2015年6月7日日曜日

私の目指す心房細動患者に対する抗凝固療法 Anticoagulation at minimum bleeding risk for Atrial Fibrillation(6) NOACの選択 高齢者の場合


良くコントロールされた(TTRの高い)ワーファリンによる抗凝固療法では、Dabigatran300mgよりも虚血性脳卒中の発生が少なく、最強の抗凝固療法であると議論を進めてきました。一方、最強の抗凝固療法であるために、NOACと比較してワーファリンが臨床的に劣る重要なポイントは頭蓋内出血の発生であるため、Anticoagulation at minimum bleeding riskという目標を設定するならばNOACを選択せざるを得ないと結論しました。



ではどのNOACが最もAnticoagulation at minimum bleeding riskという目標に適しているのかを考えなければなりません。

しかし、4つのNOACで直接の効果を比較した試験はありません。また、図1に示すようにARISTOTLE試験では高齢者の割合が最も少なく、図2に示すようにRE-LY試験やARISTOTLE試験の対象患者のCHADS2スコアは他の2つの試験よりも低値でした。このため当然のようにROCKET-AF試験やENGAGE-AF試験の結果は前2者よりも悪く出やすいのです。

4つの試験の結果はまさにそうでした。4つの試験で図3に示すようにワーファリン群のTTRに差はないものの図4に示すように一次エンドポイントである脳卒中/全身性塞栓症の頻度は、Dabigatran300mgとApixaban10mgで優越性を示し、RivarixabanとEdoxabanは非劣性でした。

患者背景が異なる訳ですから優越性を示した薬剤が優れていて、非劣性しか示せなかった薬剤の方が劣るとは一概に言えないだろうと思っています。ではどのように薬剤を選べばよいのでしょうか?

試験全体では患者背景が異なっていたとしても、同一の条件の群で比較したらよいのではないかと考えました。例えば75歳以上の患者群のみで4薬剤を比較するのです。こうすることで4つの試験の患者背景の差を小さくできると考えたのです。

図5は75歳以上の患者に限った4つの試験の一次エンドポイントである脳卒中/全身性塞栓症の頻度、図6は大出血の頻度です。

今回のテーマはAnticoagulation at minimum bleeding riskですから図6を見ると、NOACによる大出血の頻度は少ない順に

Edoxaban 30mg、Apixaban 10mg、Edoxaban 60mg、Dabigatran 220㎎、Rivaroxaban 20㎎、Dabigatran 300㎎

となります。Edoxaban30㎎が最も大出血が少ないという結果でしたが、ENGAGE-AF試験のプロトコールは複雑で30㎎群の中にも15mgを内服しているケースも、60㎎群の中にも30㎎を内服しているケースもありどう評価してよいのか分からないところがあります。ですから、現時点でAnticoagulation at minimum bleeding riskという観点では、私はApixabanが良いのかなと思っています。

この結論ではワーファリンと比較して意味のある減少であったかどうかは考えていません。ワーファリン群で出血が多ければワーファリンと比較して少ないというのは当たり前だからです。

図7は、最近のRivaroxabanの講演会で良く見せられるスライドです。INRの目標値を1.6-2.6の設定したJ-ROCKET AF試験ではワーファリン群の重大出血率は3.3%と少なく、Rivaroxaban投与群では更に少なかったと日本人でのRivaroxabanの優位性を訴えるスライドです。

他の3つの試験ではINRの目標は2.0-2.6ですが、Apixabanと比較された75歳以上のワーファリン群の重大出血率は10.8%と際立って高値です。同様のINR目標値、同様のTTR、同じ75歳以上の群なのに際立って高い重大出血を見ると、TTRでは測れないワーファリンコントロールの稚拙さがあったのだろうと推測できます。(どの群もnは極めて少数なので正しい結論ではない可能性もありますが…)

