Saturday, June 11, 2011

日本のインターベンション医は、やり過ぎなのでしょうか?

2011年6月7日付当ブログ「Optimal Medical Therapyは本当にOptimalなのか」で、冠動脈インターベンション医はやり過ぎだと非難されると書きました。よくある批判は、欧米ではPCI: CABGの比が1:1なのに、日本では6.4-7.5:1と極端にPCIが多いという批判です。この数字は当時の岐阜大学教授 藤原久義先生が班長を務められた1998-1999年度合同研究班が作成した循環器病の診断と治療のガイドラインに記されている数字です。当時からそんなものかと思って気にもしていませんでしたが、米国のPCIとCABGの件数がJAMAに報告されました。

Andrew JE et al. Coronary Revascularization Trends in the United States, 2001-2008. JAMA. 2011; 305: 1769-1776.



この中に記載されている2001年のPCI件数は100万人の成人当たり3827件でそれに対して同時期のCABGは1742件でした。2.2:1です。国内のガイドラインが1:1と書いているのとほぼ同時期の米国の比率は2.2:1ですから、学会のガイドラインの記載も随分といい加減だなと思います。米国でのCABGはこの後減少し、2007年には1081件、PCIは3667件だったとのことです。3.4:1です。この数字を見ると米国もPCIの実施比率が日本に近づいてきたとも言えますし、まだまだ日本はやり過ぎだということも可能のように思えます。しかし、この比率をもっと米国に近づけなければと思っている日本の循環器インターベンション医は皆無だと思っています。こんな比率は無意味だと思っているのです

そもそも「やりすぎ」は適応もないのにやることを意味します。日本の循環器インターベンション医は適応を無視してPCIを実施しているのでしょうか。JAMA の論文を見て考えました。日本の統計は、10万人当たりの件数で表現することが多いので米国の数字を10万にあたりに換えて見てみるとCABGは成人10万人当たり108件、PCIは367件ですから、成人10万人当たり475人がPCIもしくはCABGを受けていることになります。最近の日本国内のPCI件数は20数万件ですから仮に24万件とすると人口10万人当たり200件です。一方CABGは2万数千件ですから仮に2万4千件とすると人口10万人当たり20件です。合計で人口10万人当たり220件の計算ですから、日本で冠動脈の侵襲的な治療を受ける人数は人口当たりで米国の半分にもならないのです。日本の有権者人口はおよそ1億人ですから、成人10万人当たりで計算しても264件で米国の1/2強という数字になります。このように米国と比べれば日本のインターベンションは少ないと言うと、それは米国の冠動脈疾患の有病率が日本と比べて極端に多いからだと反論されると思います。では、米国の冠動脈疾患の有病率は日本の2倍なのでしょうか。

2004年にやはり岐阜大学の西垣和彦先生が米国と日本の人口10万人当たりの冠動脈疾患患者数を発表されています。4584人と3199人です。米国の有病率は日本の1.4倍です。2倍の有病率ではありません。米国の成人10万に当たりのPCI件数367件と日本の成人10万人当たりのPCI件数 240件で比較するとやはり米国は日本の1.5倍で、冠動脈疾患患者数に対するPCIの実施件数の割合はほぼ同じか米国が少し多いのです。少なくとも米国の循環器インターベンション医と比べて日本の循環器インターベンション医は、需要に対する実施という観点からは、やり過ぎとは言えないと考えられます。治療を必要とする患者数に対して妥当な数のPCIが実施されている訳ですから「やり過ぎ」と言われるいわれはありません。CABG の件数との比較で言うとやり過ぎに見えたものの、実際には米国と比較すると日本のCABGが極端に少ないというのが正しいのでしょう。少ない原因は、私の推論ですが、PCI 不適病変を持つ患者が日本には少ないのではないかと考えています。

 人口10万人当たり3199人の冠動脈疾患の有病者に対して200件のPCIは、やり過ぎでしょうか。米国と比べて医療費の自己負担も少なく、日本中にPCI可能な施設が存在するためにアクセスもよい日本で、冠動脈疾患患者数に対する実施件数が、米国と同程度というのはむしろ少ないのではないかとさえ思います。現に、冠動脈治療に情熱を持っている病院のある都市では、10万人当たりのPCI実施件数は200件をはるかに超えています。全国平均の200件は、人口当たりの実施件数が少ない都市が存在するが故の少ない数字のように思います。

私は、局所的にやり過ぎ(適応を外れたPCIの実施)があったとしても監査で是正は可能だと思っています。冠動脈疾患もないのにステント植え込みを実施したり、実施したと偽ったりした奈良県の山本病院の例は、保険診療のチェックの問題だと思っています。こうした犯罪をチェックする保険診療の体制づくりが必要なのはもちろんですが、私が危惧するのは、逆に治療が必要な患者に治療が提供されないことです。例えば東京都江東区の人口はおよそ46万人ですが2007年に実施されたPCIはわずかに90件です、人口10万人当たり20件、日本の平均の10分の1に過ぎません。このような土地は、地方だけではなく都市部を含めて日本中に存在します。やり過ぎを批判するよりも大事なことは、治療を要する冠動脈疾患患者が放置されていることに問題意識を持つことではないでしょうか。

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