2012年8月31日金曜日

58歳の誕生日を迎えて思う

 日付が変わって、8月31日です。誕生日ですから58歳になりました。どんな気持ちで三男である私を58年前に母は産み落としたのだろうかとか、私の誕生を喜んでくれ好きだった酒をたった1ヶ月ですが止めて仕事に励んだ今は亡き父の喜んでくれた理由などはあまり頭に浮かんできません。医師になってからのことばかり思いだされます。

33年前に医師になり、初めて輸液を要する患者さんの受け持ちになった時に、点滴の商品名も知らない私は途方に暮れていました。大学での研修を選択せずに民間病院に就職した私には相談する同期も、指導してくれる先輩もいませんでした。ようやくつかまえて教えを乞うた先輩医師は体液の組成に近い「ラクテック」を1日3本、点滴しておけば良いと思うよと教えてくれました。すぐに患者は高ナトリウム血症になり、他の先輩医師からひどく叱られました。1日に必要なカロリーも電解質も何も知らなかったのです。こんな風にスタートを切った私は、大学で研修を始めた同期に負けないように頑張ってきたつもりです。

初めて診る疾患の診断ができ、正しい治療ができた時の喜び。新しい技術を身に付けた喜び。初めて、術者として冠動脈造影のカテを持ったのは、卒後2年目の25歳です。32年前になります。特に1977年にGruentizが始めたPCIは、1979年に卒業した私の医師としてのキャリアとともに進歩してきたので、創成期からどんどん進化するまっただ中で経験を積めたのは何にも代えがたい喜びでした。24歳の何でも吸収していた頃の私から、今の私は進歩したのかと思います。今でも今日が大学受験日なのに、あるいは医師国家試験の受験日なのに何も勉強していないと焦っている夢を見ることがあります。そんな夢を見るたびに自分は進歩したのかと考えます。

大阪府豊中市で生まれ育ち、校区の小学校・中学校を卒業し、実家から最も近い府立高校に進学しました。塾や予備校に行ったこともなく、現役で奈良医大に進学し、6年で卒業してすぐに医師としてのキャリアが始まりました。まったく寄り道をしなかった学生時代です。今となっては学校と医師の世界以外に何年か寄り道をしてもよかったかなとも思えます。

小さな世界にだけ生息し、寄り道をしなかった58年間ですが、残り少なくなったこれからの人生を意義のあるものにしなければと焦ります。24歳の何でも吸収した頃のように、今度は毎日の医療の仕事はもちろん、医療以外のことも何でも吸収して、吸収する喜びに包まれた人生を送りたいものです。必要なものは飽きることのない好奇心でしょうか、貪欲な意欲でしょうか。

2012年8月30日木曜日

右冠動脈入口部に植え込んだ薬剤溶出性ステントの変形 Radial forceは強ければ良いのでしょうか?

Fig. 1 IVUS imaging just after stenting 6m ago
70歳代後半の女性です。 2007年に右冠動脈の近位部に90%狭窄を認めたためにCypher stentの植え込みを行いました。狭窄部位は入口部から少し中に入った部分でしたので入口部にはステントはかかっていません。

しかし、今年2月にCTで検査したところ入口部に高度狭窄を認めました。このため入口部にステント植込みを行いました。Fig. 1は植込み直後のIVUSですが3.5㎜バルーンで後拡張を行い、この程度の拡張であればと終了しました。IVUSでも入口部から少しステントが顔を出していることを確認しました。植え込んだステントはRadial Forceが強いと言われているT社のものです。

Fig. 2 Coronary CT 6m after stenting
Fig. 2は半年後のCTです。古いステントには再狭窄を認めないものの2月に入れたステントはペチャンコになっています。このため再度PCIをすることにしました。Fig. 3はPCI前のCAG像です。今回は、4.0㎜に拡張することを目標として、ステントはA社のものを選択しました。入口部から前回よりももう少し外に出して終了です。

右冠動脈入口部へのPCIは再狭窄の発生が多いことが昔からよく知られています。しかし、ここのところ当院で植え込んだ右冠動脈入口部の薬剤溶出性ステントでは再狭窄を免れるケースばかりでしたから、このようにステントが潰れてしまうことにはショックを受けました。今回植え込んだのは、以前から再狭窄の少なかったA社のものですがRadial ForceはT社のものには劣ると言われています。これでもステントが潰れて再狭窄するようであれば1枝病変ですがCABGも考えなければと思っています。

Fig. 3 Before 2nd PCI
Radial Forceは、冠動脈の軸に向かって潰れる力に抵抗する力です。リコイルする力に抵抗できないふにゃふにゃのステントではもちろんステントの意味をなさないでしょうが、Radial forceは強ければ強いほど良いのでしょうか?既に発売が中止になったJ社のステントはA社のステントよりもRadial forceは強かったと思いますが、再狭窄率はA社のステントの方が低いと信じられています。