古くからの友人である先生は、Apixabanのワーファリンに対する優位性はこの稚拙なワーファリンコントロールのためだからあてにならないとよく言われます。ですからワーファリンとの比較ではなく、NOAC同士の比較が必要なのだろうと思います。

ただそうした比較試験が行われるか否かは分かりませんが、結論が出るまでは公開されているデータで考えてゆくしかありません。患者背景の差を最小にして各NOACの成績の差を比較するしかありません。次回は、低腎機能患者群で比較したいと思います。



2015年6月2日火曜日

私の目指す心房細動患者に対する抗凝固療法 Anticoagulation at minimum bleeding risk for Atrial Fibrillation(番外編) TTRの高い施設ではNOACでの成績も改善する? 薬剤だけではない医療や地域の力 

図1は2015年5月30日付当ブログ「私の目指す心房細動患者に対する抗凝固療法(3)」に載せた図です。この図1はDabigatarnのWeb siteに載っていたTTR 別の脳卒中/全身性塞栓症の発生頻度から頭蓋内出血の頻度を引き算して作ったものです。このWeb siteではどのようなTTRであってもDabigatran300㎎は脳卒中も頭蓋内出血を減らしたと記載されています。しかし、虚血性に焦点を当ててグラフを作るとTTRが良くなると虚血性脳卒中/全身性塞栓症はTTRが上がるにつれて改善し、72.6%以上のTTRの施設ではDabigatran 300mgの群よりも少ないという結果になりました。どのようなグラフを作るかで印象は変わり、嘘ではなくても虚血性も出血性も含むことであたかも脳塞栓症が減ったかのような印象を作ることは可能です。

プレゼンする側の意図に左右されずにデータを見る力が必要です。

この図1を見ていてふと気づいたことがあります。Dabigatran 220mg群の虚血性脳卒中/全身性塞栓症もTTRが高くなるにつれて低下しているように見えることです。Dabigatran群では容量調節をしない訳ですから、ワーファリンの様にコントロールの上手い下手が入る余地はありません。では何故TTRの高い施設ではDabigatranの成績もよくなるのでしょうか?

ワーファリンのコントロールが良い施設では服薬アドヒアランスが高いからでしょうか。であれば医師の説明や看護介入・薬剤師の介入で虚血性脳卒中/全身性塞栓症が減らせるのかもしれません。医療者の力で減らせるのならなんて素敵なのだろうかと考えます。

ただ服薬アドヒアランスだけの問題なのかどうかはわかりません。施設のTTRの値を規定している因子はただ一つ地域だったそうです。図2にTTRの高い順に並べた各国のTTRのグラフを示しました。コントロールの良い上位の国には北欧・北米の国が並びます。一方、下位の国にはアジア・南米の国が並びます。日本は残念ながら下位グループです。

高血圧や糖尿病の管理、地域の衛生状態や、教育水準など様々な要素がこうした結果と関係しているかもしれません。簡単ではないかもしれませんがこうした要素は人間の力で改善できるものばかりです。薬剤の効果だけではなく、成績をさらに向上するプラスアルファを見つけて、医師だけではなく薬剤師や看護師といった医療者や地域の力でさらに良い成績を目指したいものです。

2015年6月1日月曜日

私の目指す心房細動患者に対する抗凝固療法 Anticoagulation at minimum bleeding risk for Atrial Fibrillation(5)  添付文書記載の用法容量は全ての患者にとって正しいのか?

