Friday, February 21, 2014

戦略も描けず、合併症に対する対策も立案できず、患者さんとの信頼関係も不十分ではなかなか戦えません。立ち止まる勇気も必要です。

 鹿屋市では、夜間の救急をかつては医師会所属の開業医が輪番で診るシステムでした。夜間ずっと救急に対応し、翌日に診療ですから負担が大きく維持しきれないところまできていました。この対策として夜間診療所が開設され、最近では日曜祝日の日中のみ当番で救急対応するシステムに変わりました。夜間輪番をしている頃は月に一度程度、輪番が回ってきましたが、最近は3月に一度程度ですし日中だけですので負担は軽減されました。

本日のケースはこの日中の輪番に朝一番で来られた方です。主訴は腹痛や腹部の膨満感です。お母様に心筋梗塞の既往があるとのことでしたので念のためにとった心電図では左室高電位とストレインパターンのみでした。心エコーでは局所壁運動異常はなく左室駆出率は58%でした。腹痛の方全員に心電図や心エコー、血液検査をする訳ではありませんが、この方のトロポニンTは陽性でした。CPKも350程度に上昇しています。

症状が乏しいこと、左室駆出率が保たれていることから緊急冠動脈造影は見合わせ、翌日に造影しました。上段の図です。回旋枝が起始部から完全閉塞です。前日の発症で、壁運動も保たれているのですぐにPCIをとも思ったのですが手が止まりました。PCIのデザインができないのです。

新鮮な閉塞でしょうからワイヤーは容易に通過するでしょうが断端が不明です。前下行枝にもワイヤーを入れIVUSで閉塞部位を同定してワイヤー通過を図ればよい等とは考えましたが、血栓吸引やバルーニングで前下行枝にも塞栓を起こさないか等と心配になりました。また、前日の急な受診ですから本人ともご家族とも良好な信頼関係が築かれていた訳でもありません。よい戦略が見つからない、合併症に対する対策のシミュレーションが十分ではない、ご家族のと関係が築けていない等と考え、その場でのPCIは見あわせたのです。

その後、4日間ヘパリン化を継続し、造影したのが中段の図です。スタンプがなければ上述のようにIVUSで閉塞部位を同定するつもりでしたが閉塞部位は少し末梢に進みスタンプが確認できるようになっていました。こうなればワイヤーでのクロスは容易ですし、ワイヤーのクロス後、血栓吸引を行い、バルーニング、ステント植込みを行いました。

普段Ad hoc PCIをしない先生でも緊急はその場での判断です。この方は一応、緊急でしたが症状に乏しい、左室壁運動が保たれているという条件がそろっていることで考える時間や本人家族との信頼関係を築く時間が取れました。緊急だからと、事を急いては大きな合併症に繋がったかもしれません。戦略や合併症に対する対策、患者家族との信頼関係の構築などが揃っていない条件下の取りあえず立ち向かう戦いは無謀ですし、結果も約束されないだろうと思っています。立ち止まる決断をして幸いでした。

しかし、一次救急の腹痛にはこのような方が紛れています。注意が必要です。全例に心電図を撮れば良いとの考えもあるでしょうが、この当番勤務中に腹痛で来られた方は何人もおられましたが心電図を撮った方はこの方だけです。30歳代の心窩部痛、嘔吐でも心臓発作は否定できませんからそのような方でも全例に心電図を撮るべきなのでしょうか。20歳代ではどうでしょうか。下痢を伴っている方ではどうなのでしょうか。やはり全例に心電図というもの躊躇われます。難しい判断を迫られるのが一次救急です。それを思えば疑いが濃厚で紹介されてくる患者の診療はむしろ容易だと思います。そうした一次救急の苦労を忘れないためにも3月に一度程度の輪番は嫌がらずにやり続けましょう。

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