2018年3月4日日曜日

適切なPCI、不適切なPCI。FFRを追加することで山本病院事件は防げるのか?

この方は冠攣縮性狭心症でカルシウム拮抗剤で安定していた方です。安定していると検査もおろそかになりがちです。症状もない、負荷心電図も陰性でしたがふと思い立って3年ぶりに冠動脈CTで評価しました(図1)。無症候でしたが右冠動脈に高度狭窄を認めます。この時点でのLDLは130mg/dlでしたがその前の採血結果は96㎎/dlでした。

このようにほとんど狭窄のなかった冠攣縮性狭心症の方で経過のうちに器質的な狭窄が生じることがあります。図2は冠動脈造影です。#3は99%delayでした。

完全閉塞になる前に見つけることができ、PCIできれいになってよかったと思っていますがこの方のPCIは適切だったでしょうか?

図1 冠動脈CT
2018年4月から原則としてPCIを実施する場合には機能評価が求められます。この方のPCIを実施した時にはFFRの実施が求められるようになりそうだとの情報はありましたが、その詳細は決まっていませんでした。複雑な形態の狭窄でしたので通常のワイヤークロスも多少苦労しました。こんなケースでFFRのワイヤーでクロスを試みたらうまくクロスできないだろうし、通常のワイヤーでクロスし、マイクロカテーテルでFFRのワイヤーに置き換えて検査するとなったら面倒だし余計な医療費もかかってしまうと考えていました。

4月からの機能評価の詳細が決まり、75%狭窄の場合には原則機能評価が求められるものの90%狭窄では必ずしも求められないとのことです。このようなケースではしなくても良いと分かり少し安心しました。

FFRを測定し、虚血の存在を確認してPCIをすることで日本の不適切なPCIは減少するでしょうか?

2009年に発覚した山本病院事件では、狭窄のない冠動脈にステント植込みを行ったり、ステント植込みもしていないのにステント植込みをしたと不正請求されていました。実施医が狭窄があると偽れば通ってしまっていたのです。今回の改正でも90%狭窄であれば機能評価は求められません。悪意のある実施医が90%狭窄であったと言えばよい訳ですから、今回の改定では山本病院事件は防げないのです。かつてPCIは75%狭窄のある方が対象だと決められた時に同時に冠動脈造影写真を添付しなさいと求められました。それ以後、私は症状詳記には冠動脈造影写真を添付してきましたが、最近は添付していません。なぜなら鹿児島県の審査委員会から写真を添えられても分からないから添えなくてよい、邪魔だから添付するなと言われたからです。他県のことはわかりませんが、山本病院事件の舞台になった奈良県でも造影写真をチェックしておれば事件は起きなかったと思います。審査する能力がない医師によって審査される状況が続く限り、FFRによる機能評価が求められても不適切なPCIは減少しないだろうとほぼ確信しています。
図2 PCI前

FFRによる機能評価を求めることに異議はありませんが、審査の質をあげない限り不適切なPCIは減少せず、FFRが追加されることで医療費が逆に膨らむのではないかと危惧しています。

2018年2月27日火曜日

通院を止めてしまう心房細動患者はどんな人たちなのか? 高齢者のアドヒアランスの問題

 2011年に心房細動に対する抗凝固薬としてDabigatranが発売されて以後、従来のワーファリンによる治療を継続すべきか、新しい薬剤に飛びつくべきなのかを考えてきました。Dabigatran発売から1年がそろそろ経過し、長期処方が可能になる頃に、決断のために当時、鹿屋ハートセンターで心房細動でワーファリンを処方していた患者さんをリストアップしました。240例です。

経過をみていると色々なことが見えてきました。年々、腎機能は低下してゆくことや、この腎機能低下は心不全を持つ人により顕著であるとかです。

今回は内服の継続についてみてみました。上段の図は2年後、4年後に通院を継続していた方の数です。

2年間の脱落は亡くなった9例を除けば231人中8人で3.5%でした。2年間の脱落が3.5%は結構自慢できるフォロー率だと思います。

しかし、2年後から4年後までの脱落は生存している方で見れば218人中48人(22%)と急増していました。

私のことが気に食わなければもっと早くに脱落してもよさそうなものですがなぜ2年もちゃんと通ったのに脱落したのでしょうか?

