2012年2月25日土曜日

孤高を目指すもの

ちょうど20年ほど前に千葉県松戸市の新東京病院を訪ねました。当時、私が勤務していた病院の心臓外科が崩壊し、PCIをする私たちにとって不可欠な心臓外科医を探していたのです。現在、東京ハートセンターに勤務している南淵明宏医師が新東京病院で勤務しており、彼に病院を変わる気持ちがあるかを聞くために訪ねたのです。一種の引き抜きとも言えます。常磐線に乗ったのも、松戸を訪ねたのも初めてでした。

新東京病院では、何故か理事長(?)も快く迎えてくれ、当時の新東京病院で術者をしていた天野篤先生も紹介していただきました。初めて会った天野先生は、情熱的でよく話をされました。なぜ心臓外科を志したのか、なぜ亀田総合病院の遠山先生のところで修業を始めたのか、なぜ新東京に移ってきたのかなどです。心に残っているのは、自分が目指すものは1000人手術をしても、1万人手術をしても一人も手術死亡が出ない心臓外科だと熱く語られたことです。当時の心臓外科の水準では2-3%の手術死亡率で優れた成績であったにも関わらず、天野先生の目標は桁違いに高いものであったことから、当時はさほど有名でもなかった天野先生の名前が私の胸に深く刻まれました。この会合を経て、南淵先生は当時の私たちの病院の心臓外科部長になりました。彼にとって初めての独立した心臓外科部長職でした。

それから20年が経過しました。南淵先生は頻繁にTVに出る有名な心臓外科医になり、もちろん独立した心臓外科部長です。天野先生は順天堂大学の教授になり、天皇陛下のバイパス手術を成功させ、日本でもっとも有名な心臓外科医になりました。

千人、万人手術をしても一人も死なせないというのは途方もなく高い目標です。2-3%の死亡率を受容可能と考えると何かのミスがあって手術死亡が発生しても、その範囲内であれば手術死という結果を受け入れてしまいます。同僚医師のミスであっても、看護師やポンプを回す技師のミスであってもこれから気を付けろよというくらいで受け入れてしまうかもしれません。しかし、誰も死なせない手術をすると決めれば、自らのミスも周囲のミスも決して許せなくなります。当然、周囲への要求は高くなり、要求する術者の性格もやさしくはなくなるはずです。孤高です。6年ほど前に何かの会で大勢を前にして、天野先生のこうした気質を私が褒めた後に、他の心臓外科の先生から天野先生の気質を褒める人もいるのだねと言われました。しかし、高みを目指す人はそうでなくてはならないと思っています。順天堂大学心臓外科のWebsiteを見ると、いまだ彼のバイパス手術の死亡率は0%ではありません。1%弱です。もちろん非常に優れた成績ですが、彼の目標よりも高い死亡率に彼は満足していないことでしょう。56歳という年齢の心臓外科医にとって、発展途上という概念はあり得ないかもしれませんが、より高みを目指して後に続く者たちに厳しく接してくれることでしょう。

一人も手術死を出さないと誓い、そう宣言した心臓外科医にとって決してミスが許されない手術という点では、日常の手術も天皇陛下に対する手術も同じ緊張感で向かい合ったに違いないと思っています。20年前の彼の宣言を直接聞いた私にとって、天皇陛下のバイパス手術の成功は必然であったと思えます。また、自分の仕事をやり遂げた彼が、「希望する仕事に戻った時が成功だ」と発言したのも至極当たり前に聞こえます。チームの一員として高い目標を共有し、手術という刹那の成功だけで満足しないという彼の美学の発現であったと思います。

高い目標を持つこと、そして宣言すること、自分にも周囲にもその宣言に即して妥協を許さないこと、そうした厳しさは他者の生命を掌に持つことが許された者にとって不可欠な資質であると思っています。そうした資質を持つ者だけが到達できる境地が存在し、そうしたものだけが得られる栄誉が存在します。天野先生よりも1歳年上の私には今更ですが、生命を預かるすべての人々にこの孤高を目指してほしいと願っています。

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