2015年5月28日木曜日

私の目指す心房細動患者に対する抗凝固療法 Anticoagulation at minimum bleeding risk for Atrial Fibrillation (1)  ワーファリンでコントロールする場合目標とするPT-INRをどう設定するか


 2013年6月13日付当ブログ「脳梗塞で人生を奪われた父」に書いたように、父のような心原性脳塞栓症による悲劇が私が関わる患者さんに発生しないように、私が診る心房細動患者さんのほとんどに精力的にワーファリンによる抗凝固療法を行ってきました。しかし、この考え方にこだわるあまりかえって患者さんに迷惑をかけていないかと、自分が診る患者さんの成績を定期的に検証してきました。

そんな中で、一生懸命に脳塞栓症に対する抗凝固療法を実施したきたことに間違いはなかったかと考えさせられた研究結果が発表されました。少し前の発表ですが、4番目の心房細動に対する新規抗凝固薬として市販が始まったEdoxaban(リクシアナ)のENGAGE-AF試験の結果です。低用量群において虚血性脳卒中の発症はワーファリンに比べて多かったものの、総死亡は統計的な有意差はないもののワーファリン群やEdoxabanの高容量群と比べて少なかったという結果です。

脳塞栓症の発症をなるべく少なくしようと抗凝固療法を強化するあまり、逆に脳出血を増やしたり総死亡を増やしていないかという疑問を感じ始めたのです。

頭蓋内出血の発生は、ワーファリンと比べてNOACで明らかに少ないわけですから、頭蓋内出血を少なくしたいのであればNOACを使うべきだという考えは妥当だと思っています。しかし、ワーファリンしか使えない患者さんが存在するのも事実です。ですから今回のブログでは、一生懸命に抗凝固療法を行いすぎてかえって悪くしてしまわないように至適なワーファリンのコントロールのために目指すべきPT-INRはどの程度なのかと考えたいと思います。

図1は日本循環器学会が作成している心房細動患者さんに対する抗凝固療法のガイドラインです。70歳以上ではPT-INRの目標は1.6から2.6です。70歳未満の患者さんの目標は2.0から3.0です。このガイドラインを順守していて自分が診ている患者さんを守れるのでしょうか。

図3はJ RHYTHM Registryの70歳以上の患者さんのデータです。PT-INRが高まるにつれて青で示した塞栓症は減少するものの緑で示した大出血は増加していきます。塞栓症の発症と大出血の発生はトレードオフの関係になります。塞栓症の発生が最も少ないPT-INRが2.6-3.0の群ではワーファリンを内服していない(放置されている)患者に発生する大出血の4倍もの大出血が発生しています。こうしたデータを受けて70歳以上ではPT-INRの目標は1.6から2.6に設定されたと理解しています。

では図4の70歳未満の場合はどうでしょうか。70歳未満の患者数が少ないがゆえに結論的ではないとされていますが、PT-INRが1.6-2.0で塞栓症の発症は最少となり、2.6-3.0ではワーファリンを服用されていない方と比べて大出血はおよそ3倍にもなっています。また総死亡もワーファリンを処方されずに放置されている方のおよそ2倍になっています。脳塞栓症を減らそうと努力するあまり大出血を増やし総死亡を増やしても良いのでしょうか?良い筈がありません。元々塞栓症のリスクの低い若年者の方がより抗凝固療法を強化すべきという理由が分かりません。元々、PT-INRの目標を2.0-3.0に設定したのは欧米のガイドラインに合わせたからです。しかし、日本人を含む東アジア人は欧米人と同じコントロールでは出血が多いことが知られています。70歳未満であっても日本人にあった目標を設定すべきだと感じています。

ですから私が行う心房細動患者さんに対するワーファリンによる抗凝固療法の目標PT-INRはどの年代であっても1.6-2.6です。

よくコントロールされたワーファリンとNOACの成績を比較すると、総じて虚血性脳卒中や全身性塞栓症の発生には差はありません。ワーファリンとNOACの成績の差は出血の頻度、特に頭蓋内出血の頻度で生じているものと考えられます。繰り返しになりますが、一生懸命に塞栓症を減らそうとするあまり、出血を起こし総死亡を増やすのであればそれは最善の抗凝固療法ではないと考えます。現在の私が考える心房細動患者に対する最善の抗凝固療法は、出血リスクを最小にする抗凝固療法です。Anticoagulation at Minimum Bleeding Riskという概念がより良い成績に繋がることを願っています。この概念で何回かに渡ってこのブログで論を進めてゆきたいと考えています。



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