちに行くからと言うだけであったり、連絡がつかなくなったりで最終の受診から半年近くが経過してしまいました。その方が労作時の胸痛が再発したと久々に受診されたのです。他の医療機関から薬を貰っていた訳でもなかったそうです。第一世代の薬剤溶出性ステントであればステント血栓症を起こして亡くなっていたかもしれないとも思いましたし、第2世代の薬剤溶出性ステントであれば2剤とも抗血小板剤が切れていても血栓症を起こさないのかと驚きもしました。
図1はPCI前の造影ですが前下行枝に再狭窄を認めません。第一対角枝の起始部に90%狭窄を認め再狭窄です。前下行枝側に負荷をかけたくないのでLacrosse NSEで低圧で対角枝を拡張しました。図2です。前下行枝もきれいで対角枝もきれいです。これで終了しようかと思いましたが、ふと思い立って前下行枝をOCTで評価しました。図3です。対角枝は綺麗に丸く拡張され内腔が確保されていますが、前下行枝側にプラークで隔壁のようなものが飛び出してきています。造影では全く確認できなかった問題です。第一対角枝のために前下行枝を悪くすることがあってはならないというのは大事な原則です。前下行枝側にもLacrosse NSEを使用し前下行枝側も拡張しました。図4です。第一対角枝側に正円上の拡張は損なわれましたが前下行枝側は綺麗になりました。第一対角枝がターゲットであった訳ですからこれでは目標を達成していないではないかとも考えられましたが、慢性期を期待して深追いはしませんでした。
病変を観察する道具によって評価は変わってきます。造影だけで評価していたのでは前下行枝に手は付けなかったと思います。IVUSやOCTが登場し、それまで目に見えなかったものが見えるようになり、それ故に対処も変化してきました。「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」は誰でも知っている孫子です。とはいえ、彼を知るための道具が適切でなければ知ったつもりで実は知らなかったということも発生します。適切な対象を知る努力や道具が必要だと再認識です。
2/21に書いた当ブログ「立ち止まる勇気」の発想の原点は、やはり孫子の「四路五動」です。前進や後退等進む道は4方向であるがその四路に対する動きは5つであるというものです。最後の1つが立ち止まることです。立ち止まって情報収集し、より正しい戦略を得るという考えです。場合によっては手を出さないでより良い結果が得られればなお結構です。
なんでも孫子の兵法を持ち出すと嗤われるでしょうが、PCIの戦略等と言うのであれば勉強していても損はなさそうです。
2014年2月25日火曜日
2014年2月21日金曜日
戦略も描けず、合併症に対する対策も立案できず、患者さんとの信頼関係も不十分ではなかなか戦えません。立ち止まる勇気も必要です。
鹿屋市では、夜間の救急をかつては医師会所属の開業医が輪番で診るシステムでした。夜間ずっと救急に対応し、翌日に診療ですから負担が大きく維持しきれないところまできていました。この対策として夜間診療所が開設され、最近では日曜祝日の日中のみ当番で救急対応するシステムに変わりました。夜間輪番をしている頃は月に一度程度、輪番が回ってきましたが、最近は3月に一度程度ですし日中だけですので負担は軽減されました。
本日のケースはこの日中の輪番に朝一番で来られた方です。主訴は腹痛や腹部の膨満感です。お母様に心筋梗塞の既往があるとのことでしたので念のためにとった心電図では左室高電位とストレインパターンのみでした。心エコーでは局所壁運動異常はなく左室駆出率は58%でした。腹痛の方全員に心電図や心エコー、血液検査をする訳ではありませんが、この方のトロポニンTは陽性でした。CPKも350程度に上昇しています。
症状が乏しいこと、左室駆出率が保たれていることから緊急冠動脈造影は見合わせ、翌日に造影しました。上段の図です。回旋枝が起始部から完全閉塞です。前日の発症で、壁運動も保たれているのですぐにPCIをとも思ったのですが手が止まりました。PCIのデザインができないのです。
