2020年5月13日水曜日

国内での経験の少ない薬剤を初めて処方し、肝を冷やしました。

 新型コロナ感染症の拡大が4月にありましたが、5月に入って新規感染者も減少傾向にあります。もちろん、もう安心というわけではないので、油断せずに毎日の診療に励みたいと思っています。

今日は、COVID-19とは違う話です。最近、アップしたペースメーカー植え込み患者に対する私の失敗に続く、やはり失敗の話です。

50歳代の男性で、拡張型心筋症の方です。左室拡張末期径は約70㎜、左室駆出率は約30%の方です。2019年に原因不明の失神発作があったために植え込み型除細動器が入っています。拡張型心筋症の方も、まったく心機能の改善が望めない方ばかりではなくβブロッカーの内服で徐々に心機能が回復し、正常化される方も少なくありません。でも、この方はβブロッカーを長く内服されていますが、心機能は回復してきませんでした。

βブロッカーを内服していても心機能は回復傾向にない、過去にアミオダロン内服下で失神発作があり、ICD植え込みを受けているという状況を見ていると何か次の一手はないものかと考えます。そこで処方を開始したのがコララン(イバブラジン)という昨年11月から日本でも使われるようになった薬です。洞結節に作用し、低左心機能患者の予後の改善が期待される薬剤です。洞調律で心拍数が75以上、βブロッカーによる治療を受けていても改善が認められない心不全のケースが投与の対象です。この薬剤を知った時に、そんな患者さんはそれほど多くなくて、鹿屋ハートセンターにいるかなとまず思いました。そんな折、この患者さんを診て、まさにこの薬剤を投与すべき患者さんだと思ったのです。この薬で過度に徐脈化するようなことはICDが入っているからあり得ないので余計に安心だと思っていました。

最上段の心電図は処方する直前の心電図です。最小容量の2.5㎎ 1日2錠の処方開始日からわずか6日後に、ドキドキすると電話で相談を受けました。すぐに来てもらって撮った心電図が中段の心電図です。持続性心室頻拍です。肝を冷やしました。意識下のショックがかからないようにVTではショックがかからない設定でしたので、このまま来られたのです。しばらくして自然に洞調律に戻りました。最下段は洞調律に戻ってすぐの心電図です。著明にQTが延長しています。この方はその後、コラランを中止し、現在では元のQTに戻っています。

私は、自分に課したポリシーとして発売間もない薬剤はすぐには使用せず、長期処方が可能になるまでの1年間に発生する副作用を見て処方を開始しようと決めています。この方ではそのポリシーに反して発売後数か月で処方をしました。そしてこの結果です。投与によって、予後が改善し、左室駆出率も改善するケースも報告されているという良い効果の話に引きずられたのです。すべての薬剤に副作用は存在します。この方が長く内服されているアミオダロンという薬でも間質性肺炎で亡くなる方もおられます。しかし、そうした副作用をよく知っているために些細な咳でも気にかけているので、間質性肺炎を起こされた方はおられますが、重篤化した方は鹿屋ハートセンターでは経験していません。やはり、自分の経験が少ない、また、国内での経験が少ない薬剤は怖いと改めて思います。

この薬剤の価値をすべて否定しようとは思いません。しかし、このようなケースがあることは報告すべきと考えましたし、処方される先生は是非、早期に心電図でQTをチェックし、また、動悸や失神の訴えに耳を傾けてほしいと思います。この患者さんご本人にも奥様にも、多くの先生にも知ってもらいたいのでブログに載せてよいかと許可を求めたところ、他の先生の役にたつなら是非ともと返事を頂いたので、公開することにしました。

新型コロナウィルス感染症に有効ではないかと取りざたされている薬剤にも不整脈を誘発させる可能性がある薬剤もあります。現場に臨む臨床医は、良い効果だけに目を向けずに、起こりうる副作用にも注意を怠ることなく、最善の結果を求め続けなければと改めて思っています。

2020年5月1日金曜日

軽症新型コロナウィルス感染症の方をホテルに受け入れて大丈夫かと心配しています。

新型コロナウィルス感染症の拡大のための医療崩壊を防ぐために軽症者はホテルで受け入れようという話が進んでいます。そんな話を聞いていて思い出されることがあります。

25年ほど前の話です。虚血性心筋症で診ていた方で50歳代の比較的お若い方でした。どの冠動脈も細く、カテーテル治療もバイパス手術もできそうにないために薬剤で診ていた方でしたが、ある日、心停止になり亡くなったのです。亡くなった時の様子をお母さまに伺いましたが、マンションの8階に住んでいたので救急隊も蘇生をしながらは狭いエレベータでは1階に下ろすことができなかったというのです。たまたま病院近くのマンションであったために病院から救急外来の医師が来てくれたが、やはり部屋の中での蘇生ですから十分な処置ができないまま亡くなったというのです。

この話を聞いてから私は高層マンションには住むまいと考えるようになりました。ストレッチャーが乗れるようなエレベーターを備えたマンションを知らないからです。院外の心停止の蘇生率は非常に低いので心停止になれば1階に住んでいようが高層階に住んでいようが一緒だという考えもあるかもしれませんが、やはり年を重ねるとわずかでもチャンスのある環境に身を置きたいと考えるのです。建築基準が改正され、タワーマンションにはストレッチャーが乗るエレベーターの設置が義務付けられない限りタワマンは私には恐怖の存在です。

軽症新型コロナウィルス感染症の方を受け入れるというホテルにはストレッチャーが乗るようなエレベーターはあるのでしょうか?在宅で急変し亡くなった軽症者がおられたようにホテルでの経過観察でも急変はあり得ると思っています。軽症者を受け入れると名前が出ているホテルにストレッチャーが乗るようなエレベーターがあることを私は知りません。私たちが目にしないだけでサービス用のエレベーターにはストレッチャーがのるのでしょうか?5月1日現在、ホテルでの急変による軽症者の死亡はないようですが、それは圧倒的に在宅者と比べて人数が少ないからではないかと心配しています。急変があったときに、そのホテルに待機している医師や看護師、行政の職員は、エレベーターに乗せることもできずどれほどつらい思いをするだろうかと思います。もちろん搬送に苦労をしてそれゆえに結果が悪くなるかもしれない患者さんのことも心配です。

発症していない濃厚接触者をホテルで受け入れるのはありだと思いますが、軽症者を設備が整っていないホテルに受け入れて大丈夫なのかと心配でなりません。簡単ではなくても武漢のような専用施設での管理が良いのではないかと昔を思い出して思っています。