Radial forceが強いほど再狭窄率は低いだとか、Fractureに強いというエビデンスを私は知りません。なのに安易にRadial Forceが強いステントを使用すべきだと思い込んでいました。BMSから数えれば20年近くもステントを使っているのにこんな概念しか持っていなかったのかと反省です。

Fig. 4 PMDA approval data
しかし、個別のステントのRadial Forceを知っていて悪くはありません。T社のDESのRadial forceを調べようとPMDAの承認資料をPMDAのweb siteから見てみました。Fig. 4です。相変わらずすべて黒塗りです。Radial forceの強いステントと言われて販売されているステントの承認資料は公表されません。患者の生活や命に係わるデータが黒塗りなのは東京電力だけではなく、東京電力に黒塗りを止めろと命じた政府の機関も同じでした。

2012年8月29日水曜日

本日は朝1番からAMIでした。OCTで評価し、意思決定しました。

Fig. 1 ECG on admission
Fig. 2 Before PCI
Fig. 3 OCT imaging after recanalization with balloon
Fig. 4 OCT after stenting
60歳代半ばの男性、今朝の6時に胸痛で発症です。持続する胸痛のために救急車を呼ばれ、6時39分に救急隊からの受け入れ要請です。 きっと心筋梗塞に違いないと考え、待機の技師さんに来てもらうように連絡しました。そんなに救急の多くない当院では技師さんの当直はしていないからです。病棟の看護師さんは普段カテ室に入っている看護師ですので呼び出す必要はありません。鹿屋市以外にカテ室のない大隅半島では、受け入れ要請を受諾しても病院到着は7時9分です。約30分の搬送時間です。Fig. 1は来院時の心電図です。全ての胸部誘導でST上昇を認めます。救急隊員のモニター上はST変化を認めませんとの報告を受けましたが、見せてもらったモニター心電図でも明らかにST上昇を認めます。心電図が読めなくても正しい医療機関に搬送してくれたのですから良しとしましょう。元々は何の病気もない方ですから、元々の右脚ブロックかもしれませんが、前壁梗塞の発症で生じた右脚ブロックであれば予後不良の徴候です。

     緊急冠動脈造影でFig. 2のように左冠動脈前下行枝の近位部に完全閉塞を認めます。血栓吸引でミミズのように長い赤色血栓を認めました。発症後間もないのに少し意外な感じです。この時点で再開通と考えると来院から25分で再開通、発症から1時間半で再開通です。

Fig. 5 Just after 3.0mm stening
前拡張後にOCTを実施しました(fig. 3。) 急性心筋梗塞の病態を見るのにきっと有用だろうと考えてのことです。TCFA(Thin-cap Fibroatheroma)に加えてNecrotic coreの所見でしょうか。この観察に引き続き3㎜のステント植込みを実施しました。ステント植込み後のOCT像はFig. 4です。ステントは良好に拡張しているもののステント内にprotrusionした血栓を認めました。この時点で造影上は壁が不整かなという程度でしたが、しばらく時間がたつとFig. 5に示すようにステント内に透亮像が見えてきました。このため3.5㎜バルーンで後拡張を行っています(Fig. 6)。経過を見ないでOCTを見た直後に後拡張をしても良かったかなとも思います。まだ慣れないOCT像ですのでなかなかPCIのdecision makingに所見を活かすことができませんが、こうした所見に慣れればDecision makingに使えるようになるだろうと実感しました。このPCIからこのブログを書いている現在までに約12時間が経過しましたが、安定しているので後拡張の効果が出ているのでしょう。

PCI後のSwan-Ganzカテでの評価ではPCWP=31mmHg、CI: 2.68L/min/m2ですからForrester IIです。カテ後の尿の流出も良好ですから明日にはForrester Iになってくれると思っています。

F1g. 6 After post dilatation with 3.5mm balloon
急性心筋梗塞の方が来院された時に最優先は再灌流をなるべく早くに実現することです。このために右心カテはPCI後にするようにしています。一方、再灌流後の冠動脈の仕上げは一刻を争うという訳ではないのでOCTなどによる評価をステント植込み前に実施することは許されると思っています。こうした病態に迫る努力が、何も考えずに実施するPCIだけよりも長期の管理に向けた方針を形作るような気がしています。

この方の総コレステロールは148mg/dl、LDLは91mg/dlです。喫煙が20本ですのでこれが発症の要因だったのでしょうか。




2012年8月22日水曜日

薬剤溶出性ステントのバリエーションが増えることでの悩み

Fig. 1 beferoe PCI 5m ago
50歳代後半の女性、20年以上の透析歴です。5か月前にFig. 1に示すような狭窄がありPROMUS stentの植え込みを行いました。Elementではありません。当院でXience VもしくはPROMUS stent植込みを行った方の再PCI率は1%ほどで再狭窄率の低いことに関しては十分に満足していました。しかし、Fig. 3に示すように#3でステント内再狭窄です。
Fig. 2 After PROMUS stenting 5m ago