下の図は年齢別に見た脱落率です。60歳未満の方の4年で見た脱落率は生存者で見れば4年間で22人中2人(9%)、60歳から75歳までの方で見れば60人中12人(20%)、75歳以上では120人中42人(33%)でした。高齢になるほど脱落率が高いという結果でした。

痛ければ痛みどめがほしいと思いますが、心房細動の方は痛くもかゆくもないのに内服を続けます。将来のイベントを防ぐためという自覚のもとに内服を続けます。私は心房細動の方で内服を続けないのはそうした予防のための自覚がない方だろうと思っていました。

鹿屋ハートセンターでは予定の日に受診されない方に今日は受診日でしたがどうされましたかと電話を入れています。電話を入れても電話にも出ない方もおられるので全員の脱落理由は分かりませんが、「免許を返納したので通院できない」、「足が弱ったので通院がつらい」、「認知症で施設に入所した」等と言う理由がほとんどでした。無理解で脱落するのではなく年齢による通院困難が多くの理由でした。これだと無理解で内服を止めそれで発症した脳塞栓症だから自業自得だとは言えません。

高齢者の通院からの脱落は診察室での説明だけでは解決できません。家族や社会のサポートが必要です。

2012年に75歳以上であった方ですから4年後はほとんどの方が80歳以上です。高齢者の脳塞栓症を防ぐための内服継続を実現するためにはこの80歳の壁を越える工夫が必要です。

2018年2月25日日曜日

左室内血栓に対する抗凝固療法 EBMって窮屈だと思う

図1 初診時ECG

図2 心エコーでの血栓像
 10年ほど前の初診の方です。受診の理由は心電図異常を指摘されたからです。症状はありません。心エコーで中隔肥大を認め心尖部は瘤状にDyskinesisでした。お近くの循環器の開業医にフォローをお願いしていました。

10年近く経て、また来られました。カテーテル検査を勧められた由で本当に必要かと意見を求められました。その時の心エコーが図2です。以前のDyskinesisであった心尖部に丸い血栓像を認めます。

図3はCTでみた左室です。当然ですが心尖部に血栓像を認めます。冠動脈には狭窄を認めませんでした。カテーテル検査はしなくても良いとお話ししました。

図3 CTでの血栓像
ただ左室心尖部の血栓が原因で脳塞栓を起こさないように抗凝固療法が必要だと説明しました。抗凝固療法ですが、非弁膜症性心房細動以外にXa阻害剤は適応はありません。厚生労働省が認可した用法用量を順守すればワーファリンによる抗凝固療法しか選択肢はありません。ワーファリンと同じような抗凝固の効果が得られ、出血のリスクの少ないXa阻害剤の方が良いと考えこの方にはEdoxabanを処方しました。

3月後の評価で心尖部の血栓は完全に消失しその間に塞栓症のエピソードもありませんでした。

比較試験が実施された心房細動患者や静脈血栓症に対するXa阻害剤は認められてもこのケースではXa阻害剤の使用は認められません。Evidence based medicine(EBM)は科学的根拠に基づく医療とよく翻訳されます。実際には統計学的根拠に基づく医療です。機械弁の入っていない心内血栓に対するXa阻害剤の効果を検証した統計学的なデータはなくても科学的な根拠がない訳ではありません。

そんなに多くないこのようなケースでXa阻害剤が有効で安全であると統計的に証明する研究など未来永劫実施されるはずはありません。

教条主義的に統計的な裏付けがある治療しかしてはならないというのではレアケースの治療は前進するのでしょうか。EBMを否定しようとは思いませんが、EBM一神教のような医療のありようは窮屈で仕方がありません。いつかこのようなケースに対するXa阻害剤の使用も公知の治療として認められるとよいのですが…

2018年2月20日火曜日

彼を知り己を知れば百戦殆うからず 急性心筋梗塞に対する治療戦略

Fig. 1 入院時心電図

 昨日、CT検査を先行させた急性心筋梗塞のケースをブログにあげましたが、そういえば以前にもCTを先行させたケースがあったことを思い出しました。

午前1時位に胸痛があり午前2時前に救急車で来院されました。Fig. 1は受診時の心電図です。誰がどう見ても前壁梗塞です。ではなぜすぐに冠動脈造影をしなかったかと言えば左右の上肢に著明な血圧の左右差があったからです。

