Monday, September 26, 2011

非心臓手術前の心臓評価 二重基準の狭間で彷徨う循環器医

Fig. 1 Coronary CT without contrast
  循環器医によくある仕事の一つは心臓以外の手術の術前検査です。手術を予定していますが心臓は大丈夫ですかという問い合わせです。

本日の方も術前の心臓評価目的で紹介され受診されました。83歳の女性です。甲状腺機能低下症でチラーヂンを内服されておりEuthyroidです。LDLは162mg/dlと高値です。胸部症状は全くありません。安静時心電図も正常、心エコー上の心機能にも問題はありません。ご主人が陳旧性心筋梗塞で多数のステント植込みを他院で受けておられます。

通常であれば、もうこれ以上は検査をせずに症状もなく、安静時心電図にも心エコーにも問題ないわけですから、リスクはゼロとは言えなくてもこのまま手術ということで良いと思いますと返事を書きます。術前の心臓評価の依頼でそれ以上の検査をすることは当院では全くないのです。


Fig.2 Coronary CT with contrast
しかし、なにか胸騒ぎがしてもう少し検査をした方が良いのではないかとふと思ったのです。だからと言って高LDLだけで造影して冠動脈を評価するのはやりすぎのように思えます。このため冠動脈石灰化だけでもと考え評価しました。Fig. 1です。LADとRCAに石灰化を認めます。石灰化スコアは411です。この年齢ではよくある数字です。このまま手術を受けるか、周術期に何かあってから対処するかとの問いにPCIの経験があるご主人は白黒をつけて欲しいと望まれました。このため実施したのがFig. 2です。RCAの石灰化部位に一致して高度狭窄を認めます。狭窄形態も不整です。紹介してくれた先生に電話をし、PCIが必要になる可能性が高いことを説明しました。手術まで待つことができる期間は1月以内なのか、1月程度なのか、半年待てるのかと聞いたところ1月は待てるという返事を頂きました。

Fig. 3 Right Coronary Artery before PCI
本日実施した造影がFig. 3です。IVUSカテが通るだけでST上昇するような高度狭窄です。Bare Metal Stentの植え込みを行いました。DESのなかった頃、私はパナルジンを2週間で止めていましたのでこの方も2-4週間で2剤の抗血小板剤を中止して約束通り、1月後に手術していただく予定です。胸騒ぎに従って正解でした。

循環器医を悩ますものの一つが術前の評価です。心エコー上の心機能の評価は簡単です。しかし、心エコー上の正常心機能はなにも手術の安全を担保しません。しかも紹介されてくる方の多くは負荷心電図検査ができない方です。ACC/AHAのガイドラインに沿えば、心臓の病歴のない高齢者の腹腔手術ですから心臓の急なイベントのリスクは1-5%と推測され、それ以上の心評価をせずに手術室に送ってよいということになります。1-5%のリスクであれば発生しても仕方がない、全例の完璧を目指すためにすべての例に大掛かりな検査を実施することで失われることの方が多いという判断です。私もこの考え方は妥当で、100%を目指すための経済的な負担や被ばくや造影剤の使用で失われるものも多いわけですから、ある程度の蓋然性で納得するしかないと思っています。しかし、100人に1人ないし20人に1人が、循環器医が手術しても問題ないのではないかと言ったのに周術期に心臓死をした場合に、100%分からないのは仕方がないから循環器医には責任はないと日本の文化で納得してくれるかということが問題です。裁判になった時にはある程度の免責は認められても100%の免責はないと思います。

100%の安全を担保するために、高額な検査をすべての人に実施するという医療を日本は目指すのか、米国のようにある程度のロスは仕方がない、そのロスを減らすためにロス以上の経済的あるいは肉体的に負荷を負わすのはナンセンスだという医療を目指すのかはっきりしてほしいと願っています。最悪は何も方向性を決めずに、慎重に検査をすればやりすぎだと非難し、ある程度の蓋然性で納得して問題が生ずると医師の怠慢だと非難するといった2重基準 double standardです。阿吽の呼吸で医療をするのが日本のやり方だと言われるとやり切れないと思います。

今回のLDLが高値である、長い甲状腺機能低下の病歴がある、ご主人もPCIを受けておられるという条件はすべてACC/AHA guideline 2007に従えばLow riskに入ります。何か嫌な予感がするというような非科学に頼って綱渡りをする医療をいつまでも続けることなく、医学界のコンセンサスではなく日本の社会のコンセンサスとしてどこまで医療費を掛けるのか、掛けないために失われるものを受け入れることができるのかといった議論がもうそろそろ必要だと思っています。


3 comments:

  1. 次の論文を参考に私はよっぽどのこと(LMTや3VDが無ければ)是非とも術前に血行再建はせずにopeを優先させていただくようにしています.もちろんリスクはお話をして...
    Coronary-artery revascularization before elective major vascular surgery. N Engl J Med 2004;351: 2795-804.
    ただ私も迷いはあるところですので,ご意見いただければ幸いです.

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    1. あんたはアホか?(はっきり言い過ぎてごめんなさい。)手術をするのはあくまで主治医(外科医)と麻酔科医の判断です。循環器内科医は術前の心機能評価を依頼されたのであって、手術の可否は主治医と麻酔科医に委ねるのが常識です。それを依頼があったからといって、ノコノコ、判断に意見するから責任転嫁のリスクが発生するのです。心機能評価をして結果を客観的にご報告して差し上げる事で十分な仕事をしているものとお考え下さい。確かに、上記のような一例もあるでしょうが、それはリスクを省みてまで毎回行うべき方法ではありません。

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  2. 匿名様、2年も前の記事にコメントを頂きありがとうございました。今日まで気づきませんでした。
    MY様のご指摘の論文やACC/AHAガイドラインに記載されているように冠動脈疾患を持つ方の非心臓手術は一つの大きなテーマです。私は循環器医が心エコーで心機能評価だけを行えばよいとは思っていません。アホと言われても、冠動脈疾患を持つ患者さんの安全な非心臓手術を実現するために、よく考えていきたいと思っています。

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