新鮮な閉塞でしょうからワイヤーは容易に通過するでしょうが断端が不明です。前下行枝にもワイヤーを入れIVUSで閉塞部位を同定してワイヤー通過を図ればよい等とは考えましたが、血栓吸引やバルーニングで前下行枝にも塞栓を起こさないか等と心配になりました。また、前日の急な受診ですから本人ともご家族とも良好な信頼関係が築かれていた訳でもありません。よい戦略が見つからない、合併症に対する対策のシミュレーションが十分ではない、ご家族のと関係が築けていない等と考え、その場でのPCIは見あわせたのです。
その後、4日間ヘパリン化を継続し、造影したのが中段の図です。スタンプがなければ上述のようにIVUSで閉塞部位を同定するつもりでしたが閉塞部位は少し末梢に進みスタンプが確認できるようになっていました。こうなればワイヤーでのクロスは容易ですし、ワイヤーのクロス後、血栓吸引を行い、バルーニング、ステント植込みを行いました。
普段Ad hoc PCIをしない先生でも緊急はその場での判断です。この方は一応、緊急でしたが症状に乏しい、左室壁運動が保たれているという条件がそろっていることで考える時間や本人家族との信頼関係を築く時間が取れました。緊急だからと、事を急いては大きな合併症に繋がったかもしれません。戦略や合併症に対する対策、患者家族との信頼関係の構築などが揃っていない条件下の取りあえず立ち向かう戦いは無謀ですし、結果も約束されないだろうと思っています。立ち止まる決断をして幸いでした。
しかし、一次救急の腹痛にはこのような方が紛れています。注意が必要です。全例に心電図を撮れば良いとの考えもあるでしょうが、この当番勤務中に腹痛で来られた方は何人もおられましたが心電図を撮った方はこの方だけです。30歳代の心窩部痛、嘔吐でも心臓発作は否定できませんからそのような方でも全例に心電図を撮るべきなのでしょうか。20歳代ではどうでしょうか。下痢を伴っている方ではどうなのでしょうか。やはり全例に心電図というもの躊躇われます。難しい判断を迫られるのが一次救急です。それを思えば疑いが濃厚で紹介されてくる患者の診療はむしろ容易だと思います。そうした一次救急の苦労を忘れないためにも3月に一度程度の輪番は嫌がらずにやり続けましょう。
本日のケースはこの日中の輪番に朝一番で来られた方です。主訴は腹痛や腹部の膨満感です。お母様に心筋梗塞の既往があるとのことでしたので念のためにとった心電図では左室高電位とストレインパターンのみでした。心エコーでは局所壁運動異常はなく左室駆出率は58%でした。腹痛の方全員に心電図や心エコー、血液検査をする訳ではありませんが、この方のトロポニンTは陽性でした。CPKも350程度に上昇しています。
症状が乏しいこと、左室駆出率が保たれていることから緊急冠動脈造影は見合わせ、翌日に造影しました。上段の図です。回旋枝が起始部から完全閉塞です。前日の発症で、壁運動も保たれているのですぐにPCIをとも思ったのですが手が止まりました。PCIのデザインができないのです。
新鮮な閉塞でしょうからワイヤーは容易に通過するでしょうが断端が不明です。前下行枝にもワイヤーを入れIVUSで閉塞部位を同定してワイヤー通過を図ればよい等とは考えましたが、血栓吸引やバルーニングで前下行枝にも塞栓を起こさないか等と心配になりました。また、前日の急な受診ですから本人ともご家族とも良好な信頼関係が築かれていた訳でもありません。よい戦略が見つからない、合併症に対する対策のシミュレーションが十分ではない、ご家族のと関係が築けていない等と考え、その場でのPCIは見あわせたのです。
その後、4日間ヘパリン化を継続し、造影したのが中段の図です。スタンプがなければ上述のようにIVUSで閉塞部位を同定するつもりでしたが閉塞部位は少し末梢に進みスタンプが確認できるようになっていました。こうなればワイヤーでのクロスは容易ですし、ワイヤーのクロス後、血栓吸引を行い、バルーニング、ステント植込みを行いました。
