Thursday, May 26, 2011

LMTに対する治療 CABGかPCIか? 患者の選択と医師の信念

Fig. 1 Before LMT stenting
 2011年5月18日付のブログのケースに対して薬剤溶出性ステント植込みを実施し、無事に退院となりました。入院してヘパリン化後は、全く無症状で、十分にバイアスピリン、プラビックスのローディングをしてからのPCIができました。

主幹部病変ですからCABGが良かったのかもしれません。患者さんやそのご家族には、PCIの良いところ、CABGの良いところを説明させて頂いて治療法を選択していただきました。PCIを選択してもCABGを選択しても手術に伴う死亡リスクには差はないこと、CABGの方が長期成績が良いこと、PCIの方が入院期間は短くすみ、治療費も安くつくことなどです。こうした説明を聞かれて、ご本人・ご家族がPCIを選択されましたが、これは患者サイドの選択で私の選択ではないので責任はないというつもりはもちろんありません。

After LMT stenting
患者・家族が選択すれば医学的に問題のある治療法を医師が実施するのに免罪符を与えられたわけではありません。例えば手術することで得られるものがない末期のがん患者が手術を希望したからという理由で手術を実施するのは明らかに医の倫理に反します。今回の場合、患者さんが比較的若く、バイパスが問題になる時期、10-15年後のことを考えると今はPCIで乗り切り、もう少し年をとってから再度CABGを必要とする問題が発生した時に生涯に1度の有効な治療としてCABGをとっておいた方が良いのではないかという私の意思が存在したために、PCIを選択した方が良いという方向で言外に説明していたからの患者・家族の選択であったという方が正直であろうと思っています。

とはいえ、若いうちはPCIでという考え方も、その成績が受容可能なものでなければなりません。今回はPROMUS (Xience) stentを4mmで植え込みました。当院でのPROMUS stent植込み後半年のTLRは約1%です。また、PROMUSを使用し始めて1年3か月が経過しましたがステント血栓症の発生はいまだにゼロです。十分な実績に裏付けられて、PCIをお勧めしても妥当であろうという考えからの説明とその選択です。自らの信じるものを明らかにせず、実績も持たないままに説明した上での選択だというのは間違ったインフォームドコンセントであろうと思っています。

Wednesday, May 18, 2011

一つの診断や過去の病歴からの予断を排して、正しい診断に至る道

Fig.1 Left Coronary Artery evaluated by 64-row MDCT
50歳代後半の女性です。2008年から発作性心房細動で通院中です。DMがあり、経口剤を内服してHbA1C: 6.4程度です。脂質代謝異常もありリバロも内服しています。2007年に他医で冠動脈造影を実施され、有意狭窄はなかったとのことです。この方が一昨日の定期受診時に胸部不快感があったと言われました。数年前に冠動脈造影で問題がなかったことを考えれば、また、一時的に心房細動にでもなったのかと思うところです。DMも高コレステロール血症もあり、肥満ですからハイリスクの方です。万一のことを考えて冠動脈CTで評価を行いました。結果はFig. 1のように左冠動脈主幹部にsoft plaqueによる90%狭窄です。48時間以内に安静時の胸部症状があった狭心症ですからBraunwald IIIBの不安定狭心症です。すぐに入院していただきヘパリン化を始めました。次に胸痛があれば緊急冠動脈造影を実施しなければと考えています。安定していれば、安定している状況でCABGないしPCIをと考えています。

この方の場合、冠動脈CT検査を実施することで、突然死という形にならずに左冠動脈主幹部病変を発見できましたが、危ない所であったと考えています。

第一に、発作性心房細動という診断があったことです。胸部の不快感を説明する一つの疾患が存在した場合、そちらの症状と決めつけてしまうことはよくあります。発作性心房細動があるにもかかわらず、そちらが原因と決めつけずによくCTを撮ったものだと思います。電子カルテ上ですぐに分かる過去の検査履歴で冠動脈の評価を当院ではしていなかったので一度はしてみるかというくらいの意識でしたが、撮影して正解でした。

この方は4年前に他医で冠動脈造影を受けて問題なかったと言われています。50歳代の女性の狭心症は、決してありふれている訳ではありません。女性であればこのくらいの年齢で狭心症になるのは少数です。まして過去に大丈夫と言われていることが、判断にバイアスを加えてきっと大丈夫だろうと判断してしまいがちです。CTより閾の高い検査である冠動脈造影しか検査方法がなければ、きっと私も冠動脈の評価はしなかっただろうと思います。

もう一つ、この方でCT検査をためらわせる要因は、メルビン(メトホルミン)を内服していたことです。腎機能正常の比較的若年のDMですからメルビンを第一選択薬として使用していました。メルビンの内服下のヨード系造影剤の使用は、かつては禁忌とされ、現在は併用注意です。いつもはメルビンを内服している方の造影剤を用いる検査の場合は数日間の休薬をしています。数日間の休薬をしてまで検査をするとなれば検査の敷居は高いものになります。

このように複数の敷居があるにもかかわらず、検査しようと決断した過程が自分でも不思議です。こうした敷居に阻まれて検査をしていなかったらきっと突然死という形で知らせを受け取ったことだろうと思います。私にもこの方にも「運」があったと非科学的に思ってしまいます。この「運」を無駄にしないためにも、この方には元気になってもらわなければなりません。

