Saturday, May 30, 2015

私の目指す心房細動患者に対する抗凝固療法 Anticoagulation at minimum bleeding risk for Atrial Fibrillation (3)  鹿屋ハートセンターで実施したワーファリンによる抗凝固療法の成績を振り返って

 最初の新規抗凝固薬は2011年に市販が始まったDabigtran(プラザキサ)です。私は、新しい薬が市販されてもすぐには処方しないようにしています。1年の成績を見てからのほうが安全だと思っているからです。2011年に市販が始まってそろそろ1年が経過した2012年2月に鹿屋ハートセンターに通院されている心房細動患者さんを調べました。

心房細動患者さんは290名で、うち246人の方にワーファリンを処方していました。率にして84.8%です。決して処方率が低いわけではありません。慢性心房細動に限れば、97.7%の方にワーファリンを処方していました。ワーファリンを処方していなかった方のほとんどは心房細動の発生がごくまれな発作性心房細動の方で、若くてCHADS2スコアの低い方でした。2012年2月の一時点でPT-INRが目標とする1.6-2.6に入っていた率は77.7%でした。コントロールも良好でした。(図1)

図2はこの246名のワーファリンを処方されていた方の2年間の追跡の結果です。2012年2月にエントリーして次の月にはもう来院されなかった6名を除いた240例のデータです。49歳から94歳の年齢分布で、男女比は大体2:1でした。腎機能も様々でクレアチニンクリアランスは13-142l/minと広く分布していました。個々のケースの2年間の%TRを算出し、平均値を見るとやはり2012年2月の一時点で治療域に入っていた率とほぼ同じの76.7%でした。

図3は2年間の結果です。8例の方が途中で行方不明となりご自宅に電話を差し上げても通じなかった方です。引っ越しをされたのか亡くなられたのかも分かりません。2年間の経過で亡くなられたことが確認できたのは9人の方です。年率にして1.9%です。この死亡率は、NOACのどのトライアルのNOAC群、ワーファリン群の成績と比べても低い数値でした。消息が分からなくなった方全員が亡くなっっていたとしても決して高い死亡率ではなかったと思っています。
亡くなったことがはっきりしている9名の方の死因ですが心不全死が4名、癌死が2名、脳出血死が1名、原因不明が2名です。やはり循環器科で診る心房細動患者さんの最大死因は心不全でした。

頭蓋内出血は2名で年率0.4%の発生で1名は前述のように亡くなられました。脳梗塞の発症は2名でやはり年率0.4%の発生でした。この頭蓋内出血の頻度はNOACの各トライアルのNOAC群に匹敵し、どのワーファリン群よりも低値でした。脳梗塞の発生頻度は、どのNOAC群よりもワーファリン群よりも低値でした。循環器学会のガイドラインよりも若年者では弱めのPT-INRの目標を設定し、論文に出ているようなTTRではなく%TRでコントロールしてこのデータでしたから、少なくとも間違ったことはしていないと考えています。

ただこの成績で満足しているわけではありません。頭蓋内出血で亡くなったお一人の方が気になるのです。図4。ワーファリンの治療域に入ってからの推移をみるとTTRは80%程度、%TRは75%ですから決して悪いコントロールではなかったと思っていますが、2剤の抗血小板剤を止めておればよかったのではないか、あるいはNOACでの抗凝固であれば頭蓋内出血死を防げたのではないか等と考えます。

図5はcTTR別に見たDabigatranの有効性、頭蓋内出血の頻度です。Dabigatranのweb siteからの借用です。どのようなTTRのコントロールであってもDabigatranの有効性はワーファリンよりも高く、どのcTTR群であっても頭蓋内出血の頻度はDabigatran群で低いとされています。すべてのNOACのデータの罪がこの図にも示されています。有効性の指標が脳卒中/全身塞栓症の頻度だからです。脳卒中の中には虚血性脳卒中も出血性脳卒中も含まれているので、どれほど虚血性脳梗塞を防ぎ、どれほど頭蓋内出血を防いだかが分かりにくいのです。

図6は図5の左の脳卒中/全身性塞栓症の数字から、右の頭蓋内出血のひいた虚血性脳卒中/全身性塞栓症の発生頻度です。引き算をして自分で作ってみました。そうするとオリジナルの図では分からなかったことが見えてきました。TTRが良好になればなるほどやはり虚血性脳卒中/全身性塞栓症は低下し、TTRが72.6%以上の施設での成績が最も良いのです。塞栓症を防ぐのであればTTRの高いワーファリンによるコントロールが最強でした。これはある意味当然だと思っています。私のワーファリンに対する思いが強いからではありません。コントロールさえよければ凝固カスケードの多くの作用点をブロックするワーファリンが、一ポイントしかブロックしないNOACよりも効果が強いのは当たり前です。

一方でこの最強の抗凝固作用を持つワーファリンの欠点はその最強の抗凝固作用でもあるのです。どんなにコントロールが良くても、その効果が強いがために頭蓋内出血はどのNOACと比べてもワーファリンでは増えてしまいます。良くコントロールされたワーファリンよりも劣る抗凝固作用こそがNOACの利点であるといえます。

今回のこのシリーズでの基本的な概念はAnticoagulation at minimum bleeding riskです。脳塞栓症を減らそうとして頭蓋内出血を起こしてはいけないというコンセプトです。NOACの講演をよくされるある先生は塞栓症を防ぎたければDが良い、出血を防ぎたければAが良い等と言われていました。しかし、脳塞栓が防げるのなら脳出血を起こしても良い等と言う人も、脳出血を防げるのなら脳塞栓症を起こしても良い等と言う人も存在するとは私にはとても思えないのです。どの抗凝固薬を使用してもある程度の塞栓症は発生します。最もよく塞栓症を防ぐのはよくコントロールされたワーファリンです。作用機序からも当然の結論だと思っています。しかし、塞栓症を減らせば減らすほど良いという訳ではありません。NOACと比較して頭蓋内出血の多いワーファリンだけでは最善の抗凝固療法は実現できないと考えるに至りました。少なくとも頭蓋内出血リスクの高いケースではワーファリンによる抗凝固療法を避けるべきだと考えています。実際に頭蓋内出血死された図4の方も頭蓋内出血のハイリスクの方でした。過去に頭蓋内出血の既往があったのです。鹿屋ハートセンターでは現在、頭蓋内出血の既往のある方に対しての抗凝固療法はどんなにワーファリンでのコントロールが良かった方でもすべてNOACとしています。さらに今後はMRIで評価をしてmicrobleedingの痕跡がある方にはワーファリンを使用しないつもりです。

繰り返しになりますがanticoagulation at minimum bleeding riskの概念で脳塞栓症や頭蓋内出血による悲劇を少しでも減らしてゆきたいと考えています。




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