普段Ad hoc PCIをしない先生でも緊急はその場での判断です。この方は一応、緊急でしたが症状に乏しい、左室壁運動が保たれているという条件がそろっていることで考える時間や本人家族との信頼関係を築く時間が取れました。緊急だからと、事を急いては大きな合併症に繋がったかもしれません。戦略や合併症に対する対策、患者家族との信頼関係の構築などが揃っていない条件下の取りあえず立ち向かう戦いは無謀ですし、結果も約束されないだろうと思っています。立ち止まる決断をして幸いでした。
しかし、一次救急の腹痛にはこのような方が紛れています。注意が必要です。全例に心電図を撮れば良いとの考えもあるでしょうが、この当番勤務中に腹痛で来られた方は何人もおられましたが心電図を撮った方はこの方だけです。30歳代の心窩部痛、嘔吐でも心臓発作は否定できませんからそのような方でも全例に心電図を撮るべきなのでしょうか。20歳代ではどうでしょうか。下痢を伴っている方ではどうなのでしょうか。やはり全例に心電図というもの躊躇われます。難しい判断を迫られるのが一次救急です。それを思えば疑いが濃厚で紹介されてくる患者の診療はむしろ容易だと思います。そうした一次救急の苦労を忘れないためにも3月に一度程度の輪番は嫌がらずにやり続けましょう。
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PCI strategy
2014年2月10日月曜日
より結果が約束された選択と運を天に任せる選択
普段はAd hoc PCIが多いのですが、本日のケースではAd hocにしませんでした。安静時に30分位持続する胸痛があった方です。診断カテでは#12に高度狭窄を認めます。AD hocにしなかった理由は左冠動脈主幹部に不整形の狭窄を認めたからです。石灰化した回旋枝にステント植込みを行うとなるとカーブの大湾側に間違いなくストレスがかかります。小さな回旋枝を拡げに行くことで主幹部にリスクを冒すのは割に合わないと考えたのです。
診断カテが終了し、どう治療すべきか良く考えさせてくださいとお話ししました。当初は内科的な治療かなと思っていましたが、診断カテ後に毎日のようにニトログリセリン舌下が有効な 胸痛を自覚されます。であればPCIをするしかないと腹をくくりました。
今回のPCIの最大の注意点は左冠動脈主幹部に問題を起こさないことです。前下行枝にワイヤーを進め、LMTをIVUSで評価しました。単独の病変であればPCIをするほどの狭窄ではありません。
このLADへのワイヤーを残したまま#12にwiringし、前拡張、DES植込みを行いました。石灰化したクランク状の植え込みですので、なかなかステントはデリバリーできませんでした。狭窄のある主幹部にガイディングカテを強く押し込みながらのデリバリーでなんとか植込みには成功しました。
回旋枝への植込み後の造影では主幹部の造影像に悪化は認められませんでした。
このまま終了するか、ストレスをかけた主幹部にステント植込みをするか、考えました。様子を見るという選択は運を天に任せるような選択だと思えます。急性期に問題を起こさなくても、内膜に刺激を受けた主幹部は急速に狭窄が進行するかもしれません。一方でステント植込み後の結果は、約束されたものです。主幹部という生命に関わる部位へストレスをかけた訳ですから、結果が想像できるステント植込みを選択しました。
内科的な治療を選択するのかPCIを実施するのか、主幹部に手を付けるべきか否か、現場での判断に決まったものはありません。この患者さんの症状が取れ、長期に主幹部の開存が維持されることを祈っています。しかしその際にも繰り返しになりますが、より結果が約束された選択がきっと正しいのだろうと信じています。
診断カテが終了し、どう治療すべきか良く考えさせてくださいとお話ししました。当初は内科的な治療かなと思っていましたが、診断カテ後に毎日のようにニトログリセリン舌下が有効な 胸痛を自覚されます。であればPCIをするしかないと腹をくくりました。
