本日のブログは医療とは直接関係ない話です。2017年からの10%への消費税増税で、低所得者への逆進性を少なくするために、あるいは重税感を和らげるために軽減税率の導入が与党である自民党・公明党で議論されていると連日報道されています。加工食品を含む外食以外の食品すべてに軽減税率を適応することで与党はほぼ一致したと報道されています。8%に据え置かれるために減少する1兆円の財源をどうするかということに議論の軸足が移っているようです。
10%の消費税を8%に据え置くことで1兆円も税収が減るのかと漠然と考えていました。しかし、ふと考えたのですが本当に1兆円なのでしょうか?
一般に消費税を1%上げると2兆円の税収増と言われています。確かに財務相のWeb siteのグラフをみても5%の消費税で税収は10兆円です。では8%から10%に2%消費税が増えることで増える税収は4兆円の筈ですから、このうち1兆円 25%が食料品なのかと食料品の割合が結構高いのだなとこれも漠然と感じていました。
そういえば消費支出の中の食糧費の割合がエンゲル係数ですから日本のエンゲル係数はどうなっていたかなと見たのが下の表です。およそ25%です。では計算が合っているなとこれも簡単に思い込みました。
しかし、今日になってこれって本当か?と考え始めました。消費税は各世帯の消費活動にだけ課税されているわけではありません。法人の消費にももちろん課税されておりこちらも少なくないはずだと考えました。病院で購入する薬剤や医療用の消耗品、CTなどの医療機器などの購入でも消費税は支払っていますし、医療機関だけではなくすべての法人が何かを購入する時には消費税を支払っています。各世帯での消費がすべてであるならば25%の1兆円で計算は合いますが、法人の消費活動が加わると必然的に食料品の消費から得られる消費税の割合は25%を下回る筈です。それも少なくない割合で25%を下回ると推測できます。新聞社も国会議員もこの1兆円の財源が必要だというのを当たり前に受け入れているようですが事実なのでしょうか?疑問に思います。
この1兆円の財源のために低所得者の医療介護の負担に上限を設ける「総合合算制度」の創設が見送られたそうです。低所得者の負担を減らすために設ける食品に対する軽減税率の導入のために、低所得者の医療介護の負担を減らさないというのです。ではこの消費税の増税は何のためなのか訳が分かりません。
1兆円って本当かと感じ始めた疑問が私の単純な間違いであれば、誰かが教えてくれるとありがたいです。新聞に書いてあるから本当でしょと素直に思えると良いのですが。
2015年12月13日日曜日
2015年12月3日木曜日
心房細動患者に実施される2剤の抗血小板療法(DAPT)の期間短縮や中止は冠動脈カテーテル治療医が頑張らないと実現できない

心房細動患者に冠動脈内ステント植込みを行った際の、2剤の抗血小板剤の処方(DAPT)をどうするかの最終回です。
上段の図のEHRA practical guide 2015では、Bare metal stentや新しい世代の薬剤溶出性ステント(DES)を待機的に植込んだ時にはDAPT期間は1ヶ月としています。その後6か月ないし12か月の1剤の抗血小板剤と抗凝固薬の2剤の処方の期間を経て、1年以後は新規抗凝固薬(NOAC)単剤にするというシナリオです。3剤の処方は1ヶ月で十分だというエビデンスも、1年以後はNOAC単剤で良いという十分なエビデンスもありません。
1年以後に関しては複数の研究がスタートしていますし、1ヶ月で十分ではないかという検証試験はもうすぐスタートする予定です。
こうした抗凝固薬を内服している患者でDAPT期間を短縮した場合、出血性合併症は確実に減少するでしょうが、最も大きな懸念は、ステント血栓症のために死亡事故が起きないかという点です。
