国内の非弁膜症性心房細動患者のRegistryであるJ-Rhythm registryの新規抗凝固薬(NOAC)登場後の結果が今年の循環器学会で発表されました。学会には行けませんでしたが早速 Circulation Journalに論文化されていたので目を通しました。
Circ J 2016; 80: 843-851
結論は明白です。抗凝固薬を内服していない患者やワーファリンで抗凝固療法を実施している患者群と比べてNOACで抗凝固療法を行っている群では有意に血栓塞栓症・大出血・総死亡・心血管死を減らしていました。
またワーファリンで抗凝固している群では抗凝固療法を受けていない群と比較して総死亡・心血管氏を減らしているものの血栓塞栓症の減少は有意ではなく、大出血を増やしていました。
数年前から「ワーファリン派の私が考えるNOACの適正使用」というタイトルで多くの場所で講演させていただきましたが、もうワーファリン派であると言えない、言ってはいけないと結論しました。NOACが使える方にはNOACを使うべきだと断言します。
とはいえ、こうした結論に至ることは実はNOAC発売当初から予想していました。そしてNOACの普及に役立とうとするときに、ワーファリンの否定から論を展開して受け入れられるだろうかと考えていました。長く信じていたものを「悪」と否定されて新たな提案を受けても受け入れづらいものです。ですからワーファリンの果たしてきた役割を評価した上で更によい成績を目指そうという話が受け入れやすいのではないかと考えていたのです。そんな論調で良ければとメーカーとも打ち合わせをして作り上げたのが「ワーファリン派の私が考えるNOACの適正使用」という話でした。
しかし、もうワーファリンとの比較でNOACを語る段階は終わったと感じます。2016年3月10日付当ブログ「治験の目的は治療なんかじゃない」に書いたようにNOACのより良い使い方を考える段階に入ったと思っています。そしてそのテーマで考える一つの課題は抗血小板剤との併用です。上段の図に示したようにNOACであっても抗血小板剤の併用は危険です。早くにより良い使用法を確立したいものです。
2016年3月31日木曜日
2016年3月14日月曜日
手が語るもの、失った指が奏でるもの
私の生業である冠動脈のカテーテル治療ですが、もちろん「手」を使ってする仕事です。しかし、手の器用・不器用よりも大事なことは頭で考えることです。患者さんの状態の把握、冠動脈の評価、治療の要否、治療の戦略の構築、使用する道具の特性の理解、合併症発生時に慌てないためのシミュレーション等、頭で行う作業があって治療は成功に導かれます。ただ頭が重要だといっても「手」がどうでも良いわけではありません。カテーテル治療の分野にはそんなに「手」の動きに象徴的なものはありませんが、上手な手術医の「手」の動きをみると、その「手」から十分に準備された自信や、経験が垣間見えます。「手」から伝わるものが存在します。上段の図は「ゴースト ニューヨークの幻」のコインの場面です。ゴーストとなったサムの存在を信じられないモリーがサムが動かす1セントコインを見て存在を確信します。印象に残る「手」のシーンでした。
「手」のことをこんな風に考えたのは音楽座ミュージカル「泣かないで」を昨日3月13日に観てきたからです。誤診でハンセン病の病院に行くことになった「森田ミツ」が、誤診と分かった後も病院で働き続ける物語です。遠藤周作の「私が・棄てた・女」が原作です。
私は学生時代に岡山のハンセン病療養所 長島愛生園を訪ねたことがあります。治療の必要ない入園者は長屋のような居宅を持っておられ、そこで生活されていました。40年近く前です。「らい予防法」が廃止されるまでまだ20年が残されていました。自治会の役員の方のお住まいに泊めて頂き夕食を共にしました。夕食の副菜は覚えていませんが、アサリの味噌汁とご飯はよく覚えています。夕食用にと一緒に潮干狩りのように海岸でアサリを採ったのです。ハンセン病では指の感覚障害のために痛みを感じないことが多く気づかないままにおった外傷が原因で指が無くなってゆくことがあります。この自治会の方もそうでした。最初、お会いした時にはげんこつを握っているのかと思ったのですがよく見ると指が無くなりげんこつのようになっていたのです。その指のない手で熊手を使わずにアサリを採られるのでもっと傷つくと心配したものです。また、げんこつのような手で米をとぎ夕食とされました。翌日 帰る時に、「医者になってもまた来いよ」と声をかけてくださいました。感染することはまずないと当時も考えられていましたが、やはり感染を恐れて訪ねてきてくれたり夕食を共にする人は少ないのだと言っておられました。ことさらに指のない「手」を見せつけ、この「手」で作った飯を食えるのかと試されていたのだろうと感じました。言葉ではなく「手」で語っていたのです。