今回のPCIの最大の注意点は左冠動脈主幹部に問題を起こさないことです。前下行枝にワイヤーを進め、LMTをIVUSで評価しました。単独の病変であればPCIをするほどの狭窄ではありません。
このLADへのワイヤーを残したまま#12にwiringし、前拡張、DES植込みを行いました。石灰化したクランク状の植え込みですので、なかなかステントはデリバリーできませんでした。狭窄のある主幹部にガイディングカテを強く押し込みながらのデリバリーでなんとか植込みには成功しました。
回旋枝への植込み後の造影では主幹部の造影像に悪化は認められませんでした。
このまま終了するか、ストレスをかけた主幹部にステント植込みをするか、考えました。様子を見るという選択は運を天に任せるような選択だと思えます。急性期に問題を起こさなくても、内膜に刺激を受けた主幹部は急速に狭窄が進行するかもしれません。一方でステント植込み後の結果は、約束されたものです。主幹部という生命に関わる部位へストレスをかけた訳ですから、結果が想像できるステント植込みを選択しました。
内科的な治療を選択するのかPCIを実施するのか、主幹部に手を付けるべきか否か、現場での判断に決まったものはありません。この患者さんの症状が取れ、長期に主幹部の開存が維持されることを祈っています。しかしその際にも繰り返しになりますが、より結果が約束された選択がきっと正しいのだろうと信じています。
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PCI strategy
2014年2月4日火曜日
新規抗凝固薬使用に際しての腎機能の評価は簡単ではありません。
2/2の日曜日に大阪で開催されたエリキュースの適正使用をテーマにした講演会に行ってきました。2014年3月からは長期使用が可能になります。講演では高齢者や腎機能低下例でも安全に使えることが強調されました。そしてもう一つ強調されたことはルールを守って使用しなければならないということです。
心房細動患者に対する抗凝固療法で塞栓症にとっても出血性合併症にとっても低腎機能患者はハイリスクです。ですからクレアチニン1.5㎎/dl以上、80歳以上、体重60㎏以下の3つの条件のうち2つを満たす患者では減量するのがルールです。これに当てはまる患者では減量しなければならないというのがルールですし、該当しない患者では常用量を使うのがルールです。また、クレアチニンクリアランスが15ml/min未満の患者ではどの用量でも使用してはいけないというのがルールです。
2013年7月24日付当ブログ「J-RHYTHM、Re-ly、ROCHET AF、ARSITOTLEを比較してみました」の中で記載したようにいまだにワーファリンと縁が切れない私にとってもエリキュース(APIXABAN)に対する期待は小さくありません。しかし守りなさいと言われるルールは果たして妥当なルールなのかと少し疑問に思っています。
クレアチニンクリアランスが15ml未満は使用した経験がないから禁忌だとルールにはなっていますがARISTOTLE試験ではクレアチニンクリアランス25ml未満の患者は除外されていました。ですから投与の経験がないのは25ml未満の患者であってそうした患者群では新しい知見が出るまでは禁忌にすべきではないかという点が1点です。
もう一つの疑問は減量基準のクレアチニン値が1.5㎎/dl以上という点です。1.5mg以上と未満で何か有効性や安全性に差があったのかと調べましたが全くそんなデータはありません。ではどこからこの1.5㎎が出てきたのだろうかと思っていましたが、ARISTOTLE試験の減量投与のプロトコールそのものでした。そしてその減量基準に従って1日5㎎の投与を受けた患者は僅かに全患者の4.7%だったそうですから患者数にして430人弱のみです。減量基準はクレアチニン値だけではないので実際にクレアチニン値が1.5㎎以上で更に減量された患者数は不明です。低用量での有効性安全性のデータはあまりにも少数でしか検討されていません。また、クレアチニン値が1.5mg以上という根拠になるデータも不明です。