このシナリオが一般的になった時、ステント植込み後の患者を診ているかかりつけの先生は1年が経過したから抗血小板剤を止めると決断できるでしょうか?ステント血栓症が発生し苦しくなった時に救急で受け入れる形ができていなければ自信を持って中止できないだろうと考えます。もうステント血栓症が発生する可能性は低いけれども、もし発生した時にはすぐに対応するから我慢しないで連絡してくださいと冠動脈のカテーテル治療医がお話ししないとこのシナリオは実現できないのではないかと思います。
循環器診療が専門だといっても循環器領域の中でさえ専門分野の細分化は進行しています。不整脈を専門にする先生や冠動脈のカテーテル治療を専門にする先生といった具合です。不整脈を専門にしている先生が診ている患者さんに冠動脈ステント植込みがなされた場合、DAPT期間の短縮やDAPTの中断はなかなか決断しにくいだろうと思います。
かかりつけ医や不整脈専門医と冠動脈のカテーテル治療医の連携、あるいは急変時の冠動脈カテーテル治療医のバックアップがあってDAPT期間の短縮や中止は可能になると考えます。そう考えれば、日本循環器学会の心房細動治療ガイドラインにステント植込み後の患者の管理について記載がないのも頷けます。冠動脈カテーテル治療を専門にする医師が委員になっていないからです。
来るべき改訂版では、カテーテル治療医も参加してこの分野のガイドラインが日本でも完成するように願っています。
2015年12月2日水曜日
究極のDAPT回避法 PCIをしないあるいは薬剤溶出性ステント植込みをしないという選択
薬剤溶出性ステント植込み後の2剤の抗血小板療法(DAPT)の第3弾です。抗凝固療法を受けている心房細動患者の冠動脈疾患を見た時の究極のDAPT回避法を考えます。
答は簡単です。ステント植込みをしないという選択です。最上段の図の方には、矢印で示すように回旋枝の分枝に90%狭窄を認めます。潅流域もきわめて小さいという訳ではありません。初診時に労作時の胸痛もありました。胸痛があり潅流域もそれなりにあるという場合、心房細動合併でなければPCI,ステント植込みをしても何も問題ないと考えます。しかし、心房細動合併の場合、この狭窄を放置するリスクと3剤の抗血栓剤を内服して脳出血を起こすリスクはどちらを優先して考えるべきでしょうか?この狭窄を拡げるために命を懸けるほどでもないと判断しました。この方は内服で日常生活で胸痛を感じることもなくなりました。
このように、狭窄があるからあるいは胸痛のような症状があるからといって、すぐにPCIを選択するのではなく、PCIを選択することで派生するリスクを考慮してPCIの実施を決定すべきと考えます。
中段の方は左冠動脈主幹部が責任病変の不安定狭心症でした。プラークの破裂像もあり緊急で主幹部にステント植込みを行いましたが、3剤の抗血栓剤内服中に脳出血で亡くなられました。もし、バイパスを選択しておれば違った経過だったかもしれないと忘れられないケースです。
心房細動を合併する冠動脈疾患では、合併しない冠動脈疾患とは少し異なる適応でPCIを考えるべきだと思っています。カテーテル治療ができるからするのではなく、できるけれどもしないという選択が重要なケースが存在すると思っています。
下段の図は、EHRA practical guide 2015からの引用です。Elective PCIの場合、CABGやバルーン単独の治療も考慮しなさいと記載されています。私のPCIあるいはステント植込みをしないという選択もあるというのと同じコンセプトです。
また、この図の下には低用量のNOACも考慮しなさいとの記載もありますが、低用量のNOACとDAPTでは脳出血が少なく、ステント血栓症も少ないというエビデンスがあるわけではありません。一般にガイドラインはエビデンスに基づいて作成されますが、ヨーロッパでは循環器だけかもしれませんが、ガイドラインができてから裏付けるエビデンスを求めるという風に感じます。エビデンスが出るまで放置される患者を救うためにおそらく良いだろうと思われる戦略を先行させるという考え方にも一理あるとも思いますが、日本ではこのような方針を学会は提案できないだろうと感じます。
