私は1979年に医師となり、1980年から循環器医になりました。その頃の心臓カテーテル検査の教科書には70歳以上ではカテーテル検査は禁忌であると記載されていました。また、他の教科書にはニトログリセリンを舌下して効果があるうちは様子を見て、効果がないような胸痛が出てきたら専門医に紹介しなさいなどと記載されていました。現在の考え方とは全く異なります。70歳を過ぎたらもう死んでも良いだろうという考え方をする医師などいないでしょうし、ニトロが効く胸痛こそ専門医に診せるべきだと誰もが考えています。なぜ、30年でこのように考えが変わったかと考えれば、狭心症など虚血性心疾患が治療可能な病気になったからです。PCIも広く普及しバイパス手術の敷居も下がったからだと思います。いよいよ悪くなるまで待たずに治療した方が良いに決まっています。
冠動脈の治療が一般的ではなかった頃、「あなたは狭心症で爆弾を抱えているようなものだから注意しなさい」等と説明する医師をよく見かけました。私は患者に何を注意しろというのかと疑問に思っていました。言われた患者さんも困ったことだと思います。何に注意し、何を避け、何をなすべきかを示さなければ注意してくださいね等という言葉は空しいだけです。
こんなことを思い出したのは「低血糖症状を起こすことがあるので、高所作業、自動車運転等に従事している患者に投与する時には注意すること」という添付文書上の「使用上の注意」の改定をMRさんが持ってこられたからです。医師に注意をしろと言っているのでしょうか、注意しなさいと患者さんに説明しろということなのでしょうか?
このような添付文書の改訂は、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」の成立以後に行われるようになってきました。この法律成立以後の添付文書の改訂には、主に2通りあります。一つは前述の「投与する時には注意すること」というものと。もう一つは「めまい、ふらつき、低血糖があらわれることがあるので、本剤投与中の患者には、自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないように注意すること」と、従事させないようにしなさいという厳しいものです。
軽いほうの注意が記載されている循環器分野の薬剤には「サンリズム」や「プロノン」といった抗不整脈剤があり、きびしい方の「従事しないように注意すること」と記載されている薬剤としてはやはり抗不整脈剤の「シベノール」があります。シベノールで低血糖を起こすことがあるので厳しい方に入っているのでしょうか?しかし、経口糖尿病薬は「投与する時には注意すること」という軽い注意だけです。循環器分野ではありませんが「従事しないように注意すること」という厳しい注意がなされている薬剤には「ハルシオン」や「マイスリー」といった睡眠導入剤があります。睡眠導入剤を内服している方には日中も運転しないように注意しなさいと記載されています。
薬剤の影響で自動車運転で人を死傷させた場合、新しい法律では重罪として罰せられます。最高刑は12-15年の懲役と理解しています。医師が注意をしていたにもかかわらずその注意を守らずに事故を起こした場合、運転者の責任は大きくなります。一方で医師が注意していなかったとしたら運転者は知らなかった訳ですから責任は軽くなり、注意しなかった医師の責任が問われると思われます。
医師は事故の被害者になるであろう市民や自らを守るために、患者さんに注意をしなければなりません。自ら運転するしか移動手段を持たない患者さん、特に鹿屋のような公共交通機関のない町に住む患者さんはどうすれば良いのでしょか?生活のために運転すれば注意されたにもかかわらず危険を承知で運転した悪意の運転者になります。経口糖尿病薬を内服している、抗不整脈剤を内服している、睡眠導入剤を内服している、抗てんかん剤、抗うつ剤を内服しているなど医師が注意すべき患者さんは国内に何人いるのでしょうか?糖尿病患者が1千万人いることを考えれば数千万人でしょうか?国民の少なくない人数が悪意の犯罪者の予備軍になってしまいます。
避けられる事故を減らし、なおかつ病を得て内服していることで悪意の犯罪者になってしまう方たちを救う方法はないのでしょうか。
医師出身の国会議員も在籍する参議院ではこの法律は全会一致で可決成立しました。
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