新規経口抗凝固薬が出現し、良かったと私が思うことはそれまであまり気にしなかった腎機能を循環器患者さんで気にするようになったことです。Cockcroft-gaultの式に当てはめてクレアチニンクリアランスも計算できるのになぜ減量基準はクレアチニン値なのだろうと考えながら改めて計算されたクレアチニンクリアランスを考えました。図2は78歳女性・体重40㎏・身長140cmの患者、60歳男性・160㎝、60㎏の患者、60歳男性・170㎝・80㎏の患者を想定し、クレアチニン値を入れて計算したクレアチニンクリアランス値をグラフ化したものです。40kgの女性ではクレアチニン値が1.5であればCCRは20程度となり相当に高度の腎機能低下ということになります。一方、体重80㎏の男性ではCCRは60程度になり腎機能はあまり問題ないということになります。さらに60歳で80㎏の方ではクレアチニン値が4.0になってもCCRは20ml/min以上ですから禁忌にもなりませんし、減量基準も満たさないということになります。これで本当に大丈夫なのでしょうか。体重が増えれば増えるほど計算値が高くなるCockcroft-Gaultで計算してそれを単純に信用してよいのか不安です。Cockcroft-Gaultで計算されたクレアチニンクリアランスは結構いい加減だと思えてきました。
ではeGFRを指標に考えればどうかと思いプロットしたのが図3です。60㎏でも80㎏でも同じグラフになるのはeGFRの計算には体重の要素が入っていないからです。体重40㎏の方のグラフが下にあるのは体重の要素が入っていないので体重のせいではありません。女性を想定したからです。女性ではどんなに肥満があっても痩せていてもクレアチニン値が0.5でもクレアチニンクリアランス値は低く評価されてしまいます。計算式のせいで女性の慢性腎臓病患者は増えてしまいます。eGFRによる慢性腎臓病の評価も結構いい加減だなとも感じます。
図4は体重の要素が入った体表面積で補正したeGFRです。これだとどの体重群であってもクレアチニン値が腎機能を反映しています。
こうして勉強してみると腎機能の評価は簡単ではありません。
またARISTOTLE試験でクレアチニンクリアランス値が30ml/min未満の重度腎機能障害患者はわずか137名でした。重度腎機能障害患者ではデータがないものとして対処することが必要な気がします。
とはいえ、エリキュースに対して私が期待を持っていることに違いはありません。良い薬であるならば以前にも書きましたが、大事に育てる責任を現場の医師は持っていると思っています。データの裏付けがないルールは危険な気がします。3月になり長期処方が解禁されたならば間違いなく腎機能に問題ない患者さんから経験を積んでいこうと思います。ルールはクレアチニンクリアランス15ml/min以下が禁忌ですがマイルールは30ml/min未満は禁忌と考えておこうと思っています。
心房細動患者に対する抗凝固療法で塞栓症にとっても出血性合併症にとっても低腎機能患者はハイリスクです。ですからクレアチニン1.5㎎/dl以上、80歳以上、体重60㎏以下の3つの条件のうち2つを満たす患者では減量するのがルールです。これに当てはまる患者では減量しなければならないというのがルールですし、該当しない患者では常用量を使うのがルールです。また、クレアチニンクリアランスが15ml/min未満の患者ではどの用量でも使用してはいけないというのがルールです。
2013年7月24日付当ブログ「J-RHYTHM、Re-ly、ROCHET AF、ARSITOTLEを比較してみました」の中で記載したようにいまだにワーファリンと縁が切れない私にとってもエリキュース(APIXABAN)に対する期待は小さくありません。しかし守りなさいと言われるルールは果たして妥当なルールなのかと少し疑問に思っています。