胸背部痛で救急搬送される方の血圧の左右差は救急隊員が必ずチェックして連れてこられます。救急隊員の第一印象は大動脈解離でした。明らかな前壁梗塞と血圧の左右差です。

大動脈解離に伴う急性心筋梗塞はほぼ右冠動脈の閉塞ですが、前壁梗塞も絶対ないとは言い切れません。心筋梗塞を伴う大動脈解離であればよほど特殊な状況でない限り緊急手術です。このため心電図だけを信じないで大動脈の評価を先行させたのです。

Fig. 2 緊急CT
Fig.2は先行させたCTです。
図には示しませんが大動脈解離はありませんでした。図に示すように左の鎖骨下動脈の閉塞でした。大動脈解離がないことが分かれば安心して心筋梗塞に向き合えます。

Fig. 3は初回造影です。左冠動脈前下行枝の近位部の99%狭窄でステント植込みを行い、その後は順調に経過しました。この方の場合、発症からステント植込みまでおよそ2時間20分、Door to Balloon時間はCTに寄り道したにもかかわらず70分程でした。

この方も昨日のケースと同様に初回の心エコーではAkinesisであった前壁は退院時には正常壁運動になっていました。

血圧の左右差のある急性心筋梗塞といった特殊な状況にあるケースでは間違いなくCTを先行させた方が良いと考えます。
Fig. 3 緊急CAG

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」です。

2018年2月19日月曜日

兵は拙速を尊ぶ? 急性心筋梗塞に対する治療戦略

Fig. 1 初診時心電図
Fig. 2 安定期心電図
久々の症例に関する投稿です。午前7時前に救急受診された40歳代の方です。主訴は胸痛です。胸痛のために覚醒し救急車を呼ばれました。Fig. 1が初診時の心電図です。右脚ブロックで少しV1-3でSTが上昇しています。もちろん急性心筋梗塞の可能性を第一に考えましたがこのような心電図の方は検診でブルガダ症候群の疑いと言われて再検査に来られる方でよく見る心電図です。また左の胸痛でしたが訴えのある部位に圧痛があるとも言われました。圧痛があれば心筋梗塞らしくないなとも考えました。何はともあれ冠動脈造影をしてしまえば答えが出る訳ですから冠動脈造影をしようかとも考えましたが、気胸や大動脈解離、心外膜炎などに対してでも心筋梗塞を疑って 若い頃は緊急冠動脈造影を何度もしたきたことに対する反省や圧痛の存在のためすぐに冠動脈造影をせずに違うアプローチをしてみました。

冠動脈CTです。急性心筋梗塞だと思えばCT検査は時間をロスするだけですからCTを先行させるなどということは過去に考えたこともなかったのですが今回はCTを先行させました。Fig. 3がCT像です。高位側壁枝が閉塞していました。また図には示しませんがエコーで側壁はakinesisでした。

この状態を見ればもう様子を見るという選択はありません。引き続き冠動脈造影を行い、血栓像を伴う高位側壁枝にステント植込みを行いました。

CTという寄り道をしたためにDoor to balloon時間は2時間50分になりました。Peak CPKは3000を超えました。

Fig. 2は数日後に安定している状態で撮った心電図です。やはり前胸部誘導は少しSTが上昇しています。おそらく普段からこのような形の心電図なのだろうと思います。

Fig. 3 初診時CT
40年近く、急性心筋梗塞の診療に携わってきた私ですが、心電図で急性心筋梗塞と診断するのが難しいケースが存在すると改めて思います。

Fig. 2の心電図と同日にみた心エコーでは壁運動異常は消失していました。CPKは上昇したものの壁運動異常のない状態で退院できましたから寄り道も許されるのではないかと思います。

Fig. 4 初回CAG
30年ほど前、湘南のある病院で勤務を始めました。非常に教育的な病院で心窩部痛の訴えの患者に対して全例で直腸指診までして問診、理学所見、血液データを添えて上級医にコンサルするというスタイルでした。真面目な病院で心から感心しました。しかしある日、救急外来を担当するレジデントから胸痛の方ですとコンサルを受け、やはり直腸診までして、CPKが上昇しているので急性心筋梗塞と思いますと言われた時に、お前はバカかとひどく叱ったことを思い出します。そんな検査をしている間に心筋壊死が進むわけですから検査結果など待たずにすぐに患者を回せと叱ったのです。基本、急性心筋梗塞の対する戦略は「兵は拙速を尊ぶ」です。

