Tuesday, February 27, 2018

通院を止めてしまう心房細動患者はどんな人たちなのか? 高齢者のアドヒアランスの問題

 2011年に心房細動に対する抗凝固薬としてDabigatranが発売されて以後、従来のワーファリンによる治療を継続すべきか、新しい薬剤に飛びつくべきなのかを考えてきました。Dabigatran発売から1年がそろそろ経過し、長期処方が可能になる頃に、決断のために当時、鹿屋ハートセンターで心房細動でワーファリンを処方していた患者さんをリストアップしました。240例です。

経過をみていると色々なことが見えてきました。年々、腎機能は低下してゆくことや、この腎機能低下は心不全を持つ人により顕著であるとかです。

今回は内服の継続についてみてみました。上段の図は2年後、4年後に通院を継続していた方の数です。

2年間の脱落は亡くなった9例を除けば231人中8人で3.5%でした。2年間の脱落が3.5%は結構自慢できるフォロー率だと思います。

しかし、2年後から4年後までの脱落は生存している方で見れば218人中48人(22%)と急増していました。

私のことが気に食わなければもっと早くに脱落してもよさそうなものですがなぜ2年もちゃんと通ったのに脱落したのでしょうか?

下の図は年齢別に見た脱落率です。60歳未満の方の4年で見た脱落率は生存者で見れば4年間で22人中2人(9%)、60歳から75歳までの方で見れば60人中12人(20%)、75歳以上では120人中42人(33%)でした。高齢になるほど脱落率が高いという結果でした。

痛ければ痛みどめがほしいと思いますが、心房細動の方は痛くもかゆくもないのに内服を続けます。将来のイベントを防ぐためという自覚のもとに内服を続けます。私は心房細動の方で内服を続けないのはそうした予防のための自覚がない方だろうと思っていました。

鹿屋ハートセンターでは予定の日に受診されない方に今日は受診日でしたがどうされましたかと電話を入れています。電話を入れても電話にも出ない方もおられるので全員の脱落理由は分かりませんが、「免許を返納したので通院できない」、「足が弱ったので通院がつらい」、「認知症で施設に入所した」等と言う理由がほとんどでした。無理解で脱落するのではなく年齢による通院困難が多くの理由でした。これだと無理解で内服を止めそれで発症した脳塞栓症だから自業自得だとは言えません。

高齢者の通院からの脱落は診察室での説明だけでは解決できません。家族や社会のサポートが必要です。

2012年に75歳以上であった方ですから4年後はほとんどの方が80歳以上です。高齢者の脳塞栓症を防ぐための内服継続を実現するためにはこの80歳の壁を越える工夫が必要です。

Sunday, February 25, 2018

左室内血栓に対する抗凝固療法 EBMって窮屈だと思う

図1 初診時ECG

図2 心エコーでの血栓像
 10年ほど前の初診の方です。受診の理由は心電図異常を指摘されたからです。症状はありません。心エコーで中隔肥大を認め心尖部は瘤状にDyskinesisでした。お近くの循環器の開業医にフォローをお願いしていました。

10年近く経て、また来られました。カテーテル検査を勧められた由で本当に必要かと意見を求められました。その時の心エコーが図2です。以前のDyskinesisであった心尖部に丸い血栓像を認めます。

図3はCTでみた左室です。当然ですが心尖部に血栓像を認めます。冠動脈には狭窄を認めませんでした。カテーテル検査はしなくても良いとお話ししました。

図3 CTでの血栓像
ただ左室心尖部の血栓が原因で脳塞栓を起こさないように抗凝固療法が必要だと説明しました。抗凝固療法ですが、非弁膜症性心房細動以外にXa阻害剤は適応はありません。厚生労働省が認可した用法用量を順守すればワーファリンによる抗凝固療法しか選択肢はありません。ワーファリンと同じような抗凝固の効果が得られ、出血のリスクの少ないXa阻害剤の方が良いと考えこの方にはEdoxabanを処方しました。

3月後の評価で心尖部の血栓は完全に消失しその間に塞栓症のエピソードもありませんでした。

比較試験が実施された心房細動患者や静脈血栓症に対するXa阻害剤は認められてもこのケースではXa阻害剤の使用は認められません。Evidence based medicine(EBM)は科学的根拠に基づく医療とよく翻訳されます。実際には統計学的根拠に基づく医療です。機械弁の入っていない心内血栓に対するXa阻害剤の効果を検証した統計学的なデータはなくても科学的な根拠がない訳ではありません。

そんなに多くないこのようなケースでXa阻害剤が有効で安全であると統計的に証明する研究など未来永劫実施されるはずはありません。

教条主義的に統計的な裏付けがある治療しかしてはならないというのではレアケースの治療は前進するのでしょうか。EBMを否定しようとは思いませんが、EBM一神教のような医療のありようは窮屈で仕方がありません。いつかこのようなケースに対するXa阻害剤の使用も公知の治療として認められるとよいのですが…

Tuesday, February 20, 2018

彼を知り己を知れば百戦殆うからず 急性心筋梗塞に対する治療戦略

Fig. 1 入院時心電図

 昨日、CT検査を先行させた急性心筋梗塞のケースをブログにあげましたが、そういえば以前にもCTを先行させたケースがあったことを思い出しました。

午前1時位に胸痛があり午前2時前に救急車で来院されました。Fig. 1は受診時の心電図です。誰がどう見ても前壁梗塞です。ではなぜすぐに冠動脈造影をしなかったかと言えば左右の上肢に著明な血圧の左右差があったからです。