エビデンスに基づいてガイドラインを作成する日本循環器学会の心房細動ガイドラインにはDES植込み後の抗血栓療法をどうするかという記載は一切ありません。また、最終のガイドラインは2013年版です。毎年、更新されるヨーロッパとは熱心さが異なります。エビデンスがないから放置ということで良いのかと感じます。
答は簡単です。ステント植込みをしないという選択です。最上段の図の方には、矢印で示すように回旋枝の分枝に90%狭窄を認めます。潅流域もきわめて小さいという訳ではありません。初診時に労作時の胸痛もありました。胸痛があり潅流域もそれなりにあるという場合、心房細動合併でなければPCI,ステント植込みをしても何も問題ないと考えます。しかし、心房細動合併の場合、この狭窄を放置するリスクと3剤の抗血栓剤を内服して脳出血を起こすリスクはどちらを優先して考えるべきでしょうか?この狭窄を拡げるために命を懸けるほどでもないと判断しました。この方は内服で日常生活で胸痛を感じることもなくなりました。このように、狭窄があるからあるいは胸痛のような症状があるからといって、すぐにPCIを選択するのではなく、PCIを選択することで派生するリスクを考慮してPCIの実施を決定すべきと考えます。
中段の方は左冠動脈主幹部が責任病変の不安定狭心症でした。プラークの破裂像もあり緊急で主幹部にステント植込みを行いましたが、3剤の抗血栓剤内服中に脳出血で亡くなられました。もし、バイパスを選択しておれば違った経過だったかもしれないと忘れられないケースです。心房細動を合併する冠動脈疾患では、合併しない冠動脈疾患とは少し異なる適応でPCIを考えるべきだと思っています。カテーテル治療ができるからするのではなく、できるけれどもしないという選択が重要なケースが存在すると思っています。
下段の図は、EHRA practical guide 2015からの引用です。Elective PCIの場合、CABGやバルーン単独の治療も考慮しなさいと記載されています。私のPCIあるいはステント植込みをしないという選択もあるというのと同じコンセプトです。
また、この図の下には低用量のNOACも考慮しなさいとの記載もありますが、低用量のNOACとDAPTでは脳出血が少なく、ステント血栓症も少ないというエビデンスがあるわけではありません。一般にガイドラインはエビデンスに基づいて作成されますが、ヨーロッパでは循環器だけかもしれませんが、ガイドラインができてから裏付けるエビデンスを求めるという風に感じます。エビデンスが出るまで放置される患者を救うためにおそらく良いだろうと思われる戦略を先行させるという考え方にも一理あるとも思いますが、日本ではこのような方針を学会は提案できないだろうと感じます。
エビデンスに基づいてガイドラインを作成する日本循環器学会の心房細動ガイドラインにはDES植込み後の抗血栓療法をどうするかという記載は一切ありません。また、最終のガイドラインは2013年版です。毎年、更新されるヨーロッパとは熱心さが異なります。エビデンスがないから放置ということで良いのかと感じます。
ラベル:
Af,
DAPT,
NOACs,
renal artery stenosis
2015年12月1日火曜日
心房細動患者さんに対する薬剤溶出性ステント植込み後にDAPTは必要でしょうか。 ステント血栓症予防の歴史から考えました。

昨日は、一般的な薬剤溶出性ステント(DES)植込み後の2剤の抗血小板剤(DAPT)の投与期間について書きました。本日は、DAPTの投与期間についてさらに難しい問題がある心房細動患者での薬剤溶出性ステント植込み後の管理について考えたいと思います。