診療報酬も「兵は拙速を尊ぶ」の考えが基本でDoor to Balloon時間が短ければより多くの報酬を医療機関は得ます。

この方の場合、急性冠症候群であったわけですから、「兵は拙速を尊ぶ」の考え方で良かったとも思いますが、結果として心筋壊死を最小にできた訳ですから十分に相手を知ったうえで対処する「彼を知り己を知れば百戦危からず」の戦略もありだったとも思います。

この先も診療する急性心筋梗塞に対してCTを先行させるなどということはまずないでしょうが、すべてがマニュアル通りに進み、何も考えないという形ではなく臨機応変もありだと今回のケースで考えました。

※ このブログに掲載するのあたって掲載の許可をご本人から受けております。

2017年10月27日金曜日

議会制民主主義が現在でも最善の民主主義を体現する制度とはとても思えない! 2017年総選挙をみて

1年以上、ブログを書くのをやめていました。NET疲れ、SNS疲れです。別に私が書いたブログが炎上したわけではないのですが、SNSを見ていると疲れるのです。ネットを信じていた私がネットに疲れるのです。

例えば、全国放送が反日製作会社に乗っ取られて偏向報道をしているというフェイクニュース(これを拡散した国会議員が誤りを認めて謝罪した)などがシェアされ、友人がそれにいいね!などしていると見てられないと感じます。SNSで拡散される情報が検証もされずに広まっていくことに恐怖すら感じます。

しかし、2017.10.22投開票の総選挙をみていて考えた事を文章にしてみようと思いました。

テーマはいつまで「議会制民主主義」を制度として維持していくのかです。

古代ギリシャのような直接民主主義は、膨大な人口を抱えるコミュニティーでは無理だというのがコンセンサスでした。だからこそ一部の人に代議してもらうわけです。日本の議会は1890年(明治23年)の第1回帝国議会から始まります。しかし1928年の日本の普通選挙開始までは一部の納税者の代表が参政権を持つにすぎませんでした。またこの当時の普通選挙には女性は含まれません。女性も男性と同様に参政権を得たのは戦後のことです。このように制限された参政権の下での議会はある一部の人たちの代表に過ぎず、その人たちによる立法、予算決定機関にすぎなかったように思えます。議会で決めたことだから民主的な決定だとはとても言えない時代があったわけです。。

では男女の別なく25歳以上で立候補でき、18歳以上であればだれでも投票できる現在の制度で選ばれた国会議員で構成される国会は国民の意見を正しく反映し代議しているのでしょうか?その決定は民主的な決定だから絶対だと現行の制度では言えるのでしょうか?
私が住む鹿屋市は衆議院選挙では鹿児島県4区でした。立候補したのは自民党現職と社民党新人の二人でした。例えば憲法改正には賛成だけれども原発再稼働には反対だという人にとっては選びようがない選択肢です。より多くの共感できる点を選んで投票はしたものの立候補者の主張をすべて支持したわけではない訳ですから、勝利したからといってすべての主張に信任を得たといって欲しくないと思います。こうした不満を抱えた投票を余儀なくされるのは鹿屋だけではない筈です。議会制民主主義あるいは政党政治では議員や政党に限りがある訳ですからすべての政策を是とする政党もすべての政策を否とする政党もほぼ存在しません。この政党の政策全てに賛成だという人やすべてに反対だという人はよほど偏っているのだろうと思います。議会制民主主義が絶対であれば一致点がないことも我慢しなければならないのでしょうか?

少数の国会議員を選ぶのに政党を基準に考えてもすべてを支持することはできません。一方、人物で選ぶといっても候補がどんな人か知る由もありません。まして安保法制に反対だといっていた人が賛成に変えましたといって立候補するようであればそんな人物を支持できる筈もありません。これは「希望の党」に鞍替えした「民進党」の人だけに当てはまるだけではなく自民党所属議員であっても声高にTPP反対だといっていた人が気がつけば賛成だといい始めた等という例はあるので変節は珍しくもありません。政党政治であれば主張も政党の支配のもとに変る訳ですから人物でも選びようがないのです。

安倍一強を倒すために大きな塊を作るのだという話がありましたが何を寝ぼけているのだと感じます。なぜ安倍一強を倒さなければならないのか、憲法違反の安保法制を強行したからでしょうか、憲法改正を意図しているからでしょうか?では安倍一強を倒すための塊を作るためならば憲法改正も安保法制も認めましょうなどといい始めれば、倒す目的すら失った本末転倒と言わざるを得ません。こんなことを言い始めた民進党代表の見識を心底疑います。希望の党の支持が急速に失速したのは、「排除」発言があったからではなく、変節漢を排除せず受け入れたからではないかと思っています。だからこそ主張を変え、党を変えた人が落選したことを当然だと感じ、主張を変えたにもかかわらず当選した希望の党の民進党を離党した創設メンバーに嫌悪感を感じます。