「泣かないで」には元ピアニストであった「森田ミツ」の同室者が登場します。包帯をはずし、ない筈の指を伸ばしピアノを奏でます。ない筈の指に何が込められているのでしょう。希望に満ちた過去でしょうか、失った未来でしょうか、舞台を見守る人一人一人がその指を観て何かを感じる大事なシーンです。私はこのシーンで長島愛生園でのアサリとご飯を思い出していました。
「医者になってもまた来いよ」と言われて40年近くが経過しました。まだ再訪していないことに後ろめたさを感じます。その頃の役員さんが生きているはずもありませんがやはり心に残ります。ただ鹿屋にもハンセン病の療養所 星塚敬愛園があります。演劇を通じて患者と医師との新たな関係を作れないかとお付き合いの始まった「音楽座ミュージカル」です。存在しない指が語る物語を、失った指が奏でる音楽を鹿屋で伝えられないかと妄想が止まりません。
ラベル:
演劇と医療のコラボ
2016年3月10日木曜日
治験の目的は治療なんかじゃない
大きな病院のスタッフとして働いていた頃にはほとんどTVドラマなど視なかったのですが最近は、少なからず視ています。図はフジテレビの「フラジャイル」です。病院に勤務する病理医が主人公です。
日本の医師、約30万人に対して病理医は2000人余りしかいません。術中迅速診断や、病理解剖を十分に行うには少なすぎる人数です。事実かどうか不明ですが、病理学会で病理医を主人公にした「月9」ドラマを作れば人気が出て病理医が増えるのではないかと議論があったそうです。しかし、地味な病理医を主役にした「月9」などとても無理だろうという結論になったそうです。病理学会でこんな議論をする筈もないので、酒の席での話でしょうか?
3/9の放送では武井咲が演ずる宮崎先生の幼なじみががん患者として登場しました。有効な治療法がない中で、治験薬を使って治療を受けたいという話です。長瀬智也演ずる岸先生は、宮崎先生に「治験の目的は治療なんかじゃない」と言います。
その通りです。
治験の目的は新たに開発された薬剤が安全で、なおかつ有効かを調べることです。この目的のために治験のプロトコールが作成されます。決して、最も有効な使い方を調べるという目的ではありません。
当ブログで、最も多くの記事を書いている新規抗凝固薬ですが、その用法・容量はほぼ治験時のプロトコールのままです。例えばダビガトランですが、1日150㎎の使用は治験時には調べられていないので、この用量での処方は用法・用量違反ということになります。この処方で脳梗塞が発生した場合、医師の責任が問われるという講演の演者もいます。しかし、2013年6月14日付当ブログ「プラザキサ 75㎎x2capで得られた十分な効果」に記載したように高齢の低体重の女性ではこの量の処方の方が安全な患者が間違いなく存在します。
アピキサバンの減量基準(年齢80歳以上、体重60㎏未満、クレアチニン15.㎎/dl以上のうち2つを満たす場合には減量する)もこの基準が最も安全だというエビデンスは存在しません。ただ治験の時にこのプロトコールを採用したというだけです。リバーロキサバンのクレアチニンクリアランスだけで減量するか否かを決めるのも同様です。オフラベルとされるエドキサバンの1日 15㎎の処方も高齢の低体重の女性では良い選択になるだろうとも考えます。治験にエントリーする時にはこの基準を守らないのは不適切ですが、実際の診療でも不適切なのかどうかは検証されていません。何故なら治験の目的は「患者を治療することではない」からです。
各薬剤の市販後調査ではこのため治験通りの減量基準ではなく、高齢者や低体重の患者には用法・用量よりも少ない量の処方が約30%行われていると言われています。患者を治療することを目的にする医師が考えた結果です。
