2021年12月31日金曜日

人生をかけたカテーテルの仕事を終わる日に、どうして私は笑っていたのだろう?

2021年末で、鹿屋ハートセンターのカテーテル検査、カテーテル治療はやめ、外来診療のみにすると決めました。写真は2021.12.28に行った最終の冠動脈造影後に撮ったスタッフとの記念写真です。この写真や決断はFacebookで明らかにしました。


「良い笑顔ですね」とも「新井のこんな笑顔を見たことがない」ともいう人がいましたが、どうして笑顔なのですかという人がおり、私もどうして笑顔なのだろうと不思議でした。

カテーテル検査やカテーテル治療は医師としての私のほぼすべてでした。卒業すぐから心臓カテーテルに関わらせてくれる病院などほとんどない中で、私は新卒の1年目から脳血管撮影を始め、2年目から心臓カテーテル検査に関わるようになりました。なのでカテーテルの世界で私よりも年上の先生はもちろんいますが、その諸先輩方よりも私のキャリアは長かったりします。

カテーテルを始めたころには狭い冠動脈を広げるカテーテル治療もありませんし、心筋梗塞患者の閉塞した冠動脈を再開通させる治療も存在しませんでした。カテーテル検査をして、手術の必要な先天性心疾患や弁膜症・狭心症を見つけるのが仕事でした。いわば、心臓外科の下請けです。その下請け仕事は冠動脈血栓溶解療法と当時PTCAと呼ばれた冠動脈形成術の出現で大きく変わりました。下請けではなく自分の力で患者さんを救える時代が来たのです。

私は1979年の卒業です。血栓溶解療法やPTCAは80年代初頭に日本に入ってきましたから、私のキャリアはこの時代にぴったりでした。この仕事にはまりました。家にも帰らず病院にずっといました。自分の手で人を助けることができる喜びでいっぱいでした。なので67歳に至るまで40年以上もやってこれたと思っています。それをやめるわけですから感慨がないはずもありません。さみしい気持ちでいっぱいになってもおかしくありません。なのになんで笑っているのだろうと自分でも思います。

カテーテル検査・カテーテル治療は侵襲的な手技です。人を傷つける可能性・人を死なせてしまう可能性がある手技です。人を直接的に傷つけずに医師の人生を全うしようと思えば侵襲的なことをしなければ良いのです。一方でリスクを冒さない医師は直接患者さんを死なせはしなくても、「見殺し」にすることはあり得ます。自分が人を傷つけてしまうリスクを冒すのはその方が患者さんをより高い確率で助けることができると信じるからです。訴訟リスクを抱えながら患者を助けるためにカテーテルや手術に向かうのが侵襲的な手技を行う医師の姿勢です。患者さんを助けようと思って危ない場面に立ち向かい、力が及ばず亡くなる場面ももちろんあります。そんなときに「お前に殺された」などと非難されるともうこんなことはできないって医師も心が折れます。そんな張りつめた世界から解放されて私はほっとして笑っているのだろうと自分で思います。42年間のカテーテル医の人生で、訴えられたりすることなくその使命を終えてほっとしたのだろうと思います。

鹿屋ハートセンターで私の後継となるカテーテル医を育てることができなかったことは残念でなりません。一方で、2000年に私が鹿屋に来るまでカテーテル治療医が1名もいなかった鹿屋に、ハートセンターでのカテーテル治療はできなくなっても現在は他に3件の病院が残ります。ハートセンターに後継は残せなくとも鹿屋には十分すぎるほどの後継を残すことができたと誇りに思います。そこで働く先生方が、これからも患者さんを助けるために自分が非難され訴えられるリスクを冒しながら、夜間も働き続けられます。そんな後輩のカテーテル医が、10年、20年後に私と同じようにカテーテルを置くとき、やはり笑っておられることを心から祈ります。そして緊張感をもった次の世代にバトンが繋がることも心から祈っています。



 

2021年12月26日日曜日

高血圧患者に対するエンレスト(ARNI、サクビトリルバルサルタン)の早期からの使用に関して、私は慎重であるべきと思っています。

上段の図は、鹿屋ハートセンターで初めてエンレスト(ARNI、サクビトリルバルサルタン)を処方したケースの、処方前、処方後1か月の胸写です。どんなに利尿剤を増やしても、どんな心不全の治療をしても肺高血圧で胸水が減らず困っていたケースです。エンレスト導入後、速やかに胸水は減少し、利尿剤の減量も可能になりました。毎月のように入院していたものがその後1年間入院することもなく過ごせました。こんなケースを見ていて、エンレストは心不全治療に革命をもたらす薬剤だと感じました。

2番目の図は、エンレスト導入後1年4か月の胸写です。エンレスト導入前と同様の胸水貯留があり、再度の肺高血圧で呼吸困難も強く久しぶりの入院です。

エンレストは心不全による再入院を減らしはしても完全に防ぐ夢のような薬剤ではなかったのだと思いました。このケースを見て思い出したのは映画「レナードの朝」です。寝たきりであったパーキンソンの患者が、L-DOPAを処方され、元気を取り戻したものの、しばらくするとまた、寝たきりに戻るというストーリーです。エンレストによる心不全の改善は劇的ですが、長期にその効果は維持されるのだろうかと心配しています。一時的な改善ももちろん価値はありますが、長期的に見て「レナードの朝」のような結末になるのではないかと心配しています。


 エンレストの有効性を示したPARADIME-HFの心不全による再入院の図が3番目の図です。エナラプリルと比べて少ないとは言え、経年的に心不全による再入院は増え続けます。心不全による再入院を確実に防ぐ夢のような薬ではないことは明らかです。

