2016年4月1日金曜日

患者さんとのお話で広がる世界 narrative based medicine

 新年度を迎えました。24歳で医師になりもう61歳ですから満37年間 医師を続けています。ベテランです。であっても日々の患者さんとのおつきあいでうまく関係が築けることもあれば、上手くいかないこともあります。

かつて一緒に勤務した先生はステント植込み後で抗血小板剤をのまない患者さんがいると「のまないと血管が詰まって死んでしまうぞ、そんなに死にたいのか」等とよく怒っていました。叱られた患者さんはあんなに怒る先生には診てもらいたくないと泣きついて来られました。どちらかというと私もこんな風に叱る方です。

しかし最近は、「どうしてのまなかったの?」と患者さんのお話を聞くようになってきました。30年以上この仕事をしてようやくこの進歩です。このような変化をもたらしたのは常葉大学 臨床心理学の中島登代子先生とのお付き合いからです。カウンセリングに際し、特に専門家としてアドバイスすることもなくひたすらに時間をかけてクライアントのお話を聞く姿勢に驚きました。冠動脈に狭いところがあれば拡張し、血圧が高ければ降圧剤、コレステロールが高ければスタチンという風にまっすぐに介入してきたスタイルの対極にあるイメージで斬新でした。

その中島先生のご紹介で「音楽座ミュージカル」と出会い、その音楽座ミュージカルの人材育成事業に触れ、演劇的な発想で患者との関係が築けないか、あるいは医療者の教育に繋げないか等と考え始めました。

そんなことを考えているうちに出会ったのが上段の図、京都大学の河合隼雄先生と富山大学の斎藤清二先生の対談で語られるnarrative based medicineです。河合隼雄先生は中島登代子先生の先生でもあります。

自分の頭で考えるだけではなくちゃんと本も読んで考えを深めようと斎藤清二先生の本を購入することにしました。とはいえなにから読もうかというアイデアもなかったので最も安い下段の図の本にしました。61歳の私が購入するのは躊躇われるような装丁です。まだ全部は読んでいませんが目からうろこでした。若い頃にウィリアム・オスラーの本などを読んでいましたが、もっと早くに斎藤先生の本を読めばよかったと思いました。

早速、本日の外来で拝見した人に受け売りでお話ししました。若い女性でずきんと一瞬の胸痛が頻繁にあるという方です。以前に同様のことがあった時には別の病院でCT検査まで受けて異常がなく、精神的なものでしょと言われたそうです。一通りの検査が終わり、何も異常がなく、原因として思い当たることがありますかと尋ねた時にこの「精神的なもの」という言葉が返ってきました。原因が分からない時に医師がよく使う精神的なものでしょと言う言葉が数年も重しになっていたのです。原因不明の胸痛と言われれば不安になるでしょうが、心配な病気が原因しているわけではない胸痛と違う言葉で聞けば不安も軽くなるだろうし、自分の精神のせいだと自分を責める必要もありませんよねと受け売りでお話ししました。お話しした後、お母様と笑って帰られたので幸いでした。

直線的な介入だけではなくお話しして解決できることがあります。また、直線的な介入も狭ければ拡げるしかないじゃないかというだけではなく、お話をして築き上げた関係の上で行う方がきっとうまくいくようにも思います。

患者さんと医者との関係を築くことは40年近く医師として働いている私にとっても考え続けないといけないテーマです。臨床心理学の先生との出会い、音楽座ミュージカルとの出会い、そこから実際の出会いではありませんがネット上での河合先生や斎藤先生との出会いが私を刺激し続けます。こんな出会いの連鎖をありがたいと思います。