Thursday, January 17, 2013

良薬を育てる臨床医の責任

 2013年になり、最初のブログに何を書こうかと悩んでいました。一発目なのでちゃんと書かなくてはと思うと、書きたいテーマはいくつもあるのにキーボードを打つ手が止まりました。そうこうしているうちに半月が経過し、そんなに気負わなくても良いと考えて書くことにしました。

Fig. 1に示すのは、当院に通院している方の最新の診療録です。漫然と診療していると、最終の冠動脈造影は何時だったか、最終のPCIは何時だったかも忘れ、必要な検査をオーダーすることも忘れてしまうことがあります。医師も人間なのです。そこで、ミスを減らすために、大事なイベントは問題リストにあげて、毎回記載するようにしています。といってもただ、copy & pasteするだけですが…

この方は、他院で複数のPCIを受け、当院でも1回、薬剤溶出性ステント植込みを行っているので2剤の抗血小板剤を内服されています。また、慢性心房細動もあります。

80歳代後半の方ですので、高齢、高血圧、心不全でCHADS2 scoreは3点です。元気な方でふらふらすることもないので、塞栓症のハイリスクですから何らかの抗凝固療法が望ましいケースです。

私は、抗凝固療法の第一選択としてワーファリンを考えていることを再三、このブログで表明してきました。何故かと言われれば、当院に通院しておられる心房細動患者さん約300名の約1/3が、抗血小板剤も内服されている方だからです。このため量の調整ができるワーファリンが使いやすいと思ってきました。Fig. 2はこの方のPT-INRの推移です。2㎎、3㎎とドースを増やしてもINRは上昇してきませんでした。流石に高齢者に4㎎、5㎎と増量するのがためらわれたために新規抗凝固薬に切り替えることにしました。選択したのは、プラザキサ Dabigatranです。

高齢で、プラザキサを内服していて亡くなった方が少なからずおられたためにこの薬は発売後しばらくして注意喚起のためのブルーレターが出されました。死亡例は、腎機能もチェックしていない高齢者に1日220㎎や300㎎処方されたような方でした。こうした副作用を心配して、CRE値はもちろんチェックし、この方の投与量は1日150㎎にしました。Rely試験の対象患者さんの平均体重が80Kgでこの方の体重は50㎏もありませんから、体重あたりの投与量は決して少なくはありません。また、黒色便が出ればすぐに連絡するようにお話しするとともに、3月に1度程度はCBCをチェックするようにしています。幸い、貧血の進行も消化器症状の発現も、塞栓症の発生もありません。当初、INRもチェックせずに決まった量さえ投与しておけば、塞栓症の発生も出血の発生も少ないと言われましたが、安全に処方するためには手間がかかりますし、手間をかけなくてはいけないと思っています。

心房細動患者さんに発生する塞栓症を減らすための抗凝固療法の分野では、今でもワーファリンが最も処方されている薬剤です。しかし、いづれ新規抗凝固薬が主役になる日が来るだろうと思っています。その主役になるのが、プラザキサ(Dabigatran)になるのか、イグザレルト(Ribaroxaban)になるのか、エリキュース(Apixaban)になるのかは分かりませんが、この3剤のいずれかが主役になると、ワーファリン派の私も思っています。こうした新規により良い成績を示して登場してくる薬剤が、本当に良い薬として定着するには、処方の経験が少ないすべての医師が慎重に処方し、効果や副作用を確かめながら経験を積んでゆくのが良いと思っています。良い筈の薬剤を本当に良い薬剤に成長させるために、臨床医の努力・慎重な態度が不可欠だと思っています。

漫然と処方を続けないために、慎重に評価を続けるために、うっかりしないように新規抗凝固薬を処方している患者さんのリスクは、問題リストにあげ続けなくてはなりません。

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