2011年8月30日火曜日

心房細動患者に対するプラザキサの使用 現時点での私の考え

鹿屋ハートセンターに通っておられる患者さんで最も多い方は、狭心症や心筋梗塞でPCIを受けられた方です。次に多いのは心房細動の患者さんです。数百人の慢性心房細動や発作性心房細動の方が塞栓の予防のためにワーファリンを内服しておられます。

 2011年3月、心房細動患者に発生する塞栓症を予防する抗凝固剤として直接トロンビン阻害剤タビガトラン(プラザキサ)が日本の国内でも使用可能となりました。それまでのワーファリンでは、抗生剤や消炎鎮痛剤による作用増強や、逆に納豆などによる作用減弱で心房細動患者さんの生活や処方が制限されていました。他の薬剤との相互作用が少ない、食事の制限が不要などというメリットが強調され、市販はスタートを切りました。

 2011年8月現在、鹿屋ハートセンターで、このプラザキサを処方している患者さんは1名のみです。それも他院で処方された方の継続使用ですので実際には、当院で処方を開始した患者さんは一人もおられません。評判の薬を処方しない理由の一つは薬価が高いからです。ワーファリン1mgの薬価9.60円を2㎎飲む方の30日の薬価は9.60X2X30で576円です。一方、プラザキサは75㎎で132.60ですから標準量の300㎎に使用では30日の薬価は132.60X4X30で15840円となりワーファリンの30倍の薬剤費負担が必要になります。これに加えて、発売当初は2週間しか処方できませんから2週間ごとの受診が必要になります。

 PTの採血が不要になりなんでも食べられるようになる代わりに、薬剤費負担が増え、それまでの1月に1度の受診から2週間に1度の受診になるけれども薬を替えてほしいかと患者さんに尋ねましたが、一人として替えてほしいと言われた方はいらっしゃいませんでした。1年後の長期処方になったら替えてほしいと言われた方は少なからずおられますのでそれまでは、当院で処方を開始することもないだろうと思い、あまりこの薬の勉強もしていませんでした。

  そうした中で8/12に厚生労働省からこの薬剤に関する注意喚起のレターが発表されました。市販後8/11までの間に5例のこの薬剤との関連が否定できない出血性副作用による死亡があったので注意するようにとの内容です。また死亡に至らない出血性の副作用は死亡した5例を含めて81例であったとのことです。推定の使用患者数は6万4千人ということですので、出血性副作用による死亡は半年弱で0.008%、出血性副作用は半年弱で0.1%ということなります。5人も死んだ危ない薬と判断するのか、0.008%しか死亡をもたらさない安全な薬と評価するのかいずれが正しいのでしょうか。

 この薬剤の認可の決め手になったRe-ly試験の結果を見てみましょう。

Dabigatran versus Warfarin in Patients with Atrial Fibrillation. N Engl J Med 2009; 361: 1139-51

 この論文の中で1日220㎎のプラザキサを内服していたグループの死亡は年率3.75%でした。300㎎内服していたグループの死亡は年率3.64%でした。一方、ワーファリンを内服していたグループの死亡は年率4.13%でいずれのグループ間にも統計的な有意な差は認めませんでした。出血性の副作用の発現は、プラザキサ220㎎のグループで年率2.71%、300㎎のグループで年率3.11%、ワーファリンのグループで3.36%でした。220㎎のグループの出血の発現率は有意にワーファリンを内服していたグループより少なかったとの結果です。この数字を今回注意喚起された日本の数字と比較すると、日本はまだ5か月間のデータですから日本の数字に12/5を掛けてもRe-ly試験の結果よりも優れた結果ということになります。

 私は、新しく市場に投入されるステントも、薬剤も安易に飛びつかずに市場でよく評価されてからその結果を見て使い始めればよいといつも思っています。今回、注意喚起されたプラザキサですが、注意喚起されたにもかかわらず、私は安心しました。国内での使用で発生する問題は、現時点ではRe-ly試験の結果を大きく上回るものではなく逆に少ないという結果だったからです。