最も早く市販されたダビガトランは市販後5年が経過しました。プロトコールを作成し、実際の患者エントリーを行い。経過を見て、審査を経て市販されて5年です。プロトコールはいつ作成されたのでしょうか?10年前でしょうか。そんな古い「治療を目的としない基準」に縛られて最善の効果を得ることはできるのでしょうか。講演で用法用量を守れというだけではなく、最善の投与法を提案することが、医師や学会の務めではないのかと思います。
ドラマの中で岸先生は「治験の目的は治療なんかじゃない」と言い放ちます。岸先生はこのドラマの中でいくつかのきめゼリフを使いますが、その中の一つを「治療を目的にしたわけではない基準」を守れという実際の先生方に贈りたいと思います。「あんたは、バカなのか!」
日本の医師、約30万人に対して病理医は2000人余りしかいません。術中迅速診断や、病理解剖を十分に行うには少なすぎる人数です。事実かどうか不明ですが、病理学会で病理医を主人公にした「月9」ドラマを作れば人気が出て病理医が増えるのではないかと議論があったそうです。しかし、地味な病理医を主役にした「月9」などとても無理だろうという結論になったそうです。病理学会でこんな議論をする筈もないので、酒の席での話でしょうか?
3/9の放送では武井咲が演ずる宮崎先生の幼なじみががん患者として登場しました。有効な治療法がない中で、治験薬を使って治療を受けたいという話です。長瀬智也演ずる岸先生は、宮崎先生に「治験の目的は治療なんかじゃない」と言います。
その通りです。
治験の目的は新たに開発された薬剤が安全で、なおかつ有効かを調べることです。この目的のために治験のプロトコールが作成されます。決して、最も有効な使い方を調べるという目的ではありません。
当ブログで、最も多くの記事を書いている新規抗凝固薬ですが、その用法・容量はほぼ治験時のプロトコールのままです。例えばダビガトランですが、1日150㎎の使用は治験時には調べられていないので、この用量での処方は用法・用量違反ということになります。この処方で脳梗塞が発生した場合、医師の責任が問われるという講演の演者もいます。しかし、2013年6月14日付当ブログ「プラザキサ 75㎎x2capで得られた十分な効果」に記載したように高齢の低体重の女性ではこの量の処方の方が安全な患者が間違いなく存在します。
アピキサバンの減量基準(年齢80歳以上、体重60㎏未満、クレアチニン15.㎎/dl以上のうち2つを満たす場合には減量する)もこの基準が最も安全だというエビデンスは存在しません。ただ治験の時にこのプロトコールを採用したというだけです。リバーロキサバンのクレアチニンクリアランスだけで減量するか否かを決めるのも同様です。オフラベルとされるエドキサバンの1日 15㎎の処方も高齢の低体重の女性では良い選択になるだろうとも考えます。治験にエントリーする時にはこの基準を守らないのは不適切ですが、実際の診療でも不適切なのかどうかは検証されていません。何故なら治験の目的は「患者を治療することではない」からです。
各薬剤の市販後調査ではこのため治験通りの減量基準ではなく、高齢者や低体重の患者には用法・用量よりも少ない量の処方が約30%行われていると言われています。患者を治療することを目的にする医師が考えた結果です。
最も早く市販されたダビガトランは市販後5年が経過しました。プロトコールを作成し、実際の患者エントリーを行い。経過を見て、審査を経て市販されて5年です。プロトコールはいつ作成されたのでしょうか?10年前でしょうか。そんな古い「治療を目的としない基準」に縛られて最善の効果を得ることはできるのでしょうか。講演で用法用量を守れというだけではなく、最善の投与法を提案することが、医師や学会の務めではないのかと思います。
ドラマの中で岸先生は「治験の目的は治療なんかじゃない」と言い放ちます。岸先生はこのドラマの中でいくつかのきめゼリフを使いますが、その中の一つを「治療を目的にしたわけではない基準」を守れという実際の先生方に贈りたいと思います。「あんたは、バカなのか!」
2016年1月11日月曜日
時代を画するもの、画期的とは? あるいは新たな世代とは?
