2012年7月11日水曜日

PCIを実施する医師が持つべき教訓の引き出し N先生への手紙

7/12より心血管インターベンション治療学会 CVITが新潟で開催されます。国内でPCIをする医師にとって最大の学会ですが、今回は参加できません。来年は神戸で開催される予定ですので、来年は参加しましょう。

2012年7月6日付当ブログ「シナリオ通りにPCIが進まない時に必要な力」の中でワイヤーを一旦抜いて、入れなおしたらうまくいった話を書きました。これに対して、ワイヤーを抜かずにもう1本入れる方が良かったのではないかとのコメントをFacebook上で頂きました。非常に妥当な意見だと思います。今回のケースではワイヤーは真腔を捉えていませんでしたが、慢性完全閉塞以外の病変では、まず間違いなくワイヤーは真腔を通っているはずです。バルーンを拡張した後、(2012年6月15日付当ブログ「PCIにおけるルビコン川」に記載した表現で言えばルビコン川を渡った後)、spiral dissectionで血流が途絶えた時や末梢への塞栓で血流が途絶えるといった合併症が発生した時に、真腔を捉えているワイヤーが残っていればステント植込みであれ、血栓吸引であれ、IVUSの評価であれ正しい対処ができます。ですから一旦ルビコン川を渡ったら、真腔を捉えているワイヤーは何より大事な生命線となるので、若い先生には何があっても生命線である真腔を捉えているワイヤーを失うなと指導してきました。7/6のケースではあっさりとワイヤーを抜きましたが、まだルビコン川を渡っていなかったからです。

このように、PCIを実施する時に忘れてはいけない原則があると思っています。やはりFacebook上の友人から、今朝、メッセージが届きました。他院で入れられたステントが十分に拡張しないまま植え込まれており、その部分で再狭窄になっている。いくら高圧で拡張しても拡がらないので意見がほしいというものでした。これも時にある失敗です。最近のステントは通過性が高いので十分に拡がっていない血管でも植込み可能です。病変に持って行って拡げてみたら拡がらなかったということになると、既にステントが入っているために意図的に解離を作って血管腔を拡げ、ステントで安定したルーメンを確保するということができなくなります。一時、direct stentingという前拡張無しのステント植込みが、医療費を少なくできるということで流行しました。この方法の欠点は、拡張しないままステント植込みを終了する可能性があるということです。PCIの基本的な考え方はステント植込みを目的とするのではなく必要十分な安定した内腔を確保することです。押さえておきたい原則はステント植込みをゴールにするなということです。ですから、私は原則として必ず前拡張を行い、拡がったルーメンをステントで確保するというスタイルです。

今回相談を受けたケースの対処は大変です。高圧でバルーンを拡げるというオプションしかほとんどなく、際限なく高い圧力をバルーンにかけるということもできません。安易なステント植込みの結果起きた、予後を悪くするPCIです。こうしたケースで、ある有名なPCI術者の先生がRotablatorでステントを削った後で高圧拡張したらうまくいったというケースを見せてもらったことがあります。ステントによって圧応答性が低下した血管の圧応答性を変化させるという考えです。私はこの方法でこのようなケースを治療したことはありません。同じようなケースを見たら私ならバイパス手術を選択すると思います。しかし、CABGが困難なケースもあるでしょうから、その場合Rotaしかないでしょうか。

薬剤溶出性ステントの出現によって、劇的に再狭窄は減少しました。しかし、ゼロではありません。また、動脈硬化は進行性の病気です。再狭窄を免れても他の枝の狭窄の進行で再治療やCABGが必要になることも少なくありません。2012年4月9日付当ブログ「PCIの初期成績だけではなく、その後の経過が重要」の中で、京都大学心臓血管外科の坂田隆造先生が10年後15年後のことを考えてCABGをデザインすると言われた話を紹介しましたが、PCIをする私たちも同様に10-15年後のことを考えてPCIをデザインしなければならないと思っています。具体的には次のPCIが容易に実施されるような、あるいはCABGがやりやすいようなオプションを残しておくことだと思っています。その場をしのぐために将来を失うなという教訓です。

教訓めいたことばかりを書いていると自分自身でさえ、年寄りくさいと感じます。しかし、他人には言わなくても、PCIの術者は多くの教訓の引き出しを持っておくべきだろうと思っています。また、私の中の教訓の一つを思い出しました。前回の成功体験を信じるなです。何回もdirect stentingをしてうまくいかなかったとがないという術者がいるとします。その術者は運が良かっただけです。掌の中に他者の生命を握っているPCI術者にとって、いつも同じようにうまくいくとは限らないと考え、思わぬ落とし穴が待ち受けているものだという惧れを持っていることが大事な資質だと思っています。

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