2014年10月23日木曜日

経済分野におけるラッファー曲線と治療効果の最善を考える思考

経済の分野で語られるLaffer cuveを知ったのはトム・クランシーの小説であったと思います。

税率がゼロである時、もちろん税収はゼロですが、収入に対する税率が100%であるならば、収入を得ても得なくても手元に残る税引き後収入はやはりゼロですから誰も働かなくなります。ですから図のようカーブを描くことができ、税率を上げればあげるだけ税収は増える訳ではないという考えです。 Lafferはレーガン大統領の経済顧問を務めた経済学者で、レーガンは図の右側に位置しているのだから税率を下げることで税収は増加すると主張しレーガノミクスを実行します。結果的には税収は減少し米国の財政状況は悪化しました。このLaffer curveをトム・クランシーから知ったのは、トム・クランシーがレーガンの支持者であったからかもしれません。

Laffer curveの考え方が正しいのか否かは経済音痴である私には分かりませんが、薬剤や治療は施せば施すほど効果が強くなるわけではないということを理解するのにLaffer curveのような考え方をすることがあります。

例えば冠動脈バイパス術で全枝の血行再建を目指して生命や心機能に影響しない血管にまでバイパス手術を施すと手術時間は長くなり手術成績も悪化します。私の専門とするカテーテル治療の分野でも同じです。ステントでJailになった小血管を再開通させるために延々と数時間もワイヤークロスする努力をしたために本来の大きな冠動脈に血栓形成を起こしショックになった例を身近で見たこともあります。

薬剤も同様です。このブログでよく書く心房細動患者における抗凝固療法も、実施しなければ塞栓リスクは高いままですし、抗凝固療法を強めれば出血リスクが高まります。程よいポイントがLaffer cuveと同様に存在するはずです。ところが新規抗凝固薬の場合、患者の腎機能や体重・年齢は様々であるにもかかわらず処方量は1用量ないし2容量で固定です。ワーファリンのように受診するたびに採血するようなコントロールは不要でも、新規抗凝固薬でも一人一人の患者に最善の結果が表れるようにドースを設定する必要があるのではないかと思えて仕方がありません。それが前回紹介したDabigatranの血中濃度をモニターすることで出血性のイベントを減少させることができるかもしれないという論文の趣旨にも一致するように思えます。

本日、改めて機械弁患者でもDabigatranを使用可能か否かを検討したRE-ALIGN試験の結果を読み直しました。この試験はワーファリン群と比較してDabigatran群で出血や脳卒中が多く死亡も多かったために中止になった試験です。この結果を受けて機械弁患者におけるDabigatranの使用は禁忌になりました。こうした結果を見てトロンビンだけを阻害するDabigatranでは機械弁における血栓形成を防げず、複数の経路をブロックするワーファリンの方が優れていたのだというような解説を聞いてきました。しかしRE-ALIGN試験の結果を見るとSystemic embolismはDabigatran群 ワーファリン群いずれでも発生していません。血栓塞栓症の発生を示したKaplan-Meier曲線は示されていますが、発生したイベントは出血とも梗塞とも書かれていないStrokeと心筋梗塞と記載されているだけです。本当にDabigatran高容量で実施されたRE-ALIGN試験で血栓塞栓症は増加したのでしょうか?

いまさら機械弁患者でもDabigatranや他のNOACが有効かもしれないというつもりもありませんし、そんなことを検証する試験も実施すべきではないと考えています。ただ出血のリスクを最小にしながら塞栓症のリスクを下げるというバランスの中でかじ取りをする医師として、出血か梗塞かも定かではないStrokeの発生率でものを考えるというのには違和感を禁じ得ません。

Laffer curveが正しいか否かは知りませんが、最大の効果が出るためにはどうすればよいかを一人一人の患者さんで常に考えていきたいと思っています。Laffer curveなど持ち出さなくても昔から「過ぎたるは及ばざるがごとし」と言われてきました。一人一人の患者さんにとって及ばざるポイント、過ぎたるポイントを考えていきましょう。

2014年10月16日木曜日

Dabigatranに対する訴訟や和解、British Medical Journalの批判を読んで思う

近く4番目の新規抗凝固薬(NOAC)としてEdoxabanが使えるようになります。リクシアナという商品名です。この製薬メーカーからEdoxabanの対する私の捉え方を話してほしいと言われて営業所で話してきました。唯一の国産の薬剤なので応援したい気持ちは十分にあります。しかし1日1回の内服で良い成績が出るか心配だと話してきました。また、この話をするためにまたNOACに関して集中して勉強もしました。

勉強をする中でDabigatran内服患者で発生した出血性合併症に対して、米国で4000人ほどの方が訴訟を準備していたこと。メーカーが法廷で争うという選択をせず約650億円で和解する途を選んだことを知りました(Fig. 1)。私もハートセンターで数は多くありませんがDabigatranを処方しています。しかし、米国で出血性合併症を発症した患者さんと和解したなどという話はメーカーから聞いていませんでした。そういえばもうこのメーカーのMRさんは半年以上も当院に来られていません。
 更に今年7月のBritish Medical Journalにはこのメーカーが重要なデータを隠蔽して認可を得たという批判記事が掲載されました(fig.2)。このBMJの批判に対するメーカーの反論もメーカーからプレスリリースが出ていますが少なくとも私のところにはメーカーから連絡はありません。

Fig.3はこのメーカーに所属する研究者が書いた論文の中の表です。

The Effect of Dabigatran Plasma Concentrations and Patient Characteristics on the Frequency of Ischemic Stroke and Major Bleeding in Atrial Fibrillation Patients. J Am Coll Cardiol. 2014;63(4):321-328. 


この表を見ると1日220㎎を内服している患者でのDabigatran濃度は内服直前の測定でも1.15-608と大きくばらつくことが分かります。また1日300㎎では1.04-809とばらつきます。そしてこのDabigatran濃度と出血の頻度には関係があるというのです。

この結果を見て、私がかつてこのブログで1日150㎎の投与でも十分にaPTTが延長する患者さんがおりこうした患者さんには220mgを処方すべきではないと思うと書いたことが間違っていなかったと確信しました。2013年6月14日付当ブログ{プラザキサ75㎎ 1日2cap 2Xの処方で得られた・・・」

認可に向けた試験では1日300mgと220㎎の処方で良い結果が出たのだから1日150㎎の処方は不適切だとメーカーの講演会で演者の先生方が強調されます。平均体重80㎏の患者群で示された結果だから体重50㎏の患者でも220㎎使用するのがエビデンスに沿った治療と言えるのでしょうか?何か乱暴な論理のように思えます。日本でDabigatranの処方を受けている患者の約10%はこの1日150㎎の処方を受けていると聞いたことがあります。ルールを守らない不適切な処方をすべきではないと演者の先生方は強調されますが、私はこの10%の先生方はルールを守っていないけれども患者を守るために真剣に考えている先生方だと思います。

Dabigatranだけの問題ではないと思います。腎機能や年齢・体重を無視してTrialの用量通りに投薬すればよいのだという論理は破綻したように思えます。Trialのデータは承知しながらも、種々の状況を鑑みて治療したいと思います。たとえ不適切と言われても考えるのが医師の仕事ですから・・・