図の下段は、今はもうなくなった10%キシロカインです。私が医師になった昭和54年当時は、この写真のように点滴専用とも書いていませんでした。急性心筋梗塞の急性期などの心室性期外収縮が頻発する時期に持続点滴としてよく使用しました。10%溶液で10mlですから1000㎎入っています。上段は2%キシロカインで静注用です。これは一時的に使うもので体重あたり1㎎程度を静注します。ですから50㎏の人には1/2A(半筒)の2.5ml(50㎎)を静注します。この2%の製剤と10%の製剤があるために、多くの悲劇が起きました。最初に勤務した病院でも、次に勤務した病院でも、その次に勤務した病院でも、キシロカイン1/2Aとの指示を受けて、10%のアンプルの半分500㎎を静注される事故が起きました。医師の指示を受けて看護師が静注したケースも見ましたし、医師自身がこの間違った量を静注したケースも見ました。通常量の10倍量の投与です。ほとんどの患者さんはこの500㎎を投与されるとけいれんを起こし、血圧低下や致死的不整脈を起こして死に至ります。
こうした事故が発生するのはそこに10%キシロカインが存在したからです。そこに2種類の同じ名前のアンプルがあればミスは発生します。一方、そこに1種類しか存在しなければ間違いは起こしようがありません。「人はみな間違える」 " To err is Human"です。この考え方を基本として間違いがないようにシステムを構築することが患者さんの安全に繋がります。3番目に勤務した病院では、10%キシロカインを院内から追放しようと提案しました。しかし、その時、この提案は実現しませんでした。2%キシロカインを複数、シリンジポンプに入れて持続投与すると、10%キシロカインよりも薬価が高くなるので保険ではねられるというのが薬剤部からの反対の理由でした。まだ、権限もなかった私には反対を覆すことはことはできませんでしたが、救急外来と循環器病棟には10%キシロカインは置かない、ICUでは十分な管理のもとで在庫するということで合意できました。
その後、同じような事故を受けて10%キシロカインは2005年に販売中止となりました。"To err is Human"という考え方が一般的になり、その上で事故をどう防ぐかという議論から、当然のように無いものを誤って使うことはできない訳ですから、注意して使うのではなく存在をなくすことで完全にこの10%キシロカインの事故をなくすことができるようになりました。
"To err is Human."という考え方はこのように一般的になりましたが、今、心配していることは"To lie is Human."です。10%キシロカインの誤投与の時にも、自らを守るために、あるいは自らの失敗を受け入れたくないために、10%キシロカインのアンプルがあるにもかかわらず、「間違いなく2%キシロカインを静注した」だとか、「自分は看護師に2%キシロカインを静注しろと命じた」と事実と反することを言う医師や看護師を見てきました。昔、ml単位でインスリンを投与していた時代、4単位の指示を誤って40単位投与した看護師がいました。意識不明になった患者を見て低血糖になった理由が分からずに対処に困っていた時に、誤投与した看護師はずっと誤投与したことを自覚していたにもかかわらず、自らを守ろうとしてなかなか本当のことを教えてくれませんでした。また、かつての同僚医師がそけいから静脈と動脈に1本ずつ入れたシーストランスデューサーが断裂し、先端が行方不明だと言ってきたことがあります。挿入されたシースに対してシースを突き刺したのだろうと聞いても、ワイヤーを2本別々に入れてから順次シースを挿入したのでシースを突き刺していないと彼は主張しました。このため何が起きているのか分からず、困ったことがあります。結局は抜いてきたシースに断裂したシースが突き刺さった状態で出てきたために同僚医師の嘘は証明されました。
医師も看護師も、自らを守るため、自らの過ちを認めたくないために嘘をつくことがあります。医療者だけでなく時に患者さんもご家族もうそをつくことがあります。この「さが」が解消されないと、いくら"To err is Human."という考えで事故を減らすシステム作りをしても、嘘がこの仕組みを台無しにしてしまいます。"To err is Human"という考え方に立って事故を減らすことは大切な考え方ですが"To lie is Human"はいただけません。うそをつかなくても済むシステム作りが不可欠です。
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