最近、エンレストは高血圧に対する処方も認められました。心不全ステージAから処方することで心不全のステージが上がらないようにというコンセプトなのでしょうが、私は心配しています。ずっと効果は続かなくても、ある時期 1年でも心不全による再入院なく過ごすことを可能にする薬剤を早期に使いは始めることで、最終のオプションがなくなるのではないかという懸念です。ステージAから進行させないための降圧治療はエンレストでなくてもACE阻害剤やARBで可能ではないでしょうか?メーカーにとっては、心不全限定の薬剤よりも患者数が圧倒的に多い高血圧患者に使われる方がビジネス上のメリットが大きいことは理解できます。しかし、医師の守るべきは製薬メーカーの利益ではなく患者の利益です。高血圧に対する処方の認可もおりたのでどんどん使いましょうという医師もいますが、私は慎重な議論が必要だと思っています。

2021年12月25日土曜日

ずさんな統計を根拠に、医療の質に対する検証もないままに進められるリフィル処方箋の導入に私は反対です。


最上段の図は2021.7に新聞に掲載されたリフィル処方箋の導入を厚労省が検討しているという記事です。そして実際に、次期診療報酬改定でリフィル処方箋の導入を決めたと報道されました。リフィル導入の目的は、症状の変わらない安定した患者にまで毎回再診してもらわなくても安定しているのだから同じ薬で良いでしょという考えです。その結果、再診回数は減少し、患者さんの受診の手間は減り、患者さんを診るのを面倒だと思う医師の手間も減ります。

この議論に私は違和感を覚えずにはおれません。受診する手間や再診料を最小化し、医師の手間を最小化するのであれば究極の最小化の方法は医療の提供をやめることです。そんなことが良いはずもなく、手間や経費を小さくすることで、疾患を悪くさせないかという議論が必要だと思っています。しかし、今回のリフィル導入の議論の中で診療の質が担保されるのかという議論がなされたとは思いません。

2番目の図のケースは、循環器専門医が長く診療していたケースです。常に90日処方を受けていました。大病院に勤務する先生が、長期処方をするケースは少なくありません。リフィル処方箋が認められていなかった現在も、実質的なリフィル処方箋のような処方は行われてきました。このケースではたまたま私が数年ぶりに診察した時に、長く負荷心電図で評価されていないことが気になり調べたケースです。重症3枝病変でした。このため、冠動脈バイパス手術を受けられました。この方は、たまたま長期処方に批判的な私が診たことで危うく助かりましたが、循環器専門医でも見過ごしていたケースをリフィル処方箋を受け取った薬剤師で危険な兆候を見つけることができるでしょうか?

私のもう一つのリフィル処方箋に対する懸念は、リフィル処方箋を導入することで残薬を減少させることができるという議論です。なぜ、医師が内服状況を把握しなければ残薬が減るのでしょうか?全く理解できません。3番目の図は2019年7月から残薬を減らそうと取り組み始めた初期のケースの残薬です。きちんと内服していますかと聞くとちゃんと内服していると言っていた方です。しかし、実際には大量の残薬がありました。残薬減少の取り組みを始めたころは、飲み残しをすべて持ってきてもらい、薬局で数えてもらっていました。しかし、残念なことに残薬を持ってくる方が少なく、残薬減少にはつながりませんでした。そこで、次のステップとして、私自身が残薬を数え始めたのです。効果てきめんでした。鹿屋ハートセンターに通院するほぼすべての患者さんが残薬を持参し、残った薬を挟んで、どうして薬が残ったのかを議論する中で、残薬は減少していきました。取り組み始めたころに金額ベースで14%の残薬(4番目の図)が1年後には2%弱に減少しました(6番目の図)。薬がなくなったからリフィル処方箋で、次の薬をくれという患者さんの残薬がどうして減少するという理屈になるのか厚労省や中医協は説明すべきだと思っています。

今回のリフィル導入で医療費を0.1%程度、減らすことができると説明されています。リフィル導入で直接減少する医療費は再診料です。再診料は全国民医療費の約4%を占めています。リフィル処方箋の導入で0.1%/4%の計算でしょうか?リフィル導入で40回の再診が39回に減るという計算でしょうか。どうもしっくりときません。この0.1%の計算は、数年前に厚労省が日本の残薬は約500億円だという発表がありましたがここから導き出した数字ではないでしょうか。これならば国民医療費の0.1%相当です。
私は厚労省の残薬500億円という数字を全く信用していません。どのように残薬を数えたのでしょうか?厚労省がそんな作業をどこの現場でしたのでしょうか。私には、国土交通省の統計書き換えと同様に鉛筆をなめた作業のようにしか思えません。

実際に残薬を数えた九大薬学部の調査では残薬比率は7.1%、医療費3300億円です。鹿屋ハートセンターの初期の残薬率14%から外挿すると、日本の残薬は7840億円です。

今回のリフィル導入は、そんな制度を持っている外国の制度を真似しようというだけで、その結果、診療の質が担保されるのかという議論がないこと、残薬を減らすという根拠のない効果をうたっていること、根拠のように見せている厚労省の示す残薬による医療費の統計に重大な疑義があること、そんなずさんな制度設計を検証する力を中医協も報道機関も持っていないことなどを考えれば、私は反対と言わざるを得ません。

厚労省官僚、中医協に集まる学者、そこからの大本営発表を検証せずに報道するマスコミ、こんな連中のお花畑の脳内で日本の保険行政は劣化し、国民の健康は損なわれていくと思えて仕方がありません。