なぜこのように変節してまで当選したいのでしょうか。それは国会議員が選ばれた人だからではないかと思います。選ばれ立法権をもち、予算の決定権という権力を得るからです。私たちは選挙で私たちに代わって議論してくれる人を選んだつもりで権力者を選んでしまっているのではないか、これが議会制民主主義のの最大の問題ではないかと思います。

日本全国から東京に集まるのが困難であった時代、情報を共有するのも困難であった時代、今ほどに教育環境が整っていない時代に作られた現在の制度は50年後も100年後も民意を反映する最善のシステムなのでしょうか?政策ごとに国民が意思表示できるシステムがあってもすべてを委ねるには躊躇われる国会議員に議決を任せてなくてはいけないのでしょうか?

法案もネットで閲覧でき、意見もネットで発信できる時代に、この議会制民主主義や政党政治が最善であり続ける筈がないと思います。国会議員が議論のきっかけを作り、最終的な議決はネットで国民がすればよいのではないかと感じます。おそらく存在するであろう技術的な問題を克服するために何十年も要するはずはありません。ネット時代の直接民主主義を作り上げると決めれば10年以内に技術的な問題は克服でき、実現できるのではないかと思います。また国民投票的なネット投票で議決するようなシステムは衆愚政治に陥るリスクがあるという議論も存在するでしょうが、主張を簡単に変える変節漢に権力を委ねるよりよほどましなように私には思えます。しかしながらネットの発達でおそらく可能になるであろうネット時代の直接民主主義、あるいは多人数の議決権をもった国民による大規模な間接民主主義は、立法権や予算決定権を持つ現在の国会で決定されなければならない訳ですから自らの既得権を失う制度改正を行うはずもありません。ネットのなかった時代に便宜的に始められた議会制民主主義は技術的に可能な時代の直接民主主義を制限する足枷であるように思えてなりません。ネットのなかった時代の遺物たる議会制民主主義に縛られる憂鬱はいつまで続くのでしょう?

#希望の党の失速
#議会制民主主義の問題
#ネット民主主義

2016年6月20日月曜日

新規抗凝固薬を最近はDOACと呼ぶ人が増えましたが、私は反対です。

6/23に鹿屋での講演、9月初めには全国の先生を対象にしたWeb講演を予定しています。テーマは相変わらず心房細動に対する抗凝固療法です。この講演のためにスライドを作っていて、ふと思いました。NOACと呼ばれていた新規抗凝固薬を最近はDOACと呼ぶ先生が増えてきたことに関してです。発売されて5年にもなるのでいつまでも新規ではないだろうとのことで
Novel Oral AntiCoagulantsではなくNon-Vitamin K antagonist Oral AntiCoagulantsでNOACで良いではないかという人が存在する一方で、もう新規ではないのだからDirect Oral AntiCoagulantsでDOACと呼ぼうというのです。 国際血栓止血学会が提唱しているそうです。

折角、名前が普及して認知されてきたのにわざわざ名前を変える必要が分かりません。「新一」さんがいるとします。お前も年をとってきたからこれからは「旧一」と呼ぶぞというのも変な話ですし、「新井」も年をとってきたからこれからは「古井」だというのも変な話です。名前は安易に変えるべきではないと思います。NOACというのは頭文字をとった略語ではなく名前だと思えばよい話だと思うのですが、誰か新たに名前を付けたい人がいるのだと思います。

きっと正確な略称が適切なのだと言うのでしょうが、Direct Oral AntiCoagulantsは正しいのでしょうか?何がDirectなのか意味が分かりません。正確にすべきだというのならDabigatranはDirect Oral Thrombin Inhibitorだろうと思いますし、Rivaroxaban、Apixaban、EdoxabanはDirect Oral Xa inhibitorにすればよいではないかと思います。ARB(Angiotensin II Receptor Brocker) と呼べば理解しやすいものをDirect antihypertensiveと呼べば訳が分からなくなるのと同じことです。

DOACという呼び名を使う先生が増えてきましたが、私はこうした国際血栓止血学会の提唱するこの呼び名に以上の理由から反対です。