昨日、2016年1月10日、福岡で開催された新しい薬剤溶出性ステントの発売記念の研究会に参加してきました。第3世代の薬剤溶出性ステントという触れ込みです。ステントのストラット厚は薄くなり今までの製品の中では最も薄いものです。また吸収されるポリマーを使用し、薬剤はabluminal側のみの塗布で内皮が早期にはりやすく長期成績の改善が期待されるとされています。
ではこの製品は第3世代なのでしょうか。私は3男で兄が二人います。次兄は長兄よりも背が高く、私は次兄よりも長身ですが3兄弟は同世代に決まっています。ステントストラット厚が薄くなったことだけで画期的とも新世代とも言えないように感じます。また吸収されるポリマーも片面のみに塗布された薬剤も今までにも存在したコンセプトです。既存の製品の改良がなされるたびに新たな世代という表現を使用していると冠動脈ステントの製品寿命を考えると5年後には第7世代とか第10世代と呼ばれるのでしょうか?10年後に第20世代のステント等という表現をしたら滑稽に違いありません。
冠動脈インターベンションの世界で画期的な変化は確かにありました。ステントのなかった時代とステント以後の時代では急性期の合併症の頻度が大きく変わりscaffoldという概念が時代を変えたと思います。画期的新製品です。このBare Metal stentの欠点であった再狭窄を劇的に減少させた薬剤溶出性ステントの登場も時代を画した製品の登場と位置付けられます。
第一世代の薬剤溶出性ステントは時代を画しましたが、欠点もありました。ポリマー由来の炎症の問題、いつまでも内皮がはらないことに起因する晩期の血栓症の問題です。これらの問題解決に投入された新しい薬剤溶出性ステントは時代を画すほどのものではなくても新し世代、第2世代の薬剤溶出性ステントと呼んでよいと構わないと思います。ポリマーの問題、長期に内皮がはらないことに対する問題解決の範囲内の解決で留まっていれば同世代の製品の改良と位置付けるのが正しいような気がします。
ステルス戦闘機は第5世代が中心となり、第6世代のコンセプトも固まりつつあるそうです。しかし、第3世代から第4世代の変化に明確な定義づけがあったわけではなくメーカーが営業戦略で勝手に名づけたとも言われています。ですから世代を規定するコンセプトがないままに第4.5世代ステルス戦闘機というのも存在します。定義がなければ各国で次々と開発されるステルス戦闘機に次々と第〇世代と名付けてゆくのでしょうか?
