1日に2回、ブログを書くのは初めてかもしれません。わずか10万人の人口の鹿屋市で10名を超える2つ目のクラスターが発生したので危機感を持っているからです。最初のクラスターは若い大学生主体のクラスターでしたが、現在のクラスターは高齢者が中心です。
鹿屋市には感染症指定病床は4床しかありません。感染症指定病床だけで診るのならもう目いっぱいです。鹿屋市での新型コロナに対する対策会議は2020年3月に初回が開かれました。私はその会議で、コロナに対する対策も必要だけれども、医療供給体制の脆弱な鹿屋市や大隅半島では、通常の救急医療体制を維持する視点も忘れてはならないと意見を述べました。
鹿屋市には心臓外科手術ができる病院は一つしかありません。また、その病院のICUも一つです。もし、唯一の心臓外科手術が可能な病院までコロナ対策に使われるとしたら、同じICU内で心臓外科手術を受けた患者さんとコロナで呼吸器に繋がれたりECMOを回す患者さんを一緒に診るのでしょうか。そんなことはできるはずがありません。ですから、コロナを診る病院とコロナ以外の重症患者を診る病院に分かるべきだと主張しました。
幸いなことに12月までは鹿屋市でのコロナの感染確認は少なく、また、鹿児島県全体でも病床がひっ迫する状況ではなかったので、酸素投与が必要な中等症患者は鹿児島市内で診ることで鹿屋市内の医療は維持されました。しかし、ここにきて人口当たりでは東京を超える感染者の発生です。県都である鹿児島市内の受け入れが困難になった時、鹿屋でどうコロナを診て、どう普段の救急体制を維持するのかを改めて考えなければなりません。
最近読んだ日経メディカルの記事ですが、上海で勤務する日本人医師が書いた記事です。上海ではコロナを診る病院とコロナ以外を診る病院が厳密に分けられているという記事です。中国の体制が素晴らしいという気もありませんし、このような対策が日本では難しいことも理解しているつもりです。しかし、どの病院もコロナ患者を等しく診るべきだという考え方では、通常の医療を破壊してしまいます。救急に対応できない、なるべく早く手術をすべきがん患者さんの治療が後回しになってしまうなどの弊害が必ず起きると思っています。通常の医療を維持し、コロナにも対応する視点が必要だという、3月の私の考えに変化はありません。
世界一人口当たりの病床数が多い日本で「医療崩壊」するはずがない、「医療崩壊」するのは、私立の病院がコロナを引き受けずに一部の病院にコロナ患者を集中させているからだという批判があります。民間病院主体の医師会の怠慢が招いているのだという批判は少なくとも鹿屋市には当てはまりません。最初の会議から鹿屋では公的な病院、医師会、医師会に加盟していない私的な病院すべてが集まり、コロナへの診療体制の構築、普段の救急体制の維持のための方策(ここでは具体的な対策は書きませんが)を考えてきました。
普段の救急体制を維持し、コロナにも対応するための役割分担を、医師会の利益誘導や怠慢とネットで批判し拡散する人たちが、現場の努力を無にしないかと心配しています。