Wednesday, November 26, 2014

PCIを「実施するリスク」と「実施せざるリスク」

株式投資をする人としない人がいます。しない人のしない理由は投資する余裕がないということもあるでしょうし、株式投資には元本割れというリスクがあるからと躊躇っている方もいると思います。この株式投資の世界には「持たざるリスク」という言葉が存在します。

野田政権の解散から今回の衆議院解散までの約2年間に日経平均株価はおよそ100%上昇しました。多くの投資家は投資額の倍の資金を得ました。その間、定期預金に預けていたとしてもほぼ金利はゼロですから投資しなかった人は得られる利益を失っていたとも解釈できます。これが「持たざるリスク」です。

だから投資するのだと思っているわけではありませんが、この「持たざるリスク」という考え方と患者さんを診た時に「介入するリスク」と「介入せざるリスク」を考えながら意思決定するというプロセスは似ていると思うことがあります。

11/21-11/13に福岡でカテーテル治療を中心とする新しい学会が開催されました。ARiA2014(Alliance for Revolution and Interventional Cardiology Advancement)です。
私も役員として参加しましたが、11/21の朝1番のライブで見たケースに私はPCIを実施すべきではないと意見を述べました。胸部症状もなく心筋シンチでも虚血の所見がなかったからです。虚血を意味するFFRの低下があったとしてもPCIはしない方が良いと意見しました。PCIをしても患者さんが得るのはステント血栓症や再狭窄のリスクだけだと話しました。

当日の夜に開催されたCx5という会は症例検討の会です。この会で検討された患者さんは2週間前に胸痛発作があり前胸部誘導でST上昇があった方です。2週間後には前壁誘導は異常Q波となっていました。この方の冠動脈造影ですが左冠動脈主幹部にプラーク破裂したような形態の50-75%狭窄と前下行枝の50-75%狭窄の所見でした。このケースでは私はFFRが低くなくてもPCIを実施すべきだと意見を述べました。この意見を言いながら、朝には自分は違うことを言っていたなと思っていました。

自分は朝と夜では違うことを発言するいい加減な人間なのかと会期中ずっと考えてきました。朝にはFFRが低くてもPCIを実施すべきではないと発言し、夜にはFFRが低くなくてもPCIを実施すべきだと発言したのは何故かと考えていました。

自分なりの結論ですが、PCIを実施するリスクとPCIを実施しないリスクという基準で朝のケースと夜のケースで違う判断をしたと考えました。FFRが低くても実施するリスクが「せざるリスク」を上回れば実施しない方が良いと結論し、FFRが低くなくても「せざるリスク」が実施するリスクを上回ればPCIを実施した方が良いという考えで一貫していると考えました。

未来の分からない投資の世界でも医療の世界でも実施するリスクと実施せざるリスクは正確には比較できません。だからと言ってリスクアセスメントをせずにFFRという数値だけに依存してリスクのある治療であるPCIを実施するのもいかがなものかと思っています。

PCIを実施する時、介入後に起こりうる合併症をシミュレーションしながら実施前から対処を考えておくというだけではなく、「実施するリスク」や「実施せざるリスク」をも図るのが治療医の責任だと考えを整理しなおしました。

Wednesday, November 5, 2014

経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)の国内の需要はどれほどあり、実施施設はどれほど必要なのでしょうか?

昨日は、経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)のハートチームについて書きました。この中でTAVIという治療の需要はどれほどあるのかとも書いたので少し考えてみました。

少し古い資料ですが2008年の胸部外科学会の報告では大動脈弁単弁置換(AVR)の患者数はおよそ7000件であったそうです。この中のどれほどの方がTAVIで治療を受けることになるのか、あるいは低侵襲な治療であるため外科的な大動脈弁置換の適応とならなかったケースでどれほどTAVIで治療を受けられるのかですが、私の勝手な推測ですがAVR7000件の約20% 1500件くらいが日本では最大に見積もった件数かなと思っています。

一方 現在施設認定を受けてTAVIが実施できる施設数はTAVI-WEB.comやTAVR関連学会協議会のWeb siteを見ると全国で30施設ほどです。既に施設認定を受けた施設以外にもTAVIの実施施設の認定を目標にhybrid OPE室の整備を進めている医療機関のうわさも良く耳にします。

既に認定を受けている施設だけで30施設ですからTAVIの需要が年間1500件であれば1施設当たりのTAVIの件数は平均で50件です。更に施設数が増えればこの1施設当たりの件数は減少します。はたしてその程度の年間の実施数でTAVIの治療としての質は担保できるのかと心配しています。

またハイブリッド手術室に加えて、心臓血管外科専門医3名以上、循環器専門医3名以上、カテーテル治療学会の専門医1名以上の人員を施設基準を満たすために揃えなければなりませんから設備に対する投資も人件費も決して少なくはありません。