クレアチニンクリアランスが15ml未満は使用した経験がないから禁忌だとルールにはなっていますがARISTOTLE試験ではクレアチニンクリアランス25ml未満の患者は除外されていました。ですから投与の経験がないのは25ml未満の患者であってそうした患者群では新しい知見が出るまでは禁忌にすべきではないかという点が1点です。
もう一つの疑問は減量基準のクレアチニン値が1.5㎎/dl以上という点です。1.5mg以上と未満で何か有効性や安全性に差があったのかと調べましたが全くそんなデータはありません。ではどこからこの1.5㎎が出てきたのだろうかと思っていましたが、ARISTOTLE試験の減量投与のプロトコールそのものでした。そしてその減量基準に従って1日5㎎の投与を受けた患者は僅かに全患者の4.7%だったそうですから患者数にして430人弱のみです。減量基準はクレアチニン値だけではないので実際にクレアチニン値が1.5㎎以上で更に減量された患者数は不明です。低用量での有効性安全性のデータはあまりにも少数でしか検討されていません。また、クレアチニン値が1.5mg以上という根拠になるデータも不明です。
新規経口抗凝固薬が出現し、良かったと私が思うことはそれまであまり気にしなかった腎機能を循環器患者さんで気にするようになったことです。Cockcroft-gaultの式に当てはめてクレアチニンクリアランスも計算できるのになぜ減量基準はクレアチニン値なのだろうと考えながら改めて計算されたクレアチニンクリアランスを考えました。図2は78歳女性・体重40㎏・身長140cmの患者、60歳男性・160㎝、60㎏の患者、60歳男性・170㎝・80㎏の患者を想定し、クレアチニン値を入れて計算したクレアチニンクリアランス値をグラフ化したものです。40kgの女性ではクレアチニン値が1.5であればCCRは20程度となり相当に高度の腎機能低下ということになります。一方、体重80㎏の男性ではCCRは60程度になり腎機能はあまり問題ないということになります。さらに60歳で80㎏の方ではクレアチニン値が4.0になってもCCRは20ml/min以上ですから禁忌にもなりませんし、減量基準も満たさないということになります。これで本当に大丈夫なのでしょうか。体重が増えれば増えるほど計算値が高くなるCockcroft-Gaultで計算してそれを単純に信用してよいのか不安です。Cockcroft-Gaultで計算されたクレアチニンクリアランスは結構いい加減だと思えてきました。
ではeGFRを指標に考えればどうかと思いプロットしたのが図3です。60㎏でも80㎏でも同じグラフになるのはeGFRの計算には体重の要素が入っていないからです。体重40㎏の方のグラフが下にあるのは体重の要素が入っていないので体重のせいではありません。女性を想定したからです。女性ではどんなに肥満があっても痩せていてもクレアチニン値が0.5でもクレアチニンクリアランス値は低く評価されてしまいます。計算式のせいで女性の慢性腎臓病患者は増えてしまいます。eGFRによる慢性腎臓病の評価も結構いい加減だなとも感じます。
図4は体重の要素が入った体表面積で補正したeGFRです。これだとどの体重群であってもクレアチニン値が腎機能を反映しています。
こうして勉強してみると腎機能の評価は簡単ではありません。
またARISTOTLE試験でクレアチニンクリアランス値が30ml/min未満の重度腎機能障害患者はわずか137名でした。重度腎機能障害患者ではデータがないものとして対処することが必要な気がします。
とはいえ、エリキュースに対して私が期待を持っていることに違いはありません。良い薬であるならば以前にも書きましたが、大事に育てる責任を現場の医師は持っていると思っています。データの裏付けがないルールは危険な気がします。3月になり長期処方が解禁されたならば間違いなく腎機能に問題ない患者さんから経験を積んでいこうと思います。ルールはクレアチニンクリアランス15ml/min以下が禁忌ですがマイルールは30ml/min未満は禁忌と考えておこうと思っています。
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