心房細動患者に少なからず発生する脳塞栓症や全身塞栓症を減少させるためにワーファリンや新規抗凝固薬(NOAC)による抗凝固療法は必須です。こうした抗凝固療法を受けている方がDES植込みを受けた場合、どうすればよいのでしょうか。DAPT+Warfarinの処方を受けた患者と、Thienopyridine+Warfarin (アスピリンの処方なし)の処方を受けた患者での成績をみたWOEST trialの結果が最上段です。明らかに3剤の処方では出血性合併症が増えました。それでもステント血栓症を防ぐために3剤の処方が必要なのでしょうか。そもそもステント植込み後にDAPTが必要なのかから考えたいと思います。2番目の図は、Patmatz-Schatz stentの最初の使用経験の成績です。ステントが人体に使われ始めた頃の成績は惨憺たるものでした10%を超えるステント血栓症が発生し、当初は使い物にならないという評価だったのです。ステント血栓症予防のために使用された薬剤はワーファリンでした。図に示すようにASA+Dipでは防げなかったステント血栓症がワーファリンによって防げたのです。ワーファリンにはそもそもステント血栓症を防ぐ効果があるのは明らかです。STRESS試験でもBENESTENT試験でもステント血栓症予防に使われた薬剤はワーファリンです。

しかし、ワーファリンによるステント血栓症予防の時代はイタリアのコロンボ先生の論文で終わりを告げました。IVUSでしっかりと拡張を確認したステントではワーファリンを使わなくてもステント血栓症はASA-Ticropidineで防げること、出血性合併症が劇的に減ることが示されたからです。ステント植込み後にワーファリンを使用していた時代のガイディングカテは8Fでしたし、そけいからのアプローチでしたから止血に難渋することが多かったのです。その頃からPCIに関わってきた私にとってその止血から解放されたのは大きな喜びでした。こうしてDAPTの時代が始まりました。わずか20年前のことです。そしてワーファリンにはステント血栓症を予防する効果があるということは忘れ去られたといえます。
ワーファリンでステント血栓症を予防する効果があるとすれば、DAPTは必要なのでしょうか。抗凝固療法を受けている心房細動患者さんでは、ワーファリン+1剤の抗血小板剤、特にTienopyridine1剤で十分なのではないでしょうか。3剤の処方を受けて脳出血死される方を減らすために検証が必要だと思います。
一方、抗凝固療法の主役はワーファリンからNOACに変わりました。ではNOACにはワーファリンと同じようにステント血栓症を防ぐ効果があるのでしょうか?Dabigatran、Rivaroxaban、Apixabanのそれぞれでステント植込みを受けた急性冠症候群の患者に投与された成績が公表されています。
Dabigatranは少ない投与量でも出血性合併症を増加させました。この研究ではステント血栓症を減らしたか否かは記述されていませんが、D-dimerを低下させたと記載されています。ただ、ステント血栓症を減らすかどうか分からないのに、D-dimerが低下したから出血を増やしてでも処方しようという気にはなりません。Rivaroxabanはどうでしょう。出血性合併症をやや増やすものの死亡率を減らし、ステント血栓症も減らしています。
Apixabanもエンドポイントを減らしています。また、Apixabanの研究ではClopidgrelを処方されていない患者のデータも示されていますが、ドーズに依存して出血を増やすもののエンドポイントを減らしていることが示されました。Ribaroxabanでの検討では1万例以上の大規模で検討されていますが、DabigatranやApixabanでの検討の対象は少数です。ですから、安易にNOACにもワーファリンと同様にステント血栓症を減らす効果があると結論できませんが、どうもそうした効果があるように思えます。
日本だけで24万人の方がPCIを受け、そのうちの10%はおそらく心房細動合併です。2万4千人です。3剤の抗血栓薬が処方されることで1%の方が脳出血を起こすとすれば年間に200人以上です。全世界ではその何十倍だと思います。