医師になって38年目です。現在の循環器診療は38年前と比較にならないほどに変化しました。時代は変わり急性心筋梗塞の分野でも安定狭心症の分野でも治療成績は格段に向上しました。しかし、今でも解決できない問題は残っており、それを解決するためのイノベーションを医師や研究者は意識して行わなければなりません。小さな改良のつみ重ねのみでも新たな時代の構築や世代の交代は実現できるかもしれませんが、小さな改良のみでも新たな時代と医師や研究者が考えているのであれば本当のイノベーションは起きないような気がします。
メーカーの販売戦略にのり安易に新世代だと飛びつくことには危惧を感じずにはおれません。医師として研究者として冷静に時代を画す努力を期待したいものです。
ではこの製品は第3世代なのでしょうか。私は3男で兄が二人います。次兄は長兄よりも背が高く、私は次兄よりも長身ですが3兄弟は同世代に決まっています。ステントストラット厚が薄くなったことだけで画期的とも新世代とも言えないように感じます。また吸収されるポリマーも片面のみに塗布された薬剤も今までにも存在したコンセプトです。既存の製品の改良がなされるたびに新たな世代という表現を使用していると冠動脈ステントの製品寿命を考えると5年後には第7世代とか第10世代と呼ばれるのでしょうか?10年後に第20世代のステント等という表現をしたら滑稽に違いありません。
冠動脈インターベンションの世界で画期的な変化は確かにありました。ステントのなかった時代とステント以後の時代では急性期の合併症の頻度が大きく変わりscaffoldという概念が時代を変えたと思います。画期的新製品です。このBare Metal stentの欠点であった再狭窄を劇的に減少させた薬剤溶出性ステントの登場も時代を画した製品の登場と位置付けられます。
第一世代の薬剤溶出性ステントは時代を画しましたが、欠点もありました。ポリマー由来の炎症の問題、いつまでも内皮がはらないことに起因する晩期の血栓症の問題です。これらの問題解決に投入された新しい薬剤溶出性ステントは時代を画すほどのものではなくても新し世代、第2世代の薬剤溶出性ステントと呼んでよいと構わないと思います。ポリマーの問題、長期に内皮がはらないことに対する問題解決の範囲内の解決で留まっていれば同世代の製品の改良と位置付けるのが正しいような気がします。
ステルス戦闘機は第5世代が中心となり、第6世代のコンセプトも固まりつつあるそうです。しかし、第3世代から第4世代の変化に明確な定義づけがあったわけではなくメーカーが営業戦略で勝手に名づけたとも言われています。ですから世代を規定するコンセプトがないままに第4.5世代ステルス戦闘機というのも存在します。定義がなければ各国で次々と開発されるステルス戦闘機に次々と第〇世代と名付けてゆくのでしょうか?
医師になって38年目です。現在の循環器診療は38年前と比較にならないほどに変化しました。時代は変わり急性心筋梗塞の分野でも安定狭心症の分野でも治療成績は格段に向上しました。しかし、今でも解決できない問題は残っており、それを解決するためのイノベーションを医師や研究者は意識して行わなければなりません。小さな改良のつみ重ねのみでも新たな時代の構築や世代の交代は実現できるかもしれませんが、小さな改良のみでも新たな時代と医師や研究者が考えているのであれば本当のイノベーションは起きないような気がします。
メーカーの販売戦略にのり安易に新世代だと飛びつくことには危惧を感じずにはおれません。医師として研究者として冷静に時代を画す努力を期待したいものです。
2015年12月13日日曜日
食料品に対する軽減税率の導入で1兆円の財源が必要って本当ですか?
本日のブログは医療とは直接関係ない話です。2017年からの10%への消費税増税で、低所得者への逆進性を少なくするために、あるいは重税感を和らげるために軽減税率の導入が与党である自民党・公明党で議論されていると連日報道されています。加工食品を含む外食以外の食品すべてに軽減税率を適応することで与党はほぼ一致したと報道されています。8%に据え置かれるために減少する1兆円の財源をどうするかということに議論の軸足が移っているようです。
10%の消費税を8%に据え置くことで1兆円も税収が減るのかと漠然と考えていました。しかし、ふと考えたのですが本当に1兆円なのでしょうか?