 患者さんに新たに何か薬を処方する時に「この薬を飲んでも大丈夫でしょうか?」とよく聞かれます。大丈夫とは言えないねというのが心の中で思っている答えです。A地点からB地点に行くのに高速道路を使って行くのと、一般道を使って行くのではどちらが100%の安全を保障できるのですかという問いに似ていると思います。どちらにも100%の安全はありません。少し高い高速料金を払って早く着く選択を取るのか、高速料金をケチって時間を失うかの選択です。高速道を選択しても一般道を選択してもきっと事故の発生率には違いはないものと思います。一般道の方が時間が長いために発生率は高いかもしれません。ただ一旦、事故が発生すると高速道では死亡事故になる可能性が高いかもしれませんし、一般道を選択すると死亡事故になる確率は低いかもしれません。こうした種々の条件を勘案しながら、100%の安全がない中で常に選択をしているのです。

 心房細動の中での選択は、ワーファリンを服用する、プラザキサを服用する、どちらも服用しないとの選択です。Re-ly試験での患者のCHADS2 scoreは2.1ですから、内服しないという選択の場合予想される塞栓症の発生は年率4.0%です。一方、Re-ly試験の結果ではプラザキサ220㎎のグループで塞栓症の発生は年率1.53%、300㎎のグループで1.11%、ワーファリンのグループで1.69%です。放置するという最も悪い結果が予想される選択を回避するために、それより少ないリスクを受け入れようというのが医学に他ならないと思っています。医師ができることはせいぜいその程度なのです。

 2012年3月まで、やはり私は今迄通り、プラザキサを処方することはないと思います。しかし、長期処方が可能になり、その時点の国内の結果が注意喚起された8/11までのデータと同じであれば、患者さんの選択を問うた上で、積極的にプラザキサを使うだろうと思っています。ただ唯一の要望は75mg錠を1日2回という選択を許して欲しいということです。この選択が許されれば、高齢者にはこの処方が良いような気がしています。

5 件のコメント:

  1. 家内が、心房細動でワーファリンを長期に服用していました。抗がん剤のユーエフティとの同時服用でPT-INRが8.15に上がり出血が止まらず輸血しました。このたび、プラザキサに変更されました。今度は腎機能の低下を心配しています。

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  2. コメントの返信が遅くなり申し訳ありませんでした。
    プラザキサそのもので腎機能は低下することはないと思いますが、腎機能が低下している方ではプラザキサの副作用が心配です。主治医の先生とよく相談されるのが良いと思います。

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  3. 54歳、男性です。1月17日深夜に(発作性)心房細動を発症しました。病院に罹るまで72時間以上経過したために、除細動を行うことなく今日まで続いています。抗血栓(凝固)療法の薬は、当初から2月28日まではプラザキサを用いましたが、胸焼けがひどいのでイグザレルトに変更されました。
    私の疑問は、何故ワーファリンを使わないのかということなのです。
    ネットで調べると、イグザレルトも副作用の問題が有るようで、更に新薬であり、薬価はプラザキサと同額です。
    考えすぎかもしれませんが、ドクターと製剤会社の癒着を疑わざるを得ません。

    ここまでは苦情です。
    続きまして、先生のお考えを聞かせて頂ければ幸いです。

    私は根治の可能性があるカテーテルアブレーションを考えていますが、ドクターは順序としては電気による除細動が先 という考えのようなのです。
    因みに現在の病院は、心房細動に対するカテーテルアブレーションの実績が多くないようで、リスクを考えて言われているような気がするのですが、先生ならどちらの治療を選択されますか。

    次回通院時に治療方針を決めるのではないかと思います。

    宜しくお願い致します。

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  4. コメントが遅くなりすみませんでした。

    私であれば抗凝固療法が十分に効果が出ている段階で抗不整脈剤による除細動を試みたと思います。しかし、既に2か月が経過しているので内服による除細動は難しいかもしれません。次の手として私ならアブレーションを選択します。当院では実施していませんが、近くに実績のある病院があるのでそこに紹介しています。自分自身なら上手な先生にしてもらいたいですし、私の患者さんにも同じ考えで上手な先生を紹介した方が良いと思っています。

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  5. 父79歳が心房細動でイグザレルトを服用しています。膝痛の為整形外科でボルタレンを処方してもらい一日1錠飲んでいます。内科の先生は飲まないほうがいいと言いますが 飲まないと歩くとき辛いようです。
    整形外科の先生は 2錠を1錠にしたから大丈夫だと言いましたが 大丈夫でしょうか   
    ワーファリンを1か月服用した後イグザレルトにして2ヶ月弱です 検査もちゃんとしているようです。
    よろしくお願いします

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