胸背部痛で救急搬送される方の血圧の左右差は救急隊員が必ずチェックして連れてこられます。救急隊員の第一印象は大動脈解離でした。明らかな前壁梗塞と血圧の左右差です。

大動脈解離に伴う急性心筋梗塞はほぼ右冠動脈の閉塞ですが、前壁梗塞も絶対ないとは言い切れません。心筋梗塞を伴う大動脈解離であればよほど特殊な状況でない限り緊急手術です。このため心電図だけを信じないで大動脈の評価を先行させたのです。

Fig. 2 緊急CT
Fig.2は先行させたCTです。
図には示しませんが大動脈解離はありませんでした。図に示すように左の鎖骨下動脈の閉塞でした。大動脈解離がないことが分かれば安心して心筋梗塞に向き合えます。

Fig. 3は初回造影です。左冠動脈前下行枝の近位部の99%狭窄でステント植込みを行い、その後は順調に経過しました。この方の場合、発症からステント植込みまでおよそ2時間20分、Door to Balloon時間はCTに寄り道したにもかかわらず70分程でした。

この方も昨日のケースと同様に初回の心エコーではAkinesisであった前壁は退院時には正常壁運動になっていました。

血圧の左右差のある急性心筋梗塞といった特殊な状況にあるケースでは間違いなくCTを先行させた方が良いと考えます。
Fig. 3 緊急CAG

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」です。

Monday, February 19, 2018

兵は拙速を尊ぶ? 急性心筋梗塞に対する治療戦略

Fig. 1 初診時心電図
Fig. 2 安定期心電図
久々の症例に関する投稿です。午前7時前に救急受診された40歳代の方です。主訴は胸痛です。胸痛のために覚醒し救急車を呼ばれました。Fig. 1が初診時の心電図です。右脚ブロックで少しV1-3でSTが上昇しています。もちろん急性心筋梗塞の可能性を第一に考えましたがこのような心電図の方は検診でブルガダ症候群の疑いと言われて再検査に来られる方でよく見る心電図です。また左の胸痛でしたが訴えのある部位に圧痛があるとも言われました。圧痛があれば心筋梗塞らしくないなとも考えました。何はともあれ冠動脈造影をしてしまえば答えが出る訳ですから冠動脈造影をしようかとも考えましたが、気胸や大動脈解離、心外膜炎などに対してでも心筋梗塞を疑って 若い頃は緊急冠動脈造影を何度もしたきたことに対する反省や圧痛の存在のためすぐに冠動脈造影をせずに違うアプローチをしてみました。

冠動脈CTです。急性心筋梗塞だと思えばCT検査は時間をロスするだけですからCTを先行させるなどということは過去に考えたこともなかったのですが今回はCTを先行させました。Fig. 3がCT像です。高位側壁枝が閉塞していました。また図には示しませんがエコーで側壁はakinesisでした。

この状態を見ればもう様子を見るという選択はありません。引き続き冠動脈造影を行い、血栓像を伴う高位側壁枝にステント植込みを行いました。

CTという寄り道をしたためにDoor to balloon時間は2時間50分になりました。Peak CPKは3000を超えました。

Fig. 2は数日後に安定している状態で撮った心電図です。やはり前胸部誘導は少しSTが上昇しています。おそらく普段からこのような形の心電図なのだろうと思います。

Fig. 3 初診時CT
40年近く、急性心筋梗塞の診療に携わってきた私ですが、心電図で急性心筋梗塞と診断するのが難しいケースが存在すると改めて思います。

Fig. 2の心電図と同日にみた心エコーでは壁運動異常は消失していました。CPKは上昇したものの壁運動異常のない状態で退院できましたから寄り道も許されるのではないかと思います。

Fig. 4 初回CAG
30年ほど前、湘南のある病院で勤務を始めました。非常に教育的な病院で心窩部痛の訴えの患者に対して全例で直腸指診までして問診、理学所見、血液データを添えて上級医にコンサルするというスタイルでした。真面目な病院で心から感心しました。しかしある日、救急外来を担当するレジデントから胸痛の方ですとコンサルを受け、やはり直腸診までして、CPKが上昇しているので急性心筋梗塞と思いますと言われた時に、お前はバカかとひどく叱ったことを思い出します。そんな検査をしている間に心筋壊死が進むわけですから検査結果など待たずにすぐに患者を回せと叱ったのです。基本、急性心筋梗塞の対する戦略は「兵は拙速を尊ぶ」です。

診療報酬も「兵は拙速を尊ぶ」の考えが基本でDoor to Balloon時間が短ければより多くの報酬を医療機関は得ます。

この方の場合、急性冠症候群であったわけですから、「兵は拙速を尊ぶ」の考え方で良かったとも思いますが、結果として心筋壊死を最小にできた訳ですから十分に相手を知ったうえで対処する「彼を知り己を知れば百戦危からず」の戦略もありだったとも思います。

この先も診療する急性心筋梗塞に対してCTを先行させるなどということはまずないでしょうが、すべてがマニュアル通りに進み、何も考えないという形ではなく臨機応変もありだと今回のケースで考えました。

※ このブログに掲載するのあたって掲載の許可をご本人から受けております。