一般に消費税を1%上げると2兆円の税収増と言われています。確かに財務相のWeb siteのグラフをみても5%の消費税で税収は10兆円です。では8%から10%に2%消費税が増えることで増える税収は4兆円の筈ですから、このうち1兆円 25%が食料品なのかと食料品の割合が結構高いのだなとこれも漠然と感じていました。
そういえば消費支出の中の食糧費の割合がエンゲル係数ですから日本のエンゲル係数はどうなっていたかなと見たのが下の表です。およそ25%です。では計算が合っているなとこれも簡単に思い込みました。
しかし、今日になってこれって本当か?と考え始めました。消費税は各世帯の消費活動にだけ課税されているわけではありません。法人の消費にももちろん課税されておりこちらも少なくないはずだと考えました。病院で購入する薬剤や医療用の消耗品、CTなどの医療機器などの購入でも消費税は支払っていますし、医療機関だけではなくすべての法人が何かを購入する時には消費税を支払っています。各世帯での消費がすべてであるならば25%の1兆円で計算は合いますが、法人の消費活動が加わると必然的に食料品の消費から得られる消費税の割合は25%を下回る筈です。それも少なくない割合で25%を下回ると推測できます。新聞社も国会議員もこの1兆円の財源が必要だというのを当たり前に受け入れているようですが事実なのでしょうか?疑問に思います。
この1兆円の財源のために低所得者の医療介護の負担に上限を設ける「総合合算制度」の創設が見送られたそうです。低所得者の負担を減らすために設ける食品に対する軽減税率の導入のために、低所得者の医療介護の負担を減らさないというのです。ではこの消費税の増税は何のためなのか訳が分かりません。
1兆円って本当かと感じ始めた疑問が私の単純な間違いであれば、誰かが教えてくれるとありがたいです。新聞に書いてあるから本当でしょと素直に思えると良いのですが。
10%の消費税を8%に据え置くことで1兆円も税収が減るのかと漠然と考えていました。しかし、ふと考えたのですが本当に1兆円なのでしょうか?
一般に消費税を1%上げると2兆円の税収増と言われています。確かに財務相のWeb siteのグラフをみても5%の消費税で税収は10兆円です。では8%から10%に2%消費税が増えることで増える税収は4兆円の筈ですから、このうち1兆円 25%が食料品なのかと食料品の割合が結構高いのだなとこれも漠然と感じていました。
そういえば消費支出の中の食糧費の割合がエンゲル係数ですから日本のエンゲル係数はどうなっていたかなと見たのが下の表です。およそ25%です。では計算が合っているなとこれも簡単に思い込みました。
しかし、今日になってこれって本当か?と考え始めました。消費税は各世帯の消費活動にだけ課税されているわけではありません。法人の消費にももちろん課税されておりこちらも少なくないはずだと考えました。病院で購入する薬剤や医療用の消耗品、CTなどの医療機器などの購入でも消費税は支払っていますし、医療機関だけではなくすべての法人が何かを購入する時には消費税を支払っています。各世帯での消費がすべてであるならば25%の1兆円で計算は合いますが、法人の消費活動が加わると必然的に食料品の消費から得られる消費税の割合は25%を下回る筈です。それも少なくない割合で25%を下回ると推測できます。新聞社も国会議員もこの1兆円の財源が必要だというのを当たり前に受け入れているようですが事実なのでしょうか?疑問に思います。
この1兆円の財源のために低所得者の医療介護の負担に上限を設ける「総合合算制度」の創設が見送られたそうです。低所得者の負担を減らすために設ける食品に対する軽減税率の導入のために、低所得者の医療介護の負担を減らさないというのです。ではこの消費税の増税は何のためなのか訳が分かりません。
1兆円って本当かと感じ始めた疑問が私の単純な間違いであれば、誰かが教えてくれるとありがたいです。新聞に書いてあるから本当でしょと素直に思えると良いのですが。
2015年12月3日木曜日
心房細動患者に実施される2剤の抗血小板療法(DAPT)の期間短縮や中止は冠動脈カテーテル治療医が頑張らないと実現できない

心房細動患者に冠動脈内ステント植込みを行った際の、2剤の抗血小板剤の処方(DAPT)をどうするかの最終回です。
