虚血性心疾患に対する治療として薬剤溶出性ステント(DES)の植え込みは標準的な治療として地位を確立し、決して短くない月日が経過しました。 DES植込み後にはステント血栓症を予防するために2剤の抗血小板剤(DAPT)の投与は不可欠と考えられています。第一世代のDESの場合には最低1年間のチエノピリジンの処方と生涯にわたるアスピリン製剤の内服が必要とされました。しかし、長期のDAPTには出血性合併症を増やすという面もあり、ステント血栓症が防げるのであればなるべく短期間のDAPT投与が望ましいという考えもあります。
最近の新しい世代のDESではより短いDAPT期間でステント血栓症が発生しないとの報告が多くなり、DAPT期間は短縮化がトレンドとなりつつありました。しかし、このトレンドに対し昨年、DAPT studyの結果が示され、単純に短縮化するのが良いのか議論が再燃しています。
Table 2に示されたように短期でDAPTを終了した群では長期にDAPTを継続した群に比べて優位にステント血栓症が多かったのです。一方、Table 3に示されたように出血性合併症は長期に投与された群で有意に増加しました。
ステント血栓症はステント植込み後1年以上を経過していても発生することはあり、これを減らそうと思えば最近のDAPTの短縮化の流れとは異なり長期の処方を要します。一方、出血を恐れれば、一定のステント血栓症の発生があったとしてもDAPTの期間は短い方が良いとなります。どちらを選択するかは難しい判断です。Table 2を見ると長期の投与の方が死亡率はわずかに高めです。ステント血栓症が怖いから死亡率が高くても構わないという論が成立する筈がありません。
このDAPT studyのFirst authorであるDr. Mauriは、今年の夏のCVITに来られていたのでナマで講演もうかがいました。講演を聞いて、冠動脈近位部にDESを入れた方ではステント血栓症による死亡リスクが高い筈ですから長期のDAPTのメリットが大きくなり、末梢にステントを植え込んだ方ではステント血栓症による死亡リスクは高くないために出血によるリスクが相対的に高くなるだろうから短期のDAPTの成績が良くなるだろうなと感じました。冠動脈病変の位置、あるいは潅流域の大きさでリスクを考えると良いと考えたのです。
今年のAHAではDr. Mauriのグループから患者個別の長期のDAPTのリスクを評価するDAPT scoreが提案されました。それを受けてDr. Mauriらの属するHarvard Clinical Reseech Instituteから"DAPT could be individualized"というpaperも発表されました。
個々の患者によってDAPT期間を考えるべきだとこの夏に考えていた通りのコンセプトだと感じました。しかし、DAPT scoreを見て少し失望しました。スコアに関係する因子は年齢、糖尿病、喫煙、過去の心筋梗塞歴ないしPCI歴、心不全あるいは低駆出率で病変部位や潅流域の情報がなかったからです。Index procedure characteristicsの中にVein graftは入っていますが病変に関わる項目はこれだけです。
左冠動脈主幹部にDESの植え込みをしたから長期のDAPTも止むを得ないだとか、回旋枝の末梢だから短いDAPT期間でもステント血栓症による死亡は起こらないだろうという風にPCIの術者が普通に考えていることが反映されていないScoreで大丈夫なのでしょうか?
DAPTの期間は個別の患者で考えるべきであるというコンセプトには大賛成ですが、冠動脈を長く見てきた立場からは物足りなく感じるDAPT scoreです。