ステント血栓症の予防の歴史から考えて、次々と抗血栓薬を増やしてゆく考え方は間違っているような気がしてなりません。おそらくNOAC+Tienopyridineで十分な効果が出て、3剤処方よりも脳出血が減るだろうと予測します。現在の戦略で脳出血死される方を減らすためにも早急に3剤の抗血栓剤処方を改めるための研究が必要だと思えてなりません。
2015年11月30日月曜日
ステント植込み後のDAPT期間は長期が良いのでしょうか、あるいは短期なのでしょうか? DAPT studyやDAPT scoreを読んで考えました。
虚血性心疾患に対する治療として薬剤溶出性ステント(DES)の植え込みは標準的な治療として地位を確立し、決して短くない月日が経過しました。 DES植込み後にはステント血栓症を予防するために2剤の抗血小板剤(DAPT)の投与は不可欠と考えられています。第一世代のDESの場合には最低1年間のチエノピリジンの処方と生涯にわたるアスピリン製剤の内服が必要とされました。しかし、長期のDAPTには出血性合併症を増やすという面もあり、ステント血栓症が防げるのであればなるべく短期間のDAPT投与が望ましいという考えもあります。最近の新しい世代のDESではより短いDAPT期間でステント血栓症が発生しないとの報告が多くなり、DAPT期間は短縮化がトレンドとなりつつありました。しかし、このトレンドに対し昨年、DAPT studyの結果が示され、単純に短縮化するのが良いのか議論が再燃しています。
Table 2に示されたように短期でDAPTを終了した群では長期にDAPTを継続した群に比べて優位にステント血栓症が多かったのです。一方、Table 3に示されたように出血性合併症は長期に投与された群で有意に増加しました。
ステント血栓症はステント植込み後1年以上を経過していても発生することはあり、これを減らそうと思えば最近のDAPTの短縮化の流れとは異なり長期の処方を要します。一方、出血を恐れれば、一定のステント血栓症の発生があったとしてもDAPTの期間は短い方が良いとなります。どちらを選択するかは難しい判断です。Table 2を見ると長期の投与の方が死亡率はわずかに高めです。ステント血栓症が怖いから死亡率が高くても構わないという論が成立する筈がありません。このDAPT studyのFirst authorであるDr. Mauriは、今年の夏のCVITに来られていたのでナマで講演もうかがいました。講演を聞いて、冠動脈近位部にDESを入れた方ではステント血栓症による死亡リスクが高い筈ですから長期のDAPTのメリットが大きくなり、末梢にステントを植え込んだ方ではステント血栓症による死亡リスクは高くないために出血によるリスクが相対的に高くなるだろうから短期のDAPTの成績が良くなるだろうなと感じました。冠動脈病変の位置、あるいは潅流域の大きさでリスクを考えると良いと考えたのです。
今年のAHAではDr. Mauriのグループから患者個別の長期のDAPTのリスクを評価するDAPT scoreが提案されました。それを受けてDr. Mauriらの属するHarvard Clinical Reseech Instituteから"DAPT could be individualized"というpaperも発表されました。個々の患者によってDAPT期間を考えるべきだとこの夏に考えていた通りのコンセプトだと感じました。しかし、DAPT scoreを見て少し失望しました。スコアに関係する因子は年齢、糖尿病、喫煙、過去の心筋梗塞歴ないしPCI歴、心不全あるいは低駆出率で病変部位や潅流域の情報がなかったからです。Index procedure characteristicsの中にVein graftは入っていますが病変に関わる項目はこれだけです。
左冠動脈主幹部にDESの植え込みをしたから長期のDAPTも止むを得ないだとか、回旋枝の末梢だから短いDAPT期間でもステント血栓症による死亡は起こらないだろうという風にPCIの術者が普通に考えていることが反映されていないScoreで大丈夫なのでしょうか?