上段の図のEHRA practical guide 2015では、Bare metal stentや新しい世代の薬剤溶出性ステント(DES)を待機的に植込んだ時にはDAPT期間は1ヶ月としています。その後6か月ないし12か月の1剤の抗血小板剤と抗凝固薬の2剤の処方の期間を経て、1年以後は新規抗凝固薬(NOAC)単剤にするというシナリオです。3剤の処方は1ヶ月で十分だというエビデンスも、1年以後はNOAC単剤で良いという十分なエビデンスもありません。
1年以後に関しては複数の研究がスタートしていますし、1ヶ月で十分ではないかという検証試験はもうすぐスタートする予定です。
こうした抗凝固薬を内服している患者でDAPT期間を短縮した場合、出血性合併症は確実に減少するでしょうが、最も大きな懸念は、ステント血栓症のために死亡事故が起きないかという点です。
このシナリオが一般的になった時、ステント植込み後の患者を診ているかかりつけの先生は1年が経過したから抗血小板剤を止めると決断できるでしょうか?ステント血栓症が発生し苦しくなった時に救急で受け入れる形ができていなければ自信を持って中止できないだろうと考えます。もうステント血栓症が発生する可能性は低いけれども、もし発生した時にはすぐに対応するから我慢しないで連絡してくださいと冠動脈のカテーテル治療医がお話ししないとこのシナリオは実現できないのではないかと思います。
循環器診療が専門だといっても循環器領域の中でさえ専門分野の細分化は進行しています。不整脈を専門にする先生や冠動脈のカテーテル治療を専門にする先生といった具合です。不整脈を専門にしている先生が診ている患者さんに冠動脈ステント植込みがなされた場合、DAPT期間の短縮やDAPTの中断はなかなか決断しにくいだろうと思います。
かかりつけ医や不整脈専門医と冠動脈のカテーテル治療医の連携、あるいは急変時の冠動脈カテーテル治療医のバックアップがあってDAPT期間の短縮や中止は可能になると考えます。そう考えれば、日本循環器学会の心房細動治療ガイドラインにステント植込み後の患者の管理について記載がないのも頷けます。冠動脈カテーテル治療を専門にする医師が委員になっていないからです。
来るべき改訂版では、カテーテル治療医も参加してこの分野のガイドラインが日本でも完成するように願っています。
2015年12月2日水曜日
究極のDAPT回避法 PCIをしないあるいは薬剤溶出性ステント植込みをしないという選択
薬剤溶出性ステント植込み後の2剤の抗血小板療法(DAPT)の第3弾です。抗凝固療法を受けている心房細動患者の冠動脈疾患を見た時の究極のDAPT回避法を考えます。
答は簡単です。ステント植込みをしないという選択です。最上段の図の方には、矢印で示すように回旋枝の分枝に90%狭窄を認めます。潅流域もきわめて小さいという訳ではありません。初診時に労作時の胸痛もありました。胸痛があり潅流域もそれなりにあるという場合、心房細動合併でなければPCI,ステント植込みをしても何も問題ないと考えます。しかし、心房細動合併の場合、この狭窄を放置するリスクと3剤の抗血栓剤を内服して脳出血を起こすリスクはどちらを優先して考えるべきでしょうか?この狭窄を拡げるために命を懸けるほどでもないと判断しました。この方は内服で日常生活で胸痛を感じることもなくなりました。
このように、狭窄があるからあるいは胸痛のような症状があるからといって、すぐにPCIを選択するのではなく、PCIを選択することで派生するリスクを考慮してPCIの実施を決定すべきと考えます。
中段の方は左冠動脈主幹部が責任病変の不安定狭心症でした。プラークの破裂像もあり緊急で主幹部にステント植込みを行いましたが、3剤の抗血栓剤内服中に脳出血で亡くなられました。もし、バイパスを選択しておれば違った経過だったかもしれないと忘れられないケースです。
心房細動を合併する冠動脈疾患では、合併しない冠動脈疾患とは少し異なる適応でPCIを考えるべきだと思っています。カテーテル治療ができるからするのではなく、できるけれどもしないという選択が重要なケースが存在すると思っています。
