昨日、「狭心症らしさ」と書きました。自分で書いたのに「狭心症らしさ」とは何だろうと考えました。
布団の上げ下ろしで胸に違和感を感じるという主訴で来院される方がいます。経験的に相当高い確率で狭心症が見つかります。この程度のことで病院に行こうとは思わない方が大半ですから、この訴えで病院に来ること自体、本人が「大したことはないのですが…」と言っても、相当に気になる症状と考えたほうが無難です。自分には病気があると思いたくないという心理が、患者さんをして「大したことはない」と 言わしめます。こう話をする方に、ヘビースモーカー独特の顔面の深いしわや、耳たぶのしわ、まぶたの黄色腫、メタボリックシンドロームを思わせる大きな腹囲,やにで黄色く変色した爪などがあれば、なお一層、「狭心症らしく」見えてきます。病歴も「狭心症らしさ」を引き立てます。しかしこの段階で「狭心症らしさ」を感じても印象に過ぎません。負荷心電図でスクリーニングをしますが、負荷心電図では本当に厳しい狭窄のある方でも、陰性に出ることはままありますし、そもそも運動負荷心電図検査ができない方も少なくありません。血液検査で糖尿病や高コレステロール血症を有無を見て、なお疑わしいということになれば、今は冠動脈MDCTで簡単に冠動脈を評価できます。しかし、何のリスクファクターもない方でも狭心症の方はおられるので、「狭心症らしさ」を感じていなければ冠動脈MDCTすら検査しないわけですから、やはり「狭心症らしさ」を感じ取ることは重要です。
一方で「狭心症らしさ」がないのにシビアな狭心症の方もおられます。「なんだか胸がおかしい」という訴えの40歳代後半から50歳代前半の女性の場合、多くは更年期の症状ですが、時に厳しい狭心症の方もおられます。かつて見た方はこの範疇の方でしたが、冠動脈には近位部に自然解離を伴った90%狭窄がありました。見逃さずにすべての狭心症の方を見つけようと思えば、かなり敷居を低くして検査をしなければなりません。この敷居も、循環器専門医であれば更に低くしなければなりません。急性心筋梗塞を見逃したことが問題になった裁判で、循環器専門医でもない医師に診断が難しいケースでも正しく判断しろというのは酷だという判断で見逃した医師には責任はないと判断された判決が出たことがあります。でも私たちは、冠動脈を専門とする循環器専門医ですから正しく判断できなくても仕方がないとは言ってもらえないのです。おのずと敷居を低くしなければなりません。この場合にも冠動脈MDCTは力を発揮します。循環器専門医だからといって、敷居を低くしてやたらと冠動脈造影を実施するよりも、MDCT のほうが良いに決まっています。見逃しを少なくしようとすれば検査の敷居は低くなり過剰に検査する傾向になり、過剰な検査を排除しようとすれば見逃しは増えます。
MDCT でも狭窄は認められない、あるいは狭窄が軽度であった、でも「狭心症らしい」症状がある場合はどうでしょう。そこで威力を発揮するのがニトログリセリンです。ニトロを舌下するとすっきりと楽になったと言われればもう狭心症と判断して良いと思われます。冠動脈のスパスムが関与している狭心症、冠攣縮性狭心症です。
最近気になっているのは、こうしたケースです。朝方の胸部不快があり、冠動脈CT検査を受けたが異常はなかった、きっとスパスムだろうからこの薬を飲みなさいと言われて内服を開始したがかえって調子が悪という方が時々受診されるのです。 例えばカルシウム拮抗剤であるバイミカードと硝酸剤であるフランドルを朝と寝る前に飲みなさいと、いきなり1月分も処方されているのです。この種の内服でよくある頭痛とドキドキで辛いと言われて来院されます。患者さんに「そもそもあなたの病気は狭心症なのですか?」と少し意地悪な質問をすると、そう言われたからそうだと思うと返事されます。「ではニトログリセリンを胸の症状の時に使ったことがあるのですか」と聞くと使ったことはない、もらってもいないと答えられます。
唖然とします。
朝方の胸部不快感があり冠動脈MDCTで狭窄がないからスパスムだろう、この薬を内服しなさいといった診療がなされているのです。狭心症の診断に際してニトロの効果を判定することすらできない医師がMDCTを使って診療していると思うと背筋が寒くなります。当たり前のことですが「狭心症と分かってから治療を開始しましょう、ニトロが効いたら頭痛が起きにくいカルシウム拮抗剤を使いましょう」といってこのような患者さんにニトロを渡して経過を診ますが、MDCT を使いこなす以前に冠動脈疾患の診療を知らない医師が育ってきているのかと思えます。GERD などと鑑別もできない医師がMDCT という武器を使って診療しているのです。患者にもその医師にも不幸なことです。
No comments:
Post a Comment