DAPTの期間は個別の患者で考えるべきであるというコンセプトには大賛成ですが、冠動脈を長く見てきた立場からは物足りなく感じるDAPT scoreです。
2015年10月11日日曜日
亡くなった方のご家族を鞭打たないで
循環器医として心臓の救急に携わっていると避けて通れない救急の状態があります。来院時心呼吸停止(CPAOA)です。今はほぼ一人でやっている有床診療所なので、複数の医師で蘇生するよりも蘇生する率が低くなるだろうと考え、CPAOAの方は救急隊の方により大きな病院に直接搬送するようにお願いしています。もちろん、院内で発生する心呼吸停止には対応しますが、ここ数年救急蘇生を必要とするような急変を鹿屋ハートセンターでは経験していません。急変させない診療を心掛けているつもりです。
若い頃、数日前から胸部に違和感を自覚していたのにCPAOAで来られた方を診療し、蘇生できなかった時に「どうしてもっと早くに連れてこなかったのだ」とご家族を責めたものでした。しかし、ある時からはこのようにご家族を責めることはしなくなりました。他人の医師に言われなくてもあの時に病院に受診すればよかったとご家族も思っているに違いないからです。また、責めたところで亡くなった方が生き返る訳でもありません。責めていたのは蘇生できなかった自分を慰めるための言い訳であったような気がします。
全ての生命に死は訪れます。助かる可能性のある疾患や状態に立ち向かうのは医師として当然です。しかし、最期を迎えた時に、ご家族を更に悲しませる必要はありません。家族として精一杯のことができたと死を受け入れて頂くのも医師の仕事のように思います。もちろん、早くに受診していれば助かったようなケースでは、生き残ったご家族も同じ失敗をしないように「…すれば良かったかもね」くらいのお話はします。それは亡くなった方がその死をもってご家族に伝える最後の教訓でもあるからです。胸がおかしいと思いながら病院に受診しなかった自分の轍を踏むなよと死者が伝えるのであって医師がどうして早く受診しなかったのだと責めることではないと思っています。
女優の川島なお美さんが亡くなって、抗がん剤治療を受けるべきだったとか民間療法に頼るべきではなかったとか様々な考えがネット上で言われています。文芸春秋11月号では近藤誠氏が、手術を受けなければもっと生きられたと書かれています。
自分がセカンドオピニオンであれ少しでも関わった方の死を見て、手術しなければよかったなどと発言するのは誰のためでしょうか?ご家族はそれを聞いて更に悲しみや後悔が深まるのではないでしょうか。診療した患者さんの診療内容を公にすることも医師としての倫理観の欠如だと思いますが、ご遺族を更に悲しませるこのような記事を書く人の人格を疑います。
亡くなった方はその後に自分の死を評価できません。よく生き、よき死を迎えることができたと悲しみを昇華させなければならないのはご家族です。近藤誠氏はそんな医師としての基本も持たない人だったのかと思います。関わった患者さんの死に接しての言い訳でしょうか?であるならば自分の言い訳のためにご家族を鞭打つ姿勢を軽蔑します。
最高の生き方をし、最高の選択をし、最高の死を迎えられたに違いないとご家族にエールを送りたいと私は思っています。
若い頃、数日前から胸部に違和感を自覚していたのにCPAOAで来られた方を診療し、蘇生できなかった時に「どうしてもっと早くに連れてこなかったのだ」とご家族を責めたものでした。しかし、ある時からはこのようにご家族を責めることはしなくなりました。他人の医師に言われなくてもあの時に病院に受診すればよかったとご家族も思っているに違いないからです。また、責めたところで亡くなった方が生き返る訳でもありません。責めていたのは蘇生できなかった自分を慰めるための言い訳であったような気がします。
全ての生命に死は訪れます。助かる可能性のある疾患や状態に立ち向かうのは医師として当然です。しかし、最期を迎えた時に、ご家族を更に悲しませる必要はありません。家族として精一杯のことができたと死を受け入れて頂くのも医師の仕事のように思います。もちろん、早くに受診していれば助かったようなケースでは、生き残ったご家族も同じ失敗をしないように「…すれば良かったかもね」くらいのお話はします。それは亡くなった方がその死をもってご家族に伝える最後の教訓でもあるからです。胸がおかしいと思いながら病院に受診しなかった自分の轍を踏むなよと死者が伝えるのであって医師がどうして早く受診しなかったのだと責めることではないと思っています。