透析患者であること、右冠動脈の屈曲部位へのステント植込みが再狭窄の原因でしょうか?今回はconfirmabilityの高いPROMUS elementの植え込みを行いました。Fractureもしにくいと言われるPROMUS elementで再狭窄を免れることができれば幸いです。
Fig. 3 Five months after PROUS stenting

2012年9月にMedtoronicのResolute integrityも日本で使用可能になります。国内で使用可能な薬剤溶出性ステントはこれで
MedotronicのEndeavor
MedtronicのResolute integrity
BostonのPROMUS element
AbotのXience Prime
TerumoのNobori

ということになります。

それぞれに2.5㎜、2.75㎜、3.0㎜、3.5㎜のサイズがあり、長さも8㎜から5-6種類あります。4つの拡張径に6つの長さということになると1つの製品を1本ずつ在庫するだけで24本の在庫です。一人の患者さんに同じステントを2本植込む状況も考えて2本ずつの在庫にすると48本の在庫です。すべてのメーカーの薬剤溶出性ステントを在庫すると4メーカーであれば48X4でおよそ200本の在庫ということになります。

今年の当院におけるPCIは例年と比べて少なめに推移していますが、昨年までのおよそ年間200件、月間16件で計算すると、200本の在庫をすれば薬剤溶出性ステントは1年1回の回転率ということになります。

日本に特有の置き在庫システムで、病院にとっては不良在庫にはならないものの、ディーラーさんやメーカーさんにとっては不良在庫です。また、こうした不良在庫でも良しとする日本のシステムの中で、医用材料は諸外国と比較して高値が維持されてきました。しかし、ここ最近の保険償還価格の低下で不良在庫でも良しとする日本のビジネスモデルは維持できないだろうと思っています。

いざという時のためにありとあらゆる医用材料を在庫しておくのだというのは綺麗ごとだと思っています。実際にはメーカーさんやディーラーさんとの共存した医療機関の経営のために、患者さんが不利益を受けない範囲で在庫の整理が必要であろうと思っています。来月の新しい薬剤溶出性ステントのリリースに向けて薬剤溶出性ステントの整理をしなければと思っています。

なければないで困らないけれども、捨てるのには惜しいステントもあります。こうした状況を「鶏肋」と言うのでしょうか。

2012年8月1日水曜日

モノづくりに賭けるプライド 壊れた聴診器を見て考える

Fig. 1 broken stethoscope, fractured flat spring 
聴診器が壊れたので、腹が立ってFacebookに投稿しましたが、冷静になってきたので、モノづくりについて考えました。

数年前に任天堂DSを息子が乱暴に扱って壊した事がありました。あまりゲームに夢中になって欲しくなかった私は、壊した自己責任だから諦めなさいと言っていました。しかし、息子は諦めきれず、インターネットで任天堂のwebsiteを探し当て、サービスに連絡して、修理を依頼しました。依頼したのに放置するわけにもいかず、壊れたDSを京都に送ったところしばらくして、新品のDSが送り返されてきました。無償です。古いDSに貼ってあったシールも同じように貼ってです。ゲームに夢中になるのは今でも嫌ですが、それ以来、私は任天堂という会社のファンです。今は、無償で交換するようなことはしていないそうですが、子供たちが遊ぶゲーム機のどこが壊れやすいか、壊れた製品を見て次の製品開発に活かすコンセプトだったそうです。

こうした、壊れた製品を取りかえるサービスをしているのは日本のメーカーだけではありません。我が家の掃除機はダイソンですが、これは兄に勧められたからです。兄の家で使っていたダイソンの掃除機は使い始めてから何年も経って故障しました。修理に出したところやはり新品になって帰ってきたのです。それ以来、兄はダイソンから浮気をしませんし、私たちにも勧めています。

壊れた製品を次の製品開発に活かす、そしてそうした情報を提供してくれたユーザーを大切にするメーカーを誰が悪く思うでしょうか?

心筋梗塞の発症後、急に呼吸苦を訴えて状態が悪くなった方に聴診器をあてたら、それまでなかった収縮期雑音が聞こえた。これだけで、心室中隔の穿孔や乳頭筋の断裂が診断可能です。聴診器による診断で危機を把握し、救命処置に繋がることもあります。このため、聴診器が急に使えなくなった時に備えてすぐに使える聴診器を私はいつも少なくとも2本用意しています。

医師になって33年、聴診器は耐久性の高いものと思っていましたが、写真に示す板バネ部分がよく折れ、既に何十本も買い替えています。命にかかわる現場で使用するものなのにあまりにもよく壊れます。日本の代理店にクレームを言ったこともありますが、改善の方向を教えてくれたことはありません。

命に関わらないゲーム機や掃除機に負けないモノづくりの気概を聴診器メーカーにも示してもらいたいものです。