 ワーファリンによる良くコントロールされた抗凝固療法では、虚血性脳卒中/全身性塞栓症抑制効果は、Dabigatranの高容量よりも優れると書きました。しかし、脳出血の発症に関してはどんなにTTRを高めても減少しないので、Anticoagulation at minimum bleeding riskということを目標にするのであればワーファリンは勝者にはなり得ないと私なりに結論しました。

虚血性脳卒中の減少を第一のゴールとするのか、ある程度の虚血性脳卒中が残ったとしても頭蓋内出血を最小にするのをゴールとするのか目標を明確にしておかなければ治療の混乱は避けられません。

図1は2015年3月に開催された日本脳卒中学会で発表されたRivaroxabanの市販後調査(PMS)の結果です。同じRivaroxabanを使用したJ-ROCKET AF試験よりも重大出血は減少し、虚血性脳卒中の発生は同程度でした。総死亡も減少しています。J-ROCKET AFに参加された「一流」の施設での結果よりもPMSの方が良い結果であったのです。

しかしながら、日経メディカルの記事などでは、過去に梗塞や一過性脳虚血発作があった虚血性脳卒中のハイリスク群ではJ-ROCKET AFで1.10%の虚血性脳卒中の発生であったものがPMSでは2%と増加しており、不適切に減量した投与量が問題だと指摘されていました。減量した10㎎の処方を受けた患者の中にもクレアチニンクリアランスが50l/minを超える患者が多数含まれているから不適切な減量で、それ故にハイリスク群で虚血性脳卒中が増えたのではないかという指摘です。

虚血性脳卒中の減少を第一の目標にするのであれば良好なワーファリンコントロールを目指せばよいことで何も高価なNOACを処方する理由はありません。現場の医師は虚血性脳卒中が減少すれば出血をしても構わないとは考えていないのです。

図2は10㎎を処方された患者と15㎎を処方された患者の臨床像です。クレアチニンクリアランスが50l/minを超える患者がいたとしても、10㎎を処方された群では75歳以上の患者が多く、低体重患者が多く、HAS BLEDスコアの高い患者が多いという結果です。添付文書通りに処方せずに高齢や低体重や出血リスクを見て患者を守ろうとして減量している姿が見えます。日本の現場の医師は教条主義に染まらずに患者を診て、真剣に考えて処方されていると感じました。捨てたものではないと思います。

実は、私は日本の医師は大丈夫なのかと心配していました。最初のDabigatranでも2剤目のRivaroxabanでも4剤目のEdoxabanでも市販後最初の1年で脳出血死は発生しました。その中にはクレアチニンや体重すら測定されていなかった患者さんが含まれていました。頭蓋内出血という生命に関わる問題を起こしかねない薬剤にもかかわらず何も注意を払わずに処方する医師がNOACの市販後何年も経過しているのにまだ存在することが明らかになったわけです。

そんな医師が存在することも事実ですが、RivaroxabanのこのPMSの結果を見て多くの日本の医師はまともだったと安心しました。私が繰り返しAnticoagulation at Minimum Bleeding Riskと言わなくても既に多くの先生はその概念で患者を守っておられたのです。かつて多くの薬剤の添付文書の用法用量には患者の年齢や体重、腎機能を見て用量を加減しなさいと記載されていました。NOACにはそんな記載はありません。

NOACの講演会では添付文書通りに処方せずに勝手に減量して虚血性脳卒中が発生したら、その医師の責任だぞ等と言われる演者もいます。体重80㎏の患者群で検討された処方量では不安だと考え、患者を診て、安全を優先して考え、処方された先生が悪いのでしょうか?低用量のデータはないのだからエビデンスのある高容量を一律に使うのがEBMだというのは間違ったEBMだと思えてなりません。演者をされる先生の多くはJ-ROCHET AFに参加された施設の先生です。そのJ-ROCKET AFよりもハイリスク患者を除けばより良い成績を出した巷の先生方の結果をこそ活かすべきだと私は思います。すでに多くの現場の先生は添付文書記載の用法容量を支持していない現実を見つめるべきであろうと考えます。

NOACであっても、あるいは虚血性脳卒中を減らす効果よりも頭蓋内出血を減少させることが期待されるNOACであるからこそ、更に虚血性脳卒中を減少させることを追求して出血を増やすよりもAnticoagulation at Minimum Bleeding Riskの概念が重要だと思っています。