時々、10分ほどの我慢できないほどではないけれども胸部の圧迫感を感じるという方がよく来院されます。負荷心電図も陰性、冠動脈CTでも狭窄がない、でも狭心症らしい症状があるという時にニトログリセリンを一度試しに使ってみてください。ニトロでスッと良くなるようであれば冠攣縮性狭心症の可能性が高いという判断になるので、攣縮を予防する薬を始めるか、冠攣縮が起きるか否かを見るためにカテーテル検査をしましょうとお話しします。典型的な診療のパターンです。
こうしてニトロを処方したところ、保険適応ではないとのことで査定を受けたことがあります。なるほど、ニトロペンは狭心症には適応があるものの狭心症の疑いには適応があるとは書いてありません。30年以上、このスタイルでやってきて初めてのニトロペンの査定です。1錠、15.1円ですから5錠で75.5円の査定です。以後、このような方のレセプトには狭心症の疑いという病名ではなく、狭心症と書くようにしました。でも、本当は狭心症と確定診断できていない方にこのように病名を付けるのには抵抗があります。
冠動脈造影もCT検査も受けていない、負荷心電図も受けたことがないという方がよく狭心症と言われて近所の先生からカルシウム拮抗剤や硝酸剤を処方されています。狭心症を疑えば、専門医に紹介して下さればよいのですが、そのまま検査をしないままにこうした治療を続けておられます。このやり方には2重の欠点があります。狭心症ではない方に延々と冠拡張剤を処方し続けるという罪と、本当に狭心症の方には冠動脈を評価しないままに放置するという罪の2つです。私は循環器専門医ですからやはりこのようなやり方ではなく、きちんと診断したうえで治療を始めたいので、確定するまでは疑いというスタンスでいたいのです。でも健康保険がこれを許してくれません。
2011年6月11日付の当ブログ「日本のインターベンション医は、やりすぎなのでしょうか」の中で岐阜大学の西垣和彦先生が日本の10万人当りの冠動脈疾患患者数は3199人と発表されていると書きました。この数字はどこから来たものでしょうか。レセプトに記載される病名がその算出根拠になっているとしたら、非常にいい加減な数字になってしまいます。実際、厚生労働省の統計の有病率などはこのレセプト病名から算出されます。
いい加減なレセプト病名から算出された患者数から医療政策が決定されるとしたら困ったものです。こうしたことを排除するためにもきちんとした病名のみを記載したいですが、ニトロペンは狭心症には適応があるけれども、狭心症の疑いには適応はないと言い出す審査委員がいます。こんなことが続くとしたらこの国の厚生行政の行く末には目を覆うしかないのかもしれません。
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