2013年3月31日日曜日

鳥取県 頑張れ!

 九州では桜の時期は過ぎました。これから桜前線は関東も越え東北へと向かうのでしょうか。そんな時期に季節外れなのに20世紀ナシを最近は見ないなぁなどと考えていました。かつて梨と言えば20世紀と思っていましたが夏場に見かける最近の梨は豊水や幸水ばかりで20世紀はほとんど見かけません。甘みの強い豊水や幸水ももちろんおいしいのですが、瑞々しくてさっぱりとした20世紀ナシも格別だと思います。

  そんなことを考えてしまったのは、違憲判決がでた衆議院選挙の1票の格差の議論からです。民主党は各都道府県に1議席を機械的に与える1人別枠方式を維持したままであれば違憲状態を解消できないという主張のようです。違憲状態を解消するために1人別枠方式を解消しろと言うとピンときませんが、人口の少ない県では衆議院の議席がなくても構わないという主張です。47都道府県で最も人口の少ない県が鳥取県です。2010年の国勢調査では約58万9千人の人口です。確かに少ないと思いますがかといって人口が少ないので国会に代表は出さなくてよいということが公正なのでしょうか。

 何故、こんな議論になるのかが理解できません。全国の人口1億2千8百万人を鳥取県の人口58万9千人で割ってみると217です。半端なので小選挙区の定員を220とか250にすれば鳥取県にも衆議院の議席を与えることは可能なはずです。こんな考えだと、「国会の身を削る改革=定数削減」の趣旨に反するということでしょうか?「国会の身を削る改革=定数削減」のためには鳥取県に議席を与えなくても良いというのは民主的なのでしょうか?

 「国会の身を削る改革=定数削減」という考え方を私は欺瞞だと思っています。国会の役割である立法権や予算の承認、内閣不信任や裁判官の弾劾など3権分立の基本にかかわる権利は国会議員定数が減少しても何ら毀損されません。一方で議員定数を減らすとより少数の議員に国家の最も大切な権利が集中することになります。一方で国会議員になることができる国民は少なくなります。国会は権利を失わず、国民が発言し議決に加わる権利を縮小するのが定数削減です。国会議員定数削減は国会が身を削るのではなく、国民が権利を奪われるのだということが、鳥取県には議席を与えないという主張を見れば明らかだと思います。

 以前このブログに書きましたが。国会議員に係る経費が多いというのであれば歳費を削減したり政党助成金を減額すればよいことです。国民の参政権を制限する定数削減を「国会が自ら身を削る改革」などと言う言葉で騙されてはならないと思います。

 1人別枠を解消すべしというような権力の少数者への集中をもくろむ輩の主張を良しとするこの国の報道の在り方にも幻滅しています。国民の参政権を制限する定数削減に反対するために象徴的な自治体である鳥取県を応援しなければと思います。

 大学受験を控えた高校3年生の夏休みに友人と山陰線に乗って鳥取県への小旅行をしました。高校生でも泊まることができた安い民宿でたべたイカソーメンを今でも思い出します。いつか冬に頂いた松葉ガニも忘れられない味覚です。まだ訪ねたことがない境港で水木しげるロードを訪ねた後、海の幸を味わうのも良いかなと思います。鹿児島から鳥取はアクセスが悪いので現役を引退した後でなければこうした訪問はできないでしょう。そうした鳥取を訪ねることができる日を待っているうちに鳥取県の当たり前の権利が毀損されないように、政治を監視し異議を唱え続けなくてはなりません。

鳥取県! がんばれ!!


0 件のコメント:

コメントを投稿