Johnson & Johnson社が2011年6月16日、Cypher stentの製造、販売の中止、後継の薬剤溶出性ステントとして位置づけられていたNEVO stentの開発中止を発表しました。
驚きました。
Palmaz-Schatz stentの上市以来、Johnson & Johnson社はこの分野のリーディングカンパニーであり、私たちの分野である冠動脈インターベンションでの確とした地位を維持されてきました。初めての冠動脈ステントであるがゆえに市場を席巻すると同時に、改良された他社のステントの追い上げにあい、それが故に更に改良されたステントが登場するという歴史を繰り返してきました。やはり世界で初めての薬剤溶出性ステントを世に問うたJohnson & Johnson社は、他社の改良された薬剤溶出性ステントが市場に投入されても、さらに改良した薬剤溶出性ステントを投入するだろうと思っていました。ビジネスとしてみれば、見事な引き際だと思います。日本国内だけでも1万本の在庫が残っていると聞きましたが、保険償還価格で計算すると約35億円の損失です。傷口が大きくならない内に損切りをして次の時代に備えるというのは口で言うのは簡単ですが、なかなかできない決断です。本当に見事だと思います。
Cypher stentは初めての薬剤溶出性ステントとして、冠動脈インターベンションのアキレス腱と言われた再狭窄を見事なまでに減少させました。この再狭窄減少効果でどれほど多くの患者が恩恵を受けたでしょうか。また再狭窄が少ないということで左冠動脈主幹部に対するカテーテル治療の道筋も開けたと思っています。Cypher stentの「功」は計り知れません。
一方、再三このブログで取り上げてきたstent fractureの問題、late catch-up、late thrombosis、他の薬剤溶出性ステントと比べると内皮機能の障害が大きいのではないかという問題と、薬剤溶出性ステントにも問題が残っていることを私たちに提起もしました。これはCypher stentの「罪」とも言えますが、問題点が明らかになることで次世代の薬剤溶出性ステントの改良に繋がったと考えればこれも「功」なのかもしれません。
時代を切り開いたヒーローがその役割を終え、見事なまでの引き際で去っていきます。Cypher stentに人格はありませんが、時代のヒーローが批判に反論せずに去ってゆく姿に感慨の念を禁じ得ません。日本で認可された平成16年から去ってゆく平成23年まで、Cypher stentは、私たちの時代のヒーローであったことは忘れてはいけない歴史です。ヒーローであったCypher stentは引退しますが、その選手を世に問うたチームであるJohnson & Johnsonは残ります。この分野の治療のゴールはまだ先です。Johnson & Johnsonが世に問う新たなヒーローに期待しましょう。
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