2010年12月23日木曜日

Stent Fractureに関わる医師、学会、メーカー、厚生労働省やFDAの責任

  まず最初に私の薬剤溶出性ステントに対するスタンスを言っておきます。冠動脈に対するカテーテル治療のアキレス腱であった再狭窄を激減させた薬剤溶出性ステントが果たした役割を私は非常に評価しています。私自身が狭心症になればこの薬剤溶出性ステントを使って治療してほしいと思っています。こうした優れたデバイスが、その価値と比べれば小さなことでその存在を否定されないように、不十分な点を是正しより良い製品に進歩してほしいと願っています。薬剤溶出性ステントを肯定する立場であることを宣言して、その上で今、気になっている点を述べたいと思います。

   このブログで何回かstent fractureのことを書いてきました。bare metal stentでも発生すること10年と聞いていたのに非常に短い期間でも発生することfractureとおそらく関係して冠動脈閉塞も起き得ることなどです。64列MDCTの導入までこのstent fratureに関する関心を私は余り持っていませんでした。64列MDCT導入以前にはfractureの発生に気付いていなかったのです。ステント内再狭窄も冠動脈造影でfractureと気付かないままfractureとの関係を考えずに単純に再治療してきたわけです。しかし、64列MDCTで冠動脈造影よりもfractureがよく評価できるようになり、再狭窄や再閉塞との関連を考えるようになったのです。

  以前に厚生労働省も10年に相当する耐久性の試験として4億回の加速試験を承認申請の書類に添えるようにメーカーに求めていることを書きました。また、以前に確かFDAが10年間の耐久性を求めていると聞いたことがあると書きましたが、昨日、そのFDAが求めるGuidanceの書類を手に入れました。 " Guidance for industry and FDA staff. Non-Clinical Engineering Test and Recommended Labeling for Intravascular Stents and Associated Delivery Systems: April 18, 2010" という書類です。以前にもあったものの最新改訂版です。

  この中でFDAは10年間という期間はほとんどの方にとって十分に安全と言える期間であり10年間という期間が妥当であると信じると記載されています。私もこの10年という期間は妥当だと思いますし、10年という耐久性を知っていれば若い患者にはあまりステントを使用しない方が良いだろうとの判断も可能です。しかし、10年を経過せずにfractureは発生し、そうした例に関して多くのケースレポートが学会で発表され論文にもなっています。FDAがrecommendする耐久試験の結果は、10年間に相当する加速試験を実施し1%未満のfractureであることです。単純に計算すると年間の発生が0.1%未満ということになります。金属疲労は経年的に増加するはずですから植込み後1年でのfractureの発生率はこの0.1%をはるかに下回らねければならないはずです。しかし、現実の臨床の場でのfracture発生率はこの程度ではすみません。この頻度の差はin vivoとin vitroの違いだと納得して臨床の場では問題にするほどのことではないのでしょうか。

  メーカーが正しく検査してFDAや厚生労働省が正しく認可していると仮定すれば、in vitroの実験が臨床に則しておらず、試験方法に問題があると言えるのではないでしょうか。10年の間、振動を加える検査をすると10年間の開発期間が必要になるわけですから現実的ではありません。このために4億回の振動を短時間に加えるわけです。ちなみにstentの加速試験を実施するシステムはBOSEのマシンです。この装置で発生する周波数は60-120Hzです。毎秒60-120回の振動です。血管の拍動は毎分60-120回ですから60分の1の時短です。10年間かかる検査を60分の1の約2カ月で検査できる計算です。60分の1の時短は、逆にいえば60倍の周波数で検査することを意味します。構造を破壊するのは回数だけではありません。構造を破壊する固有の周波数が存在するはずです。構造の破壊検査をするのに周波数を無視した現状の加速試験には問題があるような気がしてなりません。メーカーやFDA、厚生労働省はFractureの発生頻度を踏まえて、試験方法を見直すべきであろうと思います。

  一方、現状の試験であってもその結果はFDAや厚生労働省に既に提出された公開されるべき資料ですから、体内に植え込まれる患者や、植込みを行う医師はその結果に容易にアクセスできなければなりません。FDAの最新版にはステントの各サイズで試験を実施し、どのサイズが最もfractureを起こしやすいのかという結果を示しなさい、stent のoverlapでfractureの頻度が変化するのか試験を行いなさい、bifurcationでのステント植込みでfractureの頻度が変化するのか調べなさい等と臨床で使用される状況に則した試験をrecommendしています。恥ずかしいことですがこのようなin vitroの試験結果があることさえ私は知りませんでした。それもそのはずです。どこかにこうした結果が公開されているのかもしれませんが、私は公開されているのかも公開されているのであればどこで公開されているのかも知らないのです。何mmのステントが最も弱いのか、overlapすることでfractureの頻度はin vitroでどう変化するのか、FDAに書類が提出されているのに、現場の医師には知らされていないのです。

  現在、当院で使用している薬剤溶出性ステントについて厚生労働省に提出した承認申請の書類の開示をメーカーに求めています。驚いたことにハートセンターに来ている担当者にも即答できる人がいませんでした。担当者が答えられないので私が来ましたという九州エリアの責任者という人もそのような資料の存在を知らないという始末で驚きました。植込まれる患者も植込みを行う医師も、現場に来るメーカーの担当者も、メーカーのエリア責任者も大事な試験結果を知らないのです。担当者だけが知らないのであればその担当者の能力が低いということですむかもしれませんがエリアの責任者まで知らないとなればそのメーカーの姿勢を疑わざるを得ません。

  患者さんに重大な結果をもたらすかもしれないstentを使用する医師は、その特性を知る義務を負っていると思います。そうした特性を知らずに使用してきたことで、「この重大な結果はお前の責任だ」と言われれば私は否定できません。また、多くのfractureの発生が学会で明らかにされているのにも拘らず、メーカーや行政にアラートを発しない学会にも責任はあると思います。この問題を解決するためにメーカーはどのような検査をし、どのような結果であったかを明らかにすべきです。FDAや厚生労働省に提出した承認申請書類を明らかにし、in vitroの結果と臨床の結果の乖離の原因を学会とメーカーで共同して明らかにし、正しい試験方法の開発や新しいステントの開発の方向性を見つけ出さなければならないと思います。厚生労働省が認可しながら、認可の基準である10年を大幅に下回る期間でfractureが発生していることを知りながら、メーカーに試験方法の是正を求めない行政にも責任があると思います。日本だけでも年間に10万人以上に植込まれている冠動脈ステントです。早急な対策が必要です。

  田舎の一インターベンション医の言うことですからきっと意味がないだろうと思いますが、一つの予言をします。このstent fractureの問題は近い将来、大きな社会問題としてクローズアップされ、メーカーが大きな打撃を受けるでしょう。現在、今回の私のブログようなfractureの問題の提起は一般的ではありませんが、私と同じことを考えている人はきっと私だけではないということがその予言の根拠の一つです。一つの考えが湧き出る時、世界中で同じ考えが同時に発生するものだからです。もう1つの根拠はbioabsorbable stentの出現です。新たに市場を席巻する製品が出るとき、古い製品が淘汰される過程で古い製品が学問的にも社会的にも徹底的に叩かれるということはよく起きる現象です。bioabsorbable stentが既に始まっている治験などを通じて社会や市場の認知を受け始めたらstent fractureの問題は大きくなるでしょう。

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