下段の図は、EHRA practical guide 2015からの引用です。Elective PCIの場合、CABGやバルーン単独の治療も考慮しなさいと記載されています。私のPCIあるいはステント植込みをしないという選択もあるというのと同じコンセプトです。
また、この図の下には低用量のNOACも考慮しなさいとの記載もありますが、低用量のNOACとDAPTでは脳出血が少なく、ステント血栓症も少ないというエビデンスがあるわけではありません。一般にガイドラインはエビデンスに基づいて作成されますが、ヨーロッパでは循環器だけかもしれませんが、ガイドラインができてから裏付けるエビデンスを求めるという風に感じます。エビデンスが出るまで放置される患者を救うためにおそらく良いだろうと思われる戦略を先行させるという考え方にも一理あるとも思いますが、日本ではこのような方針を学会は提案できないだろうと感じます。
エビデンスに基づいてガイドラインを作成する日本循環器学会の心房細動ガイドラインにはDES植込み後の抗血栓療法をどうするかという記載は一切ありません。また、最終のガイドラインは2013年版です。毎年、更新されるヨーロッパとは熱心さが異なります。エビデンスがないから放置ということで良いのかと感じます。
答は簡単です。ステント植込みをしないという選択です。最上段の図の方には、矢印で示すように回旋枝の分枝に90%狭窄を認めます。潅流域もきわめて小さいという訳ではありません。初診時に労作時の胸痛もありました。胸痛があり潅流域もそれなりにあるという場合、心房細動合併でなければPCI,ステント植込みをしても何も問題ないと考えます。しかし、心房細動合併の場合、この狭窄を放置するリスクと3剤の抗血栓剤を内服して脳出血を起こすリスクはどちらを優先して考えるべきでしょうか?この狭窄を拡げるために命を懸けるほどでもないと判断しました。この方は内服で日常生活で胸痛を感じることもなくなりました。このように、狭窄があるからあるいは胸痛のような症状があるからといって、すぐにPCIを選択するのではなく、PCIを選択することで派生するリスクを考慮してPCIの実施を決定すべきと考えます。
中段の方は左冠動脈主幹部が責任病変の不安定狭心症でした。プラークの破裂像もあり緊急で主幹部にステント植込みを行いましたが、3剤の抗血栓剤内服中に脳出血で亡くなられました。もし、バイパスを選択しておれば違った経過だったかもしれないと忘れられないケースです。心房細動を合併する冠動脈疾患では、合併しない冠動脈疾患とは少し異なる適応でPCIを考えるべきだと思っています。カテーテル治療ができるからするのではなく、できるけれどもしないという選択が重要なケースが存在すると思っています。
下段の図は、EHRA practical guide 2015からの引用です。Elective PCIの場合、CABGやバルーン単独の治療も考慮しなさいと記載されています。私のPCIあるいはステント植込みをしないという選択もあるというのと同じコンセプトです。
また、この図の下には低用量のNOACも考慮しなさいとの記載もありますが、低用量のNOACとDAPTでは脳出血が少なく、ステント血栓症も少ないというエビデンスがあるわけではありません。一般にガイドラインはエビデンスに基づいて作成されますが、ヨーロッパでは循環器だけかもしれませんが、ガイドラインができてから裏付けるエビデンスを求めるという風に感じます。エビデンスが出るまで放置される患者を救うためにおそらく良いだろうと思われる戦略を先行させるという考え方にも一理あるとも思いますが、日本ではこのような方針を学会は提案できないだろうと感じます。
エビデンスに基づいてガイドラインを作成する日本循環器学会の心房細動ガイドラインにはDES植込み後の抗血栓療法をどうするかという記載は一切ありません。また、最終のガイドラインは2013年版です。毎年、更新されるヨーロッパとは熱心さが異なります。エビデンスがないから放置ということで良いのかと感じます。
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NOACs,
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