Sunday, February 19, 2012

安易な「ICU症候群」という判断は危険です。

90歳近い女性です。2/17 深夜0時に胸痛を伴う呼吸苦で救急受診されました。起坐呼吸です。23時前から、おかしなことを言い始めていたそうです。過去に胸痛の訴えはないとご家族は言われます。

来院時の心電図は左脚ブロックで、酸素投与下で酸素飽和度は88%でした。胸痛を伴う心不全ですから虚血性に違いはありません。急性心筋梗塞による急性の心不全で起坐呼吸であれば、フラットに寝て頂き、緊急カテも辞さないのですがそうなればきっと気管内挿管をして人工呼吸器装着下のカテになります。緊急カテをどうするか悩みましたが、高齢でもあり経過を見ることとしました。もちろん利尿剤や血管拡張剤の投与など心不全の治療をした上です。

その結果、朝にはケロッとされ、来院から8時間後の採血ではCPKの僅かな上昇があるもののASTやLDHの上昇は認めません。やはり、急性の虚血はあるものの急性心筋梗塞ではない病態との判断で間違いがなかったようです。午後に冠動脈造影を行った結果が図です。右冠動脈#3と左冠動脈回旋枝入口部の完全閉塞を認め、左冠動脈前下行枝入口部にも90%狭窄も認めます。前下行枝による虚血で全心臓虚血の状態になり急性の心不全になったものと判断しました。前下行枝の閉塞は致死的ですので前下行枝に対してステント植込みを行いました。

2/17の夜は穏やかに過ごされましたが、2/18の朝になって急におかしなことを言い始めました。看護師さんの記録によれば「ICUシンドローム」の評価です。この時点で私は、心不全の再度の悪化を心配していました。左冠動脈主幹部が原因の急性心筋梗塞や、この方のように重症3枝病変による心不全の時の不穏や精神錯乱は心臓由来のことが多いからです。気にかけていたところ、夕方には酸素飽和度が低下し、再度、起坐呼吸になったために挿管し、人工呼吸管理にしました。そして今朝です。昨夕はFiO2: 100%で始めたものがみるみると呼吸状態は改善し、今はFiO2: 30%で維持可能です。急性の心不全が襲ってはすぐにおさまりという病態を繰り返します。今回拡張した前下行枝以外の2枝の完全閉塞が引き起こす虚血に加え、腎動脈にも問題があるかもしれません。閉塞した冠動脈や腎動脈に対するアプローチが今後の課題です。

今回のブログで書きたいことは「ICU症候群」です。重症心疾患の患者さんももちろん「ICU症候群」と呼ばれる拘禁状態に起因する精神症状を発現することはあり得ます。この判断が妥当であれば、拘禁状態からの解放や薬剤によるセデーションが正しい対処かもしれません。しかし、心不全由来の症状にも拘らず、監視を緩めたり、薬剤で症状をマスクしたりすると心不全に対する対処が遅れてしまいます、その対処の遅れが、重症心疾患の場合、致命的になりかねません。心疾患の方の予期しない精神の錯乱に関しては心疾患の悪化を第一に疑うべきであると思っています。特に左冠動脈主幹部病変がらみの方の不穏は、その病変由来の虚血であることが少なくなく、血行動態の破綻や、心電図変化に先行して現れる印象です。少し勇気の必要な判断ですが、主幹部病変が関与する方の不穏は緊急カテの適応だというくらいの認識を持っています。

30年を超える医師のキャリアの中で、こうした心臓の状態の悪化による精神の錯乱を「ICU症候群」と捉えたために心臓に対する対処が遅れたり、死に至ったケースを見てきました。経験の少ないナースだけではなく集中治療に精通したナースでも時に「ICU症候群」と間違って判断することがあります。安易な「ICU症候群」・「ICUシンドローム」という判断は危険だという認識をスタッフ全員で共有しなければなりません。

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