Saturday, May 7, 2011

震災関連の急性心筋梗塞に対する学問的なアプローチ

多くの学会が、今回の東日本大震災後の自粛ムードのためか、中止や延期される中で日本心血管インターベンション治療学会 (CVIT) は予定通り、2011年7月21日から7月23日の日程で開催されることが決定されました。この学会では、「震災支援」をテーマに掲げて、寄付を募るだけではなく座長に対する謝金を支援に回すそうです。very welcomeです。座長に対する謝金などもともと不用のものですし、座長に回すよりも有効な使い方をすれば良いのです。しかし、「震災支援」をテーマに掲げると最初に聞いた時には全く違うことを考えていました。大規模災害時における心血管インターベンション医の役割が議論されると思っていたのです。

2011年3月24日付の当ブログ「危機に際しての指揮系統の混乱」の中で、阪神淡路大震災時に急性心筋梗塞の発症が増加したことに触れました。今回の震災でも既に数百人の関連死が発生していることが報じられています。では、何故、大規模震災時に急性心筋梗塞は増加するのでしょうか。同じように震災時に増加する肺炎では、不衛生にならざるを得ない避難所での口腔内の問題が肺炎を惹起するものと考えられています。口腔ケアがその対策として有効だと考えられ、積極的な口腔ケアを実施している歯科医のグループもおられます。また、やはり増加する肺塞栓症は、体動が少ないことや脱水が下腿に血栓を形成させることが原因と考えられ、下肢を動かす体操や水分摂取、下腿の弾性ストッキングが対策として有効だと考えられています。では、何故、急性心筋梗塞は増加するのでしょうか、そしてどのような対策が震災関連循環器死を防ぐのでしょうか。

急性心筋梗塞は、さほど強くない狭窄を形成している粥種の破綻(プラークの破綻)が原因と考えられています。循環器医の多くはこのように急性心筋梗塞の発症はプラークの破綻が原因だと言います。では、プラークは何故、破綻するのでしょうか。何故、大規模災害時にプラークは破綻するのでしょうか。単純に限界に達したプラークが風船が破裂するように破綻するのでしょうか(限界に達した風船説)、下腿の血栓形成のように脱水が原因なのでしょうか(脱水説)、冠動脈スパスムが原因でしょうか(スパスム説)、避難所の気温が問題なのでしょうか(寒冷説)、ストレス下で変化するなにがしかの体液性の変化がプラークの被膜を破綻させるのでしょうか(メディエーター説)、プライバシーが保たれない中のストレスが高血圧を悪化させるのが原因なのでしょうか(高血圧説)、集団で生活するがためにアウトブレークするなにがしかの感染が原因でしょうか(感染説)、何も分かっていません。

「急性心筋梗塞患者はどうせ助からないのだから、牧師が見たらよいのだ」とマイケル・クライトンが書いた話を2011年4月3日付の当ブログ「避難所のAED」に書きました。確か、これと同じエッセイで、マイケル・クライトンは、急性心筋梗塞になった患者は病気の本質とは全く異なる変な話をすると書いていたと記憶しています。「何故、心筋梗塞になったと思うか」との問いに対して、肉食ばかりしていたとか、煙草を吸い過ぎたという患者は少なく、「妻と喧嘩した」とか「引っ越しをした」とかを原因に挙げるものが多いと書いていたと記憶しています。私が経験した急性心筋梗塞患者でも同じように、「仕事が忙しくて疲れていた」等の話をされる方が少なからずおられます。急激な環境の変化で急性心筋梗塞が増加するのであれば、病気の原因の本質とは異なる説明を患者はするものだというマイケル・クライトンの理解の方が誤りで、患者は原因の本質を語っていたとも考えられます。大規模災害時に急増する急性心筋梗塞を研究することは、通常時に発生する急性心筋梗塞のプラーク破綻の原因を究明することに繋がるかもしれないと、想像を膨らませてしまいます。

大規模災害時に急性心筋梗塞が増加するという現象に対して、その対策として緊急PCIが実施できる医師を支援として現地に送るという今回の学会の考え方は、社会的な責任を負うべき学会の考え方として実に正しい決定であったと思っています。臨床畑から京都大学教授となったCVIT 理事長の木村剛先生らしいと好感を持って見ていました。 しかし、これは、火事が発生してから消防士を増員する考え方です。火事を未然に防ぐ考え方も必要です。震災に関連して発症した急性心筋梗塞患者の特徴を分析することで、震災に関連して増加する急性心筋梗塞の原因究明が可能であれば、通常時に発生する急性心筋梗塞の発症メカニズムにも迫れると夢に描きます。何を調べればよいのでしょうか。血清浸透圧でしょうか、CRP でしょうか、VEGF でしょうか、MMP でしょうか、血小板凝集能でしょうか、未知の物質でしょうか、であれば血清を凍結保存しておくべきでしょうか、冠動脈造影所見やIVUS の所見は回答を与えてくれるでしょうか、吸引した血栓内に答はないでしょうか、学会としてその本質的な役割である学問的な究明に向けて組織だった取り組みができないものかと考えます。今夏に開催される学会では、経済的な支援だけではなく、学問的な究明の場として、セッションが開催され、空想に基づくものでも、活発な議論ができればと考えてしまいます。