女優の川島なお美さんが亡くなって、抗がん剤治療を受けるべきだったとか民間療法に頼るべきではなかったとか様々な考えがネット上で言われています。文芸春秋11月号では近藤誠氏が、手術を受けなければもっと生きられたと書かれています。
自分がセカンドオピニオンであれ少しでも関わった方の死を見て、手術しなければよかったなどと発言するのは誰のためでしょうか?ご家族はそれを聞いて更に悲しみや後悔が深まるのではないでしょうか。診療した患者さんの診療内容を公にすることも医師としての倫理観の欠如だと思いますが、ご遺族を更に悲しませるこのような記事を書く人の人格を疑います。
亡くなった方はその後に自分の死を評価できません。よく生き、よき死を迎えることができたと悲しみを昇華させなければならないのはご家族です。近藤誠氏はそんな医師としての基本も持たない人だったのかと思います。関わった患者さんの死に接しての言い訳でしょうか?であるならば自分の言い訳のためにご家族を鞭打つ姿勢を軽蔑します。
最高の生き方をし、最高の選択をし、最高の死を迎えられたに違いないとご家族にエールを送りたいと私は思っています。
2015年9月25日金曜日
ああ、おもしろかったという人生の終わり方
人間に限らず、生物の寿命は有限です。それは生身の医師とて同じことです。患者さんの命を守るために努力する医師にも必ず死が訪れます。患者さんの死を遠ざける努力をする自分といつかくる死を待つ自分の二面が医師の中に存在します。
医師は死との距離が短い職業です。私のような循環器医にとっては死という存在は遠いものではありません。
もう5年も前になります。当時80歳を過ぎていた患者さんです。何回も冠動脈のカテーテル治療を受けておられました。他の科の処置を受けた後に腎機能が悪化し、呼吸苦も出現、胸部レントゲンでは広範な間質性肺炎の像でした。気管内挿管をし、人工呼吸器に繋がって命を延ばす努力をする間に肺も治ってくるかもしれないとお話ししましたが、この方は挿管も人工呼吸器も不要だと言われました。いわく「自分は十分に生きてきたから悔いも未練もない」と仰るのです。救命可能な状態であってもご本人が不要だという治療を無理にする訳にはいきません。分かりましたと返事をし、苦しまないことだけを目標にしました。回診の度に気持ちは変わらないの?と尋ねましたが変わらないと言われます。まもなく穏やかに息を引き取られました。最期に立ち会った時に救命できなかったという無力感よりも、医師としてではなく一人の人間としてこのような最後の迎え方って格好いいと感じました。自分が最期を迎える時にはこの方を見習って自分は十分に生きたからと言えたらなと思いました。
ご家族が亡くなった病院に生き残った家族がその後も通院を続けるのはつらいと言われ、病院をかわられる方も方も少なくありません。この方の奥様は今でもハートセンターに通院して下さっています。きっと奥様もハートセンターでの最期の迎え方を受け入れてくれたからだろうと思っています。八十数年の舞台の素敵なエンディングだったのではないかと奥様が来られる度に感じます。
こんなことを思い出したのは昨日9/24に女優の川島なお美さんが亡くなったというニュースに接したからです。何日か前に何かのイベントに顔を出され、すごく痩せていても笑顔で11月にはライブをするのよと話をされたばかりだったのにです。ご主人が川島なお美は最期まで川島なお美だったと言われた通り、女優として最期を迎えられたのだなと感じます。
私たちのカテーテル治療の世界でも、痩せた体でカテーテル治療の未来を学会場で話された後まもなく亡くなられた先輩の先生も思い出されます。カテーテル治療のリーダーとしてそのお立場のままに最期を迎えられたことをある意味幸せだったかもしれないと当時感じたものです。