ある実施施設のWeb siteを見るとTAVIに関わる医療費はおよそ600万円です。年間に50件実施する施設で診療報酬は年間約3億円ですからこれで材料費や設備投資・人件費が賄えるのだろうかと心配です。

自分が投資する訳ではないので余計なお世話だと言われてしまえばそれまでですが、TAVI 1500件に対して30施設でも治療の質を担保するためにも経営的に安定させるためにも過剰な施設数に思えてなりません。更に施設数が増えれば状況はまた悪化します。

日本の心臓外科手術を実施する施設数やPCIを実施する施設数は他の先進国と比較して極端に多く存在します。これに対して1施設当たりの件数が少なくなれば成績が落ちる可能性があるので集約化すべきだという議論が心臓外科学会を中心に展開されたことがあります。この議論は一方で正論ですが、急性の大動脈解離や緊急バイパス手術など搬送も難しい患者さんも存在するのでアクセスをよくするために施設数が多いのも仕方がないという面もあります。一方TAVIはどうでしょうか。よほど悪化するまで内科治療を引っ張らなければ緊急でTAVIを実施しなければならないという場面は発生しないと思っています。ですからTAVIの実施施設は集約化しても構わないと思っています。心臓外科学会ではTAVIの施設基準の議論だけではなく集約化の議論をされているのでしょうか?

経営的に成り立たなくては施設の維持も人員の確保もできません。より良い治療を実現するためには経営的な安定は不可欠です。高コストが容易に想像できるTAVIを導入しようとする施設が多く存在することが不思議です。経営的な面で考えなくてもTAVIのような治療は1施設当たりの件数が多い方がきっと質も高まる筈です。安易にTAVIの実施施設が増加し、この治療法が荒まないことを願っています。

Tuesday, November 4, 2014

経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)を実施するためのハートチームとは何かと考えさせられました

 大動脈弁狭窄症が増加傾向と言われています。かつての二尖弁やリウマチ性ではなく動脈硬化性のものです。高齢化に伴って増加しているものと理解しています。心不全を起こしてきた大動脈弁狭窄症の標準的な治療は開胸・開心による大動脈弁置換術です。しかしながら高齢化に伴って増加しているこの疾患では手術が困難なほど高齢の方も少なくありません。この高齢者の大動脈弁狭窄症に対して最近では徐々に経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)が普及してきました。

残余寿命の短い80歳代あるいは90歳を超えた方に高額な治療法を実施するのですからどれほどの需要があるのかと考えもしますが、この治療法があることで価値のある人生を得る方も必ずいる筈だとも思っています。

図の方は90歳を超えておられました。手術を勧められた時には手術を拒否され、それから10年以上も内科的に治療を受けてこられました。そしていよいよ内科的にはどうしようもなくなってきました。利尿剤にも反応せずこのままでは命は時間の問題だと思いました。このため開胸ではなく最近ではTAVIという方法もある旨をお話ししたところ是非受けたいとのことでした。

上段はTAVIができる施設に転院する前に当院で撮影した胸写です。下段はTAVIを受けずに当院に帰って来られた時の胸写です。

TAVIはリスクが高いからやめた方が良いと主治医から言われ続け、そう言われながら受けるとも言えずに帰ってこられたのです。帰って来られる前に聞くとノルアドの持続点滴をしているとも言われました。

私には訳が分かりませんでした。内科的な治療では死を待つばかりだからと紹介したのにリスクが高いから施術しないという考えが分からなかったのです。座して死を待つ以上のリスクとは何なのだろうと思いました。また後負荷が問題の重症大動脈弁狭窄症で更に後負荷を増大させるノルアドを何故 持続点滴しているのかも分かりませんでした。

紹介した病院の部長になぜノルアドを持続投与しているのかと尋ねても主治医がしたことで理由が分からないとも言われました。投与を決めた先生に尋ねると体血圧が低かったからだと言われます。造影CTを受け、冠動脈造影を実施され、ノルアドを投与され心不全が悪化して戻って来られました。そして頑張ってくると笑っておられたのに、長く見慣れた景色を見ながら旅立ちたいと言われ、自宅で息を引き取られました。

TAVIを実施するのにハートチームが重要だと言われます。循環器内科医、心臓外科医、臨床放射線技師、エコー技師、看護師などがその能力を結集し、一人の患者の救命に努める姿は素晴らしいと思います。しかし今回の例を見て、チーム医療を勘違いしないで欲しいと思います。チームには共通の目的があり、リーダーが存在し、そのガバナンスの下にその能力を活かすポリシーが存在するはずです。ガバナンスや指揮系統が存在しないままでの各職種の結集は1+1+1+1というような足し算にはならずに混乱をもたらすだけのように思えます。

TAVIのハートチームに限らず、チームにはリーダーやガバナンス・指揮系統が必要です。その根本原則がないままに力を合わせて頑張っているという姿を私は美しいとは思いません。チームという美名のもとにTAVIという画期的な治療法の発展が損なわれることのないように祈るばかりです。