読書好きで知られた児玉清さんのお勧めで読んだ「レッドオクトーバーを追え」が、トム・クランシーの小説の読み始めだと記憶しています。最近のトム・クランシーの作品はマンネリかなと思うこともありますが、今も欠かさずに読んでいます。CIAの分析官であったジャック・ライアンはついには合衆国大統領になり、最新作の「Locked on」では再度の大統領選に挑んでいます。トム・クランシーの描く大統領は、毎朝、サマライズされた新聞を読みます。世界中の危機に対応する大統領が自ら複数の新聞を読んで重要な出来事を見つけ出すことはできません。補佐する部下が大統領が知っておくべき記事をまとめて読んでもらうのです。新聞だけではなく、大統領自らが情報を集め、分析し、重みづけし、その情報をもとに意思決定する訳ではありません。そんな時間の余裕はないのです。ですから、情報を取集するもの、分析するもの、重みづけするもの、大統領に報告するのをピックアップするもの、サマライズするものなどが必要になります。そしてようやく大統領の意思決定です。
これほどではなくても病院における意思決定も一人ではできません。年間に数百から数千のPCIを実施する施設では、一人のリーダーがすべての情報を収集し、分析・重みづけをし、意思決定するということは物理的に不可能です。病歴や家族の背景、身体所見や検査所見を看護師や検査技師・主治医が収集し、主治医が分析、重みづけをしたのちにリーダである部長の判断を仰ぐという形が一般的であろうと思います。その情報収集系に問題があればどんなに優れたリーダーであっても正しい意思決定はできません。
かつて大きな病院の循環器部長であった時に、経験したことです。失神を主訴に来院され安静時心電図でもST低下が著明であったケースを若い先生に主治医をお願いしました。たまたま気になってカンファレンスであの患者さんはどうなったのと尋ねたところ、胸部症状もなく精査の必要を感じなかったので帰しましたとのことでした。しかし、再度の受診時に調べたところ2枝の完全閉塞を含む3枝病変でした。危機的な状態の患者さんだったのです。情報収集や分析に問題があるとこのようなことが発生します。大病院の循環器部長時代にはこのように修正ができたケースだけではなく、修正できなかったケースも少なからずあっただろうと思います。
また、別の先生ですが非常に几帳面な先生でした。退院サマーリーには重大な冠動脈の狭窄にみならず、例えば第二対角枝の25%狭窄だとか、造影に使用したカテーテルが網羅されているだけではなく血液検査で問題がなかった血小板数やALP値など細かに記載されていました。このためサマリーの文字はリーディンググラスを使用しても読めないほど細かく、一生懸命に読んでも、何が重要なポイントであったかもわかりませんでした。なので退院時に部長としてサインする時にはもう読まずにサインするしかありませんでした。
情報収集ができないことも、情報を整理できないことも医療者としての大きな欠陥であると思っています。こうした情報収集能力・分析力、サマライズする能力を高めるために、1分間で患者さんの状態をプレゼンする練習などが看護師や医師には必要だと思っています。
鹿屋ハートセンターは小さな施設であり、すべての患者の情報収集は検査技師さんや看護師さんの手を借りるとはいえ基本的に一人で行っています。このため情報の収集系や意思の伝達系を効率的にすることを意識してきました。2011年3月31日付当ブログ「ネットワーク中心の医療や国政 迅速な情報収集、意思決定、実行のために」に記載した軍の概念であるC4Iに倣ったシステム構築です。一人で効率よく情報収集し、意思決定・実行を行うために、他の医師のフィルターを介した意思決定のミスを免れることができると思ってきました。しかし、このシステムも限界だなと思うこともあります。やはりいくら効率を追求しても一人でできるボリュームはそれほど大きくないということと、一人でも完結するシステムを完成させると他のスタッフが失敗しながらも成長するというような機会を奪っているのではないかということです。
効率の先にあるボリュームの大きな仕事と、非効率の中にあるトレーニングの成果との間で心が揺れます。やはり医療には効率化だけでは語れない手作業の部分が小さくありません。
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