2021年12月26日日曜日

高血圧患者に対するエンレスト(ARNI、サクビトリルバルサルタン)の早期からの使用に関して、私は慎重であるべきと思っています。

上段の図は、鹿屋ハートセンターで初めてエンレスト(ARNI、サクビトリルバルサルタン)を処方したケースの、処方前、処方後1か月の胸写です。どんなに利尿剤を増やしても、どんな心不全の治療をしても肺高血圧で胸水が減らず困っていたケースです。エンレスト導入後、速やかに胸水は減少し、利尿剤の減量も可能になりました。毎月のように入院していたものがその後1年間入院することもなく過ごせました。こんなケースを見ていて、エンレストは心不全治療に革命をもたらす薬剤だと感じました。

2番目の図は、エンレスト導入後1年4か月の胸写です。エンレスト導入前と同様の胸水貯留があり、再度の肺高血圧で呼吸困難も強く久しぶりの入院です。

エンレストは心不全による再入院を減らしはしても完全に防ぐ夢のような薬剤ではなかったのだと思いました。このケースを見て思い出したのは映画「レナードの朝」です。寝たきりであったパーキンソンの患者が、L-DOPAを処方され、元気を取り戻したものの、しばらくするとまた、寝たきりに戻るというストーリーです。エンレストによる心不全の改善は劇的ですが、長期にその効果は維持されるのだろうかと心配しています。一時的な改善ももちろん価値はありますが、長期的に見て「レナードの朝」のような結末になるのではないかと心配しています。


 エンレストの有効性を示したPARADIME-HFの心不全による再入院の図が3番目の図です。エナラプリルと比べて少ないとは言え、経年的に心不全による再入院は増え続けます。心不全による再入院を確実に防ぐ夢のような薬ではないことは明らかです。

最近、エンレストは高血圧に対する処方も認められました。心不全ステージAから処方することで心不全のステージが上がらないようにというコンセプトなのでしょうが、私は心配しています。ずっと効果は続かなくても、ある時期 1年でも心不全による再入院なく過ごすことを可能にする薬剤を早期に使いは始めることで、最終のオプションがなくなるのではないかという懸念です。ステージAから進行させないための降圧治療はエンレストでなくてもACE阻害剤やARBで可能ではないでしょうか?メーカーにとっては、心不全限定の薬剤よりも患者数が圧倒的に多い高血圧患者に使われる方がビジネス上のメリットが大きいことは理解できます。しかし、医師の守るべきは製薬メーカーの利益ではなく患者の利益です。高血圧に対する処方の認可もおりたのでどんどん使いましょうという医師もいますが、私は慎重な議論が必要だと思っています。

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