Thursday, March 31, 2011

ネットワーク中心の医療や国政 迅速な情報収集、意思決定、実行のために

Fig.1 Network-Centric Medicine in Kanoya Heart Center
カルテを記載する場合、ほとんどの医師や看護師がPOMR (Problem Oriented Medical Record) の形式で記録していると思います。患者さんが抱える医学的な問題や看護的な問題をリストに挙げてそれぞれを解決していきます。例えば前下行枝閉塞による広範な急性心筋梗塞で、コントロール不良な糖尿病も持っているといった場合の医師の問題リストは以下のようになります。

#1: 前下行枝閉塞による広範前壁梗塞 ステント植込み後
#2: コントロール不良の2型糖尿病

そしてそれぞれにSOAPを記載していきます。
S は主観的なデータ  Subject
O は客観的なデータ  Object
A はS Oから判断される評価 assessment
P は評価から来る治療方針 Plan
です。

#1: 前下行枝閉塞による広範心筋梗塞 ステント植込み後
S)  軽度の胸痛持続
口渇感 軽度
O)  心雑音 なし
湿性ラ音 聴取せず
PCWP: 12mmHg
A)  軽度脱水
 P)  輸液量 増量
#2: コントロール不良の糖尿病
S) 軽度の口渇
O)  BS: 286
A)  高血糖
P)  インスリンの持続投与

このように記載しろと医師になって間もなく指導されましたが、#1と#2の口渇は重複しており2つに分けて書く意味を見いだせません。このため私は

#1: 前下行枝閉塞による広範心筋梗塞 ステント植込み後
#2: コントロール不良の糖尿病
S)  軽度の胸痛持続
口渇感 軽度
O)  心雑音 なし
湿性ラ音 聴取せず
PCWP: 12mmHg
BS: 286
A)  高血糖を伴う循環血液量の減少
P)  高血糖の悪化に留意しながら輸液量を増量
インスリンの持続投与を考慮

という具合に問題リスト別にSOAPを分けずに記載し、総合的なプランを考えます。こうした手法は、カルテが単にメモに終わらずに思考過程を記載する習慣をつけることで、患者さんに向き合う医師や看護師のトレーニングにも有効です。

こうしてたてたプランを実行した後は、そのプランで狙った通りの効果を得ることができたかを検証し、間違いがあれば修正するという作業に入ります。
 PDCAサイクルです。
Plan 計画
Do 実行
Check 評価
Act 改善

こうした考え方は問題点を整理するのに役立ちますし、実行したプランを修正するのにも役立ちます。しかし、こんなことはマネージメントを勉強した人なら誰でも知っていますし、ありきたりで古典的です。こんなことをしたり顔で話す人がいると、この程度の人なのだと思ってしまいます。3/20付のブログ マルチタスクが必要だ に米国大統領は何故、あんなにもマルチタスクがこなせるのだろうと書きましたが、考えてみました。米国の軍事的な方法論にOODAループがあります。

Observe 監視
Orient 情勢判断
Decide 意思決定
Act 行動
です。
朝鮮戦争における航空戦闘から指揮官のあるべき意思決定プロセスを理論化したものだそうです。(Wikipediaより引用)
このOSOAPSOに当てはめ、次のOSOAPAに当てはめると、意思決定のDを付け加えることでPまでうまく機能します。Pの前に意思決定のDのプロセスが入ることでPCI実施時の意思決定のプロセスに近づき、思考過程がすっきりします。PDCA サイクルよりもPCIの実施プロセスにはSOAPPDCAを融合させたようなOODAループの考え方が良いように思います。

軍の進化はOODAループに留まりません。更に進化を遂げてOODAループを超えるべく情報の収集、指揮官の意思決定のサポートにC4Iというシステムが構築されています。4つのCIです。
Command
Control
Communication
Computer
Intelligence
です。
ネットワーク化されたコンピューターを用いて、収集された情報を統合・共有化し、指示も迅速に共有化するものです。ネットワーク中心の戦争、Network-Centric Warfare, NCW です。熱いものに触れた時に瞬時に触れた手を引っ込めるという動作を動物は実行します。熱いものに触れた信号が求心性の神経線維を通って脳に伝えられ、瞬時に手を引っ込めろという遠心性の神経を通って運動として実行されます。こうした情報収集系と実行系をネットワークを用いて組織だてるという考え方だと理解しています。

鹿屋ハートセンターでは、Fig. 1に示すように全ての部署がネットワークで接続されています。今では、この図に示したCTは64列MDCT( Optima CT 660 pro )に更新をしましたし、2Fのカテーテル検査室のカテの動画もIVUSもこのネットワークに接続されています。情報収集系である生理検査で実施されたエコーや心電図、放射線で実施されたCT画像は瞬時にネットワークにのり、私を含めた全職員に共有化されます。看護師の記録も同様です。血液検査結果は、検査センターからインターネットを通じてセコムの電子カルテに送られます。病棟のセントラルモニターに表示されるアラームも、異常心電図がPDFファイルに自動生成され、電子カルテから呼び出せる仕組みです。求心性の神経線維の部分です。こうして収集された情報を元に患者さんの治療方針を決定します。
一方、遠心性の神経線維を通る私からでる指示も同じネットワークを通じて全職員に共有されます。情報を収集してくれよという検査指示も、投薬指示もカテの実施の指示もです。これ以外にも、兵站に当たる医療材料の供給のオーダーも、カテ室での使用と同時にインターネットを通じて卸さんに伝えられます。事務のレセプト業務も同じネットワーク内で行われています。 気がつけば、鹿屋ハートセンターではC4Iと同様のシステムを構築していたことになります。Network-Centric Medicine です。このシステムの設計は、5年前に私とGE healthcareセコム医療システムで行ったものです。実際に稼働して4年半が経過しましたが、このシステムに助けられて、年間200件程度のPCIでは時間を持て余すようになりましたし、経営的にも安定しているのだと思っています。

ところでこのC4Iのシステムは日本の自衛隊にも採用され、実際に稼働もしています。端末は最高指揮官のいる首相官邸にもあるそうです。システムも所詮は人間の使う道具に過ぎませんから、どのようによいシステムがあっても使う人の能力によっては無力化されます。国政という途方もない規模の仕事ですから、自衛隊に留まらず、各官庁がネットワーク化され情報の収集系も、指示の伝達系も迅速に共有化が図られ、実行できるシステム作りが今後必要になってくるのではないかと思います。このようなネットワークが構築されれば同様の仕事を行う原子力行政を担う部署が複数の省庁におかれるという愚を避けることが可能で、「仕分け」以上の経済効果を上げられるような気がします。行革がただの省庁の統廃合や「仕分け」に終わらず、C4Iのようなシステムで作られたネットワーク中心の国政 Network-Centric Government というような視点で行われると、大きな仕事を迅速に実施する小さな政府が誕生するかもしれません。このようなNetwork-Centric Governmentでは、資料を出せと言っても官僚が出さなくて困ると大臣が愚痴る場面もなくなりますし、資料を提出させたということを手柄にする大臣もいなくなります。

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