図は、やはりカテーテル治療の世界の先輩のものです。癌で手術を受けた後も抗がん剤を飲みながら診療を続けられたばかりか、毎週のように講演をされていました。医療事故に際し嘘をつかない医療をというオピニオンリーダーの先生でした。亡くなる前の講演で示されたのが図のスライドです。「ああ、おもしろかった」と多くの人に話しかけて最期を迎えられたことをうらやましくも感じます。
若い頃は、脳出血や心筋梗塞でころりと最期を迎えるのが良いと思っていましたが、最近は癌死もいいなと思います。十分に生きたとかおもしろかったと言って最期を迎えるのは幸運だとも思います。
シナリオのない人生の最期をどう迎えるのかは分かりません。その人生という舞台の主役は、間違っても医療者ではありません。劇的な最期であっても静かな最期であってもたった一回のエンディングを医師としての私が穢すことのないようにと考えます。それはいつか最期を迎える人間としての私の願いでもあります。
医師は死との距離が短い職業です。私のような循環器医にとっては死という存在は遠いものではありません。
もう5年も前になります。当時80歳を過ぎていた患者さんです。何回も冠動脈のカテーテル治療を受けておられました。他の科の処置を受けた後に腎機能が悪化し、呼吸苦も出現、胸部レントゲンでは広範な間質性肺炎の像でした。気管内挿管をし、人工呼吸器に繋がって命を延ばす努力をする間に肺も治ってくるかもしれないとお話ししましたが、この方は挿管も人工呼吸器も不要だと言われました。いわく「自分は十分に生きてきたから悔いも未練もない」と仰るのです。救命可能な状態であってもご本人が不要だという治療を無理にする訳にはいきません。分かりましたと返事をし、苦しまないことだけを目標にしました。回診の度に気持ちは変わらないの?と尋ねましたが変わらないと言われます。まもなく穏やかに息を引き取られました。最期に立ち会った時に救命できなかったという無力感よりも、医師としてではなく一人の人間としてこのような最後の迎え方って格好いいと感じました。自分が最期を迎える時にはこの方を見習って自分は十分に生きたからと言えたらなと思いました。
ご家族が亡くなった病院に生き残った家族がその後も通院を続けるのはつらいと言われ、病院をかわられる方も方も少なくありません。この方の奥様は今でもハートセンターに通院して下さっています。きっと奥様もハートセンターでの最期の迎え方を受け入れてくれたからだろうと思っています。八十数年の舞台の素敵なエンディングだったのではないかと奥様が来られる度に感じます。
こんなことを思い出したのは昨日9/24に女優の川島なお美さんが亡くなったというニュースに接したからです。何日か前に何かのイベントに顔を出され、すごく痩せていても笑顔で11月にはライブをするのよと話をされたばかりだったのにです。ご主人が川島なお美は最期まで川島なお美だったと言われた通り、女優として最期を迎えられたのだなと感じます。
私たちのカテーテル治療の世界でも、痩せた体でカテーテル治療の未来を学会場で話された後まもなく亡くなられた先輩の先生も思い出されます。カテーテル治療のリーダーとしてそのお立場のままに最期を迎えられたことをある意味幸せだったかもしれないと当時感じたものです。
図は、やはりカテーテル治療の世界の先輩のものです。癌で手術を受けた後も抗がん剤を飲みながら診療を続けられたばかりか、毎週のように講演をされていました。医療事故に際し嘘をつかない医療をというオピニオンリーダーの先生でした。亡くなる前の講演で示されたのが図のスライドです。「ああ、おもしろかった」と多くの人に話しかけて最期を迎えられたことをうらやましくも感じます。
若い頃は、脳出血や心筋梗塞でころりと最期を迎えるのが良いと思っていましたが、最近は癌死もいいなと思います。十分に生きたとかおもしろかったと言って最期を迎えるのは幸運だとも思います。
シナリオのない人生の最期をどう迎えるのかは分かりません。その人生という舞台の主役は、間違っても医療者ではありません。劇的な最期であっても静かな最期であってもたった一回のエンディングを医師としての私が穢すことのないようにと考えます。それはいつか最期を迎える人間としての私の願いでもあります。
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