2011年5月7日土曜日

震災関連の急性心筋梗塞に対する学問的なアプローチ

多くの学会が、今回の東日本大震災後の自粛ムードのためか、中止や延期される中で日本心血管インターベンション治療学会 (CVIT) は予定通り、2011年7月21日から7月23日の日程で開催されることが決定されました。この学会では、「震災支援」をテーマに掲げて、寄付を募るだけではなく座長に対する謝金を支援に回すそうです。very welcomeです。座長に対する謝金などもともと不用のものですし、座長に回すよりも有効な使い方をすれば良いのです。しかし、「震災支援」をテーマに掲げると最初に聞いた時には全く違うことを考えていました。大規模災害時における心血管インターベンション医の役割が議論されると思っていたのです。

2011年3月24日付の当ブログ「危機に際しての指揮系統の混乱」の中で、阪神淡路大震災時に急性心筋梗塞の発症が増加したことに触れました。今回の震災でも既に数百人の関連死が発生していることが報じられています。では、何故、大規模震災時に急性心筋梗塞は増加するのでしょうか。同じように震災時に増加する肺炎では、不衛生にならざるを得ない避難所での口腔内の問題が肺炎を惹起するものと考えられています。口腔ケアがその対策として有効だと考えられ、積極的な口腔ケアを実施している歯科医のグループもおられます。また、やはり増加する肺塞栓症は、体動が少ないことや脱水が下腿に血栓を形成させることが原因と考えられ、下肢を動かす体操や水分摂取、下腿の弾性ストッキングが対策として有効だと考えられています。では、何故、急性心筋梗塞は増加するのでしょうか、そしてどのような対策が震災関連循環器死を防ぐのでしょうか。

急性心筋梗塞は、さほど強くない狭窄を形成している粥種の破綻(プラークの破綻)が原因と考えられています。循環器医の多くはこのように急性心筋梗塞の発症はプラークの破綻が原因だと言います。では、プラークは何故、破綻するのでしょうか。何故、大規模災害時にプラークは破綻するのでしょうか。単純に限界に達したプラークが風船が破裂するように破綻するのでしょうか(限界に達した風船説)、下腿の血栓形成のように脱水が原因なのでしょうか(脱水説)、冠動脈スパスムが原因でしょうか(スパスム説)、避難所の気温が問題なのでしょうか(寒冷説)、ストレス下で変化するなにがしかの体液性の変化がプラークの被膜を破綻させるのでしょうか(メディエーター説)、プライバシーが保たれない中のストレスが高血圧を悪化させるのが原因なのでしょうか(高血圧説)、集団で生活するがためにアウトブレークするなにがしかの感染が原因でしょうか(感染説)、何も分かっていません。

「急性心筋梗塞患者はどうせ助からないのだから、牧師が見たらよいのだ」とマイケル・クライトンが書いた話を2011年4月3日付の当ブログ「避難所のAED」に書きました。確か、これと同じエッセイで、マイケル・クライトンは、急性心筋梗塞になった患者は病気の本質とは全く異なる変な話をすると書いていたと記憶しています。「何故、心筋梗塞になったと思うか」との問いに対して、肉食ばかりしていたとか、煙草を吸い過ぎたという患者は少なく、「妻と喧嘩した」とか「引っ越しをした」とかを原因に挙げるものが多いと書いていたと記憶しています。私が経験した急性心筋梗塞患者でも同じように、「仕事が忙しくて疲れていた」等の話をされる方が少なからずおられます。急激な環境の変化で急性心筋梗塞が増加するのであれば、病気の原因の本質とは異なる説明を患者はするものだというマイケル・クライトンの理解の方が誤りで、患者は原因の本質を語っていたとも考えられます。大規模災害時に急増する急性心筋梗塞を研究することは、通常時に発生する急性心筋梗塞のプラーク破綻の原因を究明することに繋がるかもしれないと、想像を膨らませてしまいます。

大規模災害時に急性心筋梗塞が増加するという現象に対して、その対策として緊急PCIが実施できる医師を支援として現地に送るという今回の学会の考え方は、社会的な責任を負うべき学会の考え方として実に正しい決定であったと思っています。臨床畑から京都大学教授となったCVIT 理事長の木村剛先生らしいと好感を持って見ていました。 しかし、これは、火事が発生してから消防士を増員する考え方です。火事を未然に防ぐ考え方も必要です。震災に関連して発症した急性心筋梗塞患者の特徴を分析することで、震災に関連して増加する急性心筋梗塞の原因究明が可能であれば、通常時に発生する急性心筋梗塞の発症メカニズムにも迫れると夢に描きます。何を調べればよいのでしょうか。血清浸透圧でしょうか、CRP でしょうか、VEGF でしょうか、MMP でしょうか、血小板凝集能でしょうか、未知の物質でしょうか、であれば血清を凍結保存しておくべきでしょうか、冠動脈造影所見やIVUS の所見は回答を与えてくれるでしょうか、吸引した血栓内に答はないでしょうか、学会としてその本質的な役割である学問的な究明に向けて組織だった取り組みができないものかと考えます。今夏に開催される学会では、経済的な支援だけではなく、学問的な究明の場として、セッションが開催され、空想に基づくものでも、活発な議論ができればと考えてしまいます。

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